奇奇怪怪多面体
未来を見るって能力の面倒さに一カ月があっという間にすっとびました。そんな作者の苦悩などどうでもいいという方は前半を読み飛ばしてあげてください。
今回、非常に困った事がある。というか作者の不徳の生んだ誤算なのであるが、『未来予知』という能力が非常にややこしい。これではグルカを動かしようがないという所まで(作者の脳が)追い込まれてしまった。
「未来予知ってすごく扱いにくい」
いや、そんなことはククリが出てきた時に気が付くべきだったと言われればそうなのだが、ククリの場合は先の先の遠大な物事を象徴的に予測するように設定してあったために問題が発覚しなかった。すぐに失ったし。
だが、今回出てきた『鬼の眼』のグルカの能力「ほんの少し先の未来が見える」という事の矛盾である。刻一刻と変わる修羅場での能力だからなおさらである。
例えば、イゾウがグルカの能力を知って最大限「警戒」をしながら攻撃をしたとする。
「ふん、甘いわ!」
グルカはイゾウの突撃を予測してカウンターを繰り出す。この時点まではグルカの見たイゾウの動きのビジョンが実際の動きと一致しているはずである。
しかし、この瞬間、矛盾が発生する。
未来を見てグルカがカウンターの動きを見せたことを現在のイゾウが察知して身を引いた場合、グルカの見た未来からイゾウが外れる事になる。グルカが決定されているはずの未来を見る事で、その未来自体が変わってしまうというどうしようもならない矛盾になる。もしくは、今現在塗り替えられ続ける未来を見るという事に意味は無い。
この矛盾を解消するにはグルカの能力にいくらか制限をつけなければならなくなる。
例えば、
「自分が何もしなかった場合の未来が見える」
という能力にしてみる。そうするとこの回からグルカは居合切りの達人になる。
「さあ、何処からでも攻めて来い!」
とか挑発されて飛びかかろうとするイゾウに、早くもグルカの能力の隙に気が付いたキキが、
「あんたも動いちゃだめよ、イゾウ!」
などと忠告して場が膠着する。そうなるとグルカも未来予知無しで動きださねばならず、「何のための『鬼の眼』だよ馬鹿」と、前回の回を書いていたノリノリの自分を叱りたくなってくる。作劇の都合上ボツ。
こんなのはどうか。
「自分が起こそうとする行動の結果が見える」
つまり、自分の行動ありきで、例えばグルカがイゾウに斬りかかった時にイゾウがどう受けるか、あるいはどう切り返してくるかの一部始終が見えるという設定である。
おお、これはいいのではないか。そうするとグルカは非常にアグレッシブに、常に自分を攻めの状況に置いていくタイプの剣士になる。いいんじゃないか? イゾウの勝ち目がかなり薄くなるが……
しかし、やはり矛盾というのは尽きない。グルカが行動を起こそうとしてその結果を見る。もしその結果が成功ならばそもそも予知など必要ないのだが、失敗する場合に、グルカは当然起こそうとする行動を変える。すると、その新たな行動の予知が出てくる。
だが、行動を起こそうとしてそれを躊躇するという絶対になくせない一瞬が生じた場合、それも「何もしない」という行動になる。仮に行動と呼べなかったにしろ、それによって確実に、再び未来が更新される。つまり、彼はまた、今現在と同様に変化を無限に続ける未来のビジョンを見続けることになる。だったら未来予知をしている間は時間が止まるという事にすればいいが、そうするともうそれは時間停止なのか予知なのか分からなくなってくる。何より、それでは無敵ではないか(思考停止)。
ここまでぶつくさ言って、さらに余談である。他作品のネタバレになるのであまり深入りはしないが、偉大なる大傑作『ジョジョの奇妙な冒険』に出てくる『キングクリムゾン』というスタンド能力と、それに付随する『墓碑銘』という能力がある。あの二つの能力の組み合わせは『未来予知』という能力を戦闘描写に持ち込む際に生じる矛盾の大体を抹消してくれる素晴らしい発想である。だからどうと言う訳ではないが、あの能力の組み合わせはよく考えられていると思う。
と、ここまで読者諸君には全くどうでもいいだろう事をつれづれなるままに書いたが、つまり、特殊能力ものというのは突き詰めて考えて置くべきだということである。既に『特殊能力』はサブカル的エンターテイメントの中心にあるわけだが、それにどういう意味があるにしろ、そういう土壌で育ったからと言って真面目に能力を考えないでいるとえらい目に遭うような気がする。もちろん少年漫画的な論調で押し切るのも素晴らしいし好きだが、それをうまく魅せるのは難しい……
まあ、そんなことを考えていても仕方が無く、「初めから真面目に考えておけ」という事なので続きをどうぞ。
キキは狼狽えた。
「は? 私が幻術なんて使えるわけないでしょ」
「え、お前奇奇怪怪なんだろ?」
イゾウはあけすけに聞いた。
「あ…… と、それここで言っちゃう?」
「生きる為なら」
「…… 込み入った事情があるとだけ言っておくわ。私は奇奇怪怪ではないわ」
「本当か?」
「厳密に言えば奇奇怪怪でもあるわ」
「ややこしい!」
「だから黙って聞いてなさいよ!」
グルカも黙ってこれを聞いている辺り少し間が抜けて見えるが、『奇奇怪怪』という割とホットなワードが飛び交っている以上、聞いておいても損は無いという判断である。
「奇奇怪怪なのに洗脳とか幻術とかできんのか? 何のための奇奇怪怪だ、アホか。本当に見た目通りの小娘か?」
「いいこと、私は奇奇怪怪と並行した人格の一つなの。『奇奇怪怪』にこの私『キキ』、人間だった頃の名残の『清明』、この前生まれたばかりの『鵺』…… とかって、まだまだいるんだけど、とにかくいろんな奴がごちゃ混ぜになってるわけ。わかる?」
「よく分からん」
「まあいいわ。私は私で奇奇怪怪に負けないぐらいの事が出来るんだから…… イゾウ、あんた私にここまで喋らせたんだから黙ってちょっと見てなさいよね!」
「あ、ああ……」
キキはそう言ってグルカの方へと歩み出た。
グルカは勇んだ様子のキキをせせら笑った。
「小娘、奇奇怪怪の分身だと言うじゃないか」
「厳密には違うけど、まあいいわ。別に秘密でも何でもないし、事実だし」
キキはそういいながら自らの細い両腕をグルカの方に向けた。
この時、グルカの『鬼の眼』はキキの未来への行動の意志を捉えていた。つまり、相手が何をしようとしているか、をである。つまり、グルカの能力は相手の考えている事の表層を視覚的に読み取る力、あくまで現在を読む能力である。作者、苦渋の選択であった。
そんなグルカの目に映る疑似的な未来は奇妙なものであった。
キキは動こうとしない。動かないようにしようとする意志である。そして、しばらくして何かを呟くことを予定している。魔剣グルカゾクを手にしたグルカの前でこのような不用心はまことに不気味である。
こうなるとグルカも動くことはできない。チラリとイゾウを見やる。イゾウの方はグルカの謎の見切りを破らんと様々な方策を頭の中で練ったり魔剣と脳内会議をしているらしいが、どれも取るに足らない下策ばかりでグルカは鼻で笑うのみである。
「あら、余裕そうね」
キキは予定通りに言葉を紡ぎ始めた。グルカとしては行動の意志は読めるが、その意図というのは基本的には読むことができない。また、何かを言おうと口を動かすことはわかるがその言葉まではわからない。あくまで表層的な意思の一部を読むだけの未完成の能力、ククリの真に『未来』へと迫る能力には程遠いとグルカは考えている。
「未来を読むのではなくて? このままじゃ、アンタ死ぬわよ?」
キキの言葉にグルカは後ろ拍子抜けした。
(なんてことは無い、ただの挑発、強がりだ)
グルカは呆れたようにグルカゾクをキキに向かって振り上げた。
(少女の形をしているが中身は得体の知れぬ魔物、ここで殺しておくに限る。不死だろうと我がグルカゾクの封印魔力で細切れにして物言えぬようにしてやる)
キキは相変わらず両手をグルカの方に突き出したままである。だが、口が動いた。
「あなた、自分が起こす行動がどんな未来に着地するかは見えないのね。だから、自ら動くことができず、とっても臆病なのね」
グルカはギョッとしてキキの方を見やった。まだ動こうとしない。
「私ね、両手から透明な毒ガスをあなたに吹き付けていたの。気付かないでしょうね、見えないもの。私、動いてないものね」
グルカはハッとした時にはすでに遅かったらしい。キキの意志を読み取ると腹の立つ事に動く事などまるで考えていない。勝負は既についたということか。
グルカはキキに完全に手玉に取られていたと痛感した。少女の形をしているくせにまるで歴戦の術師のような人(魔物)を舐めくさった戦い方、この妖怪少女は何者か?
(いや、そんなことは関係ない。死ね、殺してやる。振り上げた魔剣を降ろして脳天を叩き割ってやる)
グルカが眼をいからせキキに襲い掛かる。
「逃れろ馬鹿!」
イゾウは慌てるがキキは動かない。
「イゾウ、この鬼止めて。私死んじゃうわ」
振り下ろされる魔剣を目前にキキはポツリとそう呟いた。
「馬鹿野郎、間に合わんぞ!」
イゾウは駆け出したが間に合わない。
「バイバイ、またね」
グルカゾクはキキを真っ二つに隔てた。