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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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大師匠

 ここでククリの動向について少し述べておく。

 気付かぬうちに精神の一部を奇奇怪怪と混合されてしまったククリは、顔色が優れないということでベクトルに自室で休んでいるように言いつけられていた。ベクトルの扱う魔法や薬品にあてられたという可能性もない訳ではないから、大事を足らなくてはならないという判断である。

 ベクトルは自分の魔法や薬品の管理に徹底した魔導師ではあるが、自分の徹底にも万が一のことがあると常に疑いを持っていた。徹底に徹底を重ねるベクトルのまめな根性は、何も魔王候補の戦にのみ発揮されるものではなかった。

 ここに、ベクトルの大きな才能の一部が垣間見えている。ただ、それはあまりにも人間的な長所であるともベクトルは考えた。努力する魔王などというキャラクターは、人間を滅ぼす役目においては不必要であるどころか、魔王という絶対無比のロイヤリティーに泥を塗る逆効果さえ生んでしまいそうだと考えられた。

 魔王とは『予定された絶対者』であるべきだとベクトルは考えていたのだ。

 ベクトルは、魔王とはどうあるべきかを哲学しつつ、魔王という伝説的立場をも野望の手段として利用できる男である。その成そうとすることは魔王候補の中でも随一を誇っていいほどの大きさであった。


 ただ、そんなベクトルにも大きな見落としが一つある。それは、ククリが未来予知者であるということだ。ベクトルが想像しているような魔術的事故は、ククリの予知によって回避されていて当然のことであることにベクトルは気付くべきであった。

 原因は、ククリの予知能力を超えたところにあったのである。それは見過ごせない事態であるが、ただし、奇奇怪怪の幻術もさることながらベクトルはこの当時、腹心たるイゾウの教育に多忙であった。

 イゾウはベクトルの教えを吸収してだいぶ強くなっていた。バグにこそ負けはしたが、そもそもバグはベクトルに匹敵する力量の術者であり、その若かりし頃に至っては完全に今のベクトルの上を行く暗殺者、蟲術師『ゴキブリ』だったのである。敵うわけがない。イゾウがその面前で醜態を晒す羽目になってしまったのも全く仕方のないことなのである。

 地下研究室にいたベクトルは、イゾウと共に侵入者が入ってきたことを魔術トラップで感知し、鉄鬼に勝てるほどには強くなったはずのイゾウの失態に、ほんの少し落胆の表情を浮かべていた。

 だが、その相手がバグであると他のトラップから察知した時には、危機感と落胆は放り投げたかのように消えうせてしまったのである。

 『ゴキブリ』殿が相手なら仕方ない。そう思わせることの出来るバグであり、イゾウなのであった。


 話をククリに戻そう。

 ククリ自身も当然、自身の不調がベクトルが予想したような魔術や薬品の漏洩による事故ではないかと予想していた。数日も寝ていないような、異様な虚脱感がククリを襲っていたのだ。現代でいうならばコカインなどの麻薬のような、精神、肉体のハイ・ロウに関わる薬品を間違って吸い込んでしまったものと考えるのが一番自然な診断なのである。

 そんな時にはそれらを断ち切って養生するしかない。

 ククリは床に入ると目を閉じ、速やかに睡眠した。だが、それこそ奇奇怪怪の思うつぼなのであった。

『寝ている間、こいつの体は俺のもの。』

ということであった。ククリが深い眠りについたことを自覚すると、奇奇怪怪に支配されたククリ、『ククリ=奇奇怪怪』は起き上がった。

 ククリ=奇奇怪怪は、ククリに潜入していたときに研究所の大まかな内部構造を覚えることが出来た。ただ、ベクトルの秘密地下研究室のことは潜入中にククリが訪れなかったために知らなかった。このことがベクトルにとって救いであったともいえる。

『屋敷のどこにもベクトルがいねぇな。どこだ?』

ククリ=奇奇怪怪にはこれといった行動の目的はなかった。ただ、ククリの未来予知を逆流してククリの意識に侵入することが出来たために出来る、暇つぶしなのである。奇奇怪怪自身はそれをいつやめてもよかったのだが、ククリに乗っ取っている現在でも、どうしてククリに自分が覗かれていたかが分からないままであったから、半分は好奇心で動いていたといってもいい。

 それが、偶然自分が目をつけていた魔導師ベクトル=モリアの弟子に行き着いたのはうれしい誤算であったとも言えるだろう。ククリ本体の口からベクトルの名を呼ぶ声が聞こえた時、奇奇怪怪はこの偶然を大いに喜んだ。このアドバンテージを面白おかしく使いこなしてやろう。そういった悪戯じみた意地がククリ=奇奇怪怪を動かしていた。

 ククリ=奇奇怪怪は、夢遊病患者のように館の中を歩き回る。

 このように寝ている間でさえ脳を使われ、体を動かされ続ければ、本体の体、精神に不調をきたすのは当然のことである。

 他人の体を乗っ取る術者というのは得てして身勝手なのである。

『おーい、誰もいねぇのかよ?』

 地下研究室の三人は、そんなククリ=奇奇怪怪の徘徊のことを知る由もなかった。


 バグが言う。

「では、言伝の封を開く。魔剣の小僧も心して聞け。貴様の主人の師であるのだからな。」

バグは懐中より短剣を取り出し、地面に突き立てた。すると、床が断然盛り上がっては少しずつ人型らしきシルエットへと変形していく。まるで地面から泥人形が浮き出してきたようだ。

 十秒そこらで変形はおさまり、見てみれば、老いここに極まれんという老人の姿である。

 どうやらこれが、バグの言う大師匠の姿であるようだ。老人の姿の魔物のバグでさえ、この老人の前には若々しく見えるほどに老いた姿であった。

『大師匠様、ベクトルでございます。』

 老人の泥人形の前に跪くベクトルに合わせて、イゾウも跪く。だが、イゾウにはこれから何が起こるのかいまいちわからなかった。

 何時の間にやらバグも跪いている。はたから見れば、偶像崇拝の現場のようにも見えたかもしれない。かつての仲間内にキリシタンがいたからイゾウには見覚えのある構図であったが、やはり、どうにも異様にしか思われない。

 すると、大師匠の人形が口らしきものを開いて声を発した。先ほどまで自分の稽古相手だったゴーレムと、同様のものなのだろうか、とイゾウは色々想像した。魔法ははたから見ているとファンタジックなのである。

「久しぶりだの、ヴィクター。うむ、バグもここにおるな。おお、懐かしいの。我々が術式を通してとはいえ、再開するのはここ十年は無かっただろう。なあ、バグよ。』

「ええ。十二年前、ヴィクターがあなたの元を立ったとき以来の再会にございます。」

バグは、さっきまでの気難しい角ばった話し方を丸め込んで答えた。

「そうかそうか。もう、十年にもなるか。月日が経つのは老いれば老いるほど速くなるものよ。ホホホ。」

 イゾウの見る限り、大師匠の人形は老木か何かのように枯れ果てた姿をしているのだが、その一挙一動を通してその強力な生命力が伝わってくるようであった。『強大な力を持った仙人』が、率直にイゾウが感じ取ったイメージである。分身を通してでさえこれなのだから、間近に会えばどんなにすさまじい力を放っているか分からない。

 大師匠のほうも、イゾウの存在に気付いたようだ。何もかもを見透かされているような、それでいて本質を問いかけるような眼で、大師匠はイゾウを見た。

 その視線を感じて、イゾウは、

(このお方にはたとえ、命をかけても隠し事はできないだろうな……)

と、別に何も隠し立てなどする予定も無かったはずなのにそう考えた。この場にいると、人間であった頃、自分が如何に小さく、つまらない世界に生きていたのかが実感される。

 思えば、魔界の中でも高位レベルの術者三人(内一人分身)の会談の傍らにいるのである。人間時代のかつての主『あのお方』ですら、その印象を薄らいでしまうほどのVIPの集いなのである。我々の世界観で言うならば、織田信長と安倍晴明と源義経が一同に会するほどとでも言えようか。まあ、読者諸君は未だこの魔界についてはあまり詳しくないだろうから、おいおい彼らのすごさは説明することになるだろう。

「して、そこの魔人のような君は誰かのう?」

「拙者めは、こちらのいらっしゃるベクトル=モリア様が配下。イゾウにございます。」

無理に恭しく言おうとしたせいで、そのような言葉を使い慣れないイゾウはタジタジである。

 大師匠はそんなイゾウに微笑みつつ、透視に近い、ククリの予知眼とはまた異なった神眼を向けた。イゾウはその眼に、嘘偽りどころではない、今までの自分の過去全てを洗いざらい引っ張り出されてしまったような印象を受けた。実際にその通りであったが、押し入り強盗のような持ち出され方ではない。目の前に座っている相手に語り聞かせるように、イゾウは心を大師匠に開いたのだ。それは、悪用出来るものならば恐ろしい術であるといえるが、大師匠のおおらかな心をもってして始めて発生する神秘である。イゾウは貴重なものを体験した。

 大師匠は一通りイゾウを見尽くしたのか、ベクトルのほうをちらりと向いて言う。

「ヴィクター、自らの父の研究をついに形にしたな。やはりお前は天才じゃ。お前を弟子にしてもう三十年は経ったが、今ほどお前の成長を喜んだ日はないぞ。ホホホ。」

大師匠が褒めたのは『異世界召喚』のことであったが、ベクトルは何か釈然としない表情で大師匠を見上げている。

『ありがたき光栄。全てはあなた様の教えと父の仮説があればこそ、です。』

 ベクトルが大師匠に褒めちぎられているのをみて、バグは少し機嫌を損ねた。別に嫉妬心があるわけではない。大師匠が、自分とベクトルと一度に会す程の用事を早く聞きたかったのである。

 実はバグも、大師匠の使い魔に分身の術式の封じられた短剣を渡され、

「ベクトルと共に開封せよ。」

 と伝えられただけなのである。いくら年老いた師匠の指令とはいえ、腑に落ちない点がある。

 大師匠はそんなバグの心も瞬時に読み取り、やれやれといった心持で表情を無にした。

 大師匠の二人の弟子、ベクトルとバグに対して大師匠の分身は本題に移るべく、真剣な眼差しと共に口を開いた。




 この話を書き始めてだいぶ経ちましたが、一回ごとの文の量が増えてきています。書きたいことも少しずつですが、上手く書けるようになった気がします。

 ビギナーなりの感想ですが、やっぱり努力って大きいですよね。

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