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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界リボルバー
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皮衣の火鼠と毒糖のサパ

 イゾウは魔剣を抜く。その刀身は前よりも伸び、黒く歪んでいる。イゾウが魔剣に必要とするイメージが変わってきたのだ。

(今までのように脈を掻っ切るだけでは足りん。骨を砕き臓を破る「破壊力」がもっと必要だ)

魔剣自身はその変化を好意的に捉えている。イゾウの精神面がより戦いに特化し、魔界に順応してきていることのは喜ばしい事である。

「いい魔剣じゃあねえか。良し、何処からでもかかってきな!」

赤い用心棒は相変わらず片手で長剣を高く構え、もう片方の手で何やら魔法の印を結んでいる。予め魔法陣をどこかしらに仕込んであれば、そういうスイッチでも容易に魔法を起動させることができるのだ。

「『東方妖怪流』奥義『鎌鼬』」

「ほう?」

イゾウは用心棒と間合いを保ったまま魔剣を振った。

ガキィィン、と金属音が用心棒の前で起こる。これは『鎌鼬』を用心棒がしっかりと長剣で受け止めたためである。

「遠隔斬撃は魔剣士の長年の課題だわな」

用心棒にはよく見えていた。イゾウが魔剣を振りかぶる瞬間に、まるでカメレオンが舌を伸ばしたかのように魔剣の切っ先から細く長い刃が飛び出したのだ。これが鞭状にしなって敵を切り裂くのである。

 『鎌鼬』とは、魔剣を瞬間的に魔力で変形させて高速かつ長リーチで斬りつける初歩にして奥義に位置する技である。このテクニックこそ『東方妖怪流』の入り口であった。

「くっ」

イゾウはたじろいだ。今までに訳の分からない術や圧倒的な肉体で立ち向かってくる敵は大勢いたが、正面から技巧を見破られて正攻法で対処されたのは初めてである。

 そういう事ならかえってイゾウは生前に近い戦法を取るしかない。イゾウは異様な独自の前傾姿勢、通称『死神の構え』を取った。

「へ、隙だらけじゃねえか」

イゾウの体勢は頭部を前に投げ出す形になり、用心棒の長剣のリーチにすっぽりと収まるものである。

 用心棒は長剣を真っ直ぐ振り下ろしてその隙を狙う。もちろんこれがイゾウが敢えて作り出した隙だという事を予想していたが、これを恐れるやくざ者ではない。

 対してイゾウは防御をするよりもそのまま前傾姿勢を増し加速する。重力を利用して重心移動に緩急をつけ、伸び上がるように迫る。そもそもイゾウにとって長剣で頭を打たれるぐらいはどうってことは無い。問題なのはバアキでもイゾウを昏倒させた魔法の左腕である。奇奇怪怪の幻術然り、コントン弓兵部隊の魔法の鏃然り、魔人の身体に効果的にダメージを与えられるのは魔法において他はない(ただし鉄鬼は除く)。

 

 振り下ろされた長剣はイゾウが頭と左腕で受け止めた。一センチほど肉に刃が食い込んだものの、血管を流れる魔王水による腐食が早くも長剣を侵していく。イゾウには決定打にはならない。

 

 この隙にイゾウは魔剣を用心棒の胴へと運ぶ。

(恐らくこの魔剣の攻撃を魔法の左腕で受け止めてくるだろう。その隙に蹴りの一発食らわせてお終いだ)

イゾウは躊躇せずに魔剣で用心棒の右脇腹を打った。用心棒は敢えてガードを行わなかった。

「何!?」

しかし次の瞬間、魔剣が斬りこんだと思われた場所から爆炎が噴き出して魔剣を弾いたのである。まるで彼の身体に地雷が仕掛けてあったような爆裂がイゾウを襲う。

「油断したな、ワレ」

魔剣を押し戻されたイゾウに向かって自由なままの魔法の左腕を突き出す用心棒であったが、イゾウも工夫をした。爆炎に弾き飛ばされた反動を利用して逆回転、もう一度、今度は用心棒の左脇腹を狙う。


 互いの攻撃は同時に互いを打った。

 魔法の左腕はイゾウの肩を強か撃って電撃を与え、魔剣も今度は爆炎に弾かれた勢いも乗って、再び爆炎を吹く用心棒の脇腹をギリギリ捉えた。

「ぐぅ」

「げぇ」

小さく呻き声を上げ、二人は思い思いの方向に一旦飛び退いた。用心棒は爆炎で弾きながらも二度撃たれた脇腹を押さえ、イゾウはバアキの時のように電撃に身を焼かれていた。

「やるな……」

「ぐっ…… お前もな」


 ほんの十数秒ではあるが、一本の勝負としてはこれくらいなものであろう。

「一本目は引き分けね。さあさあ決着がついてないじゃないの、イゾウ、アンタ根性見せなさいよね、もっともっと」

キキは興が乗ってきたようで、石畳の端っこで胡坐をかきながらああだこうだと喚いている。

「ちっ、勝手なことを」

「せやな」

二人はほぼ同時に構えを解いた。

「そう言えば、あんさん名前は?」

「イゾウ。お前は?」

火鼠(ヒネズミ)や。『皮衣の火鼠』っちゅうのが通り名」

「火鼠か、成程」


 用心棒改めヒネズミは腐食が進行しボロボロになった長剣を捨て、今度は両腕で印を結んだ。

「ステゴロは本気の証やで。剣なんかいらなかったんや」


 対してイゾウは両手で魔剣を構えて切っ先をヒネズミに向けた。

「東方妖怪流奥義『蓑火(ミノビ)』……」


 今度はヒネズミの方が飛び出した。対してイゾウはこれを迎え撃つことなく目の前の地面を円を描くように切り裂いた。

「鎌鼬、か?」

ヒネズミは一応警戒しては見たが攻撃は来ない。

「分からないだろうな。この奥義の前では剣は無限に、見えないところから襲ってくる」

まるで魔剣が言わせているかのような台詞である。


これに対してヒネズミも臆することなく拳を振るってかかる。迂闊に攻撃を受ければ魔法攻撃、迂闊に攻撃をすればあの爆炎による防御、攻守を具えた割と堅実な闘法である。長剣は本来の闘法を隠すための補助具だったらしい。

「うらぁ!」

「てやぁ!」

キキは飽くことなくこの二人の爆風吹き荒れる格闘を見物していたが、

「日が暮れるころには勝負がつくかしら?」

などとその内にはその辺で昼寝をし始めた。


 さて、大黒同盟本部からイゾウに賞金を懸かることを通達された幹部『毒糖のサパ』は再び大黒同盟の幹部回線を使ってある人物に連絡を繋げていた。これはいわゆるテレパシー発生装置のようなものである。ベクトルもこういうのをバンバン使えばいいのに、と思わない事もないが、これにはとても金がかかる。魔王軍を編成した時に他の奴に出資させて用意させればいいという気でいたらしい。


「お久しぶりでございます、お師匠様」

(ん、サパか? 久しいのう。いや、バアキで会ったか……)

「あの時はご挨拶を申し上げられず大変失礼をしました」

(よいよい。あの時はワシも術後で疲れておった。手も足も抜け落ち…… ふん、お前の所の大統領と同じよな)

「ええ、まあ、はい……」

(して、何の用だ?)

「魔人イゾウが同盟の賞金首のリストに加えられたのをご存知ですか?」

(ん、そのことか)

「どうせ賞金を懸けたのはベクトル本人であろうと思いまして」

(…… だったらどうする?)

「場合によっては私が飼ってもよろしいまして」

(?)

「大黒同盟は懸賞金の払い込みと正式な依頼さえあれば、如何なる相手にも賞金をかけます。大黒天様の好敵手たる彼の者の依頼であってもそれは変わらないのです。ですが、だからといって私が魔人を殺す義務はないのです」

(確かに、それもそうだ)

「別にはした金にも興味ありませんしね。ですが、そのイゾウについて一つだけ」

(ふん、あの若造が何かやらかしたか?)

「こやつは今『魔王の懐刀』を探していると、この地獄耳に入ってきました」

(何!?)

「ああ、ふふふ、成程、そうですか。そういう反応をなさるのですね、わかりました。では、失礼いたしますバグ様」

サパは魔法の通信を打ち切った。師とは言え今は敵対勢力同士、師弟間のある種の甘さを利用した鎌かけは無礼極まりないものではあるが、その程度の無情さは常に肯定してきたのはまさにその師、バグだったのである。サパは申し訳ないなどとは露程も思わなかっただろう。


 このサパという男、どうやら腹に一物ある、もしくはわけありの人物を飼う趣味でもあるらしい。読者諸賢はとっくに気が付いているだろうが、その直属の部下『火鼠』も通り名からしてアレである。大黒天同様、サパも魔王勇者の二極構造を陰で操る存在に嘴を挟みたいのかもしれない。


「ふふ、バグ様もギョク殿が亡くなってからというもの、まるで腑抜けてしまわれた……」

嘆ずるそぶりを見せてはいるが、本心ではあるまい。魔界の典型的な魔物とは彼のような者を言うのだろう。



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