閑話 大師匠とベクトル その二~
大師匠とバグ、そしてベクトルの三人は魔界最強の師弟集団として伝わる。
魔界を意のままに操ることの出来る大看板、『魔王』。魔界の裏家業の中でも最高位の仕事屋の一つであり、数十億もの蟲たちの頭領である蟲術師『ゴキブリ』。そして彼らを育て上げ、異世界魔法の基本理論を立ち上げた偉大な『大魔導師』。
よくよく考えてみれば、最強の組み合わせである。この偉大な組み合わせが魔界を束ね、纏め上げることになっていたら、恐らく、大師匠によって新たな才能がいくつも魔王軍の中から発掘され、バグの蟲の情報網によってつながった、最強の軍団が出来上がったのではないだろうか。作者のビジョンに過ぎないが。
しかしもちろん、これは実現せずに終わる。大師匠様は『バテレン』と勇者に殺されてしまうのだ。これは魔物同士の戦の勝ち負け等よりも重大な損失であったことは間違いない。
大師匠は当時既に百五十を越える大高齢ではあったが、大師匠には単なる、敵を殺す、殺さないの域をはるかに超えた秘密を持っていた。
それは、バグやベクトルのような優秀と形容するのすら不十分な程の伝説的な面子を育て上げた教育手腕からもいえることである。ベクトルも、バグも、魔界の種族的ヒエラルキーでは圧倒的弱者であったはずだ。
前にも述べたが、魔物にとって、いかに純粋で優れた血統をもって生まれるかが何より重要である。魔界を牛耳る者達のほとんどは、一族の魔力や能力、体力を実に閉鎖的な形で現在に至るまで継承し続けてきたのである。
それに比べて彼らは、魔人の肉体を無条件で手に入れたイゾウなどよりも圧倒的に弱い雑種の肉体、魔力を持って生まれた。そんな二人がどうして強者の高みに君臨していたかといえば、全ての元は大師匠の教育にあったはずなのだ。
蓋し、どうもベクトルはイゾウをしばらく大師匠に預ける算段でもあったのではないか。教育的手腕に関して、ベクトルは凡才であった(ベクトルへの師事に活路を見出したククリの眼はあまり確かではなかったかも)。
そういう意味も含め、これから起こる事件の全てはベクトルの計画を狂わせるものとなるだろう。