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悪役令嬢with巨大ロボ

作者: ののめの
掲載日:2026/07/25

ずっと前に書きかけで塩漬けになっていたものをほとばしる執筆欲に任せて書き上げました。

こんな悪役令嬢がいたっていいじゃない。っていうかもういそう。そしてどこ向けの作品なのか全然わからない。

絵にしたらややグロめの表現がありますのでご注意。

 日曜の昼前。都内の某動物園は、大勢の客で賑わっていた。

 詰めかけた客の大半のお目当ては、もうじき中国に返還されるジャイアントパンダのシャオシャオとフゥフゥだ。今を逃せばもう愛くるしい双子のパンダを生で見られる機会はない、とくれば、観覧のための整理券の倍率は非常に跳ね上がっていて。


「やだやだ! パンダ見たい見たい! パンダ見るの!」


 パンダのぬいぐるみを抱きしめて泣いている少女、アカリもまたパンダに会いたいと動物園を訪れた客の一人だった。両親もそんなアカリの気持ちを汲んで開園より少し早く動物園に赴いて整理券を受け取ろうとしたのだが、パンダフィーバーは一家が思ったより手ごわく。今日の分の整理券の配布は終了したという無情な通知を受け、そして今に至る。


「アカリ、パンダさんは今日はもう見られないの。代わりに他の動物を見ましょう。ほら、ふれあい広場にうさぎさんやモルモットがいるわよ」

「やだ! パンダがいいの! 今日見ないと、パンダいなくなっちゃうんだもん!」


 母親がなんとかアカリをなだめようとするも、アカリはあくまでパンダが見たいと譲らない。パンダがもうすぐ中国に帰ってしまうとアカリ自身も知っているからこそ、より一層頑なになっているのだった。


 どうしたものか——と、アカリの兄のアキラと父親は互いに顔を見合わせる。パンダは動画でも見られるよ、と言ったところでアカリは実物のパンダを生で見たいと言って聞かないだろうし、今を逃せば次にパンダが見られるのはいつかわからない。

 アカリはいつまでも落ち込んでいるわけでもなかろうが、それでも今日をずっと楽しみにして指折り数えながらぬいぐるみと共にカレンダーを眺めていたアカリの姿を知っているからこそ、その願いを叶えられないというのは胸が痛む。


「父さん、有給取れない? 平日ならまだワンチャンあるかも」

「む……難しいが……なんとかしよう。アカリのためだ」


 プランBを提案するアキラに、父が顔をしかめながらも頷く。可愛いアカリのためになんとか無理を通そうとしてくれているのだろう。頑張れ父さん、と内心エールを送りつつも、泣きじゃくる妹に次善の策を伝えようとアキラが妹の前にしゃがみ込んだ時だった。


 ずしん、と重い地響きがして、周囲にざわめきが走る。地震か、とスマホを取り出して地震速報を確認したり身を低くしたりする人々を断続的な地響きが襲い、園内に緊張と混乱が広がっていく。


「お兄ちゃん、あれ!」


 突然の事態に涙が引っ込んだらしいアカリが、遥か遠く一点を指差す。アキラがその指の向く先を見れば、陽光を照り返し地響きをさせながらこちらへ迫る赤と黒の一団の姿があった。


「おーっほっほっほ! 頭が高くてよ、下民共! わたくしのお通りですわっ!」


 重々しい鋼の行進の最前列、赤い機体の手のひらの上で少女が声を張り上げる。銀の髪と真紅のドレスをなびかせて高笑いをする少女を、アキラはよく知っていた。


「リリゼア!」


 ——リリゼア・アクマージョ。アキラとその相棒(・・)の不倶戴天の敵である、秘密結社「ランベルガ」の幹部のひとりだ。なんでリリゼアがこんなとこに、と困惑するアキラの疑問に答えたのは、他でもないリリゼア本人だった。


「ご機嫌よう、下民共。今日はかわいいかわいいわたくしのパンダちゃんをいただきに参りましたわ」

「パンダを⁉︎」


 お前もパンダ目当てか、とアキラは目を丸くしたが、アキラ達とリリゼアの目的は同じようでだいぶ異なっていた。アキラ達はパンダを観るだけだが、リリゼアはおそらくパンダを誘拐して自分のペットにするつもりだ。アキラ達の何倍も迷惑で邪悪である。


「お兄ちゃん! パンダを守って!」

「言われなくったって!」


 アカリの願いを受けて、アキラは左腕にはめていたスマートウォッチ型の通信デバイスをタップする。画面に緑の文字で「ACCESS」と表示され、声紋認証モードに入ったデバイスを口元に近付けてアキラは叫んだ。


「ソルザンバー、出動要請(ソウルアップ)!」


 アキラの声を認証したデバイスが「READY」の文字を映し、それが「GO!」という赤い文字に切り替わった時、青く晴れた空にキラリと光る星が現れた。


『銀河特警ソルザンバー! 出・動!』


 白昼に輝く星に見えたものは凄まじい速度で地表へ接近し、バーニアをふかしながら軟着陸する。赤と白の機体を陽光にきらめかせ、かざした右手に銀河特警のエンブレムのホログラムを浮かばせる決めポーズを取ったそいつこそが、アキラの相棒にして心の友であるソルザンバーだった。


「出たわね、お邪魔虫! 今日こそ邪魔はさせませんわよ!」


 ソルザンバーの姿を視認したリリゼアがいそいそと赤い機体のコクピットへ引っ込み、引き連れた無数の機械兵士をソルザンバーへけしかける。


 押し寄せる機械兵士をソルザンバーは鎧袖一触とばかりに一掃するが、そのわずかな隙を突いてリリゼアはパンダの檻からパンダを強奪してしまっていた。


『おーっほっほっほ! わたくしを攻撃したらかわいいパンダちゃんまで巻き添えになってよ! わかったら道をお開けなさい下民共!』

「くっそー! 卑怯だぞリリゼア!」

『卑怯なんて言葉はわたくしの辞書にありませんの。これは戦略的勝利と言いますのよーっ!』


 パンダを収めたコンテナを盾に勝ち誇るリリゼアだったが、その余裕は長くは続かなかった。仲間であるライキリングと合体して威嚇攻撃を繰り返すソルザンバーにリリゼアの意識を向けさせた隙に、こっそりコアユニットだけを分離させていたライキリングがパンダのコンテナを掠め取ったからだ。


『きいいーっ‼︎ 次はこうはいかないわよっ!』


 ソルザンバーの合体攻撃を受け、ズタボロになった機体から「覚えてらっしゃーい!」という負け惜しみを響かせてリリゼアは逃亡した。ソルザンバーに追い詰められた幹部がしぶとく転移装置で逃げるのはいつものことだが、ここまでズタボロにされて拘束(ホールドアップ)されながらも律儀に負け惜しみを残していくのはリリゼアくらいだ。あいつも懲りないな、とアキラは呆れを通り越して感心していた。


「ソルザンバー、パンダは?」

『大丈夫……だと思うが。ライキリングもそっと扱ったはずだからな』


 ソルザンバーは抱えたコンテナをそっとパンダの檻まで持ち運び、慎重に慎重に檻の中へ降ろした。コンテナの蓋を開ければ、二頭のパンダがひょこりと顔を覗かせる。


「わぁ……!」


 パンダの無事を祈りながら見守っていたアカリは、元気に檻の中を歩き回るパンダを見て目を輝かせた。幸いリリゼアもソルザンバー達も慎重にコンテナを取り扱っていたおかげで、パンダに怪我などはないようだ。


「よかったな、アカリ」

「うん!」


 思わぬトラブルはあったが、怪我の功名と言うべきかその影響でアカリも無事パンダを見ることができた。ほっと胸を撫で下ろすアキラと両親をよそに、アカリは生のパンダに無邪気にはしゃいでいたのだった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 リリゼア・アクマージョには前世の記憶がある。


 平和な日本で生まれ育って社会人になり、三十を過ぎた頃におそらくは脳梗塞か何かで死ぬまでの記憶を取り戻した時、リリゼアは自分がいわゆる悪役令嬢という役割(ロール)を背負った存在であると察した。


 ただ、悪役令嬢と言っても前世のWeb小説でよく見かけたソレとは少々異なる。

 銀色の縦ロールツインテ、いわゆるツインドリルに猫のように目尻の吊り上がった紫の瞳、鮮やかな真紅のドレスというコッテコテの悪役系ビジュアルをしたリリゼアは、まだ齢十二の女児。

 幼いながらも悪の才能を見込まれ、秘密結社ランベルガの幹部の一人として巨大ロボを率い、悪事の限りを尽くす無垢なる悪の華。それこそがリリゼア・アクマージョ——ロボットアニメの「悪役令嬢」だった。


 正確には悪役令嬢ではなく、「高飛車お嬢様属性の悪役」と呼ぶべきなのだろう。だが悪役なのも令嬢なのも本当のことなので、リリゼアは自分を悪役令嬢だと思っている。

 実際、リリゼアの家は大変なお金持ちなのだ。リリゼアの父はさる大企業の社長で、世界長者番付に名を連ねるほどの資産家でありながら、裏ではランベルガに莫大な資金を提供している。

 そんな父のもと、何不自由なく蝶よ花よと育てられたリリゼアは高慢ちきでわがままなお嬢様になった。ランベルガの総帥の熱心な信者である父に連れられて総帥にお目通りした時に、その性根を見込まれて幹部に抜擢されたというわけだ。

 なんちゅう雑な人事だ、と記憶を取り戻した今ならツッコミを入れられるが、それも仕方ないことなのかもしれない。なんせ、この世界は対象年齢が低めのロボットアニメの世界のようなのだから。


 世界征服を目論むランベルガには、不倶戴天の天敵がいた。それが悪の機械生命体を追って遥か宇宙の彼方から地球にやってきた正義の心を持つ機械生命体・ソルザンバーと十文字(じゅうもんじ)アキラ少年である。


 ランベルガが本格的に世界征服に乗り出したここ一年、企てた悪しき計画の数々はソルザンバーとアキラ少年のバディの活躍によってことごとく邪魔をされ続けている。故に天敵なのだ。

 ついでに言うと、ソルザンバーが追っている全宇宙で指名手配中の凶悪機械生命体とはランベルガの総帥その人だったりする。そりゃあ悪事も邪魔されるわけだ。


 当然、リリゼアもソルザンバーとアキラ少年には幾度となく煮え湯を飲まされ続けている。リリゼアが高笑いをしながら配下のロボット軍団を率いて稚拙な犯罪計画を実行に移し、それを二人に阻まれて「きーっ! 悔しい!」「覚えてらっしゃい!」と愛機のコクピットでハンカチを噛みながら退場するのがお決まりの流れだ。


 実に陳腐。実に予定調和。だがそんなお約束のルーチンを、リリゼアはそんなに悪くないと思いながらこなしている。

 理由は単純で、リリゼア自身が巨大ロボが好きだからだ。自分専用の人型巨大ロボを与えられ、おまけに自由に動かしていいロボット軍団まで付けられている。これがどんなに心躍ることか。

 悪事を働くのにはちょっとばかり良心が咎める部分はなくはないが、ロボット軍団を率いてオフィスビルをぶっ壊すとブラック企業に使い潰された前世の鬱憤が晴れるようで爽快な気分になれる。

 それに悪の限りを尽くしても、どうせ最後にはヒーローがやってきてコテンパンにやっつけてくれるのだ。それならヒーローの活躍を引き立てるべく、思う存分悪さをしてやろうという気になる。


 そんなこんなで、子供向けロボアニメの世界観の悪役令嬢リリゼア・アクマージョは新しい人生をそこそこ上手くやっていた。

 思うように実績を出せなくても総帥やほかの幹部はリリゼアを責めたり(なじ)ったりせず、「おのれソルザンバーめ」で済ませてくれる。上司による責任転嫁と理不尽な叱責が常態化していた前世の職場よりよっぽどホワイトだ。


 ただひとつ現世のリリゼアの人生に翳りがあるとすれば、それはいずれ来るであろう破滅の影くらいのものだ。


「はあ……」


 ランベルガ秘密基地のドック内で、リリゼアは小さく溜息を吐いた。

 キャットウォークから見下ろす愛機、ローゼンバーグは先の戦いで受けた傷を癒すべく急ピッチで修理が進められている。リリゼアがいつも着ているゴスロリ調のドレスと同じ真紅の機体はロボットアームに手厚い看護を施されながら静かに佇んでいた。


 リリゼアの戦績はこれで十戦十敗。めでたく二桁突入である。

 まだ幼いリリゼアはほかの幹部と比べるとやや出撃回数は劣る。というのも、彼女が企てる悪事は我欲に寄ったものばかりだからだ。

 人気アイドルをさらったり、宝石店を襲撃したり、観光地を占拠したり……といった幼い欲望から来る作戦を実行に移す許可が得られるのは、それによって経済や人心にダメージを与えられると総帥が判断した時のみ。

 作戦会議で却下をされる度にリリゼアは表向きすねたふりをしていたが、「まあそうだろうな」と納得もしていた。ほかの幹部がまともな作戦を立案していれば、リリゼアの幼稚な作戦が通る道理などない。


 今回の「中国に返還されるパンダをさらっちゃおう作戦」は日中関係にひびを入れることが望めるために受理されたが、結果はお察しの通り。動物園に乗り込んだところでたまたま遊びに来ていたアキラ少年とソルザンバーに阻まれ、いつも通り爽快にやられたというわけだ。


「次の作戦はどうしようかしら……」


 黒いレースの扇子を扇ぎながら、リリゼアはぽつりと呟く。ファッションデザイナーの誘拐はもうやったから、次は熱海の占拠でもしようか。だが幼稚かつ派手好みのリリゼアが興味を持つ対象として温泉地は少し外れている気もする。遊園地あたりがベターだが、それももうやってしまった。

 いっそのこと、今回の作戦と混ぜっこして遊園地のマスコットの着ぐるみを誘拐してしまうのはどうだろうか。中学生も目前にしてまだマスコットに中の人などいないと思い込んでいるなど実にアホで幼稚でいいではないか。よしこれでいこう、とリリゼアが心の中でガッツポーズを決めていると、不意にキャットウォークを踏み鳴らす足音が耳に届いた。


「ここにいたか、リリゼア」

「あら、あなたなの。アンゼグラム」


 地下ドックの薄暗がりに溶け込むような漆黒の鎧が、低い金属質な声でリリゼアの名を呼ぶ。

 彼の名はアンゼグラム。ランベルガの構成員の一人にして、ソルザンバーのライバルにあたる機械生命体だ。

 まあ平たく言えば、「後で仲間になるイケメンライバル枠」である。おそらくは。なにせ記憶喪失で倒れているところを救われた恩を返すためだけにランベルガに属している、という素性の持ち主だ。王道の流れなら記憶が戻ると同時にランベルガから離脱し、ソルザンバーとの合体技ないし合体フォームが解禁されるのだろうとリリゼアは踏んでいる。


 そんな離反フラグがバリバリに立っているアンゼグラムは、度々こうしてリリゼアにちょっかいをかけに来ることがあった。二十メートル弱の身体では話すのに不便だからとわざわざ人間大の子機を作ってまで、だ。

 どうしてそこまでして構いに来るのかといえば、彼は特に何もすることがなく暇な身分だから——というわけではない。むしろ鍛錬だのなんだのと理由をつけてしょっちゅう会議を休む程度には多忙らしい。

 だというのにアンゼグラムがリリゼアに興味を持って絡んでくる理由に、リリゼアはなんとなく心当たりがあった。


「今回も手痛くやられたな、リリゼア」

「それ以上言わないで。わたくし、今機嫌が悪いの。余計なことを言われたら引っぱたきたくなるくらいには」

「そうか? 俺にはそこまでお前が怒り狂っているようには見えんが。第一俺に当たり散らすほど幼稚でもないだろう、お前は」

「……幼稚って言ったわね。余計なことを言うなと、わたくし言ったはずよ!」


 きい、と地雷を踏まれて激昂するポーズを取ってみても、アンゼグラムはどこ吹く風といった様子で甲冑の奥に光る金色の目で静かにリリゼアを眺めているだけで。これはむしろ面白がられているな、とリリゼアは察した。


 こんな調子で、アンゼグラムはリリゼアの「悪役令嬢」が単なるロールプレイでしかないことを見透かしているのか、常日頃からリリゼアを観察して楽しんでいる節があった。

 普段の自分の姿が一から十まで演技だとバレていて、「俺はお見通しだぞ」という顔で見られているのはなんというか気恥ずかしさや気まずさを感じるものだ。

 リリゼアらしさを崩さぬよう、嫌いだ目障りだと喚いて遠ざけようとすればかえって「おもしれー女」認定を受けて構われたので今は諦めて適当にあしらっているものの、正直なところリリゼアはアンゼグラムが苦手だった。ビジュアルだけならカッコよくてド好みなのだが、人付き合いをするとなるとまた別問題である。


「やはりお前は妙な女だな。本当はもっと賢いくせにわざと幼稚ぶって傲慢に振る舞う。お前の目的は何だ?」

「わたくしはわたくしのしたいようにしているだけ。それの何が悪いの?」


 ——わたくしのすることに誰にも文句は言わせないわ、と。リリゼアは手にしていたレースの扇を開いて、口元でゆったりと扇ぎながら不敵な笑みでアンゼグラムを睨み返した。


 リリゼアはこれといって「悪役」という立場に不満はなく、リリゼアの演技も嫌々やっているわけではない。

 自分の立場を自覚した時、「ヒーロー側だったらな」と惜しんだ気持ちもなくはなかったが、それでもリリゼア・アクマージョとして振る舞うのはやはり楽しいのだ。かつての自分が愛したロボットアニメの世界、その一部を自分が担えているというだけで胸が躍る。


 だから、リリゼアは自分の運命を変える気はこれっぽっちもない。


 ソルザンバーはサポートメカにあたる仲間との合体フォームと新必殺技を解禁し、物語は佳境に入っている。これがアニメなら、おそらくは中盤くらいだ。仮にリリゼアの退場時期を中盤から終盤と考えると、終わりの時は刻一刻と近付いている。


 勧善懲悪ものの娯楽作品において、悪は必ず最後に倒されるものと相場が決まっている。いくら栄華の限りを尽くしても、ヒーローが現れた以上は衰退の一途を辿り、そして滅びる。ランベルガもおそらく例外ではない。

 というか、そうでなくては困る。負けるとわかっているから、リリゼアも心置きなく悪者ムーブができるのだ。いかにもヒーローチックな巨大ロボと少年の敗北曇らせエンドが見たいと思うほどリリゼアは性癖を拗らせてはいない。


 リリゼアにとって、悪の栄華は一夜の夢。いつか終わる夢だから、今を精一杯楽しむつもりでいる。

 待ち受ける末路は破滅か、死か。いずれにせよこれまでのような贅沢三昧の生活はできなくなるはずだ。父がランベルガに資金提供をしていることが露見すれば、罪の追及は免れない。

 それでもリリゼアは、足掻くつもりはない。自分に待ち受ける終焉は、一方から見ればハッピーエンドなのだ。

 ならばその大団円を覆すことはしたくない。かつての自分は、そうした物語によって救われてきたのだから。


「さっきも言ったけれど、わたくしは機嫌が悪いの。これ以上わたくしの邪魔をしないで。いいこと?」


 びしりと閉じた扇を突きつけて啖呵を切れば、アンゼグラムが低い笑いを漏らす。金属が軋むようなひずみを伴った笑い声はやがて哄笑に変わり、アンゼグラムの瞳がより一層強く輝いた。


「やはりお前は面白い。鑑賞に値する存在だ」

「わたくしは見世物じゃなくってよ。不愉快だわ」


 どっか行け、の意を込めて閉じた扇をぱしんぱしんと掌に打ちつけて威嚇すれば、散々笑って気が済んだのかアンゼグラムが踵を返す。

 重々しい足音を響かせながら去っていくアンゼグラムから愛機の収められたドックに視線を移して、リリゼアはふっと肩に込めていた力を抜いた。


 ランベルガ幹部のひとり、剛剣のトウランがソルザンバーとの決闘に敗れ、武者修行の旅と称して姿をくらませたのはちょうど一月前。

 タイミングからして、おそらくは敵幹部の強化イベントではなく退場イベントであろう。であればリリゼアの退場もそう遠くはないはずだ。

 最期の作戦は退場に相応しい大掛かりなものにしようかとも考えたが、どちらかといえばリリゼアはコメディリリーフだ。それならいつも通りの幼稚で強欲な作戦で、馬鹿馬鹿しく華々しく散るのがいい。

 たとえ破滅の一途を辿るのだとしても、最期に一華咲かせられるのであれば悔いはない。ただ替えのきく会社の部品として使い潰されて死んだ前世よりは、ずっとずっと恵まれた人生だったと胸を張って言えるだろう。


(——いえ。まだ死ぬと決まったわけじゃないわよね、わたくし)


 知らず知らずのうちにマイナスに引きずられていた思考をリセットするために、リリゼアは小さな手でぴしゃりと頬を叩く。

 世界観的にニチアサかドアサ、もしくは夕方系の少年向けスーパーロボットアニメならリリゼアのような子供キャラが死亡する確率は低いと思われる。となれば資産と地位を失って無一文になった後、どうやって生計を立てるかを考えるべきだ。


 ランベルガに加担していたことが露見すればゼロどころかマイナスのスタートになるだろうが、幸いにもリリゼアはまだ若い。大丈夫、きっとどうにかなる、と己に言い聞かせて、リリゼアは一抹の不安から目を逸らすように背筋を伸ばした。


 ◇◆◇◆◇◆


「遅いわね……」


 ランベルガ秘密基地内のラウンジにて、メイドロボに淹れさせた牛乳と砂糖たっぷりのミルクティーを啜りながらリリゼアは呟いた。

 そろそろ家に帰りたいのに、リリゼアの父親が迎えに来ない。まだ児童のリリゼアは基地に来るのも保護者同伴だ。父親と別にリムジンの運転手がいるので別に父親がいなくても帰れないことはないが、そうしたら父親が置き去りになってしまう。いかにわがまま放題のリリゼアでも、大好きなお父様を置き去りにすることはすまい。


 とはいえ、いつまでもこうやって茶をしばきながら父親を待つわけにもいかない。女児の胃袋は小さいのだ。三杯目の紅茶でもうお腹はだいぶちゃぽちゃぽで、膀胱もギリギリだったのでつい先程お花摘み(・・・・)に行った。

 父親の携帯に連絡を入れたが応答はないし、この分だとどこぞをほっつき歩いている父親を自分の足で探しに行くしかないだろうか。疲れやすい女児の身体で、しかもガチガチのお嬢様育ちでやわな身分でそれをやるのはしんどいなぁ、とリリゼアがこっそり溜息を吐いていると、ラウンジの扉が開いた。


「おや。まだいたんですか、リリゼア」

「まあっ! ナルキス様!」


 金の巻き毛をふわりとイケメン特有の謎風になびかせながら現れたのは、リリゼアと同じランベルガ幹部四人集のひとり、絶佳のナルキスだ。

 顔も声もキラキラお耽美の露骨な昭和イケメン悪役枠のナルキスに、リリゼアは日頃から熱を上げているように振る舞っていた。理由はもちろん、リリゼアが綺麗なものやかわいいものに目がないからだ。露骨にお綺麗な人が身内にいて反応しないはずがあるまい。


「聞いてくださいまし、ナルキス様。お父様がちっともわたくしを迎えに来てくれませんの。レディをほったらかしてどこをほっつき歩いていらっしゃるのやら!」

「そうですか。それはさぞ退屈だったでしょうね、リリゼア」


 頬を膨らましてぷりぷりと怒るリリゼアに、ナルキスは白い薔薇の幻覚(ビジョン)を背負った甘い微笑みを返す。キラキラと光の粒を纏った百万ボルトの眼差しに、リリゼアはつい眩しさから扇で目元を覆ってしまった。


 狂人を真似て大路を走らばなんとやらと言うべきか、実を言うとリリゼア自身も演技とは別口でだいぶナルキスに好感を持っていた。だって子供だからと露骨に見くびったりせず、やんわりとリリゼアのアプローチをかわしつつも紳士的な態度で親切にしてくれるのだ。なんともおにロリ界隈が熱くなりそうな男である。

 あと顔がいい。なんといっても顔がいい。女児になったせいなのか何なのか、リリゼアも人並みにイケメンやかわいいものを見ると胸がときめく体質になってしまっていた。今ならわかる、これが前世ではいまいちピンとこなかった「メロい」だと。前世は色恋沙汰ととんと縁のないさもしい男だったリリゼアも、今や立派にイケメンにメロつく乙女だ。


「レディをひとりぼっちにするなんて、あなたのお父様もいけない人ですね。どうです、リリゼア。お父様がお戻りになるまで、私と少しデートでもいたしませんか?」

「まあ、まあ! ぜひ! ぜひお願いいたしますわ!」


 キラキラ笑顔でデートのお誘いをしてくる伊達男に、リリゼアは一も二もなく食いついた。二十歳過ぎの男が女児をデートに誘うなんて普通ならポリスメン案件だが、ナルキスは美しい女性を愛ではしても手は出さない本物の紳士だ。それは美しさ以外に全く興味がないやべー奴ということでもあるけれど、リリゼアに実害がないのなら全く問題はない。


 エスコートを、と差し出された白魚のような指に喜び勇んで手を重ねて、リリゼアはウキウキ気分でナルキスとの基地内デートへ繰り出した。一人寂しく茶をしばくよりはずっといい退屈凌ぎになるし、基地内を歩いていれば父親ともどこかで遭遇できるかもしれない。何よりリリゼアが歩き疲れたら、紳士なナルキスはきっとお姫様抱っこで運んでくれる! 一石二鳥どころか三鳥の素晴らしいプランに、リリゼアは胸を膨らませていた——の、だが。


「あの……ナルキス様。わ、わたくし達、どこへ向かっているのでしょう?」

「ふふ。それはですね、とても『良い所』ですよ」


 リリゼアの手を引いたナルキスは、ラウンジや住居エリアのある基地上層ではなく研究設備の集まった下層を歩いていた。上層と比べて薄暗く、微かに機械の駆動音や電子音が響く下層は不気味で陰鬱な雰囲気を漂わせていて、リリゼアはあまり好きではなかった。


「ナ……ナルキス様。わたくし、ここは好きではありませんの。もっと楽しい所へ行きましょう?」


 そうせがんでナルキスの袖を引くものの、ナルキスはにこりと微笑むだけで取り合ってもくれない。

 何かがおかしい、とリリゼアは薄々察し始めていた。普段なら極力リリゼアの意を汲んでくれるはずの、あの紳士なナルキスがここまで頑なになるなんて異常だ。そうは思ってもナルキスに固く握られた手は振り解こうとしても解けず、足を止めたくても歩みを止めないナルキスに半ば引きずられる形になってしまう。


「ナルキス様、戻りましょう。わ、わたくし、その、お花摘みに行きたくてっ!」


 なりふり構わずリリゼアは叫ぶが、ナルキスは止まらない。美しい微笑を浮かべたまま人形のように一定の歩調で進み、下層の奥まった区画にある部屋へリリゼアを引きずり込む。


「連れて参りました。博士」


 部屋の奥に佇む相手に呼びかけるナルキスの声は、ひどく平坦で感情のないものだった。淡く発光するいくつもの培養槽に向き合っていたそいつは電動車椅子をターンさせ、キリキリと車輪を軋ませながら囚われたリリゼアに近寄る。


「やあ。待ちかねたよ、リリゼア」

「……ロキシック」


 フランケンシュタインの怪物のように継ぎのある顔で歪に笑うそいつを、リリゼアはよく知っていた。リリゼアが下層に近付きたくない理由のひとつでもある、ランベルガ構成員のロキシック博士だ。

 薬品から兵器まで、すべての研究開発を一手に担うこの闇の天才のことをリリゼアはひどく嫌っていた。リリゼアが好むきらびやかなものと対極に位置する陰気で醜い男というのもあったが、何を考えているかわからないタイプの人間だからだ。

 こういう己の研究欲を満たすだけに組織に属しているタイプのマッドサイエンティストは、いつ我欲のために組織を裏切ってもおかしくはない。そうでなくても周りにトラブルを撒き散らしそうな属性だと見て距離を取っていたのに、まさかこんな形で強制エンカウントさせられるとは。迂闊だった、とリリゼアは冷や汗をかいた。


「何の用かしら。あいにく、わたくしはあなたに用はないのだけど」

「相変わらずつれないお嬢さんだ」


 きっと敵意を込めて睨みつければ、相手は喉奥でくつくつと笑う。ロキシックが片手を挙げると同時にナルキスが歩きだし、リリゼアはつんのめりながら部屋の奥へと連行される。


「なに……これ」


 無理やりに立たされた培養槽の前で、リリゼアは目を剥いた。緑色に発光する培養槽の中で小さな気泡を立てながら眠っていたのは、リリゼアの父親に他ならなかったからだ。

 それだけではない。同じランベルガ幹部の叡智のヘリステス、リリゼアの隣にいるはずのナルキスさえもが別の培養槽に収められている。リリゼアは傍らに立つナルキスと培養槽の中のナルキスを交互に見やるが、リリゼアの手を掴むナルキスは感情の窺い知れない硬質な無表情のまま押し黙っていた。


「それは血だよ。私がこれから作り上げる最高傑作の糧となるものだ」


 キリキリという車輪の音に、リリゼアは身体を竦ませた。ナルキスの手を振り解こうともがくリリゼアを嘲笑うように、ゆっくりとした速度でロキシックが迫る。


「総帥は新たな肉体をお望みだ。その肉体を動かすには十分な血と、それを巡らせるための心臓がいる。核にする分、心臓には特に強い欲望を持つ者が求められる」


 それが君だよ、とロキシックが皺くちゃの指をリリゼアに突きつけて、欠けの目立つ歯を剥き出しにする。


「幼いが故の純粋な欲求と、年齢に見合わぬ欲の深さ。君の魂はあまりに異質(・・)だ。私にはわかる、君は特別なのだよ。この世界に二人といない稀有な存在、それこそ神の心臓に相応しい!」


 徐々に近付くロキシックから逃れたくとも、右手を掴んだままのナルキスがそれを許してくれない。無我夢中でナルキスの指を掴み、腕に力いっぱい噛みついても、ナルキスの力は少しも緩まなかった。


 ——油断した。低年齢層向けのロボアニメの世界だと思って侮っていた。子供向けと子供騙しは違う。浅い作品では子供にも見限られるからこそ、人を惹きつけるしっかりとした出来栄えが必要だ。

 子供向けのはずの特撮に鬱展開があることなんてしばしばだし、それはロボアニメだって変わらない。衝撃的な展開は視聴者を話に引き込む重要なエッセンスとなる。


 前世で散々そうした作品に触れてきていたはずなのに、忘れていた。頭からその可能性を追い出していた。こんな窮状に追い込まれたのは、事態を楽観視して最悪の可能性から目を背けていたリリゼアの落ち度だ。


「いや」


 足が震える。身体が竦む。もう無理だとわかっていても、死にたくないという欲求を止められない。

 いつかは破滅すると覚悟はしていた。死ぬ可能性もあるとも考えてはいた。けれど、想定していた末路はこんなものではない。もっと華々しく、けれども少しコミカルな、幼い悪の華に相応しい大舞台。こんな冷たい土の下で裏切りによって幼い命を散らす残酷な結末は、「栄華」のリリゼアには相応しくない!


「助けて、誰か——誰か!」


 無駄だと思っても、本能がそう叫ばずにはいられなかった。リリゼアの悲鳴が室内に虚しくこだまして、ロキシックの手がリリゼアの鼻先に迫る。

 しかしその手がリリゼアの身体に触れる直前に、黒い閃光が二人の間を裂いた。


「リリゼア! 無事か!」

「アンゼグラム……⁉︎」


 間一髪でリリゼアを庇うように割り込んできたのは、アンゼグラムの子機であった。アンゼグラムの携えた漆黒の剣がリリゼアを掴むナルキスの腕を両断し、青い血をこぼしながらナルキスの手首から先がぽとりと落ちる。


「あなた、なんでここに……」

「お前がいないから探していた。騒ぐならもっと早く騒げ、危うく間に合わんところだったぞ」


 そう言って、ナルキスに似た何かを蹴倒したアンゼグラムがひょいとリリゼアを抱き上げる。お姫様抱っことは程遠い、子供を抱くような片手抱っこだ。


「恩を仇で返す気か、アンゼグラム。総帥は裏切りが何よりもお嫌いだぞ」

「拾われた恩ならすでに返している。それにお前達の仲間になったつもりもない」


 苦い顔でこちらを睨むロキシックに、アンゼグラムは挑発的な物言いで剣先を向ける。黒く輝く剣を目と鼻の先に突きつけられて、ロキシックが片眉を跳ね上げた。


「リリゼアに手を出した時点で、お前達は俺の敵だ。今日限り悪縁を断たせてもらう」

「みすみす逃すと思うのかね。その娘の価値を知っていながら、手放せるはずがないだろう」


 ロキシックの狂気的な哄笑をわずらわしく思ったのか、黒の剣閃が奔る。ころりと胴から落ちるロキシックの首にリリゼアが小さく息を呑んだのも束の間、その断面からじわりと青い血が溢れ出た。


「偽物か」


 アンゼグラムが呟くのと、部屋に人波が押し寄せるのはほぼ同時のことだった。ナルキスの偽物と同様に作り物じみた無機質な表情を浮かべた幾人ものトウランが剣を振り上げてアンゼグラムに襲いかかる。


「邪魔だ」


 アンゼグラムの一閃で、偽トウランの群れが吹き飛ぶ。間断なく襲い来る偽トウランを軽く一蹴しつつ、リリゼアを片手に抱えたアンゼグラムは下層から上層へ駆け上がる。


「質の悪い模造品だな。本物の剣には程遠い」

「どうしてトウランの偽物が……」

「奴が去る前に何かしらサンプルでも採取していたのだろう。髪の毛の一本、血の一滴でもあればここでいくらでもクローンは作れる」


 血の一滴、という言葉を聞いてリリゼアはランベルガの定期健康診断のことを思い出した。採血からMRIまであるかなり本格的な健康診断は悪の組織のくせに福利厚生が充実しているというギャグではなく、体良くリリゼア達のバイタルデータと血液サンプルを収集するための手段だったのだろう。何気なく見過ごしていた習慣の裏に潜む悪意に、リリゼアは背筋を凍らせた。


「かかれ」


 無機質な声と共に、階段の上下からわっと飛び出した偽トウラン達が一斉にアンゼグラムに飛びかかる。アンゼグラムは身を低くしてその剣をかわすと、身体を捻って回転切りを繰り出した。青い血を噴き出しながら倒れる偽トウラン達の屍を踏み越えて、新たな偽トウラン達が迫る。


「いちいち相手をしていられん」


 アンゼグラムは床を蹴って飛ぶと、飛び石を渡るように偽トウランの頭を次々と踏み抜いていく。そうして上階の階段で指揮を取っていた偽ヘリステスの元に辿り着くと、一刀で切り伏せた。


「傷はないか、リリゼア」

「怪我はありませんけどべたべたで気持ち悪いですわ‼︎」

「それだけ騒げるなら平気だな」


 アンゼグラムの胸元に抱えられたリリゼアは、クローン達の青い血を浴びてすっかり濡れ鼠になっていた。自慢の銀髪やゴスロリ調のドレスだけでなく顔までもが青い血に染まっていて、おちおち目も開けられないほどだ。


「一度顔を拭かせてくださいませ!」

「勝手に拭いていろ」

「この状況でハンカチなんか出せませんわよ!」


 いかに抱きかかえられているだけとはいえ、嵐のように駆け抜けるアンゼグラムに振り落とされないようしがみつくのに必死なリリゼアにはポーチからハンカチを出す余裕なんてない。それを知ってか知らずかアンゼグラムは相変わらず凄まじい勢いで敵を殲滅しながら上層へ向かうものだから、リリゼアは固く目をつぶって早くこの悪夢が終わってくれるよう祈ることしかできなかった。


「着いたぞ」


 しばらくアンゼグラムの胸に縋って震えていると、不意にそんな声がリリゼアの鼓膜を揺らす。終わったのか、とリリゼアが薄目を開けた矢先、リリゼアの身体は宙に浮いていた。


「ちょっとぉぉ⁉︎」


 ぶん投げられた、と察したのはアンゼグラム本体の手のひらにキャッチされた後のことだった。痛む背中をさすりながら指の間から身を乗り出せば、キャットウォークの上で無数の偽トウランと切り結ぶアンゼグラムの子機が見えた。


『行くぞ。しっかり掴まっておけ』

「えっ、待って! わたくしのローゼンバーグは⁉︎」

『あんなガラクタは忘れろ』

「ガラクタですってえ⁉︎」


 愛機を貶されたリリゼアが憤慨する間もなく、アンゼグラムの指が閉じて大きな手の中に囲われる。次いで凄まじい轟音と衝撃がリリゼアを襲い、リリゼアは目を白黒させた。


『リリゼア、平気か』

「み……みみが……耳がぁ……」

『息はあるな』


 アンゼグラムの指にしがみついているせいで耳鳴りに痛む頭を押さえることもできず、力なく寄りかかるだけのリリゼアのどこを大丈夫だと思ったのかアンゼグラムはそれきり質問をしなかった。いくらか時間が経ってようやく耳鳴りの止んだリリゼアが苛立ち紛れにぽかぽかとアンゼグラムの指を殴れば、アンゼグラムの指が開く。


「まぶしいっ」


 暗闇から突然強い日差しを浴びたことで、リリゼアが眩しさに目を細める。リリゼアの眼前には、水平線上に沈みゆく夕日に照らされ金色に染まった空と海が広がっていた。


『お前が好きな、美しいものだ。これで機嫌を直せ』

「確かに綺麗だけれど、このくらいで済むほど安い女じゃなくってよ」


 頭上から響くアンゼグラムの声に、リリゼアはつんと唇を尖らせた。確かに元の青を残しつつ夕日の色に所々染められた空と海のコントラストは美しいが、空を翔けるアンゼグラムの手のひらの上ではとても落ち着いて見られたものではない。強い風は容赦なくリリゼアの髪を乱すし、血のせいでべたついた肌が潮風で余計べたつくし、下手に身を乗り出せば海に落っこちそうだしで三拍子揃った居心地の悪さだった。


「ねえ。これからどうするつもりなの、あなた」

『さあな。身を寄せる所もないし、頼る先もない。お前の伝手が使えれば別だが』

「使えるわけがないでしょう。どうせ偽物のお父様が送り込まれているわよ」


 いつまでも能天気に夕焼けを眺めている気にもなれず、リリゼアはアンゼグラムの指に身を預けて小さく溜息を吐く。リリゼアの父は大企業の社長だから、下手に失踪すれば大騒ぎになる。いらぬ混乱を避け、かつ自由に父の資産をランベルガへ注ぎ込むために父のクローンが替え玉に配置されるのは想像に難くない。そうなればみすみす家に帰るのは危険だ。


「他に身を寄せられる場所と言えば……そうねぇ……」


 頭の中で候補にバツ印を付けて回る途中で、ふと思い浮かんだのはアキラ少年とソルザンバーの顔だった。ロキシックは総帥の新しい肉体、と言っていたが、それは明らかなラスボスフラグである。ラスボスの情報を握って自首と司法取引をすれば銀河特警も警察もリリゼア達を無下には扱わないだろう。


「問題はどの面下げて自首するかよね……」


 当然だが、リリゼアは高飛車ワガママ悪役令嬢だ。普通に助けを求めるのではらしくない。重要な情報を握って脱出してきたから丁重に扱いなさい! とか、そんな風にあくまで上から目線で振る舞う必要がある。


 さてどういう口上でアキラ少年達にご挨拶を差し上げようか、とリリゼアが頭を悩ませていると、アンゼグラムの低い笑い声がした。


『こんな時まで人目を気にするとは、生粋の女優だな』

「やかましくてよ!」


 がっと指を足蹴にしてやれば、アンゼグラムがますます大きな声で笑った。やっぱりこいつ苦手、と羞恥と悔しさに奥歯を噛み締めながら、リリゼアはアンゼグラムの指にしがみつく指に力を込めた。

悪役令嬢って子供向け作品にいたらめちゃくちゃ輝きそうだな…とふと思って。

たとえばホビアニで、とかく金に物を言わせて高性能なパーツで勝ちまくってる高飛車でメッチャこっちを見下したライバルとして登場して、テクニックで性能差を覆した主人公を認めて好意をガンガンぶつけてくるツンデレチョロインになるとかいいじゃないですか。考えれば考えるほどすでにいそう。

悪役令嬢の源流は少女漫画と聞きますが、少年漫画文脈にも合うのかもしれませんね。少年漫画ならライバルからヒロインにもできるしな!お嬢様キャラは良き。



◆リリゼア・アクマージョ


秘密結社ランベルガの悪の四幹部の一員。二つ名は「栄華のリリゼア」。

父は大企業の社長で、世界長者番付にも名を連ねるお金持ち。故に子供の頃から贅沢三昧で、欲にがめつく目が肥えたワガママお嬢様……と、いう設定の悪役だとリリゼア自身は認識している。

前世はロボアニメオタクの会社員で、特撮好きでもあった。ゴジラが東京を破壊するのを見て「弊社も!!弊社もーーーっ!!」と内心叫んでいたタイプの社畜。

某勇なんとかシリーズみたいな男の子向けロボアニメっぽい世界の悪役になったのをいいことにヒーローの引き立て役として頑張っていたが、やっぱりなるなら味方枠がよかったな…という気持ちもなくはなかった。

アンゼグラムと基地を脱出した後はアキラ少年の下に身を寄せ、コメディリリーフとして生存。お家は没落したけれど、また一から頑張ると決めたお父様を支えてしぶとく生きることになる。なお日本に移住したのでアキラ少年のご近所さん兼同級生になった模様。



◆アンゼグラム


秘密結社ランベルガの食客。記憶を失っているが案の定ソルザンバーの大先輩にあたる銀河特警の一員で、ランベルガ総帥を追っていたところで総帥の差し向けた手勢に襲われ、戦闘の最中に大気圏に突き飛ばされ地球に不時着した衝撃で記憶を失ってしまった。以後は記憶を失くしているのをいいことに総帥に利用されていた。

黒くなったのは大気圏突入時にボディーが黒ずんだからで、本来の体色は銀と青。なお性格は記憶喪失のせいでややアウトロー寄りになっているものの、元からクールな一匹狼キャラではあった。

リリゼアと共にアキラ少年の下に身を寄せ、ソルザンバーと共闘するうちに失われた記憶が蘇り、ソルザンバーとの合体フォーム「グレートソルザンバー」を解禁。最後にはソルザンバー、ライキリングとの最強合体フォーム「マジェスティソウルザンバー」でランベルガ総帥を打ち倒した。

総帥打倒後はソルザンバーと共に銀河特警に復帰すると思いきや、退職届を叩きつけて地球にとんぼ返り。フルフェイスヘルメットにライダースーツを着せた子機をリリゼアの側にくっつけて、リリゼアとの日常を謳歌している。



◆十文字アキラ


この世界の主人公、とリリゼアに思われている人物。

ある日宇宙から降りてきたソルザンバーと出会い、彼と心を通わせたのをきっかけに彼の地球での活動をサポートするサイドキックになる。

有事の際はウォッチ型の通信デバイスでソルザンバーを呼び出す。なおこのデバイスは普通のスマートウォッチにしか見えないため、父親が自分のスマートウォッチと間違えて会社に着けていったり中学生にカツアゲされたりしてソルザンバーが呼べずピンチになったことがある。

ランベルガ総帥との戦いの後もソルザンバーとの友情は続いており、時々デバイスを通じて言葉を交わしている。リリゼアと妹が仲良くなったせいでリリゼアがしょっちゅううちに遊びに来るのが最近の悩みだと、彼に相談しているとか何とか。



◆ソルザンバー


宇宙の平和を守る特別警察組織の天の川銀河支部所属刑事にして、弱きを助け強きをくじく善の心を持った機械生命体。誰が呼んだか、その名は銀河特警ソルザンバー。

全長20m級の人型巨大ロボットのような肉体を持ち、普段は邪魔にならないよう宇宙にて待機している。必要があればプラモデルサイズの子機を作ってアキラの近辺に配置することも。この子機はソルザンバーの意識を分けたものだが並列思考により独立した行動ができ、複数生み出して個別に行動させることも可能。また破壊されても本体に何ら影響はない。

同じ機械生命体と合体してより強い力を得ることができ、同僚ライキリングとの合体であるライジングソルザンバー、かつての好敵手兼銀河特警の先輩のアンゼグラムとの合体であるグレートソルザンバー、三体合体の最強形態マジェスティソウルザンバーといった強化フォームを持つ。

ランベルガ総帥との戦いを終えた後は地球を去り天の川銀河を股にかけて活動しているが、アキラとは連絡を取り続けており時々子機を地球に送ることもある。今は幼馴染の女の子とリリゼアと妹のアカリに振り回されるアキラを元気づけようと頑張っている。

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