第1話 いつも、ありがとう。大好きです。
梅お嬢様と杏子。それから大好きな竹お坊ちゃん。
いつも、ありがとう。大好きです。
十七歳のあまり裕福ではないお家に生まれた杏子は、そのまじめさとかしこさを認められて、同い年の梅お嬢様のお屋敷に住み込みでお手伝いさんをしながら、旦那様と奧様のご好意のおかげで、梅お嬢様と同じ名門の女学校に通っていた。(杏子は本当に、本当に感謝をしていた)
今日は女学校がお休みの日なので、朝からがんばって梅お嬢様のお屋敷のお手伝い(広いお屋敷のお掃除にたくさんのお洗濯にお庭のお手入れにいろんな新鮮な食材の手の込んだ食事のお手伝いなど)をほかのお手伝いさんたちと一緒に(お手伝いさんは杏子をいれて四人いた)していると、「杏子。杏子。どこにいるの?」と、広い古風なお屋敷の縁側のところから、広い緑の庭園をきょろきょろと見渡している梅お嬢様の声が聞こえた。
梅お嬢様は女学校が休みの日なので、紺色の制服ではなくて、私服を着ている。
遠くから見ても梅お嬢様はとってもお美しかった。
「あ、はい! 梅お嬢様。杏子はここにいます!」
そう言って、割烹着を着ている杏子がぴょこんと庭園の緑のうしろから顔を出すと、そのまま杏子は急いで、梅お嬢様のいる縁側のところまで小走りで走っていった。
「杏子。そんなところでなにしていたの?」
杏子の髪の毛にのっている緑の葉っぱを見てから梅お嬢様は言った。
「とらを探していたんですよ。梅お嬢様」
にっこりと笑って、両手で持っているやっと捕まえた小さな子猫のとらを梅お嬢様に見せるようにして杏子は言った。
とらは虎みたいな毛並みをしているとっても可愛らしい小さな子猫で、梅お嬢様の『大大大好きな』年の離れた弟の竹お坊ちゃんのお友達の子猫だった。(餌をあげたり、お風呂に入れたりして、お世話をしているのは、お手伝いさんたちだったけど)
とらはいつものように杏子の腕の中で、(追いかけっこをしていて、こうして捕まってしまったというのに)のんびりとした顔をしている。
「竹のことを見なかった? 探しているんだけど、どこにもいないのよ」
とらを指でつっつきながら梅お嬢様は言った。
「竹お坊ちゃんなら、いつものように書庫で夢中になって本を読んでいると思います」
「それがいないのよ。自分のお部屋にもいないし、キッチンにもいないの。ほかに竹がいるところってどこだと思う?」
「え? 書庫にいないんですか? 竹お坊ちゃんが書庫にいないなんて珍しいですね」
本当にびっくりした顔をして杏子は言った。(いつもだったら、本の山に埋もれるみたいにして、本を読んでいるのに)
それから杏子は梅お嬢様と一緒に竹お坊ちゃんを探すことになった。
「竹お坊ちゃんは本当に賢いですからね。すごいです」
と廊下を歩きながら、杏子は言った。
「まあ確かに竹は大天才だけど、やっぱり心配なの。まだまだ子供だから」
杏子の横を歩きながら、とっても嬉しそうな顔をしてから、すごく心配そうな顔をして梅お嬢様は言った。(梅お嬢様はあいかわらず竹お坊ちゃんのことが世界で一番大好きみたいだった)
竹は本当に(杏子や梅の個人的な大切で大好きなお坊ちゃんにする、とっても甘い評価ではなくて)頭の良い男の子だった。
とっても小さなころからとっても頭が良くて、いつもテスト(旦那様と奥様が用意したものだった)では満点ばっかりだったし、ずっとなにかの難しい本ばかり読んでいた。
でも、竹お坊ちゃんは学校にはいきたくない、と言っていっていなかった。
竹お坊ちゃんは今十二歳で本当なら、少学校の六年生の教室にいるはずだけど、学校にいったことは小学校一年生のころから一度もなかったのだった。(だからお手伝いさんたちと子猫のとらのほかにはお友達はいなかった)
竹お坊ちゃんはいつもなにかを一人でずっと考えているみたいだった。(きっといろんな難しいことを考えているのだろうって杏子は思った。とっても頭がいいというのも、なかなか大変なのかもしれない)
とても綺麗な顔をしていて、(お美しい梅お嬢様の弟だけあって、竹お坊ちゃんもお美しかった。二人ともお人形さんみたいに綺麗だった)物静かで大人しくて、いつもどこかでじっとしながら本を読んでばっかりだったけど、杏子が「竹お坊ちゃん」と呼ぶと「なに? 杏子お姉ちゃん」と読んでいた本から顔をあげて、とっても可愛らしい天使みたいな笑顔でにっこりと笑って、可愛い声でいつもちゃんとお返事をしてくれた。(思いやりのある、とってもお優しいお坊ちゃんなのだ。『私の大切な』竹お坊ちゃん)




