亜空間には時間が無い。死もまた
亜空間には時間がない。そのまま永遠に閉じてあれば必ず閉じ込められた大怪物も霧散霧消する他ないのだが、コントンはこの空間に入ったことをむしろ好機と考えた。ゆっくりしていこうではないか。
「『自由結界』よ、大怪物を自由に」
『自由結界』によって、コントンは自在に大怪物の融合を解くことができる。そんな馬鹿な、都合がよすぎる、と思われるかもしれないが、そこにコントンのある種の賢さがあった。
コントンは奇術を様々研究開発し運用するタイプの術師を志した際、最初期にこの『自由結界』術を編み出した。
「魔法は素材と言葉で編まれた織物である」と述べたのは数世代前のとある人間の魔法使いであったが、コントンはその言葉を知ってかしらずか、諸魔法の根源法則であるそれを部分的にでも支配しようと考えた。
もしそれが叶えば大半の凡百が扱うような魔法はすべて無効化、上手くいけば自滅にまで追いつめることができる。驕った魔法使いを皆殺しに出来る、とコントンは仮定し、実際に結構うまくいった。
例えば、かつて龍使いの『歪龍女』という、龍を独自の魔法で無理矢理使役する強力な魔王候補の魔女が居たが、コントンの自由結界に龍が触れた途端その支配が崩れ、彼女は再度魔法をかけなおす暇もなくパックリと食べられてしまったということがあった(その龍とコントンは友人であるとか)。バグの蟲術の帝国も同様の崩壊を迎えた。
刻み込んだ魔法によって精神を支配するという驕った技術を引っ提げてやってくる大敵は、コントンの前では絶好の的なのである。そういう意味で、『自由結界』は魔法使い業界を揺るがす大事件でもある(ただし、『自由結界』を目の当たりにした者がほとんど再起不能のため表面化していない)。これを克服したのはベクトルの手術を受けて蟲そのものとなったバグぐらいのものである。
そして、『自由結界』を前提にコントンは様々な術を考案し、組み合わせ用いたのである。例えその術がどんな奇怪な状況を生んで事態が複雑化しても『自由結界』があれば、その絡み付いた糸を解くことができる。コントンはいわば周りの受験生が筆と硯で筆記試験を受ける中、自分だけ鉛筆と消しゴムを使って試験を受けられるような超絶的なアドバンテージを『自由結界』に見出していた。
故に、『自由結界』こそコントンの名実ともに『第一の術』であると言えよう。
さて、そんな『自由結界』に、大怪物を構成する宝剣『魔王の懐刀の複製』を核とした融合の樹の根は解けつつあった。元よりそうなるようにしてある。
「さて、と……」
コントン本体が大怪物の口から躍り出る。『自由結界』の効果によって体が周りの虚無暗黒空間に迅速に溶けだすことは無い。そういう意味では余裕綽々。本来は絶望を呼ぶ術であるのに、この様子を見たらベクトルとて苛立つだろう。もちろん、だからと言って今の所コントンはここから出る術をもちあわせていないのだが。
「まあ、恐るべしベクトル=モリア、と言えるぐらいの事はある。流石はあのケミカルの息子。まさか『魔王の懐刀』の事にまで気が付くとは……」
コントンは暗闇の中で坊主頭をカリカリとかく。続いて大怪物の口からは取り込まれた山賊の部下や狗たちが生き死にを関わらず這い出てきた。
「ただ、詰めが甘い。『亜空』、恐ろしい術だと感心するが、やはり『空』には及ばない」
そして、コントンの独り言の合間にパライゾウ、鵺、ネクロの三人が大怪物から這い出てくる。
「ありゃ、鉄鬼はもう魂の方がもうお陀仏か。まあ、いい…… 全員集合!」
大怪物は空気の抜けた風船のように萎んでいき、コントンの周りに材料となった亡者どもが群がった。
その中から進み出たのは三人の強者、パライゾウと鵺、そしてネクロであった。
「よお、ちょっとぶりだな、大黒同盟幹部ネクロさんよぉ。頭が、少しばかりスッキリしただろう?」
「ああ、最高の気分だ」
「あ、蘇らせてやった礼はどうした?」
「恩に着る」
鵺、パライゾウ、そして、元々は敵であった狗共においても同様である。
……言うまでもなく洗脳済みである。と言うより脳内にかの宝剣の一部が埋め込まれたまま残留しており、それが彼らを直接支配している。『自由結界』の範囲内にしろ、もちろん自分の術を敢えて消さない工夫だって当然コントンはしている。それに、部下も敵も使い捨てなどには決してしない。
亜空間においても彼は虎視眈々と次の策を練っていた。むしろ、奇奇怪怪という頸木が外れた今、彼はさらなる恐ろしい敵になったのかもしれない。
そして、頸木と言う意味では奇奇怪怪もまた、コントンを失ったことで本性を取り戻しつつあった……