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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
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『鬼の眼』のグルカ

イゾウ達は真夜中に襲撃を受けた。

「あっちだ、追え!」

コントン弓兵部隊と同様、地理情報において数枚上手の射手たちが影から影へと飛び移りながら突如斬りかかってきたり何やら魔法でイゾウの身体を縛ろうと試みてくる。

「魔法矢を射掛けろ!」

 賞金稼ぎの徒党のような連中が十人程、組織立ててイゾウ達を追撃していた。

 ヒネズミやサパ達との割と穏やかな会見の後なので忘れられているかもしれないが、今現在イゾウには割高の賞金がかけられている。イゾウにフられたサパが何気なく情報を彼らに流したものと思われた。

(ふむ、思い当たることと言えば……)

 ベクトルがかけた賞金の事などつゆ知らないイゾウであるから、今のこの仕打ちの100%がサパの嫌がらせからきているものと勘違いし、

「ほれ見ろ、こういう手管を使うつまらん輩だったのだ」

と、あたかも自分の人物評が的中したかのようにキキに誇って見せた。

「馬鹿ね、そういうのは逃げ切ってからにしましょ!」

「うむ!」

イゾウは射掛けられる矢をコントン弓兵部隊戦と同様に『釣鐘落とし』で捌きながらシバドウスイの街を駆けた。直接浴びせられる斬撃のほとんどは防御せずに全て受け切った。

「化け物か、コイツめ」

 資格から飛びかかって匕首をイゾウの脇腹に突き入れ、少しは動きを封じられるかと笑みを浮かべた賞金稼ぎの一人が、次の瞬間には『鎌鼬』で頸動脈を掻っ捌かれて断末魔の声を挙げた。手当によっては助かることもあるだろうが、戦闘不能である。

 イゾウは夜の闇にも敵の姿をよく写し取れていた。

「よく見えるな。つくづく良い体だ」

 魔人の眼は夜目がよく効いた。薄暗い魔界に棲む魔物たちのほとんどはそのその能力を持ってはいるが、魔人のそれは特別製である。

「駄目だ、魔法矢も弾かれる」

 さて、魔法矢が効かないとくると組織立った追跡というのも難しくなってくる。魔人というのは物理的にはほとんど疲れ知らずでもある。

「ちぃ、魔法剣士でもあるのか」

「どうする。『鬼の眼』の先生に助太刀を頼むか?」

「ああ。魔法剣士に対してあの方は無敵。分け前は半分以下だが……」

「仕方あるまいな。ほれ、『召喚証文』をかせや」

「ほらよ」

「ようし」

賞金稼ぎの一団はあっさりと引き下がった。


「む、諦めたか?」

イゾウは足を止めかけたが、キキが諌めた。

「まだ終わりじゃないわ。こういう連中はすぐ助っ人に頼るものよ」

「助っ人?」

「やり手の用心棒や殺し屋は、ああいう連中にいつでも自分を召喚できる『証文』を予め配っておくものなのよ」

 霧が立ち込めてきた。乾燥した地域に属するシバドウスイに霧とは、ただ事ではない。術である。

 キキはイゾウに手を引かれ走りながら眼光をチロチロと光らせて辺りを探った。

(まずいわね。霧で『結界』を張られそうだわ)

キキはイゾウに尋ねた。

「イゾウ、この霧を掃えない? 魔力でバッと!」

「むぅん、『鎌鼬』!」

イゾウは咄嗟に最も攻撃範囲の広い『鎌鼬』を試みたが、そもそも『斬る』技では霧相手には暖簾に腕押しという奴である。

「駄目じゃない!」

 そうこうしているうちに当たりは霧に完全に閉ざされ、イゾウ達は霧の中にできた異界に閉じ込められた。物理的にでも象徴的にでも、ある空間を区切り取るとそこには結界の格好の材料ができる。この霧は結界の『内』を表す象徴となって簡易の無限迷宮を作り上げたのである。

「まずいわ、逃げられなくなったわ」

キキはイゾウを引っ張って彼を自分の背中側に立たせた。

「キキ、この霧は一体なんだ?」

「いい事、イゾウ? 私たちは霧の中の結界に閉じ込められたわ。恐らく術者もこの霧の中に潜んでいるわ。そいつを斬りなさい」

「あ、ああ……」

 的確、というよりはあまりにも場慣れしているような指示にイゾウはたじろいだ。何度も立てた問いだが、このキキという少女は何者なのだろう。魔剣はこの少女をあの幻影変態幻術糞野郎である奇奇怪怪の縁の者、あるいは本人と言い切っている。奇奇怪怪に今のキキの様なハキハキとした判断指示ができるとは思われないが、だからこそあとで「えへへ、俺でした」と言われそうな気もする。

(イゾウよ、今はこの窮地を乗り切るのが先決じゃ)

イゾウの思考に魔剣の精霊が口を挟んできた。

「分かってるよ」

「?」

「何でもない」

 術の夜霧はイゾウをして数メートル先以上先を見えなくせしむる程の濃密さを以て彼らを取り込んだ。

「どこから何が来るか分かったものじゃないわ。背中は任せなさい」

キキはさも当然そうにそう言い切ったのだが、キキに背中を任せて何が大丈夫なのか、イゾウは雰囲気に流されてその時は疑問に思わなかったが、後後考えてみるとおかしなことであった。

「ねぇ、何か聞こえない?」

「足音か? だが、音の方だけに気を取られるな、どんな不意打ちの仕掛けを使ってくるか知れたものではない」

イゾウは気を抜くことなく辺りに神経を張り巡らせたが、敵は賞金稼ぎ達とは違い正面きっての闘いを望んだようである。

「不意打ちなどせぬよ」

カランコロンと木製の下駄特有の足音が近づいてきた。

 どうやら敵はイゾウ達の前方、ほんの数メートル先にいるらしかった。

「サパとかいう男の手下か?」

「いや、違うが……」

 見えない敵はイゾウを驚かせる名前を二つ口にした。

「憎きベクトル=モリアの配下『魔人イゾウ』か。何という幸運、こんなところでククリの手掛かりを得られるとは」

「ククリだと?」

「申し遅れた。私は『一種族一妖怪』の一角にして『神の眼』たる『ククリ』の本来の持ち主」

「名は?」

「『鬼の眼』の『グルカ』」

霧の向こうに薄らと影が見えてきた。細身であるが長身で、頭部にはククリと同様の角が生えていた。

「はん、『ククリ』の『持ち主』とは、大きくでたな」

「事実ゆえ」

「知った事か、覚悟しろ、死ね!」

イゾウは居合抜きに『鎌鼬』を霧の向こうへと跳ばした。全く予備動作の無い流れるような一撃で、下手をすればこの一撃でグルカの上半身は下半身と別れを告げる羽目になるのではないかと思われた。

 だが、

「ククリの『持ち主』を名乗るからには『見えぬ』と始まらぬよなぁ」

グルカはイゾウが魔剣を抜き放つ直前に身を避けるのではなく、逆にイゾウへと向けて走り出した。

「捉えた!」

二者はほぼ同時に叫びながら互いに得物を互いの身体目がけて繰り出した。だが、突撃を経てすれ違った後の二人の状況は大きく違っていた。

 グルカは大きく息を吸って、その息を吐くようにしながら言った。

「未だ来ないものを見る、すなわち『予知』」

心身ともに緊張も興奮もなく、イゾウの脾腹に難なく魔剣『グルカゾク』を突き入れたグルカに対して、見事に斬撃をいなされ緊張と恐怖の極致にあったのはイゾウである。

 一瞬の攻防を見てキキは悟った。

(ヤバい、これはイゾウじゃあ勝てない)

 イゾウも衝撃を受けていた。純粋な剣術の領域でグルカの所作は神の域に達していた。剣の達人の中には気当りで相手の動きを予測して動くことのできるものが大勢いるが、グルカはさらにその先が見えているようである。

(こんな剣があるのか)

イゾウが衝撃を受けたのはまさにそこであった。

 イゾウは恐る恐る口にする。

「まさか、お前は未来が見えるのか……?」

腹に刺さったグルカゾクの切っ先から注入される魔力毒に抗いながらも呆然とした。イゾウはククリの予知を失ってへし折れた姿しかよく知らない。その簡易版であるらしい『鬼の眼』の作動だけでも十分に脅威を感じたし、実際脅威であった。

「君の動きは予め私に察知される。君が私の予知をどう『意識』しようが、決して変えられない敗北の未来へと導かれるのだ」

グルカはグルカゾクを引き抜いて飛び退いた。

「魔人にも魔力の『毒』は効くらしい。勝負あったかな」

涼しげにそう言ったグルカに対してイゾウは汗を吹き出しながら睨み返した。

「いいや、まだまだ」

イゾウは血中に流れる魔王水の恩恵で毒への耐性が非常に高い。それでも効いたのはグルカの魔力が強力だったからである。

「ほう、まだ立てるか。丁度いい、一つ質問なのだが今『ククリ』と『ベクトル』はどこにいるのかね?」

「知った事か」

「知らないのか。知らないのなら仕方ないな」

グルカは血の滴るグルカゾクを再び構えた。

「とでも言うと思うかい? 残念ながら手がかりらしい手がかりは君しかいないんだよ。ちょくちょくあいつと関わるのはそれこそ『大黒同盟』ぐらいなものでね、少し手を出しがたい」

イゾウはせせら笑った。

「未来とやらが見える癖に奴らが怖いか」

「私の『鬼の眼』に見えるのは『その場』の『ほんの先』の『未来』。『神の眼』とは比べものにもならないカス能力。まあ、戦闘者としては十分なほどの威力を持つのは今お目にかけたところだが」

グルカは鼻で笑った。

「大黒同盟を、大黒天を本気で敵に回すなど考えられん」

「……それとククリに何の関係がある?」

「簡単な事、ククリの『神の眼』を私が手に入れる。出来るはず、もう少しの所だったのだ……」

グルカの顔が憎悪に一瞬歪んだ。こうして間近で見てみるとどこかククリの面影があるようにも見える。血縁者故に似た能力を持ったのか。

「へぇ、成程」

毒のせいか治りの遅い脾腹の傷口を押さえながらイゾウは不敵な笑みを浮かべた。

(よくはわからんがこの男お喋りが過ぎる)

余裕のなせる業だろう。グルカは万に一つも負けるとは思っていない。イゾウに何を話したところで障害になるとすら思ってはいないのだ。

 確かにこのままでは勝つ見込みなど無い。自分のやることなすことが予め知られるのであるから、対策も取りようがない。それに、本当にククリの居所など知らないのだから、この場でグルカに勝つ意外に逃れる術は無いのである。

 イゾウは一瞬キキの方を振り返った。

(ち、一つ、賭けをするか……)

 イゾウは意を決して傍らのキキに囁いた。一世一代レベルの大博打、鬼が出るか蛇が出るか。

「なあキキ」

「何?」

「お前幻術使えるか? つーか、使えるよな?」

「!?」

イゾウはキキが奇奇怪怪であることに賭けたのであった。

そろそろ出そうと思っていたキャラクターが出尽くすので、がしっと引き締めていこうかと思います

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