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占奈さんの占いは当たりすぎる!  作者: ゆきのあめ
1章 水晶玉デート編

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第5話 藤棚の雨やどり①

 水晶玉を、一緒に選びに行く。


 布団に潜り込んでからも、その言葉だけはしつこいくらい耳の奥で反芻されていた。目を閉じるたびに、袖をつままれた感触が何度でも蘇る。


 枕の位置を変えても、掛け布団を頭まで引き上げても、胸のあたりの熱だけはどうにもならなかった。息を吐けば落ち着くはずなのに、吐くたびに「明日」が近づいてくる気がして、寝返りの回数ばかりが増えていく。


 明日。教室で、占奈さんに会う。


 どんな顔をして見ればいいんだろう。昨日みたいに、何事もなかったみたいに「おはよう」なんて言えるのか。


 枕元のスマホの画面はもう暗い。時刻を確かめたところでどうにもならないのに、指が勝手に伸びて、一度だけ点けてしまう。数字を見て、意味もなくまた消す。光が引いていったあと、部屋はさっきよりも暗く感じられた。


 そもそも、占奈さんのほうは、どうなんだ。


 僕だけが勝手に浮かれて、勝手に焦って、勝手に眠れなくなっているだけだったら。そう考えると恥ずかしくて、布団の中で一度だけ体を丸めた。


 嬉しいのに、落ち着かない。


 そんな夜を越えた、翌朝だった。


 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇


 教室の扉を開けると、いつもの自分の席より先に、右斜め前が目に入った。


 占奈うらなさんが、もう座っている。


 朝から先に来ているなんて、初めてだ。僕は歩き出すタイミングを一拍だけ迷って、鞄の持ち手を握り直した。


 占奈さんの机の上は、いつも通り整っている。朝の光が、藤色の髪の端をやわらかく透かしていた。


 僕の気配に気づいたのか、占奈さんが顔を上げる。こちらを見つけた瞬間、瞳がほんの少しだけ丸くなり、続けて口元がほどけた。


天夜あまよくん、おはよ。その……それ、予備のメガネ?」


 その「いつも通り」に助けられる。僕は鞄を机の脇に下ろしてから、眼鏡の位置を指先で直した。


占奈うらなさん、おはよう。昔使ってたやつなんだけどね」


 黒縁なのは同じでも、フレームの形が少し違う。久しぶりにかけるせいか、耳のあたりが妙に気になる。昨日ひびの入った眼鏡は、引き出しの奥にしまってきた。


 占奈さんは席に座ったまま、じいっと僕の顔を見てきた。確かめるみたいに、フレームの縁から目元へ、また縁へ。視線がゆっくり往復する。


 肩に力が入る。目をそらせば楽になれると分かっているのに、そらす先が見つからない。


「……へ、変かな」


「……その……」


 唇が少しだけ開いて、また閉じる。頬がじわっと赤くなった。


「……似合ってる、よ」


「え、あ、ありがと」


 恥ずかしさの置き場がなくて、僕は鞄から眼鏡拭きを取り出した。とりあえずレンズを拭く。拭いているあいだだけ、視線の逃げ場ができる。


 眼鏡をかけ直すと、占奈さんは少しだけ顔を横にそらした。


 ふと視線を落とすと、占奈さんの机の上にも、見慣れた丸いものがあった。白い布の上にちょこんと置かれた水晶玉。形は同じなのに、どこか印象が違う。


「う、占奈さんの、それも……予備の、水晶玉?」


 胸の奥がざわつく。この小さな玉が「いつもの」になって、昨日の約束が遠ざかってしまうんじゃないか。そんな嫌な予感が頭をかすめた。


 占奈さんは水晶玉へ手を伸ばし、両手でそっと包み込むように持ち上げた。


「これね……家に、前に使ってたのがあって」


 手のひらにちょうど収まるサイズで、光の映り方もおとなしい。昨日みたいに世界をくるりと反転させる迫力はない。


「でもね!」


 声の調子が急に明るくなる。占奈さんは一瞬だけ口をつぐんでから、視線を机へ落とした。


「昨日のが、いちばんお気に入りだったの。……だから、その……」


 髪が胸のあたりでふわりと揺れる。頬の色が少し濃くなった。


「一緒に、選びに行こうね」


 最後だけ、少し早口だった。


 ――ああ、消えてない。


「……よかった」


 つい漏れた声が、自分でも驚くくらい素直で、恥ずかしくなる。


 占奈さんが少し顔を上げて、遠慮がちにこちらへ視線を戻す。ふっと力の抜けた笑い方をした。


「だって、約束、したもん」


 それが、ずるい。僕はうまく返せなくて、小さく頷く。


 占奈さんも同じくらい小さく頷き返し、水晶玉を抱え直した。


「きょうも、占っても……いい?」


「もちろん。お願いします」


 占奈さんはほっと息をついて、指先で前列をちょん、と示す。萩村はぎむらの席だ。


「……天夜くん、こっち来て」


「う、うん」


 数歩なのに長く感じる。椅子を引く音が朝の教室に大きく響いた気がした。腰を下ろすと、視界の右側に占奈さんがいる。いつもより、近い。


「二日連続で占いしてもらうなんて、いいのかな」


 軽い冗談のつもりだった。占奈さんは水晶玉を見たまま、一瞬だけ動きを止める。


「……逃しちゃダメだから」


「え?」


「な、なんでもない!」


 占奈さんは視線を水晶玉に戻して、背筋を伸ばした。


「……じゃあ」


 両手で水晶玉を包み込む。


「きょうの占い、始めるね」


 予備の玉は、やっぱり小さい。両手にすっぽり隠れてしまいそうで、昨日みたいに教室の景色をくるりと反転させる力はなさそうだった。


 占奈さんは玉を持つ位置を微妙に変えて、口元をゆるめる。


「いつものみたいに、ここから天夜くんの目、見えないね」


「た、たしかに」


 占奈さんが短く笑う。距離が近いぶん、はっきり耳に届いた。


「……じゃあ、きょうは、ちょっと特別だよ」


 占奈さんは机の上に肘を寄せ、両手のひらで水晶玉を下から支える。


「わたしが下で持ってるから、天夜くん、上からそっと、ふたするみたいに」


 言われるままに両手を重ねる。手のひらと手のひらのあいだに、丸いガラスが挟まる。触れているのはガラスのはずなのに、緊張が遅れて背中を駆け上がった。


「……じゃあ、天夜くん。目、見て」


 顔を上げた瞬間、逃げ道ごと塞がれたみたいに視線が合った。


 占奈さんは一度だけゆっくり瞬きをして、静かにまぶたを閉じた。


 僕は動けない。息を吸う音が大きくならないように、勝手に肩が固まる。水晶玉は冷たいのに、手と手のあいだだけがじわじわ温まっていく。


 やがて。


「……見えたよ」


 ぱちり、と目が開く。


「――傘。いいこと、あるよ」


 その一語が、ふたりの間の空気に静かに落ちた。


 昨日の「カラス」に続いて、また名詞ひとつだけ。しかも今日はやけに日常的だ。外は晴れている。


(傘で、いいこと……)


 突然の雨で、傘を貸すとか。

 一緒の傘で帰るとか。


 浮かぶ想像がやたら具体的で、都合がよくて、そのくせ顔だけはちゃんと熱くなる。そういうことを考えている自分が、一番どうかしている。


「……天夜あまよくん」


 占奈さんの声は、もういつもの小ささに戻っていた。


「う、うん?」


「お、おわり。きょうの、占い」


 言われて初めて、まだ手を離していなかったことに気づく。慌ててほどこうとして、逆に一瞬だけ指先が占奈さんの指に触れた。


「……あっ、ごめん!」


「ううん……」


 水晶玉の上から、そっと手が離れる。占奈さんは玉を胸の前に抱え直して、ふだんの控えめな彼女に戻っていた。


「今日も、ありがとう」


 その「傘」がどんな「いいこと」と結びつくのかは分からない。


 けれど、当たる前提で、僕はもう進み始めてしまっていた。


 〇 ● 〇 ● 〇 ● 〇


 午前中の授業は、拍子抜けするくらい何事もなく過ぎていった。


 窓の外にはずっと、よく晴れた空が張りついている。

 「傘」という言葉はときどき意識の表面をかすめるけれど、午前中だけを切り取れば、それに結びつく出来事は何も起こらない。


 昼休みのチャイムが鳴ると同時に、僕の机の上に弁当箱が二つ、ことん、と置かれた。


 顔を上げる前から、誰なのかは分かる。


 桜葉さくらばさんが身を乗り出してきた。目つきが鋭い。というより、やたらきらきらしている。


「昨日さ」


 弁当箱のふたを開け、わざと少し黙ってから、視線だけでこっちを刺してくる。


「放課後、何かあった?」


 心臓が一拍だけ強く跳ねた。箸を持つ手が止まる。


「ど、どうして?」


「昨日のLINEさ、占ちゃん、文章がやけに元気で。今日も朝から妙に機嫌いいし」


 占奈さんって、桜葉さんとLINEしてるんだ。

 その事実が今さら胸に落ちた。


 桜葉さんはスマホをひょいと持ち上げて、見せないまま軽く振る。


「普段ぜったい使わないのに、顔文字いっぱいでさ。なんかあったんじゃないの?」


 視線の逃げ場を探して、弁当箱の隅に目を落とした。


 からかってるわけじゃない。ただ純粋に「知りたい」が溢れている目だ。

 占奈さんも、昨日の約束を嬉しいと思ってくれているんだろうか。


 そう考えた瞬間、弁当の味がほんの少し変わった気がした。


 でも、「水晶玉を一緒に選びに行く」だけは、もう少しだけ僕と占奈さんのものにしておきたかった。


「……なにもないよ」


「ふーん?」


 納得してない声。


 そこへ椅子がきいっと鳴り、萩村が身を乗り出してきた。


「そういえば天夜、昨日ゲーム参加してこなかったよな。『疲れた』とか言って」


 桜葉さんの視線が僕と萩村を行き来する。


「ま、今度教えてくれればいいや。友達だもんな」


 その「今度」は絶対逃がしてくれないやつだ。


「萩村だけずるいよ。私も知りたいのに」


「占奈に聞けばいいだろ」


「占ちゃん問い詰めるなんて可哀想でしょ!」


 ……僕は可哀想枠には入らないらしい。


「ほんとに、何もないって」


 もう一度言う。嘘じゃない。ただ全部を言ってないだけ。


 桜葉さんは僕の顔を見て、諦めたように息を吐いた。


「……じゃあ、私にも今度教えてよ」


 断り切れなくて、しぶしぶうなずく。

 この「今度」も、きっと逃げられない。


 弁当箱の中身が減っていくあいだじゅう、右斜め前の席は、ずっと空っぽのままだった。

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