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日常の歩き方

作者: 本ヲ書ク
掲載日:2025/09/19

いつもと同じ道を歩きながら、大学へ向かう途中だ。

今日は確か語学の講義が入っている。

いつも途中で寝てしまうのだが、単位を取るために渋々受けている。

グローバルという言葉があふれている世の中で、果たしてこんな自分は生きていけるのだろうかと、そんなことを思ったりもする。

今日は講義が終わった後アルバイトがあるので、そのままアルバイト先に向かう予定だ。

こういう予定の詰まった日は嫌いだ。

すべてをすっぽかして、公園でボーっとするのも悪くない。

こうして意味のないことを考えながら、いつも同じ道順を辿ってゆく。

やがて駅のホームにたどり着く。

最近整備されたばかりで1階にコンビニ、2階に本屋もある大きめの駅だ。

ここからは電車1本で大学の駅まで行くことができる。

この時間の電車は空いていることが多く、座れることが多い。

ラッシュ時の満員電車が嫌なので、朝一番の講義は取らないようにしているのだ。

今日も一番端の席に座り込み、いつものように目を閉じる。

僕は乗り物酔いしやすい性質なので、電車の中ではこうしている。

電車の中で本を読んだり、仕事をしたりする人を見ると羨ましいと思うこともある。

だが半分寝たようになりながら、電車に揺られているのもまた悪くないものだ。

そのまま30分程電車に揺られていると目的地に到着する。

田舎の大学で、山の上にあり、駅からも多少歩く必要がある。

駅からスクールバスも出ているのだが、やはり乗り物酔いをするので歩いて大学へ向かう。

15分ほどの山道を歩き、少し額に汗が滲むころ、ようやく大学に着く。

多くの学生たちが集まっている食堂を通り抜け、講義のある教室まで向かう。

途中で友人と声を掛け合うが、時間がギリギリなので足を止めることなく講義室へ向かう。

講義室は20人程度が入れるような小さな部屋だ。

3人掛けの机が並べてあり、そこに一人か二人ずつ座っている。

僕は迷わず一番後ろの端の席に向かう。

大学の講義は前の席に学ぶ意欲のある生徒が、後ろの席にはそうでない生徒が集まる。

僕は後者なので、後ろの席で座り、夢現になりながら授業を聞き流すのである。

授業の内容など、何一つとして頭に入っていない。

不良学生の極みだと思う。


学校が終わると、予定通りアルバイト先へ向かう。

アルバイト先は家の近くのコンビニエンスストアだ。

職場について、制服に着替え、タイムカードを押す。

もう何十回、何百回と繰り返した作業だ。

赤色がトレードマークのお店なのだが、この真っ赤な制服はあまり落ち着かない。

どうも僕はこういうはっきりした色よりも、もう少し曇った色の方が自分の性根に合う気がするのだ。

しかしこの仕事は好きだ。

住宅街にあるお店で、お客さんもそこまで多くなく、自然と顔見知りが多くなる。

そして淡々とレジ打ちや、商品補充の仕事をこなしていれば、平穏に終わるのである。

アルバイトに刺激など求めていない僕には、納まりのいい仕事だ。

これまで他のアルバイトをしてみたこともある。

例えば、飲食店とか。

コミュニケーションが大切で、周りとの連携を取りながら、お客の対応をしていく。

そういう周りへの気遣いが求められる仕事は、全然うまくできなかった。

僕は人とのコミュニケーションが苦手なのだ。

それを怖いとすら思う時もある。

相手の人柄がわかっていないと、何をどこまで聞いていいのかが不安になる。

忙しい時にそんなことでおどおどしているのだ。

そういうわけでそれ以来飲食店で働くことはやめることにした。

ともかく、今はこのコンビニでの仕事に満足している。

人間向き不向きがあるという事なのだろう。

僕は落ち着いた心持ちで仕事をしたいのだ。

今日も仕事を終え、イヤホンを耳につけ、音楽を聴きながら帰路に着く。

音楽は配信サービスで適当に流れてくるものを聴いている。

こういったサービスは便利なのだが、流れてくる音楽が偏りがちだ。

だから意図的に、普段聞かないジャンルの音楽も選ぶように心がけている。

これは正直どうでもいい話だ。


あくる日、アルバイト先のコンビニで出勤すると見かけない人が事務所に居た。

どうやら新しく入ってきた女の子で、僕より年下のようにみえた。

若い女の子らしく、髪は明るめの茶色に染めている。

襟付きのブラウスにインディゴのデニムと仕事のために用意したような服装で、なんとなく真面目そうな雰囲気を感じる。

軽く挨拶をすると、どうやら高校を卒業したばかりだそうだ。

高校卒業後、進学せず、就職もしないのは珍しいように思う。

とはいえ、自分も学校で何をしているかと問われると困るので、人の事を言う立場ではないだろう。

どうやら今日で2回目らしい。

僕は女性と会話をするのが苦手だ。

おそらく中学生くらいからだろうか。

小学生のころはよく女の子とも遊んでいたが、中学校に入ったころから女の子と話をしたり、同じ場にいるとなぜか緊張するようになった。

急に真面目な話をされてドキッとするような、そういう感じで頭が回らなくなってしまうのだ。

このコンビニでは女性といえば、僕より一回りや二回り年上の主婦の人たちばかりだ。

とにかくおしゃべりが好きでこちらから話を振らなくても、常になにかしゃべっているので、僕としてはとても楽だ。

その点、新しく入ったこの子は少し人見知りするタイプのようで、お互い沈黙の時間が続いていた。

こちらからも少しは話しかけてみるのだが、なかなか話は続かず、すぐに気まずい沈黙が流れる。

僕は会話をすることを諦め、先に仕事の準備を済ませ、事務所を出ことにした。

苦手なことを避けて通るのは、僕の常だ。

頭を悩ませている時間がとてもストレスに感じるのだ。

いろいろ考えたところで、いい案が浮かぶことはない。苦手なのだから。

結局その日は、同じシフトで働いてはいたが、その子と話す事はほとんどなく、

作業的な言葉を交わすのみで仕事を終えた。


帰り道、いつものようにイヤホンを付けると運悪くバッテリーが切れている。

バッテリー残量がライトで表示されるタイプなので、こういうことはあまりない。

渋々イヤホンをしまい、家までの道を歩き出す。

やることなく、ただ歩いていると、なんとなく物思いにふけってしまう。

ふと頭をよぎったのは、過去のアルバイトでの苦い思い出だ。

大体いつもコミュニケーション不足が原因なのだ。

特に先輩が女性だと、話しかけるのも難しく、仕事でわからないことを聞くこともできなかった。

こういう思い出は、僕の頭を熱くさせる。心臓の音が早くなって、嫌な気持ちが蘇ってくる。

今日、新しく入ったあの子とうまく話す事が出来なかった。

そのことが僕の中で引っかかっているのだろうか。

だから、思い出したくない事が出てきたのかもしれない。

僕は一度考え出すと、ずっとそのことを考え続けてしまう。

牛は同じ草を何度も何度も噛むらしいが、それと同じことだ。

嫌な気持ちも含めて、ずっと頭の中で咀嚼している。

良くない癖なのだが、仕方のないことなのだろう。


その夜夢を見た。

飲食店でアルバイトをしていたあの頃だったように思う。

僕は誰かに相談をしている。

「仕事がうまく出来ない。」

「職場にうまくなじめない。」

「あの女性の先輩がすぐ怒るので苦手だ。」

そう言いながら、僕にはあの頃感じていた胸が詰まるような気持ちがあった。

そして相談相手はこう言っていた。

「まずは相手が何故怒っているのか聞いてみたらいいんじゃない?」

それは僕が一番苦手なことだ。

女性に対して、質問すること。

「大人なんだから、相手の事も考えながら仕事しないとダメだよ。」

そう言われて僕は言い返す。

「子供にだってしっかりした子がいるんだから、大人にだってそれが出来ないダメな大人がいますよ。」

言いながら僕はとても悲しい気持ちになり、その悲しい気持ちのまま夢から覚めた。

心臓がぎゅっとつかまれたように、激しく鼓動を打っていた。

大人なんだから、という言葉は嫌いだ。

理由もわからず、その言葉を放つ人を見ると嫌気がさす。

でも、今のこの言葉は違った。

大人にならなければいけない、という自分の言葉だったのだ。

僕は夢で見たこの言葉を噛みしめながら、いつもと同じ朝の準備に取り掛かった。


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