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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界リボルバー
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キキ

新章突入です。しばらくベクトルには黙っててもらって、イゾウが大いに暴れる事でしょう。たぶん

雨傘山から西に百数十キロの荒野、雨傘山の一件から数日後。


「ねえイゾウ、お腹減ったー。夕飯食べようよぉ」

「馬鹿、昨日食べただろ?」

「やだ、今日も食べる!」

「金なら無いからな。もっとも、ここいらに店などあるものか」

「いいもん。そこら辺の草でも魔獣でも食ってやるわ」

「へいへい」


 魔人にして魔王候補ベクトル=モリアの懐刀(予定)の男、イゾウは、壮絶なる魔王候補共の戦いから感じた疎外感にやりきれなくなり、戦場を抜け出して何処かへと走り去ったのであった。

 本格起動すれば不眠不休で戦い続けられる文字通り『モンスターマシン』な身体を持つ彼は、とにかく雨傘山から、ベクトルから逃げ出そうと昼夜を問わず走り続けた。とにかく『飼われている』ことや動機無く戦う状態から逃れたい一心であった。


 そして三日三晩走り続けた日の朝、イゾウは共に旅をすることになる少女、キキと出会ったのである。彼女との出会いは鮮烈なもので、雷に直撃したかのように縦に裂けた木の残骸に、血まみれで突き刺さっていたのをイゾウが助けたのが縁になった。今ではその時の惨状が嘘のように快癒している。


「全く、よく食う娘だ」

 イゾウは『東方妖怪流』『鎌鼬』でそこら辺に居た猪豚を仕留め、火を起こした。イゾウ本人は飯を食べなくても死にはしない(肌荒れなど、ビタミンやミネラル不足で起こる身体への異常は起こる)のだが、慣れた今となっては周りがそうでない事をつい忘れてしまう。「昨日食っただろう?」などと恐ろしいことを言うが、彼に悪気があるわけではたぶんない。人間とは違う生活リズムを持つペットに対してついつい人間と同じような感覚で餌をあげてしまうような、そういう感じなのである。

「あー、お腹いっぱい、ご馳走様ね。あーあ、後は冷たいやつの一杯でも飲めたら最高なのにね」

「ん、そうだな」

「そうよ……そう、麦酒持ってきなさいよ…… もう……ZZZ」


 猪豚をきっちり一頭分腹に収めたキキは焚き火の横でいびきをかき始めた。魔界は常に薄暗いが夜である。空には星々が鈍く輝き、それ以外に明かりといえば眼前の焚き火を置いて他にない。

 イゾウは眠らなかった。荒野とはいえ何が起こるかわからないのである。特に岩盤を砕き突如出現したあの大怪物など目の当たりにしたばかり、なおさらイゾウにはそういう気持ちが起こっていた。

 

「なあ、イゾウ。お前は既に気づいているはずだろう?」

魔剣の爺様がイゾウに語りかける。

「何を?」

「この娘は危険じゃ。この娘は邪悪、そのものだ」

「それがどうした?」

イゾウは自棄なのかそれとも大物ぶっているのかは知らないが、魔剣の鞘をぐりぐりと弄りながらそっけなく答える。

「どんな奴だろうとベクトル殿には勝てねえよ。アンタも見ただろう? あの恐ろしい『亜空』とやらを、あの大怪物を飲み込んだ透明の化け物を……」

イゾウは『亜空』が心底怖かったらしい。

「馬鹿者。『勇者よりまず魔候(魔王候補の意)』という言葉がある。遠くに聳える巨大な力よりもまず目の前の敵を注視せよという教えじゃが、お前はそれがまるでわかっとらんな」

「ふん、何とでも言え」

イゾウは鼻をほじった。魔王水の血から漏れ出でる重金属強酸性溶液に塗れた鼻糞は書いてるこっちまで気分が悪くなる代物であった。

「そもそも、よ」

イゾウは金属質の鼻糞をピンと弾いた。

「そもそも、だったらどうしてあんなところであの『奇奇怪怪』がノビてたんだよ? あいつ、雨傘山に居たんじゃないのか?」

「分からん。物知り爺さんにも分からんことはある」

 イゾウは警戒心も何もなく寝転がっているキキを、魔剣が見抜いたように『奇奇怪怪』だとはとても思えない。確かに尋常でないのはどこか感じるが、見た目や振る舞いそのものは至って普通の妖怪少女である。灰色の肌に尖った耳、所々羽毛のようなものに包まれている。まるで猫のような印象を受けた。

「本当にこいつが?」

「間違いない。お前、あの鵺にあれだけ幻術漬けの死にぞこないにまで追い込まれたくせに、わからんか? 気配が実に似ておる」

「分からねえなあ」

魔剣には精霊たる故にイゾウよりも敏感な部分もあるかもしれない。だが、イゾウは魔剣の言う事がどこか間違っているような気がしてならなかった。

「分からんか?」

「分からぬ」

 魔剣の爺様は、

「なんでかのぉ?」

と言って、その後は沈黙した。


 遠く、地獄の釜の底が口を開いたような太陽が上ってきた。かつてはあの禍々しい紅のコロナを纏った灼熱の恒星を『お天道様』などと呼んで無意識にずっと敬って来たのかと思うと、イゾウは何もかもがわからなくなったような気分になった。

 魔界はイゾウの常識を根こそぎにし、今の幽鬼の如き虚弱な精神状態を作り上げていると言っていい。こんな異世界に渡ってきて我を保っていられる紫子やバテレンなどの方が頭がおかしいのである。


 さて、そんなイゾウの煩悶も知らず、

「あら、おはようイゾウ。良く眠れたかしら?」

などと、キキは眠い目を擦りながら勝手を言う。普通なら腹を立てる余地もあるが、イゾウはむしろ、そうやってぶら下がられることに慣れていなかった分だけ新鮮な思いをした。少なくとも、ククリはそういうぶら下がり方をする男ではなかったし。

 ここで勘違いされては困るが、別に、何があると言う訳でもない。イゾウの旅にべクトル以外に指向性を与えてくれるもの、『キキ』という少女はそれ以上でもそれ以下でもなかった。

 もちろんイゾウは非童貞である。生前は京で女の一人や二人は当然のように囲っており、特に人斬り包丁として脂が乗っていた頃などは精力絶倫、行いも相当なものでだった。今の、煩悶に苦しみ妖怪少女を傍らに転がしている姿からは想像もつかないのだが。


「さて、行くか」

 そんなわけで、イゾウはキキのある『目的』のための旅に、何となく同行することになっていたのだ。


「そう言えば、お前の目的はなんだったか?」

イゾウは何の気なしに呟くと、

「刀を探すの。『魔王の懐刀』っていう凄いやつ!」

と、キキは、それはもう嬉しそうに答えた。

 もちろん、イゾウはそんな名前など聞いたことが無かった。

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