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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
105/128

走狗疾風剣と、その兄の剣

改めてこんなことを申し上げるのもなんですが、いつもこの小説を読んでいただきありがとうございます。いつになく感謝の念で胸が溢れております。

 狗公方の精鋭部隊が山賊の砦の門に突入するかしないかという頃、一方のベクトルは暢気にこんな予言をしていた。

「イゾウ、狗公方の所へ行って本物の魔剣士の戦いを見てこい。この軍の主とその弟の戦いが始まるかもしれん」

 ベクトルの予想では狗夜叉と狗公方が遅かれ早かれぶつかる。これは運命上の必然に等しかった。互いを知り尽くした二人の剣豪が、不本意な結末とはいえそれぞれが対岸にて睨み合っている。兄弟相克にそれ以上の理由など、魔物には必要ない。それに、よく見れば雨傘山というのもなかなかどうして風情のある山、雌雄を決するにはおあつらえ向きのロケーションである。妖怪たちからしてみれば妖怪の山々に勝る風情などあり得ないのだが。

 ベクトルは続ける。

「お前はこれから見てくる戦いのレベルを超越しなければならない。私の魔人ならば、超えて、当然……」

ちょっと狂人めいた過剰な自信にイゾウは内心ヒヤリとした。ベクトルが半分『化けている』ように見える。もしかしなくてもちょっとイラついていそうだ。

 今更なことだが魔界の戦闘はイゾウが今まで生き抜いてきたどんな修羅場よりも奇怪で惨劇めいていた。魔鉄の巨体と斥力場を駆使する鉄鬼、眼にも止まらぬ早業で蟲と共に蠢くバグ爺、不死身の肉体とえげつない幻術を振るった奇奇怪怪=鵺、一つの生き物のように統率された動きと魔法矢で翻弄するコントン弓兵部隊、その全てがイゾウの戦闘経験を根本から覆した。今や彼も魔界の戦闘に入門しつつあるが、ベクトルの求める『魔人』の境地の頂をまだ想像すらできない。彼の殺人剣が果たしてどこまで通用するか、それをはかるためのククリとの二人旅のはずだったのだが……まあいいか。

「では、見て参ります」

 イゾウが向かったのは妖怪参道へ続く鳥居の正面に位置する、大黒同盟軍狗公方部隊本隊本部である。当然、突然の来訪に対して対応は荒い。

 二匹の狗がイゾウの行く手を遮った。

「ベクトル=モリアの部下か。何用か?」

「戦いを見物して来いと主に命じられた故、通してもらおうか」

「ならん。狗公方殿は秘術『狗神術』のため瞑想中でいらっしゃる。貴様の様な野次馬に構っている暇はない」

まあ、正論である。

「そうか、ならば邪魔にならないように気をつけてやる」

「おい、そうではなくてだな……」

イゾウの図太い受け答えに狗たちが押されかけたその時、本隊のある方向で閃光が走った。狗夜叉の魔剣術、走狗疾風剣の煌めきである。

「あれは『走狗疾風剣』! 夜叉殿が帰っていらっしゃったか!」

イゾウにはいまいち何のことだかピンと来ない。

「ほう、あれがそうなのか?」

イゾウは傍らの木に跳び乗って本隊の方を眺めた。魔人の脚力では容易い事である。詳細は見えないが、次第に風に乗って血の匂いがイゾウの鼻をくすぐる。こればかりは生前からのおなじみだ。

「あれがお前らの主の術か?」

「あ、貴様!」

「ふん、間抜けな三下め!」

 イゾウは、生前につるんでいた忍者のように木々を跳躍して飛び去った。


 その頃、狗夜叉の走狗疾風剣が狗公方本隊に亀裂を走らせていた。本来は不可視の高速剣であるが、斬撃は行っていない故、これはただの高速移動である。

「夜叉殿のお帰りだ!」

「夜叉殿!」

狗たちは同志の帰還に無条件に喜ぶが、狗夜叉の眼は焦点が定まらず、身体中汗でびっしょりである。

「へへ、久しいなお前ら」

狗公方の本心から出た挨拶であったが、その表情は絶望に満ちていた。

 公方には既に、自分が突撃してきた同志たちに行った凄惨な行為が狗の霊魂を通じて知られている。もはや詫びる以前の問題である。例え奇奇怪怪の呪縛から解放されたとしても、許される身ではない。可能ならば兄の剣に倒れ、本当に消え去ってしまいたいというのが狗夜叉そのものの思考であった。

「兄貴は?」

「『狗神術』の最中にございます。魔神化が済み次第本隊をお率いになられ、突撃します」

と、ある狗が答える。その指す方向には懐かしい雰囲気を放つ簡易の祭壇が拵えてあり、その中心で狗公方が瞑想している。とてつもない気の高まりである。

 狗の氏族の者なら誰もが知っている。この術によって狗公方は狗氏族の魔神と接続され、祖霊の能力の行使権を得るのである。そして、大黒天の『紅魔法』の奥義に一度敗れはしたものの、その強さは妖怪の山のトップ、白玉狼(ハクギョクロウ)がかつて一目置いた程であり、狗氏族の誇りでもあった。

(あの術ならば奇奇怪怪を殺せる。俺の事も……)

 狗夜叉は腹を決めた。

「兄貴、俺はもうだめだ。殺せ!」

そう叫ぶと、逆に彼は寄ってきた狗の同志に斬りかかる。この時既に彼の身体は彼のものではなかった。

「気に入らねえんだよ狗っころがぁ!」

この言葉に周囲の狗たちはただならぬものを感じた。もちろん、奇奇怪怪が言わせるのである。彼の死者蘇生が都合の良い名ばかりの張りぼてなのがよく分かる。蘇生ではなく汚染が正しい。次からは『死者汚染の術』とでも呼ぼうか。

「妖怪の山の強豪と名高い狗兄弟の仁義、この奇奇怪怪が台無しにしてやる!」

狗夜叉=奇奇怪怪は本性を現し、走狗疾風剣を狗公方に向けた。このまま自身を光の波長情報へと変換して光速移動し、狗公方の首を刎ねるまでに一秒と掛からないだろう。

「死ねぃ」

狗夜叉=奇奇怪怪が走狗疾風剣の閃光に包まれるその瞬間、瞑想に耽っていた狗公方もまた、淡い青白色の光を立ち上らせた。

 狗公方は目をカッと見開いて吠える。

「外道が!」

その眼には涙を湛えていた。狗夜叉の無事とその奪還を心のどこかで祈っていたが、それは既に詮無きことなのだ。


 ここから先、光の速度の世界は不可視の世界である。見る事とは光波の連続を脳で解釈することであり、例えば光の速さで動く物体を見ることは限りなく難しい事である。だが、そのことを承知の上でこの一瞬を見ているかのように述べさせてもらう。

 まず、狗夜叉=奇奇怪怪の肉体が、塩が水に溶け消えるように空気に溶けていく。同時に狗公方の目前で彼の身体は再構築されて必殺の間合いに迫る。目前の狗公方は怒りに目を爛々とさせているが、疾風剣の光速にはついてこれまい。


青白い光に包まれる狗公方に突撃しながら狗夜叉=奇奇怪怪は、二つの事を思った。

(勝った! 兄弟の剣で死ね!)

(勝った! 兄弟の剣で死ねるのなら本望だ!)

 奇奇怪怪そのものの思考とそれに反抗する思考、矛盾した思考ながらも喜々として公方へと突っ込んで行く。

 狗公方は動じない。今になってやっと瞑想の姿勢を解いたところである。

「せめて、侵されることなく眠るがいい」

疾風剣が公方の喉を掻き切るまでにあと数十センチ、狗公方は身を瞬時に引き、腰に刷いた魔剣に手を伸ばした。腰を落とし、居合の構えである。


 ……イゾウはまだ来ていない。見逃すぞ?

次回予告

 狗公方が振るうは、走狗疾風剣と対を成す走狗雷鳴剣。合わせて繰り出す秘儀『狗神術』の威力やいかに!

 次回『魔王の懐刀』第百十回、『狗氏族の魔神』来週も見てね!


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