魔王水
魔界の戦闘には『血の戦い』と、『術の戦い』という二つの要素がある。
血の戦いとは、文字通り、血によって決着のつく戦いのことを言う。簡単に言えば武器を取り肉を食い合う肉弾戦のことである。
血によって決着がつくというのは、肉体の種族によって結果がおおよそ決まってしまうという意味と、流血が憑き物であるという二つの意味がかかっている。
イゾウの場合は、もっぱらこちらが専門ということになる。鉄鬼もこちら側と言える。
さて、もう一方の『術の戦い』とは、呪いや法術、魔法での戦いのことである。策略や権謀術数もこちらの領域であって、こちらの戦いには種族の優劣が影響をおよぼす事はあまりなく、努力と発想と準備が敵を殺す。うつけには到底手の出せない戦いである。
ベクトルは魔導師の父を持った生粋の魔導師であったから、当然術の戦いを得意としており、そして、『術の戦い』を得意としなかった鉄鬼にとってその魔法は想像以上の天敵だったと言える。狩人がライオンを仕留める横で野良犬が貴公子の首を掻き切る、そういった相性の問題もあった。
あの時行われた魔法の真髄は『変質と操作』というものであって、物の定義を好きなように弄り回したり、特定の物体のあるべき姿というものを設定して使いこなす魔導の神髄にかなり近い術であった。
液体に変化したベクトルも拳が届く直前まではキチンとベクトル=モリアだったのである。
ちなみに、あの液体はベクトルの一族が開発した物質で、金属の命を奪って変身する液体、当時は『魔王水』と呼ばれていた。余談だがイゾウの体にも血の如くこの魔王水が巡っており、あのまま鉄鬼がイゾウを殴り殺してしまっていれば返り血、もとい『返り魔王水』が噴出して鉄鬼は死んでいただろう、という。後に覚醒する魔人の身体の自動再生能力もこの魔王水の保つ平衡の力によって成立するシステムだという。ベクトルはそのアイデアをある友人の吸血鬼の身体から得たと言うが、彼についてはまたいつか。
さて、ベクトルは鉄鬼の忌々しげな首を魔法で取り出した箱にしまい、イゾウの方へと振り返った。
「イゾウよ、まずまずの戦いぶりだった」
イゾウは恐縮する。
「いえ、何というか、その、ベクトル殿のお手を煩わせる結果と相成り……」
「構わん、忘れよ。こいつも腐っても鉄鬼、魔王候補の中でもかなりの手練れと呼ばれた男だ。お前はいつか、あれぐらいの男を従える我が右腕となる。それは忘れるな。期待しているぞ」
「……承知いたした」
イゾウはこの魔界と言う場所の容易ならざる戦闘性を思い知らされ、武者震いとも恐怖の震えとも取れぬ感動に歯を鳴らした。
第一章兼プロローグ的な何かがこれで終わりました。
追記・ここを第一章の終わりとして一つの区切りにしようかと最初は考えていたのですが、構成上その案は没となりました。まあ、実際ちょっとした区切りではありますので最初からここまで読まれた方は一度ご休憩なさってみては?