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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
妖物たちの世界
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奇奇怪怪

スピードアップを図ります。

 魔王、魔界の王。魔法の存在するこの魔界において、その権威は絶対であった。

 その王位を定めるものは魔法という彼らにとっての絶対的なルール以外の何者でもない。

 魔王となるために定められた二つの条件。これは魔界のしきたりであり、同時に大魔法使いであった一代目魔王によって定められた絶対的な魔法でもあった。


 一つ。第一代魔王による魔法『選定』によって認められた証『魔王のしるし』を体に宿していること。

 先代魔王が崩御する度に魔法『選定』が執行され、魔界中の選ばれた魔物たちにしるしが与えられる。しるしは体に浮かび上がり、それを偽造することは出来ない。

 二つ。他の『魔王のしるし』保持者達を屈服させる、又は殺すことによって『勝利する』こと。

 しるし保持者は、他の候補者に屈服することで戦いから降りることを表明する以外には、死ぬか魔王になるかしかない。


 魔界が魔王の代替わりの度に大きな戦乱に巻き込まれるのはこのルールのためである。


 さて、この時先代の第54代魔王『大魔眼のアイ』崩御から十八ヶ月が経過しており、すでに『魔王のしるし』保持者達がその勢力を確立していた。


 魔界は絶対王権の統治であった。

 魔王という圧倒的な大義名分の下に魔王軍が組織され、それに従う有力者が将軍として各地を治める。魔王という絶対的なカリスマはその死まで存続し、その間は魔界が一つになる。魔王の死はその大前提の消失であり、つまりは社会の崩壊なのである。

 しかし、この崩壊が一定のリズムを刻むことによって、人間社会よりも自由と変革の激しい歴史を築き上げているのだ。もっとも、そのことについて深く理解しているのは、魔界のインテリでもごくわずかである。

 魔界にも賢者は数多くいるが、歴史や政治を考える者、ましてや道徳を考える者などは数えるほどで、大抵そういった者達は人間に化けて人間界に隠居してしまうのである。


 ここで初めて、この世界において人間の社会が話に登場した。

 魔王の大義名分とは人類滅亡であり、目下の目的は魔界勢力の拡大であるのは魔界中の常識なのであるが、魔界と区別される領域、人間界を詳しく知るものは中々いない。

 魔界が人間界に干渉行為を行うのは魔王が魔王軍を組織し、人間攻略を試みる時のみであるからだ。

 しかし、人間が物語にからんでくるのはもっと先の話となるので、今はこの程度の知識でも問題はない。


 話を魔王候補の戦争の話に戻そう。


 この度の戦乱の中でも特に迅速に勢力を拡大し、幾人もの魔王候補に対し勝利を納めていったのが元・山賊の頭領、『奇奇怪怪』である。 



 雨傘山と呼ばれる、常に陰鬱な雨に晒されている山に築かれた城砦。奇奇怪怪はそこに拠点を構えていた。

 彼は多くの山賊たちを率い、その情報網の緻密さと速さにおいて右に出るものはいなかった。訓練された密偵たちは魔界中をとび回る。奇奇怪怪は、雨傘山の城砦の奥深くにいながら魔界の情報の全てを得ることができたのだ。


「吸血鬼が動きました。今回の盟主は『大黒天』、しるしの保持者です」

「同じく吸血鬼同盟、『大黒天』の後ろに『伯爵』がついた模様です」

「エルフの里にとばしていた者からの情報です」


 伝令が口々に伝える大量の情報の中の、ある情報に対して奇奇怪怪は興味を示す。

「お前、もう一度今のを言え」

伝令はかしこまって伝える。

「はい、申し上げます。頭領が目を付けなさっていた保持者が一人、魔導師ベクトル=モリアが姿を晦ましました」 

「おう、何の沙汰も無しにかぁ?」

「いえ、『鉄鬼』たちが消されたとの噂がありますが、真偽はただいま確認に向かわせております。まだ定かではないので申し上げるべきではないかと思いまして……。」

「よし、下がっていいぞ。それにしても、鉄鬼か……。なあ兄弟、それが本当ならば面白い、いや、面白くなった、とは思わないかぁ?」

 兄弟、と呼ばれた副首領コントンは、頭領である奇奇怪怪の頭脳である。奇奇怪怪にそれこそ、兄弟同然の信頼を置かれている。

「奇の字よう、そんなに面白いか?」

 さも面白そうに城砦の主は口を開く。

「いいかぁ。鉄鬼が、あのでくの坊が今まで勢力足りえていた理由は、単にその体に埋まっていた魔鉄のためだ。鬼の唯一の弱点だった魔法攻撃を魔石がカバーするように進化したのが『岩鬼』一族だってんだから不思議だ」

「そりゃ、そうだなあ。でも、魔石信仰なんぞ野蛮が匂う」

「うむ、だがなぁ、それは今まで効をなして、奴らはまともに生き残って来た。鬼のあの強靭な肉体ならばあながち馬鹿とも思えん手だ。魔導師では敵わん相手のはずだろう?」

 副首領にとって、魔導師がどうということには興味がないらしい。

「だが、魔導師がそれを倒したから、面白いって言うのかよ?」

「魔導師風情が、何か面白い力を使うに違いない」

「おいおい奇の字よう。噂を真に受けて何になるってんだ?」

「いや、そうに違いない。でなければ魔導師じゃアレは倒せん」

 奇奇怪怪には、意識が時折自らの世界と現実とを行き来して、コミュニケーションが成り立たなくなる時がある。そんなときには、義兄弟であるコントンであっても彼には声が届かない。

 奇奇怪怪の強烈な興味を冷ますようにコントンは付け加える。

「はあ……。どう考えてもこの世の術士の中ではお前が一番に決まってんだから、魔術師の小細工なんか気にするな、って言ってんだ」

 しばらく間をおいて、奇奇怪怪は自分の陶酔の世界から帰ってきた。

「いや、俺を越える術士もいずれは現れる。そうに違いねぇよ兄弟」

奇奇怪怪の術が最強と信じているコントンにとって、奇奇怪怪の言っていることが杞憂にしか思えない。

「そのときは俺も終わりだな、奇の字よう。ま、ありえないがな」

『おう、もっと褒めやがれ。クハ、クハハハハハハハ!』

「クヘヘヘヘ、ヘヘヘヘヘヘヘヘへ!」

下品に笑っている組織のナンバー1と2を見て、側近達は身震いをした。


 しばらくして、コントンは言う。 

「気になるんなら、俺が見てきてやろうか?」

奇奇怪怪はだいぶ興から覚めた表情で答える。

「いや、いい。恐らくは転移魔法で姿を晦ませただろうから追っても無駄だろうよ」

「いいのか?」

「いいのだ。魔導師というのは用心深い。下手に使いを出すぐらいならば何もしない方がいい」

この言い草にコントンは眉をしかめる。

「おい、下手に、だと抜かすが、いつも俺が頭使ってるからこのやくざ商売がうまくいってるんじゃねえか?」

「クハハ、全くだぜ。まあ、いいさ、俺は今から他の魔王候補連中の品定めをしてくる。たまには俺が前線に出るのも面白いだろうだろうぜ」

そう言って指をパチンと鳴らすと、そこには既に奇奇怪怪の姿はなかった。コントンが制止する間もなく奇奇怪怪は飛び出していった。



 雨傘山の雨はより一層強まり、山の頂から異形となって飛翔した奇奇怪怪を隠すように、吹きすさんでいた。


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