面々
「外は廃墟かと思ったけど中はまあまあね。
それにメイドも居るじゃない。
嫁が使えないから助かるわ〜」横浜のゲーム会社の会長夫人、佐原悦子がホホッと笑う。
「お母さん、言い方!」息子で社長になったばかりの佐原茂正が弱々しく反論する。
苦笑いしながら茂正の嫁の社長夫人の恭子が杖をつく悦子の介助をする。
大広間を元気な男の子2人が走り回る。
母親は知らんぷりでバーで夫らしい男性と飲んでいる。
王麗明が一声中国語で声を掛けたが、母親らしい人は手を一振してバーテンダーと夫相手に中国語で話している。
「お母さんですか?」マリアは薫から離れたくて王麗明にずっと張り付いている。
結局、王の見立て通り水道管に穴が空いてる状態で近くの別荘で水の出や排水を見たが、ボコボコと音を立てて水が出て排水も捌けが悪い。
使い物にならないと結論が出た。
これから来る予定の別荘民には連絡を社長自ら入れお詫びに向かうらしい。
既に来ていた佐原家にも連絡を入れ、王麗明の両親と弟達、マリア家族でまだオープン前のこの翡翠宮ホテルを使って貰うことになったらしい。
「佐原家様、王家様、大河家様、そしてオーナー様からのご紹介の古舘様オカルト倶楽部皆様の4家族様のお世話を私共でさせて頂きます。
私、支配人の宮本と申します。よろしくお願いいたします。」とスタッフ10名と共に頭を下げた。
バーテンダーは王のお母さんの相手で来れなかったので11名がスタッフだ。
日本語だから、イマイチ分からないのか?王麗明の家族は誰も挨拶してるスタッフを見ていない。
「チッ!」王が小さく舌打ちする。
この人も家族に思う所が、鬱積した思いがあるのだなとその時マリアは感じた。
それより!
あの新聞で見た女子高生探偵と仲間たちだ!
マリアからは遥か遠くキラキラとして見えた彼らと
まさか伊豆の下田で一緒になるとは!
父が近寄ってくる。
「どうする?薫はもう帰りたいと言ってるが?
ここではゆっくりできないと文句を言ってるが?」
父も事態が急変して戸惑っているようだ。
「えっ、あの新聞載ってた探偵さん達と一緒だよ?
薫と二人っきりより絶対面白そう!
私は楽しみだわ!ねッ、王さんもそうだよね?」と王麗明に同意を求める。
「そうですね。面白そうだ。」さっき舌打ちしてた王が嘘のように気品を称えて微笑む。
「王君は東大の経済学部で金融を学んでるそうだね。
私はそちらは全く素人なので話を聞きたいな。」父は王が気に入ったようだ。
「来年は大学を休学してアメリカへ行きます。あちらでは既に飛び級で卒業してるのでMBAを取るため大学院へ入ります。」王がこれからの話をする。
「私もシリコンバレーの取引先に挨拶回りに行く予定なんだよ。あちらで会えると良いね〜」父は仕事の話をするのが何より好きだ。
彼なら理系でなくても父の話が理解できる。その上で経済分野からの意見も聞ける。
「今夜は、あのバーでじっくり話しましょう。」19歳とは思えない落ち着きで父と対等に話している。
父はホクホクと薫の元へ戻って行った。
「君は…マリアは薫君?が嫌いなの?」王が囁くように聞いてくる。
「ええ、大嫌い!反吐が出るくらい!」忌々しそうにマリアが吐きだす。
「だよね。僕はそれに引き寄せられて君のそばに行ったんだよ。」王がすごく嬉しそうだ。
「あなたも家族が嫌い?
失礼だけど、そんな気がして…」マリアも遠慮がちに聞く。
「僕の為に大金を使ってくれるいい人達なんだけどね。
僕は13歳から家族と離れて日本とアメリカの学校を行き来してる。華僑は教育に惜しみなく投資するからね。
しかし、考えが全く合わなくてね。
父と母が日本やアメリカで稼いだ金は全て中国の祖母、いや長男の叔父へ送金されるんだ。
中国人にとっては、それは当たり前なんだ。」王が明らかイライラする。
叔父は全く無学な人でね。学ぶ気持ちが無いんだ。
やたらと女を作り、そこに湯水のように金を注ぎ込んでる。
が、祖母も親族も全く注意しないんだよ!
一度注意したら、リンチにあってね、祖母宅に幽閉されたよ。ツバを両親にまで吐きかけられてね。
僕は一族の恥らしい。
女にうつつを抜かして金を垂れ流してる叔父より。」
日本人には分からない儒教の本場の世界みたいだ。
その世界では、日本やアメリカ育ちの王の考えや意見は決して通らない。
頭が良いだけ、その怒りとジレンマは相当なものだろう。
「さっきから父も母も日本ルールを無視して行動してる。が、中国人なんてそんなもんだろうと日本人も特に注意しない。
もう、この空間自体が吐き気がするんだよ。」下を向いてるが王麗明の表情は鬼のような形相だろう。
思春期がまだ抜け切れてない王には羞恥心の塊のような拷問なのだろう。
マリアでは想像できないが、自分の身体を弄ばれている不快感と近いかもしれない。