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魔王の懐刀  作者: 節兌見一
魔界入門
101/128

狗公方とネクロ

だいぶ間があきましたが、しばらくはこんな感じになります。気長にお待ちください。

 既にベクトルたちは雨傘山の包囲網に到着していた。パライゾウの乱入の三日の後の事である。つい最近まで付近に大黒同盟幹部たちが集合していたためか、この前とは違って賊どころか魔獣一匹出て来やしない、速やかな行程であった(賊の元締めである雨傘山が既に包囲されているのだから当然)。

 むしろ、包囲網に参陣してからの方が面倒はあった。

「大黒天殿の知己とはいえあのような輩を加えるなど、少しばかり危ない橋ではないか。ん、ネクロよ?」

ネクロの想定外の戦力調達にネクロと同じくこの作戦の責任者である狗公方は眉をしかめていた。しかも、同盟の会議で主君に大見得を切った胡散臭い魔導師を、である。不信感は確固として存在する。

 作戦本部らしき持ち運び可能な魔法小屋にピリリと電気が走る。彼らの傍には狗公方の側近などもいたが、狗公方が目配せを走らせて退出させてあり、中にはネクロと狗公方だけである。

 ネクロとて、(イゾウやククリを別として)ベクトルを完全に信用したわけではない。だが、彼には妙な自信があった。あるいは焦り、過信といった脆いものだった。

「私が面倒を見ます。と言いますか、彼らと共に先陣を切らせてください。ご存じのとおり私は幹部でありながら一兵卒。彼らを率いて山をかき乱す分にはご迷惑をかけることもありますまい」

今回の作戦は魔王候補レベルの敵対実力者奇奇怪怪とコントン(そして狗夜叉?)の戦力の撃滅を目的とするが、大黒同盟奇奇怪怪討伐軍も魔王候補レベルの魔物はネクロと狗公方の二名のみで、数の上では互角である。屈強な狗公方の私兵集団の事も考えると同盟軍の圧倒的有利であるが、それでもいきなり幹部級の将が少数で斬りこんで遊んでいられるような温い戦場ではない。何か、ネクロを突き動かす後ろ暗く、彼自身を脆くする何かの存在を狗公方は察知した。彼は、鼻が利く。

「……何を躍起になっている? お前は、功を焦っている、というよりは、次の、次の次の戦いを望む薄暗い闘志にそそのかされてはいまいか」

狗公方はネクロの言葉の節々に宿る奇妙な熱気がかえって心配にすらなった。狗公方はその山吹色の、幾つもの魔笛が仕込まれた装束をユラユラと揺すって狗公方は立ち上がり、窓から雨傘山の方を望んだ。

「躍起になどなっているものか、山賊如きに」

ネクロは返すが、これに狗公方は神妙に微笑む。

「ならば、この前のしぶとい人間の事か? 速やかに勇者を屠り、その後ろに潜むあの男に復讐を遂げたい、か?」

ネクロは答えなかったが、脳裏にはバテレンの嫌味な笑顔がべっとりと浮かんでいた。ネクロはそれを振り払うようにキッと狗夜叉を睨んだ。しかし、ネクロの眼力程度で怯む狗公方ではない。

「若いな、ネクロ。勘違いするな、我らの今の敵は窓の向こうの雨傘山よ」

狗公方は雨傘山の方を睨むと、ネクロのそれに似た黒い炎を瞳に宿した。ベクトルの件について説教をするつもりが、別のスイッチが入ってしまったらしい。

「奇奇怪怪。初代魔王とやりあった大怪物と同じ名前を今更名乗るなど正気とはとても思えなかったが、我が弟が配下についたと聞いてすぐに納得がいった。よくいる型の幻術師だ。幻術に敵も味方も巻き込み、訳の分からない世界へと引きずり込む、どうしようもない。恐らくは弟も、既に私の知るそれではないだろう。そんな、自分が誰なのかもわからず奇奇怪怪の名を騙る程のイカレに弟がやられたと思うとはらわたが煮えくり返る思いがする。だがな……」

「……」

狗公方は憤りに拳を振るわせたかと思うと、不意にぱっと開いた。

「だがな、これこそ魔界だ。生き死にや情愛憎悪など所詮は些末の塵芥よ。焦りなども下らん。貴様も魔物の身となったうえでは常に強者たれ、だ」

狗公方は呵々大笑した。我々からしてみればちょっと理解できないが、まあ、こんなものである。

 ネクロが元人間であることは大黒天幹部の巷では暗黙の内に了解を得られている。大黒天の意向もありこれを危険視、敵視する者はあまりいないが、ネクロは度々これをネタに若造扱いされている。実際、彼は大黒天の中でも一二を争うほどに若かった。私兵も持ってないし。

「焦ることは無い、やがて大黒天の天下が来る。焦ってこんなところで命を落とすな」

 ネクロは狗公方の想定外のアドバイスには少々肩透かしを食ったようだが、

「つくづく魔物はわかりませんよ。まあ、自分は人間の中でも武術のやり過ぎで大分異端の方でしたが」

と、微かに微笑んだ。

「それでいい、魔物の身ならば、それぐらいで結構。……だが、あの男はやはり信用できん。奴らは包囲網の外側に殲滅用として置いておく。これは、この作戦の司令官としての私の判断。かまわんな?」

「……ええ」

ネクロは頷くと、小屋を出た。狗公方もネクロも、大黒同盟の中では外様の立場にあるという意味では似た様なものであった。

次回予告

 狗公方がベクトルに試合を申し込むかもしれない。バグとイゾウが模擬戦闘をするかもしれない。ベクトルが三体のゴーレムを出してくるかもしれない。ククリがナイフと拳銃と未来予知で新しい格闘術を編み出すかもしれない。そして、そのどれでもないかもしれない。

 次回『魔王の懐刀』第百五回、『予定は未定』。次回もよろしく!


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