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占奈さんの占いは当たりすぎる!  作者: ゆきのあめ
1章 水晶玉デート編

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第11話 ふたりぼっちの水鏡③

「占奈さん、食べたいものとかある?」


 歩道の端で足を止めて聞くと、占奈さんはすぐに答えず、視線だけがふわっと揺れた。唇が少し開きかけて、いったん閉じる。次の瞬間、指先がすっと伸びる。


「……せっかくだし、あそこ行ってみたい」


 指差した先は、ビルの一階に入ったハンバーグ専門店。入口の横の黒板に、白いチョークで描かれたハンバーグがどん、とふくらんでいる。湯気まで勢いよく描いてあって、絵なのに腹の奥が反応した。


 占奈さんは黒板をもう一度見て、口元を指で隠した。指の隙間から、笑いがこぼれそうになっている。


「わたしね、前を通るたび、ずっと気になってたの」


「じゃあ、行こ」


 そう言うと、占奈さんの肩がふっと落ちた。安心したみたいに軽くなって、そのまま頷く。返事が先に出そうなのに、声は一拍遅れてついてくる。


「……うん」


 店の前に着くと、入口から少しだけ列が伸びていた。占奈さんは一度立ち止まり、列の最後尾を目でなぞってから、僕のほうを見る。


「……並ぶ?」


「これくらいなら、すぐだと思う」


 僕が言うと、占奈さんは小さく頷いて最後尾についた。


 並んだ途端、ドアが開閉するたびに中の熱がふわっと外へ流れてくる。鉄板のじゅう、という音が、外の空気の中でもちゃんと聞こえた。ソースの香りが混ざるたび、列の匂いが一段だけ濃くなる。


 占奈さんが鼻先をほんの少し上げた。目は入口のほうに向いたまま、声だけがこっちに落ちてくる。


「……いい匂い」


 あまりに素直で、返事が一拍遅れた。


「お腹、空いてた?」


「うん。……実は、ちょっとだけ」


 “ちょっとだけ”と言いながら、視線は入口に吸い寄せられたままだ。足先がじわじわ前へ寄って、前の人が動くたびに肩がふわっと上がっては戻る。


 僕がその横顔を見ていると、占奈さんがふいにこっちを見る。目が合いかけて、すぐに外れて、代わりに頬を指で押さえた。


「……だって、楽しみなんだもん」


 言い終わったあと、占奈さんは視線をそらした。そらした先でも口元の笑いだけは残っていて、列が進むたび、抑えきれないみたいに少しずつ膨らんでいく。


「次のお客さま、どうぞー」


 呼ばれて、占奈さんが一歩前に出る。振り返って、声は出さずに目だけで合図をしてくる。僕もそれに合わせて中へ入った。


 店内は木目調で、壁の黒板メニューが目に飛び込んでくる。あちこちの席で鉄板が鳴っていて、音だけで口の中が忙しくなる。店員の声、食器の触れる音、笑い声。


 案内されたのは二人掛けのテーブル。向かい合って座ると、占奈さんは背筋をきちんと伸ばした。上品な姿勢のまま、手元だけが落ち着かない。メニューを開く前に一度だけ、胸の前で両手を小さく握ってほどく。


「何にする?」


「……えっとね」


 占奈さんはメニューを開いて、写真を一枚ずつ丁寧に眺め始めた。真剣そうなのに、眉の角がいつもより柔らかい。指先が写真の端をなぞって、ページをめくるたびに迷いが増える。


「ハンバーグ、切ったら肉汁出るやつ……だよね」


「たぶん」


「じゅってなるやつ……!」


 語尾が上がって、占奈さんの目がきらっとした。思わず口元が緩んでしまった。


「いま笑った」

「笑ってない」

「うそ。……ちょっと笑った」


 占奈さんが言い返して、すぐに自分でも可笑しくなったみたいに口元を押さえる。押さえた指の隙間から、笑いがこぼれた。


 教室の占奈さんは、もっと静かだ。笑っても声まで出さずに、目だけが先に笑って終わってしまう。こんなふうに音が混ざるのを見たのは初めてで、僕のほうが落ち着かなくなる。


 占奈さんはメニューを閉じかけて、ぱっと思い出したみたいに開き直した。


「ね、見て。これ……!」


 ページの端を指でトントン叩く。僕も覗き込むように身を寄せた。


 写真が近い。占奈さんの髪がふわっと視界の端に入る。香りが一瞬だけ混ざって、僕は慌ててメニューに視線を落とす。


「……これ、外の看板のやつだ」


「うん。これがいい」


 占奈さんは頷いて、少しだけ胸を張った。決めた瞬間の顔が妙に誇らしげだ。


「じゃあ僕も、同じのにしよ」


「……うん。いっしょだね」


 注文を済ませると、占奈さんは手を膝に揃えて、いかにも待つ姿勢になる。なのに待てていない。足先が小さく揺れて、揺れを隠すみたいにナプキンの端を折って戻して、また折って戻した。


「……まだかな」


 独り言みたいな声が、可笑しいくらい期待でふくらんでいる。


 店員が鉄板を運んでくる気配が近づくと、占奈さんの目がそちらに吸い寄せられた。自分のテーブルのほうへ曲がった瞬間、背筋がぴんと伸びる。さっきまで揺れていた足先が、ぴたりと止まった。


 鉄板が置かれ、湯気が立つ。目の前でソースがかけられて、じゅうっ、と音が弾けた。油のしぶきが光って、香ばしい匂いが熱と一緒に立ち上る。


「……わぁ」


 占奈さんの声が、ため息みたいに漏れた。目が丸い。頬がほんの少しだけ緩んでいて、それを見た瞬間、僕は今日いちばん良い買い物をしたみたいな気分になる。


「いただきます」


 ほとんど同時に手を合わせ、フォークとナイフを取る。


 占奈さんは一口目を小さく切って、口へ運ぶ前にふっと息を吹きかけた。ぱくり、と口に入れた瞬間、目尻がふわっと下がる。


「おいしい……」


 言葉が溶けるみたいに落ちた。


「ほんとだ。おいしいね」


「うん。……しあわせぇ」


 占奈さんはもう一口を切る。今度は少しだけ大きい。頬張って、もぐもぐして、目を細める。上品に食べているのに、嬉しさが隠しきれていない。


 僕も同じハンバーグを食べているはずなのに、味が一段濃くなった気がした。ナイフを入れる手が一拍遅れて、それをごまかすようにグラスへ手を伸ばす。


「ね、天夜くん」


「うん」


「また……」


 いいかけたところで、占奈さんは照れたみたいにグラスに手を伸ばす。飲む動きは丁寧なのに、置く指先だけが少しだけ慌てていた。


 食べ終えるころ、占奈さんはナプキンで口元をきちんと押さえてから、膝の上のバッグにそっと手を入れた。さっきまでの柔らかい雰囲気が一枚だけ引っ込む。


「あのね」


 声を落とす。店内のざわめきに紛れるくらいの小ささで、でも確かに僕に届く距離で。


「せっかくだから……今日のことも、占っておきたいなって」


 バッグの口が、ほんの少しだけ開く。そこから新しい水晶玉が、ゆっくり現れた。取り出し方が慎重で、ガラスが光を拾うのに、音は出さない。占奈さんはそれをテーブルの真ん中には置かず、自分の手元へ寄せたまま、皿の影になる位置を選んでそっと下ろした。


 こん、と小さな音がする。木に触れたガラスの音は控えめなのに、さっきまで聞こえていた店のざわめきの隙間を縫って、やけにきれいに耳へ届いた。


 それから両手で包む。指を重ねる順番を一度だけ整えて、掌の中に玉がすっぽり収まる形をつくると、占奈さんは息を静かに吸った。


 占奈さんが顔を上げる。玉ではなく、僕を見る。


 目が合う。


 その瞬間、僕のほうが先に息を忘れた。これが合図だと分かっているのに、分かっているほど、目をそらせない。占奈さんの瞳は光を失わない。ただ、奥へすっと沈んで、焦点だけが鋭くなる。いつもの占奈さんの“やさしい丸さ”が薄く削れて、代わりに、まっすぐな刃みたいな静けさが出てくる。


 占奈さんの唇が、小さく動いた。声を出す前に、喉が一度だけ上下する。


「……見えた」


 細い声だった。細いのに、ぶれない。小さな声が、周囲の音に消えるんじゃなくて、僕の耳の奥へ正確に届く。聞き逃したくなくて、僕は無意識に身体を少しだけ前へ傾けていた。


 占奈さんは玉から目を離さないまま、言葉を続けようとして、ほんの一拍だけ止めた。その間に、指が玉の縁をきゅっと締める。


 次に落ちたのは、短い名詞だった。


「靴」


 僕は「靴」という音を頭の中で転がした。意味を探すより先に、占奈さんがそう言った事実のほうが大きく残る。占奈さんが見えたなら、きっと何か起きる。そう思うのが、自然になってしまっている。


 占奈さんが、息をほんの少しだけ吐いた。吐きながら、最後の一言を落とす。


「……いいこと、あるよ」


 最後だけ、少し柔らかい。


 そのまま占奈さんは、もう一拍だけ玉を見つめていた。目の奥の光が、すっと暗くなる。ただ、ほんの少しだけ影が差す。


 占奈さんは玉をバッグへ戻し始める。戻す動きはゆっくりなのに、途中で一度だけ手が止まった。止まって、唇が薄く結ばれる。何か言いかけて、言葉にならないまま飲み込んだみたいに、喉が小さく動く。


 僕はその沈黙が怖くなって、でも黙っているのも怖くて、できるだけ普段みたいに言った。


 「……いいこと、何が起きるか、楽しみだね」

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