ベクトルの布陣
来週は多分休みます。ごめんなさい。
ベクトル達は、バテレンの後方約1km地点の辺りまで迫っていた。双方ともそのことは分かっていた。
この程度の間合いは、魔法使いにとっては在るようで無いに等しい距離である。攻撃、偵察の手段は星の数ほど存在するし、瞬時に相手の懐に飛び込む為の魔法を用いる事もできる。術の戦いにおいては一撃必殺の空間である。
ベクトルはこの場所から強力な先制攻撃を加えて手早く殲滅することを望んでいたが、バグはそうはいかなかった。バグは、バテレンに地獄の苦しみを与えて嬲り殺すことを強く望んでいた。
バテレンの生け捕りが目下の目標だったが、下手に手加減して未知数である勇者に対して隙を見せることも好ましくない。実は、ベクトルは攻め手にあぐねていた。しかも、魔王でないベクトルが先走って勇者を殺す権限も『選別』によって剥奪されている。
また、肝心のバグは体中に殺気を漲らせており、策を提案したところで通る見込みもあまりなかった。今は冷静な上っ面を見せてはいるが、敵の前でも同じとは限らない。
本来バグに与えられた『ゴキブリ』の称号とは「感情無き殺し」の象徴とまで謳われた、死神と同義の言葉であったが、今のバグを見る限りその頃の面影がなぜか感じられない。バグがひどくもうろくしてしてしまったのか、それともゴキブリ時代には魔法か何かで感情をコントロールしていたのか、はベクトルにすら測りかねる。
敵に関しても、味方に関しても、何か不自然な力が働いているようにしか思えないような事態が進行していた。
ベクトルは、どこかで無力な自分を少し情けないと思いつつも、バグに提案した。
『バグさん。ここは策などは構えずに力押しでいきましょう。ですが、くれぐれも勇者は殺さないようにお願いします。』
バグは元よりそのつもりだったが、ベクトルの口からその判断が出るとはあまり思っていなかった。
「分かっている。が、いいのか?。私はともかく、お前の魔法は近接戦闘向きではないだろう?」
『いえ、問題は皆無です。父の遺産が、この前の戦闘で完成したんです。』
「この前……、鉄鬼か?」
『はい。』
ベクトルが言っているのは、鉄鬼の攻撃を完全に無効化した、手品のように魔王水と自らの体を入れ替えた魔法のことである。あの戦いには実戦における魔法の最終動作確認という意味もあったのである。もちろん、あれがただの入れ替わりの手品よりももっと恐ろしい魔法であったことは、これから分かる。
「驚いた。ケミカルの奥義をこんなにも早く……、まあいい。ならば、行くぞ。」
『はい。』
次の瞬間、ベクトルはスポンジに吸収される液体のように地面に沈みこんだ。同時にバグは背中から巨大な蜂の羽を生やして、飛翔した。
戦闘開始である。
先手を取ったのは魔界サイドである。