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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
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122/128

泣いたのはサパ

 連載が三年も続いているのも半分ぐらいは読んでくださる皆さんのおかげです。ありがとうございます。

 

「何だこの魔力は!?」

サパは杯を取り落すほどに驚いた。吸血鬼蒼天紅霧は涼しい顔をしていながらも蝙蝠の使い魔を飛ばして状況の確認を急いでいる。心中が一番落ち着いていたのはヒネズミである。

 シバドウスイの褐色の闇をヒネズミは眺めている。

「陽虎の爺が出おった。こりゃあ祭やな」

「知っているのかヒネズミ?」

サパは尋ねた。

「わしの元の仕事仲間です。性格のひねた酷いジジイですわ」

ヒネズミは頭を掻いた。

「あー、賞金稼ぎで強い奴が来たんやなぁ、きっと。で、キキが代わりおったんや……」


 シバドウスイの街は異様な雰囲気に包まれていた。街を牛耳るサパがこうも慌てているのであるから、住人たちの動揺はさらに大きい。

「砂漠の方から何か迷い込んだか?」

「大黒同盟が何かやらかしたか?」

「うええ、気持ち悪い魔力だ」

魔物たちは不安に駆られた。

 夜中の異臭騒ぎの様なものである。先日うちの近くでも異臭騒ぎがあって夜中に消防隊員にたたき起こされたのを覚えている。その時は鍋に火をかけっぱなしで寝てしまった奴がいたらしく、火事になったらどうするつもりだとひやひやしたものだ。

 その中心、陽虎は周りの迷惑を文字通り顧みずに黒剣を振るってイゾウを攻め立てている。

「ほうらほうら、どうした。遠慮なく打ち込んでよいのだぞ」

「は、はぁ……」

イゾウは呆気に取られていた。陽虎は自ら剣を振るうのを剣術指南などと称しているが、肝心の剣の腕が

「全くなってない」

のである。極端に酷いわけではないが、妙な術などには頼らず刀一本で切り結んできた自分や日本の侍たちの事を思えば児戯に等しい、工夫や洗練に欠けた剣であった。

(だが、この訳の分からなさが如何にも奇奇怪怪……)

溢れ出る魔力の事も気になる。イゾウは適当に、されど気を抜かずにこの恐ろしい老人の相手を務めようと気を引き締めた。

「ふんっ!」

イゾウは初めて魔剣で陽虎の黒剣を受け止めた。やはりスカスカの剣だとイゾウが見定めた瞬間、異変は起こった。

「!?」

イゾウは急な眩暈に襲われて片膝をついた。まるで自分の心臓の鼓動ごとに頭に金槌を打ちつけられているような激しい頭痛、感覚が失われる程の喉の渇き、不鮮明な視界、呼吸困難、吐き気、止まらない血涙……

「ほう、流石魔人の身体は病に強いと見える。全然効いておらんではないか」

陽虎はさも感心した様子である。


「こ、これは……?」

イゾウは声を何とか絞り出した。

「このワシの剣は『呪』の魔剣、かつて四海を巡った時に収集したあらゆる病と呪詛を練り込んだ物だ。秘境の密林に潜む全身の血を抜く怪病、竜の臓器に住み着く凶悪な寄生虫、恋敵を絞め殺す髪の呪い……まあ、若い身には良い経験じゃろうて」

「うぐぅ……」

あまりの理不尽さにイゾウは言葉を紡ぐ気力も失せた。どうやら致死レベルの病にいくつもかかってしまったらしい。


「ほれほれ、こういう時にこそ集中をせねばならんのだぞ。この試練を乗り越えた暁にはこの呪いがかえってお前への祝福となるのだ」

などという訳の分からない励ましも、イゾウの耳にはほとんど届かない。


 一方その頃、

「その『呪』の魔剣が厄介でしてなぁ。うっかり触ろうもんなら即死、間違って地面に突き刺してもうたらそこら一帯は百年の間は草一本も生えない不浄の大地に侵されてしまうんですわ」

あくまで他人事のように語るヒネズミに対してサパは冷や汗が止まらない。

「それは困る。一応大黒天殿から預かっている土地ではないか」

「しゃ、困りますなぁ」


 サパは毒使いである。毒というのは使う相手や環境によって千差万別の効果と影響が表れるもので、その混沌とした働きは毒の化身であるサパですら侮れない。人一倍毒の扱いに長けている反面、誰よりも毒の扱いに細心の注意を払う。

 それがどうだ。いまシバドウスイのどこかで暴れている陽虎とかいうのは無節操に過ぎる。放っておけば住民どころか土地そのものまでもが駄目になる。魔力を見ればわかる。

「ヒネズミ、お前、行ってきて止められないのか?」

もちろん、自分では行きたくない。


 ヒネズミはかぶりを振った。

「ワシかてあの爺さんには頭が上がりませんです。せやなぁ、何とか機嫌を損ねてやる気をなくさせ、『清明』辺りに交代させるんやったらできない事もないんですけど……」

「何だ、何か問題でもあるのか?」

「だって、痛い目に遭いとうないやないですか」

真面目な顔で言ってのけたヒネズミである。

(嗚呼、信頼出来て忠誠心の篤い部下が欲しい……)

 サパはその捻じ曲がった根性故に今まで抱かなかった願望を生まれてはじめて抱いた。そんなサパを蒼天紅霧は憐れむような目で見ている。

「ま、元々このシバドウスイ、砂漠ですやん。汚れてもかびたりしませんって」

「そうねぇ、元々『死の大地』ってカンジよねぇ」

蒼天紅霧とヒネズミは闇夜にとぐろを巻く有害魔力を眺めながら軽ーい溜息を吐いた。


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