バテレンの布陣
とんでもなく遅くなりました。とんでもなく忙しかったのです。すみません。
バテレンは勇者に命じた。
『勇者よ、かつて教えたようにやるのだ。お前に力を与えている何者かに対して、もっと力を要求するのだ。お前を勇者たらしめている運命からありったけの魔力を借り上げ、纏め上げて追っ手にぶつけてしまえ。』
「はい。」
『いい子だ。おい四六、勇者の準備が出来るまで足止めだ。』
勇者は腕を前に構えて呪文の詠唱を始めた。だが、それは周りに言葉として伝わることがなかった。詠唱を用いる魔法には、詠唱自体に詠唱の中身をカモフラージュする幻聴が発生するように、巧妙に言葉を並べ替えた高等なものが存在する。勇者の唱えていたのはそれである。
四六は今回の遠征で初めて勇者に接したので、勇者の魔法攻撃がどのようなものかよく知らなかった。勇者としての素質は見た所申し分ないが、果たしてあの蟲の怪物から逃げ切れるだけの戦力がこちらにあるのかは、はなはだ疑問ではあった。
この期に及んで、本当に、どうして大師匠暗殺があそこまで簡単にできてしまったのかが不思議でならなかった。
「旦那ァ、勇者の小僧は何の呪文を唱えてるんですかい?」
バテレンはいつの間にか不機嫌な空気を纏っていた。ベクトルと同様に、バテレンも宿敵の存在を感じ取っていたのかもしれない。
『お前の知ったことではない。いいからお前も戦闘の支度をしろ。ククク、どうやら先ほどの蟲ジジイ一匹だけでは済まなさそうだぞ。』
この言葉に四六は絶句した。バテレンの得体の知れない予想は四六の知る限りでは百発百中であった。それが計算なのか魔法なのか、それともただの勘なのかはわからないが、どうせこの男の命令に従う以外の道はいつも閉ざされている。しかも、バテレンの「ただでは済まない」は、本当にただでは済まないのである。
四六は負っていた荷物を邪魔にならない物陰へと降ろし、顔の下半分を覆っていた防毒用のマスクを外した。四六の戦闘形態の都合上、息をする度に空気の擦れる音が出るマスクは不要、むしろ邪魔な物だった。
毒ガス噴出のピークである山頂付近はすでに超えていたが、ここは未だ有毒ガスの吹き上がる危険地帯。四六は息を細く、長く、できるだけ毒による被害が最小限となるように努めた。
四六は自他共に認めるほどの小心者であったが、こと戦闘に関しては一職人であるということは気に留めておくべきである。
四六は懐からいくつかの呪具を取り出し、組み合わせ、小さな『結界発生装置』を組み立て、装備した。そして、それが完了した途端に四六の姿は消え失せた。
先ほど四六が立っていた辺りを向いて、バテレンが言う。
『蟲ジジイも新手の魔物も恐らくお前の手には負えん相手だ。撹乱するだけにしろ。お前の結界装置はまだ向こうには渡せない、最新技術だからな。』
返事はなかった。だが、逆にそれに対してバテレンは満足していた。
そして、思い出したかのように、
『おっと、首は取り返されんようにせんとな、ククク。』
と言ったきり、バテレン一派の周りにはただ勇者の魔力の唸りが響いていた。