第六十五話:北部経済封鎖への対抗と、王都からの大船団
2. 北部経済封鎖への対抗と、王都からの大船団
「──翔殿。コーリア商会、および王都の敵対貴族たちによる北部(ブルグンド領)への経済封鎖……。これに現地で直接対応するため、私とカノーヴァ伯爵は、本日をもって一度、領地へ戻ることを決断した」
公爵邸の重厚な執務室。ブルグンド公爵が、獅子のような眼光をぎらつかせながら、翔に告げた。
王都でのヴァルデマール一族の失脚劇により、敵対派閥の物理的な牙はもがれた。しかし、リペラ共和国の『コーリア商会』が仕掛けた、流通や穀物の差し止めといった「経済的な絞め殺し」は、日を追うごとにその深刻さを増していたのだ。
「公爵閣下。そして伯爵閣下。……それならば、現在、この公爵邸の地下倉庫に、駿が日本から『つながる手』を介して送り届けてくれた、大量の【日本の食塩、小麦、大麦のバルク粉末、プロテインなどの物資(数万トン相当)】を、すべて領地へと移送する必要がありますね」
翔が言うと、公爵は腕を組んで深くため息をついた。
「うむ。だが、王都からブルグンド公爵領までは、街道を進めば約 $600\text{km}$ から $700\text{km}$ もの長い旅路だ。道中、コーリア商会が金で雇った野盗や、敵対貴族の残党私兵が、荷馬車を襲撃してくることは容易に想像がつく。物資の安全、そして翔殿の安全が守られん……」
その時、翔のスマートフォンから、日本の駿の不敵な笑い声がスピーカーを通じて響き渡った。
『──ハハハ、おじさんたち、心配しすぎや。
敵が荷馬車を襲うっていうなら、奴らが「絶対に手を下せない馬車」で行けばええだけの話やろ。
兄貴、あの王様にこう伝えるんや。
「魂の契約書がある限り、お前は俺の安全を第一に保障しなければならない。道中の安全を守るため、王室が所有する最高級の『王族仕様の魔導馬車』、および王宮を守る『近衛兵の主力』を、出せる限りすべてこちらに貸し出せ」とな』
公爵と伯爵は、その悪辣極まる、しかし完璧な「王室の乗っ取り」のアイデアに、顎が外れんばかりに驚愕し、それから同時に、不敵な笑みを浮かべた。
「クックック……! 素晴らしい、駿殿!
国王陛下直属の近衛兵、および王族の馬車を、荷馬車の護衛(盾)として引き連れて大移動を行うというのか!
これならば、いかなる過激派も、コーリア商会の私兵も、王室への『反逆罪』になるのを恐れて、指一本触れることはできん!」
魂の契約書に怯えるアルトリウス王は、翔からのその「脅迫じみた要求」を拒否できるはずもなかった。
数時間後、公爵邸の前には、普段は王族しか使うことを許されない、白金と漆で装飾された豪華な魔導馬車が数十台、そして物資を積むための頑丈な王室仕様の荷馬車が大船団のように整列し、完全武装した近衛兵たちが、青ざめた顔で直立不動で待機していた。
地下倉庫に保管されていた、日本の高品質な食塩や大麦の袋が、近衛兵たちの手によって次々と荷台へと積み込まれていく。
「先生……本当に、行っちゃうの?」
出発を目前に控え、中庭で水上陽斗が少し不安そうな表情で翔を見上げた。
「ああ。公爵領の流通を守るためだ。……だが、陽斗、鏡花、ほのか、真司。お前たちは、王都に残って『天空の神殿』の十階層までの周回、およびカイルたち合同チームとの連携訓練を、自分たちのペースで進めるんだ。お前たちはもう、この十日間で、俺がいなくとも十分に戦えるだけの強さと技術を体得したはずだ。自分を信じろ」
翔は教え子たちの頭を優しく撫で回し、それから懐から、日本の駿が主婦同盟を通じて調達してくれた、二台の「魔導・無線機(高機能トランシーバー)」を取り出した。
「これを、王都の公爵邸に一台残しておく。俺も、移動用の馬車に一台持っていく。
ここから公爵領までは約 $700\text{km}$ 離れているが、道中の深い山間部や電波の遮断される場所を除けば、この無線機でお互いにリアルタイムで連絡が取れる。何かトラブルがあったり、寂しくなったら、いつでも連絡してこい。
……もちろん、残った王都の騎士たちに連携を鍛え直してもらい、ライネルたち先行代表候補の四人に、毎日プロテインを飲ませるのを忘れるなよ」
「はーい! 先生、プロテイン係は俺が責任を持ってやります!」
不破真司が、自分の太い二の腕を叩いて笑った。
少し離れた場所では、アデライード、ベアトリーチェ、アイリス、鏡花、ほのか、ミリーナ、シェリーの「女性陣七人」が集まり、賑やかなお茶会(恋バナ)の最後を惜しんでいた。
「鏡花さん、ほのかさん。王都を離れるのは寂しいけれど……私は公爵領に戻ったら、お父様と共に、あのコーリア商会を市場から叩き出すための、最高のお仕事をしてみせますわ!」
アデライードが、サクラ色のプルプルの唇を誇らしげに歪めて胸を張った。
「ええ。ベアトリーチェも、カノーヴァの名にかけて、翔様をお婿様(夫)としてお迎えするための、最高の『花嫁修業(と商業展開)』を領地で進めておきますわ。……鏡花さん、日本側の『駿様を巡るあの二人(蓮と玲香)』のバチバチとした戦況も、無線でこっそり教えてくださいね?」
ベアトリーチェが、おっとりとした微笑みを浮かべながら耳打ちする。
「うん! 任せて、ベアトリーチェちゃん! 私たちも、王都の公爵邸から、先生と駿さんのために、怪しい陰謀がないか目を光らせておくからね!」
鏡花とほのかが手を振り、アイリスも「翔様のお道中のお世話は、私が一晩中(コホン、一日中)完璧にいたしますね」と、頬を真っ赤に染めて微笑んだ。
女性陣七人は、お互いの健闘、そしてそれぞれの「恋の戦場」での勝利を祈りながら、しばしの別れを告げ、大船団はゆっくりと、北の公爵領に向けて、王宮兵を従えて力強く出発したのだった。




