イゾウ、生き返ると格が上がっていた
イゾウの死体観察日記 奇奇怪怪第四人格キキ
○月×日(一日目) 曇り
イゾウが死んでしまいました。生き返らせようと思って奇奇怪怪の主人格を呼び出そうと思いましたが、コントンが消えたせいで泣いていて話になりません。
仕方ないので内臓をくりぬいて死体人形にして再利用してあげようかとも思いましたが、イゾウが持っていた魔剣にやめろと言われました。
よくわからないけれど、イゾウはそのうち復活するんだそうです。
かといって放っておくと臭いので、死体を大黒同盟の中庭の隅っこに埋めて様子を見ることにしました。
一週間ほどで動きがあるといいます。
早く芽が出るといいなあ
○月×+1日(二日目) 晴れ
イゾウはまだ芽が出ません。
ヒネズミが様子を見に来ました。イゾウが死んだことに驚いていましたが、こいつはこいつでそれどころではないようです。
どうやら妖怪の山で大黒天が手こずっているそうです。
私は南方の砂海で用事を済ませた後に妖怪の山でも探し物があるので、大変だなあと思いました。もっと戦局が混乱すればいいと思います。
あと、イゾウを殺した老いぼれが帰るときに、私に声をかけてきたのが正直いやだなあと思いました。虫は大嫌いです。人間だったころ、弟の死体に蛆が湧いていたのを見つけたときのことを思い出してちょっと泣いてしまいました。とても悲しかったです。
ああ、早く芽が出ないかなあ。
○月×+2日(三日目) 曇り
やっと眼が出ました。「芽」じゃなくて「眼」です。
朝起きて観察してみると、イゾウを埋めた場所から地面を突き破って先端に目玉をつけた細い触手が二本伸び上っていました。どうやら眼窩から伸びているようです。辺りを交代で見まわしているようでかわいいなあと思いました。
どうやら外敵がいないかどうか見まわしているようです。試しに触手を一本触ってみようとすると、二本とも慌てて引っ込んでしまいます。
土の中がどうなっているのか気になります。でも、心の衛生のため掘り返したりはしません。
○月×+3日(四日目) 雨
土の中のイゾウが動き始めました。一分に一度ぐらいゴソゴソと音がします。二本の触手は私のことを味方と認識してくれるようになりました。
でも、撫でようとすると嫌がります。
雨が土を洗い流してしまって中身が外に出るといけないので、市場で布を買ってきて簡易の屋根を作りました。
あと、ヒネズミがイゾウの死体に起きた異変に気づきやがりました。さすがに異様に思ったのか、今のうちに処理しようか迷っているようです。けっこう小心者なのだなあと思いました。
ですが、私の目の黒いうちはそんなことはさせません。せっかく見つけた都合の良い旅の道連れなのです。陽虎や主人格は役に立ちませんが、清明とかがいるのでお願いすればヒネズミぐらいはどうにでもなります。
さっさと復活しないかなあ。掘り返そうかしら?
○月×+4日(五日目)
目に続いてイゾウの手が出ました。べとべとの分泌液に塗れていて糞以下の匂いがしました。触手目玉と相まってとても魔物らしくて気持ち悪いです。
しばらくすると、虫が寄ってきました。こういうひどい匂いが好きな生物もいるんだなあとびっくりしました。
すると、さらにびっくりしたことにはイゾウの臭い手が虫たちをひっつかんで自分の根本、自分の死体本体の方に引きずり込んでいくのです。
「プギャ、プギャギャ!」
虫たちが悲鳴を挙げながらずぶずぶと分泌液にからめ捕られていきます。まるで食虫植物です。彼らを養分にしようとしているようです。
それだけではありません。鼠や貉のような小動物までもが匂いに寄せられて集まってきました。次々に目玉触手に捕捉され、次いでイゾウの臭い手によって墓穴に引きずり込まれていきます。まるで地獄そのものが穴から這い出てきたかのようで本当に気持ち悪いと思いました。
ぶっちゃけこれ以上ひどくなるなら生き返らなくてもいいかなあと思いました。
○月×+5日(6日目)
今日はちょっと違う考察をしてみようかと思います。
というのは、イゾウの体の製作者であるベクトルという魔術師の意図についてです。イゾウに起こっていることのすべてはこいつの仕業に違いありません。
私は奇奇怪怪の中で見ていました。主人格はコントン入れ知恵で魔界中に情報網を張り巡らせていましたので、道楽じみてはいましたが、雨傘山の最奥部でニタニタしていれば魔界中の色々な情報を手に入れることができました。
ベクトル=モリアの情報を最初に聞いたのはたしか五年ほど前だったと思います。「ケミカル=モリアの息子が魔界に現れた」というような内容だったと思います。本人について、というよりは背後のケミカルとの関係性をああだこうだと論じるような情報でした。つまり、彼の名はまだ父の陰に隠れていたのです。
ケミカル=モリア、彼は輪をかけて謎多き魔物です。先代の魔王「選定」を、魔王のしるしをその身に受けていながら放棄し、人間界へ逃れました。向こうの亜人居住区で何やらやっていたようですが、彼が再び表舞台に現れたとき、魔界は騒然としました。
彼は、しれっと勇者パーティに「魔法使い」職を得て参加していたのです。
その意図はあまりにも不明すぎて彼を裏切り者として非難する声すら上がりませんでした。そもそも、裏切者だろうが何だろうが、魔物が勇者パーティに入れるなどということ自体まずあり得ないのですから。
何らかの、恐ろしい力を持った協力者がいたのでしょう。
人間界にはここ数百年足を踏み入れていないので向こうで何が起きているのかわかりませんし、結局ケミカルがあの戦いで何をなそうとしたかは謎ですが、向こう側で何かとんでもない勢力が力をつけ始めている、そんな予感を魔界にもたらした事件です。
私はてっきり大師匠関係のつてで五難題が働きかけたのではないかと思っていたのですが、蓬莱が人間側に手を貸すようなことするはずがありませんし、そういえば蓬莱と大師匠は喧嘩別れしたとも聞きます。
要は謎なんですが、大事なのはそんな謎の男の息子がこの死体に一体どんな事を起こさせようとしているかということです。
便利な自己再生能力を持った部下をわざわざ殺させた上、時間をかけて復活させる意味はなんなのでしょう? 遠大で理解に苦しむことをやらかそうとしているのに違いありません。
一つだけ、根拠はありませんが、仮説があります。
それは再構成、もっと言えば再誕を再現することです。
どんな不死身の化け物でも、一度生まれてしまったという事実だけは書き換えることができません。首がもげようが、体中に寄生虫を植え付けられて虫の糞で血管が詰まろうが、死ぬことだけは決してない、そんな不死性を持つ私たち奇奇怪怪ですら生まれ変わることは絶対にできません。
陽虎は生きている限りあのひん曲がった根性を背負い続けるでしょうし、私はどこまでも「ませた少女」の域を出ることはないでしょう。奇奇怪怪は変わることを拒む存在です。
変わるためには、一度死ぬしかありません。生きていることは変わることだと言う奴がいますが、生命以外との対比を考えれば生命の定義自体、変化への拒絶の過程に過ぎません。
陽虎は何かと死ぬことを推奨しますが、そのあたりの考えが私と似通っているからなのだと思います。まあ、同じ奇奇怪怪ですし。
さて、もしこの仮説が正しいならば、この薄汚い墓穴からよみがえるイゾウはイゾウであってイゾウでない存在になっているでしょう。
別人になるとまでは言えませんが、少なくとも体の構成が細胞レベルで変態しているだろうと思われます。
蛹から蝶へ、というのは少し美化しすぎでしょう。でも、それぐらい違ってこないと、こうまでする意味はないのではないでしょうか?
明日で一週間、イゾウがどうなっているのか今から楽しみです。
○+1月1日(7日目) 晴れ
イゾウが復活しました。
土の中からぶわっと這い出た姿は元通り。あんまり変わってませんでした。昨日の長ったらしい考察は無駄だったようです。真の変化は中身に起こっているのかもしれませんが、その描写はこのふざけた文体の観察日記では限界があります。
というわけで、私はこのふざけたことを書いた紙切れを鼻紙にして捨てることにしました。
おわり
「おはよう」
「うむ」
「気分はどう?」
「悪い」
イゾウはけだるそうに起き上がった。皮膚がひどい匂いの分泌液の薄膜に覆われているが、肉体そのものは依然とあまり変わっているようには見えない。あの膜には地中で本体を保護する役割と、餌を釣るための匂いの発生、2つの役割があったのだろう。もう用済みだ。
「何か変わった?」
「?」
「あれだけドロドロと変なことしていたくせに、何も変わってないなんて変でしょ」
本人が自覚しているとも思えないが、あそこまでやったのだ。とんでもない変化が起こっていてもおかしくはない。というか、変化が起こっていないと観察した甲斐がない。
「あー、そういうことなら、死んでる間に『聞いた』。知りたくもないことを色々と、な」
イゾウは膜を脱ぎ捨てながらそう言った。
「何を?」
「全てだ」
キキは苦笑した。
(クスクス、死んだら全てが分かる? 何の宗教よ)
「具体的には?」
「そうだな……」
イゾウは少し考えてからを口を開いた。
「『知恵』について、それを守る『カグヤ』『位置』『眼』『異世界召喚』という四つの錠前と、『イエス』と『イナ』という二人の馬鹿についてだ」
「え、あ…… ふーん」
「お前ら奇奇怪怪のことも聞いた」
「へえ」
何気なく聞き流しているようで、キキは天地がひっくり返るほどの衝撃を受けている。この世の全てとは言えないが、イゾウは思ったよりも遥かに知りすぎている。
率直に言えば、
(イゾウ如きが口にしていいキーワードではない)
キキはそう思った。世界の重心ともいえる事象に触れることができるのはそれ相応の存在であるべきだ。いや、そうでなくてはならない。
(イゾウめ、死んでいる間に何が起きやがったの!?)
「ベクトル殿の作り上げた魔人の体、俺みたいな存在を作った真の目的。それは、一度死んでこの魔界の大地と一体化することで『知恵』に触れることだ」
「……」
「何でこの世界の大地が『知恵』なんて大それたものに繋がっているのか、そういうことも知っちまった。この、『月鏡世界』とかいう場所が、一体どこなのか、もな」
語るイゾウの眼差しは今までのそれとはまるで違っていた。もはや彼はキキを得体のしれない怪物の分身とも、見た目通りの少女とも思っていない。
「ついでに、今までの俺の戦闘経験を参考にして体の細部も組み替えた。そのせいで時間がかかったんだ。まあ、心も体も生まれ変わったってところだな」
「……」
キキは、可能ならば今すぐ頭を抱えてその場を転げまわりたくなった。イゾウの変貌もそうだが、ベクトルは今のイゾウのような存在を量産できるということだ。そんなことをされれば魔界も人間界もどうなるか分かったものではない。考えたくもなかった。
「ふざけんじゃないわよ」
キキはやっとの思いで感情を乗せて声を絞り出した。
「そのことを知ることができるのは選ばれた存在だけよ。それを、こんな形で易々と、あんたなんかが……」
プライドである。この世界の核を自分たちだけが知っているというプライド。自分こそが世界守護の一端を担う陰の功労者であるというプライド。『魔王』と『勇者』を中心にした二項対立的世界構造を見下す視点を持っているというプライド。
「ベクトル殿は、壊したかったんだろうな」
「?」
「歪なこの世界を。地球から移り住んだ者たちの歪められた理想郷を…… でなければ、わざわざこんな、俺のような存在を作ったりはしない」
「何よ、知ったような口を効いて……」
キキは次の言葉が出なかった。イゾウのそれは「知ったような」、というよりはすべてを「知ってしまったから」こその口の効き方なのだ。
思考が突き付けられた現実に追いつきつつある。
ベクトルは「知って」いて、しかも容易に「教える」ことができる。イゾウのような単細胞にすらその目を開かせ、世界の真実に目を向けさせることができる。
(しかも『教化』や『啓蒙』のような不完全な方法ではなく、直接「アレ」に触れるという反則技……)
キキの額がじんわりと汗ばむ。こんな外法があったとは、驚くほかない。
だが、
(ここは、イゾウからできるだけ情報を引き出すべきね)
キキは思考を切り替えた。
「で、あんたは?」
「?」
「あんたはどうするのよ? 全部を知っちゃった上で私なんかと『魔王の懐刀』の封印を解いて魔界を巡
るって言うのかしら。ハ、お笑いだわ。何を知ろうとやる事は変わらないわけ?」
イゾウはキキの挑発を意に介さず、キキが用意していた衣服を身に着けると魔剣を構えた。
「なに、やろうっての?」
「いや」
イゾウは魔剣の抜き打ちでキキの頭部後方の空間を斬りつけた。
「イテッ!」
突如空間が裂け、その狭間からヒネズミが顔を抑えたまま倒れこんだ。結界を張り、盗み聞きを決め込んでいたのだ。
「ヒネズミ……いや、五難題『火鼠の皮衣』。お前は何というかその…… 『そのまんま』だったんだな」
「ありゃりゃ、そういうことまで知っとるんか。はー、お前さんやばいわ~。ベクトルも超やばいわ~」
おどけつつも、ヒネズミはほんの少しの殺気をにじませて返す。
(殺さなきゃアカンやないの)
キキとヒネズミにとってイゾウは突如超危険人物となった。それほどの情報を彼は得たのだ。
(キキさんよお、こいつはここで殺るか?)
(そうかもね。五難題と手を組んででも殺さなきゃ……)
キキとヒネズミの間で意味ありげな視線が交錯するが、イゾウはもうそんなことは気にしなかった。
「まあいい。行くぞお前ら」
「は?」
「みろ、魔王のしるしだ」
「!?」
二人の驚き様は筆舌に尽くしがたい。イゾウは基準に「達して」しまったのだ。
「お前たち二人は今から俺の部下だ。さあ、旅を続けるぞ」
イゾウは空を、そこに地図でも書いてあるかのように唸りながら見やって納得したようにうなずくと、歩き出した。
方角は南だ。
(何を企んでやがるんや……)
(その余裕、後悔させてあげるわ)
部下だろうが敵だろうが旅の道連れだろうが、この男をもはや放っておくわけにはいかない。キキとヒネズミはそこそこの殺気を湛えてイゾウの後に続いた。
一応、魔王を志す勢力、言うなればイゾウ軍の誕生であった。
イゾウの成長も描きたかった(過去形)