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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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傀儡

 鉄鬼襲撃の日の晩に遡る。ククリはあの日、自分の知らない何かがあって、自分にとって重要なものが壊れてしてしまったような気がしてならなかった。

 似合わない服でも着せられたような羞恥に近い感情だったり、外からの刺激に対して反抗しようする条件反射のようなものがとめどなく発動する。要は、妙にそわそわして落ち着かないのである。

 かつて、鬼の里で自分をいじめた鉄鬼があっけなく死んでしまったことで、何かが吹っ切れた、などということでは断じてない。この感覚は、憎かった鉄鬼の死から起こる気味の良さや空しさなどは含んでおらず、なんとも意味ありな不安のみが心の中に巣食っていた。

 また、ククリは奇妙な夢を見る様になった。夢の中に誰かが干渉しているのではないかと意識するほどに、奇妙な夢である。だが、具体的に何を夢に見たかを思い出そうとすると、内容は霧に包まれてしまうのであった。ベクトルの宿敵について予知したときと全く同じであった。違和感は異常を正常にククリに訴え続けていたのである。

 かなりの精度で未来予知を行うことのできたククリである。夢の中にまで、未来に起こる事のエッセンスを垣間見ることができた。

 何の異能も技術も持たない平常者にとって、ククリのような能力者や儀式を介する予知よりも、自らの夢に映る未来のほうがよっぽど信憑性があるものらしい。他者による予知には恣意的な要素が入る可能性が大いにあり、自分だけの閉じられた夢の世界にこそ、そういった超常現象があると考えられてきたのである。

 ただ、ククリの場合、なまじ未来を垣間見る能力が優れていたために、夢という無意識の世界で見たくもない未来を度々見せられることがあった。また、それらを信頼して、不幸を覚悟することがククリには必要だった。ククリは出来るならば夢という形で未来を予知したくはなかった。

 だからこそ、今回の夢はククリにもっとも恐ろしいものであったに違いない。まるで、その夢はククリの死や、能力の喪失という、彼にとって最悪の未来を暗示しているとすら思われた。

 彼にとって夢とは、生理的なものに近い、最終警告なのである。だが、少しずつ幻術はククリから情報を絞り上げ、ククリの行動、現実の行動にまで関わろうとするようになる。


 ベクトルはククリに対して、自分と同等に近い能力の持ち主であると評価していた。違う世界に手を出すことに成功したベクトルではあるが、為すべきことはこの魔界にあるに違いなかった。そのためにククリの能力は眩しかった。

 そのことは、ベクトルとククリの仲が恐ろしい情報と魔法の戦争に発展しないことに一役買っていたわけだが、今回は裏目に出た。

 時を越えてものを見る能力は恐るべき異能だが、偶然とはいえそれを逆手に取ることで今やククリを虜になさんとする幻術能力も、十分ベクトルにとっては脅威であり、計算外のことであった。

 ククリの幻術騒動に関して、ベクトルは最大限に出遅れることとなるのは、ククリを過信しすぎ、彼が幻術の傀儡となりつつあることに気付けなかったためである。

 ベクトルが気付けないほどであるから、イゾウなどは尚更である。

 魔法によって驚くほど早く傷を修復したイゾウは、魔界という新天地に順応しつつあり、魔物と戦う術をベクトルの教えからひたすら吸収し続けていた。この時であったら、鉄鬼との勝負も結果がわからなかったかもしれない。

 ククリはここ数日の幻術による違和感のために、体の調子をすっかり崩していた。ベクトルが医学と呼べる知識と技術を持っていたために大事には至らなかったが、安静にしていることが命じられる。

 館の中庭からベクトルの声がする。

 『今度のゴーレムは魔法を使う。上手く対処してみせろ。』

イゾウの修練のためにベクトルが作成したゴーレムが、イゾウに火炎を放射する様子が窓から見える。イゾウは炎を掻き分けるように振り払い、素早い踏み込みからの一太刀をゴーレムに打ち込む。

 ククリにとってはここ数日で見慣れた光景であったが、ククリに潜ませた幻術を媒介してそれを覗き見ていた奇奇怪怪は、その巨大エネルギーの応酬に息を呑んだ。奇奇怪怪自身は幻術以外には何の取り柄もないと自負していたから、こういった強力な力が欲しいといつも思っていたのだ。

 奇奇怪怪のそういった思念の運動がククリを通して行われているわけであるから、違和感を感じたり、調子を崩すのは仕方ないことであり、奇奇怪怪も、それにさらに幻術を上乗せしてごまかすほど気が回らなかった。

 奇奇怪怪とククリが、奇奇怪怪をベースに同調し始めていた。

 ククリはふと、自覚することなく呟いた。

『ほう、あれがベクトル=モリアか。楽しみだ。』

 

 

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