灼熱と魔鉄の爆弾
何を思ってか二日連続の投稿です。
鉄鬼は弱くない。決して、弱くない。たとえその鉄の体が黒く錆びついてしまったとしても、魔王候補のような特別な存在でなければ、決して倒せない強者である。
魔鉄の体はほぼ無尽蔵に力を生み出し、魔法による攻撃もものともしない。果てにはそのエネルギーを高度な形で扱う技術も会得しているのであるから、一隻の戦艦、一城の要塞と戦力を比べてもいいぐらいである。
相手が悪かったと言うしかない。ベクトルは策と罠を用意していたのだ。
ベクトルに向かって振るわれた拳はベクトルの体に直撃し、骨格を砕くものと思われた。
鉄鬼は高揚し、イゾウは戦慄し、ベクトルはその衝撃に直撃する。
そこに、何らかの『術』が発動した。
ベクトルの体だったものは、拳に触れたそばから透明な液体にすり替わり、鉄鬼の右の手から肘までにかけて大量に付着した。
まるで空を打ったような感触に、鉄鬼は違和感を覚える。
イゾウのいた場所からその光景を見ても、ミスディレクションのようなトリックを使ったようにも見えない。
思ってみれば、この襲撃において鉄鬼の想像の範疇であるようなことはほとんどなかった。鉄鬼の正常だった精神の城壁は、同胞の死と異常事態に半ば崩されつつある。
そんな中、
『魔王の太祖たる大魔王よ。魔王の礼によりここに選定を行う……。』
そう言ったのは、どこからか現れた二人目のベクトルである。
鉄鬼には既に冷静に状況と相手を分析できる余裕はない。たとえ手玉に取られていると分かっていても、もがかずにはいられない精神状態にあった。
「そっちかぁ!」
ベクトルに避けられる隙を作らないように、左手で大きくなぎ払う。だがこれも、水のように液状化した何かを掴むのみで、ベクトルの実体には迫らない。
『しるしの命に従い、魔王塚に彼の首を晒す』
今度はベクトルが三人、鉄鬼を囲うように現れ、合唱のように声をそろえて言う。
『須らくは魔族のために……』
ここに来て鉄鬼は更なる異変に気付く。ベクトルが化けた液体が鉄の肌を黒く焼き焦がし、付着した部分から肉体としてのあらゆる機能を奪ってしまっていたのだ。
まるで壊死してしまったかのように両腕は力なく、不自然に垂れ下がる。
『魔王の為すべき大儀は唯一つ』
三人のベクトルのうち、二人は鉄鬼の両足に、もう一人は胴体にからみつき、再び体を犯す怪液体へと変化しては、鉄鬼の体を駄目にしていく。
『軍を進めよ。そして……』
鉄鬼は気付けば、動かせる体の箇所が首から上しかなかった。
不思議、では済まないこの状況にもののわずか数十秒で陥れられた鉄鬼は、訪れる死に対して覚悟を問う暇もない。
イゾウの使っていた魔剣をいつの間にか拝借していた新しいベクトルは、片手で鉄鬼の体を押し倒す。
鉄鬼は何の抵抗もできなかった。何かわめきたい気持ちもあったが、肺が言うことを聞かない。
ベクトルは魔剣を鉄鬼の首にあてがって、文句の最後を口にする。
『願わくば、人類廃滅の礎となれ……』
振り下ろされた刃は鉄鬼の首を一刀両断し、首は力なく地に落ちた。
傷の断面からは血が吹き出るということもなく、既に、鉄鬼の体としての機能が破壊されつくしていたということを悲しげに物語っていた。