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占奈さんの占いは当たりすぎる!  作者: ゆきのあめ
1章 水晶玉デート編

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第6話 藤棚の雨やどり②

 チャイムが鳴ると同時に、教室は一気に色を変えた。先生の声だけが響いていた空間が、いっせいにざわつき始める。椅子を引く音、教科書を閉じる音、どこかで弾ける笑い声。


「今日の部活、暑すぎて死ぬ」


 前の席で萩村が大きく伸びをしながら言った。


「ちゃんと水分とれよ」


「おう、天夜もな。んじゃ、夜、ゲームで」


 片手を軽く上げて、萩村はサッカー部用のバッグを肩に引っかけ、廊下へ出ていった。


 窓の外はまだ晴れている。青い空に薄い雲が少し流れているだけだ。僕は視線を机の中へ戻し、教科書とノートをまとめて鞄に詰める。


 ――傘。


 朝の占いの一語だけが、頭の隅に引っかかったままだ。


 鞄のファスナーを引き上げ、肩にかけ直そうとした、そのときだった。


 ――ゴォ。


 低い風の音。窓ガラスがびりっと震え、教室のざわめきが一瞬だけ薄くなる。次の瞬間、上から降ってきた。


 ざあっ。


「うわ、最悪……」


 誰かの声が漏れる。振り向くと、さっきまでの空が、急速に灰色に塗りつぶされていた。白い線がいくつもガラスを叩く。勢いのある雨。


「ゲリラ豪雨だって」


 その一言で、窓際に人が寄る。雨音に混じって椅子がきしみ、上履きが床をこする。


 ――傘。


 胸の内側で、その言葉が静かに浮かび上がる。


 僕は、右斜め前を見た。


 占奈さんが窓の外を見つめている。背筋が少しだけ伸びて、肩がほんのわずか固い。雨の筋を追っていた瞳が、ゆっくりこちらを向いた。


 視線がぶつかる。

 目の中に「当たった」と言いたそうなきらめきと、「どうしよう」が一緒に揺れていた。


「あの、占奈さん」


 呼ぶと、肩がぴくっと跳ねる。


「もしかして、傘……持ってない?」


 占奈さんは申し訳なさそうに目を伏せた。前髪が頬にするりと落ちる。


「……持ってない。天気予報、晴れだったから」


「だよね」


 僕のロッカーに置きっぱなしの折りたたみ傘が一本ある。思い出すのと同時に、口が動いた。


「あのさ。僕、置き傘が一本あるんだ。ずっとロッカーに入れっぱなしで」


「え……?」


「途中まで。……一緒に帰りませんか」


 言ってしまった瞬間、胸の内側がどくんと跳ねる。視線を外せない。


 占奈さんの瞳がぱちんと大きく開く。頬に薄い赤みが走り、膝の上の指先が落ち着きなく動いた。


「い、一緒に……いいの?」


「この雨で、傘なしはさすがに大変だと思うし」


 言いながら鞄の肩ひもを持ち直す。何度も直してしまうのが、自分でもわかる。


 占奈さんは一度だけ唇を噛み、顔を上げた。勇気を出したみたいに、まっすぐこちらを見る。


「……じゃあ、その……一緒に、帰りたい。です」


 丁寧で、一生懸命で。

 胸の中で何かが静かに弾けた。


 僕らは昇降口へ向かった。廊下は教室より少しひんやりしている。言葉が見つからず、二人で前を向いて歩く。ときどき目が合いそうになって、そのたびに慌てて前を向き直った。


 昇降口は雨の日独特の湿ったざわめきに包まれていた。濡れた匂いと冷たい風。


 靴箱の前に並び、履き替える。占奈さんは靴をきっちり揃えていて、つま先をそろえるたび前髪がふるりと揺れた。


「あった。これ」


 ロッカーの奥から少し色あせた折りたたみ傘を引っ張り出す。占奈さんの顔に、ほっとした笑みが灯った。


 外へ出ると、雨は容赦がない。校門までの通路は水の筋で塞がれているみたいだった。


 傘を開く。骨がひらく乾いた音が、雨音にかすかに混ざった。


「あの……お邪魔します」


 占奈さんが鞄を胸に抱え、傘の下へそっと入ってくる。肩先が触れそうで触れない距離で止まった。


 身長差のぶん、傘の位置を少し調整する。その調整が、そのまま「近づく」ことになる。柄を持ち上げ、角度を変えて、占奈さんが濡れない位置を探した。


「それじゃ、天夜くんが濡れちゃうよ」


「大丈夫。占奈さんが濡れないほうが優先だよ」


 言った瞬間、視線を前に戻すふりをした。


「天夜くんが風邪ひいたら、占いできなくなっちゃう」


 雨に紛れそうな小さな声が、ぎりぎり胸の内側に届く。


 占奈さんが少し寄り、肩が僕の肩にかすっと当たった。


「わ、っ……」


「ご、ごめん……!」


 慌てて半歩離れる。耳までうっすら赤い。


「い、いや……大丈夫」


 柄を握り直す。今度はどちらも動かなくなった。お互いに、その位置でそっと固定したみたいに。


「占奈さんの家も、この方向?」


「うん。このまま、まっすぐ行ったところだよ」


「近いんだね。僕は、この先の駅から二つ先。昨日の公園、たまに寄り道してて」


 指先で方向を示す。


「あ、分かる。わたしも、ときどき行くよ」


 その一言で、占奈さんの肩の力が少し抜けたように見えた。


 信号待ちで立ち止まると、傘の布を叩く雨音が一気に大きくなる。


「……ねえ」


「なに?」


「昨日の公園……今日は白いカラスいないかな」


 占奈さんも同じ方向を見ていた。雨ににじむ景色の中で、その視線だけが妙にはっきりしている。


「……見に行ってみる?」


「いいの?」


 目がぱっと明るくなる。


「すぐそこだし」


「……じゃあ、ちょっとだけ」


 青に変わった信号を見送り、横断歩道には出ずに公園の入口へ曲がる。


 並木が雨を少し受け止めて、音が和らぐ。代わりに、枝から落ちるしずくと湿った土の匂いが近づいた。


 池へ向かう遊歩道を選ぶ。枝先から細かいしずくが落ち、傘の外で葉が揺れる。


「昨日は白いカラス、ここらへんにいたんだけど」


 桜の木が続くあたりで足を緩める。


「ここかぁ……昨日、白いカラスいたところ」


 占奈さんが傘の外に顔だけ少し出して、枝のあいだを見上げる。今日は黒い影すら見当たらない。


「今日は、さすがにいないかぁ……」


 残念そうな顔。見間違いかも、なんて一度も疑っていない表情に、胸のあたりの力がふっと抜けた。


「そういえば……」


 左手が制服のポケットへ伸びかけて、止まる。中には、昨日の動画と、切り取った一枚がある。


「やっぱ、なんでもない」


 手を引っ込める。


「そう?」


 占奈さんはきょとんとして、ふわっと笑った。


 無言のまま歩き出す。足音だけが濡れた遊歩道に一定のリズムで落ちていく。


 そのときだった。


 空気の向きが、ふっと変わる。


 ――ビュウッ。


 下から吹き上げる風が傘の内側に潜り込み、一気に持ち上げた。


「わ、っ――!」


 柄ごと持っていかれそうになるのを、慌てて握り締める。骨がぐにゃりとしなって、次の瞬間、傘が裏返った。きしむ音。


 影が消え、冷たい雨が頭と肩に叩きつけられる。前髪が一瞬で重くなり、水が首筋をつたって背中へ流れた。


「きゃっ……!」


 占奈さんの髪が頬に張りつき、水が滴り落ちる。バランスを崩した僕の肩に、占奈さんの身体がぐっと寄りかかった。足元で水たまりが派手に跳ねる。


 傘は数本の骨が折れ曲がっていた。もう役に立ちそうもない。


「……あ、わたし……」


 占奈さんが壊れた傘を見つめ、申し訳なさそうに眉を寄せる。


「占奈さん! とりあえず、あそこ!」


 少し先の藤棚付きの東屋を指さして、僕は駆け出した。靴の中で水がぐしゃりと鳴る。


「は、はいっ!」


 占奈さんも短く返事をして、そのあとを追ってくる。


 二人分の足音と雨音が、東屋までの短い距離を、やけに長く感じさせた。

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