山賊物見台
なんだか全く話が進まない回となりました
さて、パライゾウを舐めてかかっていた狗夜叉であったが、当初の予測をはるかに超える彼の不死身振りに辟易としていた。不死身ならば料理してやるまでと息巻くも、奇妙なことに料理しても止まりすらしない。
気合を込めて首を幾度斬りつけても血が出ないどころか傷すら残らない。まるで水銀の泉に剣を差し入れているようなくぐもった感触である。パライゾウの脇腹に突き刺さる金属端子もさほど彼を苦しめているようには見えない。
普通、生き物は首を刎ねると死ぬ。奇奇怪怪の時にもおさらいしたが、死ぬ。地球の大体の生物はそうだし、魔界だってそうである。矢に腹を打ち抜かれても無事だったイゾウですら死ぬし、大師匠だってその運命から免れえなかった。
パライゾウが黄巾の乱直前の漢王朝ぐらいの支配力で支配する死神の身体、その製作者たる三怪人ゲンナイはその文字通り致命的な悩み(?)を超克した肉体の大量生産をバテレンに申し付けられ、研究していた。バテレンもひどい事を言う。それはまさしく不死への挑戦に他ならないではないか(しかも軍事利用する気バリバリの大量生産という難題である)。ゲンナイからしてみれば泣きたくなるような指令であっただろうに、なのに、彼は頑張ったらしい。今パライゾウが走っていられるのは奇しくもゲンナイのおかげなのである。
だが一つ、ここに明らかな矛盾が生じる。死神の身体が中々の不死性を有することはよく分かったが、ならば、どうして彼はネクロと相対した時命を落としたのだろうか。死んでいたのではなく衰弱によるスリープ状態というのならば説明がつくが、ならばどうしてパライゾウにこうも容易く乗っ取られたのか。その秘密はネクロにあるのか、それとも死神にあるのか、それすら謎である。
もちろん、狗夜叉は(実はパライゾウも)そんなミステリーなどに興味があるはずもなく、
「しゃらくせえ野郎だ」
と、奇奇怪怪の短気が混じったような捨て台詞を吐いて繰り返し追撃する。
それにしても魔物(たぶん彼らに限ってだが)とは悲しいものである。階段を疾走しながら剣劇を交わすこの二人は一度死を経験し、それなりの邪法を以て蘇生されこの場に立っている。しかも、精神を侵され、もがいているのである。微塵も悲壮さを感じさせない苛立ちと興奮のデッドヒートを繰り広げる二人の姿は、地球にないために美化され憧れの対象となりやすい魔法や呪術の非人道的かつ陰惨な側面をありありと感じさせる。
さて、パライゾウはデタラメに走りつつも戦闘に工夫を取り入れ始めた。せっかく魔力を費やして得た運動エネルギーを享受するのが鎌の先の刃の部分だけでなくてもよいではないか。パライゾウは攻撃するふりをして遥か前方の階段に刃を突き刺し、念じる。
(戻れ!)
何をするにも魔力が必要なわけだが、何故だかパライゾウにはそれが無尽蔵にある。鎖は高速で鎌の柄に巻き取られてパライゾウを加速させる。まるで作者の大好きな架空の武器『フックショット』の如き奇抜な動きに、光と化して速度では遥かに勝っているはずの狗夜叉も目を見張り。
「いいな、それ!」
と面白がる。
狗夜叉が興味を持つのも仕方あるまい。元々この鎖鎌は単体での機動力において魔物に劣っている人間が素早い魔物と互角に戦うために開発された攻防一体の魔法武器である。もはや魔物の身となったパライゾウが使いこなしているのは皮肉であるが、その威力はクルセイダー製だけあって絶大であった。恐らくクルセイダーには三怪人を除いてもこういった魔法道具を使いこなす猛者が揃っているのだろう。バテレンの目論み通りそんな彼らがやがて死神神官の様な不死身の肉体を得たとすれば戦局は一変するだろう。とはいえ、不死身の軍勢が攻めてきても大黒天とかベクトルが何とかしてくれそうな気もする。
そこからはパライゾウも林に飛び込んでの高速空中戦である。木を支点にパライゾウは変幻自在に鎖を手繰って飛び回り加速。とはいえとても光の速さに追いつけるわけなど無いのだが、攻撃をする時は狗夜叉とて生身、一瞬における攻防は両者互角の接戦なのである。そこに狗夜叉の弱みがあった。
まるで、参道の両脇の林がそびえ立つ壁で、勢いよく放ったゴムボールがバチバチと閃光を発しながら跳ね返りを続けているような光景である。砦の物見台から高みの見物を決め込むコントンと奇奇怪怪も、この軽快な剣劇を楽しんでいた。
「まあまあできる。だが、なっちゃあいないな」
降りしきる温い雨に曝されながらコントンはパライゾウをこう評した。
隣に座している奇奇怪怪は
「あの魔法鎌、良いな。あいつはぶっ殺して鎌だけ奪おうぜ」
などとどうでもいいことをブツブツ呟いており、これに「へへへ」とだけコントンは答えた。
「にしても、狗夜叉の奴も不死身相手にはとことん手こずるな。決め手に欠けるというか、不死身相手に勝てないと魔界じゃあなかなかやってけねえよなあ(頑張れ狗夜叉!)」
「全くだ。俺ほどの不死身は魔界でもいないだろうがな。くへへ」
「奇の字はそれ以外からっきしもいいとこだからな。何より幻術はすごいが、あんな弱点持ちじゃお前の手に負えるとは思えん。俺たちは数には滅法弱い(まあ、山賊なのだからそこはお得意のゲリラ戦でもして凌ぐしかないだろう)。一人や二人の相手なら、どんなに強かろうがこうして遊んでられるんだがなあ」
「試しに拳法の一つや二つでもやってみるかねえ? ほら、お前がつるんでた所に居ただろう。火鼠とかいう小っちゃいのがさ。あいつにみんなで習おうぜ」
「駄目だ、あいつは忙しい」
だらけた雰囲気にコントンはぴしゃりと今度は言い放つ。
「冗談よ。くへへ、気にすんなって」
そういうと奇奇怪怪はおもむろに立ち上がって物見台から身を乗り出した。コントンは慌てる。
「まて、まだ手を出すなって……」
「良いじゃねえか。ああいうまどるっこしいのはもういいんだよ!」
奇奇怪怪は制止も聞かず、高い物見台の柵から身を乗り出したまま前転、柵を越え、下方へと落下していった。彼の身体は地面に激突し、その勢いを殺さないようにゴロゴロと転がって二剣士の元へ向かう。何とも無様である。
コントンは奇奇怪怪の幻術によってあらゆる望む結果へと接続された、文字通り短絡的な思考を訝しんだ。
「結局、幻術で引き入れるのかあ。なんだか、詰まらねえなあ」
ポリポリと坊主頭を掻いてコントンはうなだれる。やはり、奇奇怪怪という男の前では真面目に敵の力量を量ってやろうなんていう考え方は損なのである。コントンはだいぶ奇奇怪怪という男の世界に適応しつつあったが、それでもまだ、彼を無条件で肯定できるほどには彼と同化できていない。むしろ、それゆえにコントンは副官なのである、とも言える。
次回予告
始点は再びイゾウへ。襲撃に向けて訓練を行うイゾウ、ククリ、バグを見てベクトルは何を思うか
次回『魔王の懐刀』第百五回、『小さな魔王軍』。来週も見てね!