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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界リボルバー
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青銅の臓

 イゾウの一太刀目は饕餮と化した陽虎の額を鋭くえぐった。金属質の見た目に対して思いの外柔らかい。会心の斬撃だが、


「よぉく見てみるがよい!」


 陽虎の額からは血の一滴も出ていない。切り口は鈍い金属光沢に覆われており、中まで一様に金属であることがわかる。


「この金属で統一された身体は元々生命を持たず、つまりは『生きていない』! 頭っぽいところを少し切り裂いたのみでは何の意味もないのだ!」


 イゾウはひるまない。死なない相手にもそろそろ慣れてきた。


「ならばバラバラに引き裂いて地面に埋めてやる!」

「できるものか!」


 余談ではあるが、饕餮は殷代から周代の青銅器に文様として多く見られたモンスターである。つまり、饕餮とは、鉄製に比べていくらか強度の劣る青銅製の怪物なのである(こじつけ)。鉄鬼と比べたら驚くほど斬りやすい事だろう。


 だが金属談話的に、青銅が地球の人間にもたらした力というのは計り知れないものがある。鉄に比べて実用性が無い代わり加工性が抜群に良かった青銅があってこそ、人々は金属に手を染めたと言っていい。

 人間が呪具として鏡を発明したきっかけも多分青銅である。そんな青銅に根源的な呪力を多く含まれていてもおかしい事は何もないのである。


「だが、いいぞ。今のお前は良く燃えておる! 生命とは、木屑や油粕を寄せ集めたボロい蝋燭に灯された火に過ぎぬ! 燃料を惜しんではいかんのだ!」


 陽虎の生死を軽視する論も聞き飽きてきた。


「やかましい!」

イゾウも聞く耳を捨てている。


 だが、イゾウは事実陽虎の言いなりに近い。怒りや迷い、錯乱や後悔を全て精神の炉にくべて闘争心に変えている。さらに、血中の魔王水が秘めている高次元魔力エネルギーをも燃やしているので、その凄まじさは心身共に燃え盛る火炎の如し、である。


 ただし、その魔王水の持つ魔力というのはイゾウを構成する魔人の身体の基礎を成すものであり、自己再生や疲れ知らずの馬力も全てはここからきている。それを戦略的に必要性のない戦闘で自ら棒に振るというのである。魔界のどこかでイゾウの身体の様子をモニターしているはずのベクトルも「おいおい、まじかよ」とちょっぴり不安になっているに違いない。


 だが、イゾウは気にしない。

(そもそも魔人の身体など、欲しいと願ったことなど一度として無い!)

と、意地ではなく本気でそう思っている(いらないとは言ってない)。


「だが、それで終わりか? 一人で燃え上がってお終いなのか?」


饕餮の巨体がイゾウにのしかかるように迫る。


「ぐふふ、いいことをおしえてやろう。この饕餮の姿にも『倒し方』がある。決定的な方法がな」


「何だと!?」


「だが、それを見抜けずここで灰カスになるか? 何事も為せず、鎮火する惨めなザマを曝すか? 」


 陽虎は額が裂けたままの顔で邪悪な笑みを浮かべた。キキの身体を借りていた時といい、彼の頭は常に割れている。


「むう……」


イゾウは陽虎の体当たりを躱しながら唸った。逆に言えば、唸る余裕はあった。剣術指南の時もそうだったが、やはり陽虎の戦闘センスは限りなくゼロに近い。単調でスロウリーでキレがない。

(ウスノロめぇ!)

生前、剣術下手のお偉いさんに八百長で負けてやった事すら思い出される酷さに虫唾が走る。逆に、そこにつけこむ隙がアリとも考えられた。


「とりゃ!」


イゾウは陽虎の腕にしがみついた。饕餮文様の起伏が手を掛けるのに便利なのだ。まさか「登りやすい」ことがこの饕餮の弱点とはとても思われないが。


「こ、こら、離れんか!」


 陽虎がぶんぶんとイゾウを振り落とそうとするが、燃え上がる彼の気力を振り払うほどの力はない。


「ああ、いかん、いかん!」


イゾウの手に「ヌルッ」とした感触が突如現れた。


「ああ、ああっ!」


 何と、陽虎の身体が融けている。青銅の融点はセ氏700度前後と金属にしては低い。イゾウの過熱した暴走体温の前に固体の姿を保てなくなってしまったのだ。


「ははは、これが弱点と言う訳ではあるまい!?」


 イゾウはこれをいいことにそのまま傷口から体内に潜り込んでしまおうとも考えたが、融けた青銅の中を泳いでもいい事は無さそうだし、体の内部に隠された弱点があるとも思えない。もっと何か仕掛けがありそうに思えた。その程度には頭が働いていた。


 その時、

(イゾウよ、奴の弱点は『体表面』だ!)

イゾウの頭の中に声が響いた。

 こと戦闘に関してはイゾウの師に当たるとも言えなくはない『東方妖怪流』の魔剣精霊だ。


「それは奴の身体に走っている文様の事か!?」


イゾウは頭の中で尋ねた。


(左様。あの饕餮とやら、わしがかつて主と共に戦った事のある文字操作によって動くゴーレムと似た様な所があると見た)


「どんな奴なんだ?」


(すなわち、外側に薄く張り巡らせた魔法の働き掛けで内部に諸機関があるが如く操作しているのだ。見かけに騙されてはいかん。奴の文様は『内臓』の真逆、いわば『外臓(ガイゾウ)』なのだ!)


「つまり、どういう事だ?」


(奴の表面の文様を斬り潰せ。本体はそこなのだ! 点や線でなく面を攻めろ!)

「なるほど!」


イゾウは魔剣を大きく振りかぶって魔力を大いに込めた。魔力操作に関してはずぶの素人であるイゾウだが、今の燃え上がる彼に不可能なことなどあんまりなかった。


「魔剣よ、大槌に!」


魔剣の機能の一つに、「持ち主の魔力操作に応じて形状を変形させる」というものがある。イゾウは鋭い刀身に魔力による増幅を施し、刃の何倍もの体積をも持つ巨大ハンマーを生み出した。


 熱の中にあるイゾウが発現したためもあり、熱量も相当なものだ。


(邪道な使い方だが、時に適ってはおる)


ハンマーと化した魔剣を振りかざしたイゾウは陽虎の右前足に狙いをつけ駆け出した。


「させるか!」


陽虎は狙われた右前脚を振り上げ、近づいてきたイゾウにそのまま振り下ろそうと構えた。


「やはり戦下手!」


イゾウは待ってましたとばかりに勢いそのままに方向転換、左前脚に急襲した。


「おお!?」


 陽虎はハッとして逃れようとするが、四足歩行形態の上、全身青銅製の愚鈍な身体である。躱す事は叶わず、左前脚が大槌に叩き潰されて火花を大いにあげた。


 それだけではない。


「あ」


 饕餮の身体の超重量、その前半分を振り上げた右前脚の分まで支えていた左前脚が潰されたのだ。バランスは崩れ、陽虎は盛大にひっくり返った。辺りに尋常でない地響きが伝わる。


「お、起き上がれぬ」


 その隙にイゾウは槌で左脚の文様を熱したハンマーで潰して回った。


「これでいいのか!?」


(よいじゃろう)


「さて……」

イゾウはニヤリとしてそのまま陽虎の腹によじ登った。


「言いたい放題に(病で)侵し放題してくれおって」


「ふん、それがどうした。それぐらい奇奇怪怪の悪行の前では吹けば飛ぶ。ぐふふ…… いや、違う。そもそも、この世の中の全ては吹けば飛ぶ!」


陽虎は大きく息を吸い、口をすぼめた。


(まずい! 腹から飛び降りろ!)

魔剣の精霊に咄嗟に従ったイゾウが横っ飛びに青銅の腹から退避しかけた瞬間、


「キィエエェェェェェェェェッッ!!」

猛烈な奇声が陽虎から放たれた。


「ぐっ」


 イゾウの視界がぐらつき、彼は転げ落ちた。呪の魔剣の時とは全く違う、力任せな何かに意識を飛ばされかけた。


「い、今のは!?」


 体勢を立て直しながら、陽虎は得意げに答えた。


「この陽虎の生まれた時代には既に時の流れに埋没していた古の業よ。饕餮に並ぶ我が真髄の一つ也。おい、まだまだ燃え尽きるには早いぞ!」


見る見るうちに融かしたはずの青銅の左足が冷えて固まり、文様が再生した。


「おい、文様が弱点ではなかったのか!?」


 イゾウは話が違うとばかりに魔剣の精霊に文句を垂れた。


(いや、確かに文様が奴の力の源。だが、文様そのものに驚くべき回復力があるのだ! もっと一度に多くの面積を破壊しろ、槌でもまだ足りん!)


「馬鹿を言え!」

イゾウにしてみれば、ほぼ万策尽きたと言える状況である。 

饕餮文様(とうてつもんよう)」でググると今の陽虎の体表面がどんな感じか分かります。あと、饕餮って渾沌と「四凶」のお仲間なんですね、さっき気づきました。

これは私事ですが、この作品への初めてのレビューをビクスバイトさんに頂きました。作者は滅茶苦茶に喜んでおります、本当にありがとうございました。ご期待に沿えるよう、自分で広げた風呂敷と格闘していく所存であります。

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