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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
109/128

決戦雨傘山

いやあ、忙しい

 大怪物は、血を揺るがすが如き興奮の熱気で陰鬱な雨模様を照らし始めた。

 魔力の含有量だけならば大黒天や白玉狼にすら匹敵するとまで言われた鉄鬼を核として、知恵者のコントン、武芸者のコントン、邪念に塗れたパライゾウや鵺を取り込ん巨人に輪をかけた様な大巨人、大怪物が咆哮する。その圧倒的なプレッシャーは材料となった内の誰のでもない圧倒的なものである。

「これは、何という魔力量だ……」

狗公方は思わず立ちすくんだ。当然の反応である。

 だが、ベクトルはいち早くこの怪物のキマイラ性と、その杜撰さに気が付いていた。

(そんな荒業の融合で心身が安定するとでも? 笑止、このベクトルがイゾウのちっぽけな魔人の身体を作り上げるのにどれだけの手間と細心の注意を払ったと思っている?)

山頂から7,8階建てのマンション程の上半身を露出しているこの大怪物、一見RPGのラストボスにも匹敵する手強さだが、その反面、原子力発電所の如きデリケートな力強さなのである。

「私と三体のゴーレムが援護に回りましょう。公方殿はその狗神の術にて奴の身体を形作る融合の漆喰を断ち切ってくださるよう。特に首のあたりをズバッと」

「承知した」

狗公方は自慢の脚力でスッと砦の門の上へと跳躍したかと思うと狗神術特有の発光に揺らめきながら大怪物に一目散に向かっていく。ベクトルは呼びつけておいた巨大赤ん坊型殺人ゴーレム兵器『キラージャイアント』の背に乗っかって大股に所々砦を踏み潰しながら向かっていく。

 大怪物は近づいてくる狗公方に気が付いたようで、在りし頃の鉄鬼のように大振りの突きを真っ直ぐに繰り出す。その以外にも機敏な動きに狗公方は一瞬危機感を覚えた。

(おお、何たる豪快さ!)

大振りで真っ直ぐな突き、などと言えばこと戦闘描写においては愚鈍な巨漢が考えなしに繰り出して案の定躱され、手痛い反撃を喰らうためのものと言っても良いぐらいの動作だが(鉄鬼の場合も大体そうだった)、大怪物のそれともなれば最早特急電車の車両が突っ込んでくるも同然である。とてつもない一撃必殺の重みがあった。

 狗公方は俊敏さを活かして蛇行しながら拳の直撃を確実に避けるも、拳を叩き付けられた岩石の雨あられのようなスプラッシュには無傷では済まない。あちこちにすり傷や切り傷を作っていた。

(おのれベクトルめ。援護するというなら防壁の一つでも張ればよいものを……)

半ばベクトルを責めるような気持で狗公方はベクトルのいるであろう後方を振り返る。

 その時、狗公方は大怪物の底知れなさの一端を思い知る。

 まるで巨大な柱のような馬の前足がベクトルの乗るキラージャイアントの直下から飛び出し、彼らを蹴り上げるのを狗公方はちょうど目撃したのである。

 大怪物ほどではないにしろ、常識はずれの大きさを持っていたはずのキラージャイアントの胴体が抉れ、中から魔王水やら様々な薬品が漏れ出している。

 そう、山頂から露出しているのは文字通りその上半身のみに過ぎず、雨傘山の内部には先程ベクトルたちを蹴り上げた馬の下半身が潜んでいたのである。しかも、伝承にあるようなケンタウロスのように人の上半身に対するその馬の下半身の大きさの比が大きく偏ることを考えれば、それは恐ろしいリーチと共に大怪物に恐るべき機動力を生むことが容易に想像できる。

(もしや、ネクロとヘイクロイナから得たのか?)

そして、こんなものが魔界を駆け巡るような事態になれば、人間界との決着どころの話ではなくなってしまう。今となってはもっと戦力が欲しいと思われるものの、流石の大黒天もこの事態は予見できなかったに違いない。

(もっとも、もし予見していて手を打っていたというのならば、あのベクトルを引き入れたことぐらいしか考えられんが……)

先程パッカパカと蹴り上げられたあの男は果たして生きているのやら。狗公方は再び電車の突撃のような剛拳を躱しながら大怪物へと接近を図る。

「走狗疾風剣!」

狗公方は先程狗氏族の魔神、狗神の元へと還ったはずの弟の魔剣術を繰り出し光へとその身を転じた。

「弟の剣で敵討ちたぁ、泣かせるぜ狗公方!」

大怪物の中からコントンがせせら笑う。

稲光と共に刹那、大怪物の首筋に走狗雷鳴剣の鋭利な斬撃が走る。一度に魔剣術を二つ併用するなどというのは剣玉で技を決めながらサッカーボールをリフティングするようなもので、ひどく集中力を要するものである。だが、今の狗公方にはできた。

 しかし、これほどの怪物が首に切り込みを入れられただけでは動じない。

「小癪だぜ?」

コントンは巨大な力を振るう快感にハイになりながら、斬られた首を当然のように自己再生する。パライゾウ、引いては死神神官の身体の特性か、それとも鵺の持つ能力か?

 巨大な上に自己回復する怪物など普通なら手に負えないが、狗公方はさらに加速しながら吠える。

「再生するよりも早く貴様の首を削り取ってやる!」

走狗疾風剣と雷鳴剣の同時使用、しかも連続使用によって狗公方は一秒間に十数回は大怪物の首に斬撃を叩きこむ神速の化身となった。最強最速の斬撃と言って差し支えない。

 さすがの大怪物もこれには怯む。

「く、くく、効くぜ狗公方」

コントンは正直に音を上げた。首が外周をどんどん削り取られるように斬り飛ばされ、頭の重みに耐えきれずにいつゴロリン(ブチッ)とねじ切れてもおかしくない。

 だが、ここで終わるコントンではなかったし、大怪物には切り札があった。核として使用された鉄鬼の、よくよく考えてみればとんでもないあの能力である。

 大怪物は叫ぶ。

「喰らえ、斥力場!」

大怪物は噴火した巨大火山の如く真っ赤に燃え上がった。かつてイゾウを圧倒した斥力発生能力をコントンは発現させたのである。雨傘山を覆う分厚い雨雲がかき分けたかのように大怪物を中心に晴れだした。気候を左右するほどの巨大な力が放出される。

 さて、光の軌道を変えてしまうほどの力場と言えばまずブラックホールなどが思い浮かばれるが、その逆、どんな光をも跳ね返してしまうのではないかと言うほどの太陽的発光によって公方の疾風剣は弾かれた。

「ぬう!」

しかも、最も近くでこの発光を見てしまったため、眼が潰れ、魔力のコントロールも乱れてしまったらしい。狗公方は空中に像を結んだかと思うとそのまま斥力場によってはるか後方にまで押し飛ばされてしまった。その衝撃に、すぐには立つこともおぼつかない様子である。

 大怪物、およびそれを主観として操作するコントンは勝鬨を上げた。

「ざまあ見やがれ! くへへ、この大怪物はなかなか行ける。俺の作ってきた駄術共の中でもいける口だな」

コントンは悦に入った。その拳は再び握られ、首が再生する頃合を見計らって公方に最後の一撃を叩きこもうと右腕を振りかぶった。

「兄弟仲良くあの世に行けよ公方」

 狗公方、絶体絶命の危機である。

 だが、この時、コントンは完全にある男の存在を忘れていた。情報を得てからはあれ程警戒していたはずのベクトル=モリアから、つい目を離してしまったのである。

 そして、これが大怪物の命運を分けた。

 

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