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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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暗殺

 魔法使いの海は使用されていない劇場のように静かで、殺風景で、物足りなかった。バグが呆然と無数の蟲の死骸の中に立ち尽くしている。大師匠は殺されてしまったのだ。

 しばらくして、バグは慟哭した。

 大師匠によって救われた自分の命、大師匠に与えられ、自ら磨いた蟲術は一体何のためにあったのか。自責の念と、それにはるかに勝る悲しみに駆られていた。

 バテレンの大師匠暗殺事件の後半部分を、バグを基点に暴く。


 というのも実はバグは間に合っていたのだ。

 この時バテレンはまだ穏便な手段で大師匠から情報を聞き出すつもりでいた。来るべき『その時』までは波風を立てたくはないというのがバテレンの考えである。

『と言う訳でして、私は魔物と人間の根源を探るべく例の魔法を求め歩いていたわけでございます。』

 話の後半の方では、大師匠はほとんどバテレンの絡みつくような話術に捕らえられていた。純粋な話術には魔力も殺気も必要としない、ある意味で魔法使いにとって天敵に近い性質を兼ね備えていた。人格としてはほぼ完成に近い境地に至っていた大師匠でも絡めとってしまう威力はバテレンにしか恐らく出せないだろうが、やはり話術の『術』としての性質がこの変則的な『術の戦い』の行く末を決めたのである。

 結果、バテレンの言ったこと、即ちバテレンがついた会話に盛り込んだ数々の綺麗ごとの嘘っぱちを大師匠は信じてしまった。これは毒を服するよりも危険な行為であるのだ。

 あともう一息、とバテレンが心の中で念じかけた時のことである。

 魔法使いの海の入り口から大量の蟲が煙のように立ち上り、後からバグが現れた。大師匠の言いつけを破って駆けつけたのである。

 「待てバグ。こやつらは敵ではない!」

 哀れにもバテレンの言葉に囚われてしまっていた大師匠にとって、感じ取っていた自らの死の予感は老いた年寄りの勘違いであり、バグの参上は勘違いによって踊らされてしまった取り越し苦労でしかなかった。

「何を馬鹿なことを仰いますか!。そこの少年、こやつは勇者ではありませんか!。このとち狂った力の波長が分からぬのですか?。大師匠様!」

 魔界トップレベルのバグの殺気に当てられて、勇者の力の波長も増す。抑圧された『何か』が目覚めかけていた。バグは周囲の虫を集め、ほぼ全力に近い戦闘体勢をとった。

 まさに一触即発という言葉にふさわしい場が出来上がってしまった。しかし、思わぬハプニングではあるが、バテレンにとって混乱は好都合であった。

 バテレンは悪巧みを思いつき、それをすぐさま実行した。乱を以って乱を制す。さらに場を混乱させようという策である。

 バテレンは叫んだ。

『勇者よ、あの蟲使いは敵だ!。あの者を始末して大師匠殿をお守りするのだ。』

と、いつの間にかバグを侵入者に無理矢理すり替えてしまっていた。これも、バテレンが大師匠の思考を停止させるために放った話術の一端である。

「了解いたしました。」

 機械の様にそうとだけ言葉を吐いた勇者は、嬉々として背中にかけた剣を抜き放ってバグに飛び掛った。

 バテレンの予想外の言葉に大師匠は、

「待て。誰もここで力を使ってはならん。争ってはならぬ。止まれい!」

と、ここで力ずくで止めていればまだよかったものを言葉で呼びかけて事態を収拾しようと試みた。この面子の中で一番強力であった大師匠が、この混乱の最中、恐らく彼の生涯最大であろう隙を生じて見せたのである。

 言葉に感情を乗せて放つということは魔法使いにとっては消費活動に近いものである。大師匠にとってはそれが大きな大きな隙となった。

 そして、バテレンが虫けらのように謙ってまで欲していたものとはまさにこの隙だった。もちろん見逃さなかった。

 一瞬の後、バグが口から放った甲虫と勇者の剣が交わった瞬間のことである。バテレンは口を小さくすぼめて、『何か』を大師匠に向かって放った。

 それは大した攻撃ではなかったが、大師匠の虚を見事につき、胸を貫いた。バグは、その攻撃があまりにも小規模なものだったためにそれに気がつかないまま勇者と衝突した(むしろこの時バグが大師匠を気にかけたまま戦っていたら、勇者によってバグの本体は切断されていただろう)。

 第一次のバグと勇者の衝突は引き分けであった。勇者の持っていた剣は折れ、相対した甲虫も角が折れ、ショック死して転がっていた。

 第二撃に備え、勇者は攻撃魔法の構えを取り、バグの口からは第二第三の甲虫弾丸が這い出してきていた。手抜き無しの命の取り合いである。

 その影で、バテレンは止めを刺すべく無数の『何か』を大師匠の急所に叩き込んだ。バグが乱入してきた時点で話術のみで事を達成するのは困難であるとバテレンは判断していた。元々掴み様の無かったバテレンの目的が既に大師匠暗殺へと変わっていたのだ。死ねや死ねやと心に念じながら、大師匠を攻撃していた。

 老齢の大師匠は一撃目で心臓と肺に深刻な打撃を受けて既に瀕死状態となった。いくらこの上ない地の利があろうと、強大な魔力があろうと、不意打ちをまともに受けて気絶しているのならば話は別である。 まさしく絶体絶命。今更だが、これがこの世界における『術の戦い』なのである。

忙しくなったので、後書きに補足を書くのは不定期とさせていただきます。

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