嘘、囁いて(1)
「こんにちは〜〜、リイドく〜〜ん! お元気でしたか〜〜!? ようこそジェネシスへ! 我々は、貴方を心から歓迎しますよ~~っ!!」
司令部に通じる扉をくぐった直後、クラッカーの音と共に高らかに声が聞こえてきた。職員の視線が全てボクに集中する中、ヴェクターは両手に“歓迎”に二文字が示された扇子を広げ、にっこりと微笑んでいた。恥ずかしいからそういうのは本当にやめて欲しい……。不意打ちもいいところだ。ボクが額に手を当てて唖然としているのに対し、エアリオは“いつものことだ”と言わんばかりに平然としている。
ジェネシス本社ビル地下、レーヴァテイン運用専用司令部……。中は薄暗く、上からの照明ではなく硝子張りの床の下から溢れる様にして全体を照らし出している光でライトアップされたその景色はいかにも近未来の装備を思わせた。立体的な構造になっているのもまた面白いところで、それがいくつかの影の模様を作りまるで司令部は美術館のようなイメージだった。
ヴェクターはこの司令部の中央奥、最も高い位置にあるエリアに立ってボクたちを呼んでいた。恥ずかしかったので速攻リフトを上がり、ヴェクターの所に上がる。どうやらこの男が高い立場にいる人物で、この司令部で最も高い場所であるここに席があるのは恐らくそうした理由なのだろう。実際目を向けると、彼の机には“副指令”という札がかかっていた。
それは兎も角……なんなのだろうか、この男……。ジェネシスのロゴが入った黒いスーツに身を包み、ヴェクターは扇子を閉まって手を叩いてボクらを歓迎している。相変わらず本心の見えない怪しい笑顔で近づいてくると、コーヒーカップを片手ににこやかに肩を竦めた。
「中々会いに来てくれないので寂しかったところですよ。ようこそジェネシス本社へ……。うーん、確かクレイオス戦以来ですから……おや、本当に久しぶりですね?」
「…………」
「だんまりですかー。随分嫌われてしまっているようですねぇ……ウッフッフ!」
嫌いとか嫌わないとか以前にどうにもこいつには心を開いてやる気にはなれない。仕事上仕方がなく付き合うのであれば構わないけれど……それ以上係わり合いにはなりたくないタイプだ。
「まあどうぞ、こちらに掛けて下さい。とりあえずこちらが用意しておいたリイド君用の契約書類、それからジェネシスの制服、IDカードです」
「ちょ、ちょっと待ってください……!? なんですかこんなにごっそり!」
予め用意していたらしい大量の書類とジェネシスの社員用制服……ヴェクターが着ている物と同じだ……。そして最新鋭のIDカードがデスクに並べられる。それが山を形成しており、既にそれだけでもう引いてしまうレベルだった。
「実際にサインしてもらうのは一番上の書類だけなので安心してください。それとこの契約書類の内容を簡単に説明しますと、リイド君はジェネシスの社員として我が社と契約する……という内容になっています。より詳しく説明しますと、あなたはレーヴァに乗って敵と戦う事を代価に毎月の特別給与とジェネシス本社施設への自由な立ち入り、施設の使用が認められます」
成る程、つまりカイトやイリア……エアリオもジェネシスの社員と言う事になるのか。そしてボクも同様だと……。書類をいくつか手にとって見たけど、正直これ全部に目を通すのは骨が折れそうだ……。大事なパイロットなんだし、まさかこっちの不利になるような事があるとは思えないけど……後で一応目を通しておこう。どれくらいかかるかわからないけど……。
「ちなみに、これを拒否したらどうなりますか?」
「ふむ、拒否されちゃうと困りますねえ。なにせレーヴァの適合者は滅多にいないもので……。まあこちらはとっても困ってしまう、ということですかね」
「レーヴァの所有権はやはりジェネシスが保有しているんですか?」
「ええ、その通りです。他の国家などにその詳細を秘匿し、レーヴァを専有しています。一般市民にも公開していない我が社最高の“商品”です。無論我が社の所有物である以上、契約書にサインし社員となっていただかない限りレーヴァをお預けする事は出来ませんねえ」
まあそれは当然だろう。部外者に好き勝手レーヴァを動かされたらジェネシスとしてはたまらないだろうし。しかしこれはどちらかというとレーヴァに乗って戦うという過酷な環境に対する代価をジェネシスが支払う為の契約だろう。つまり希少価値の高い適合者を戦いに赴かせるための契約だと見てまず間違いない。
そうなればこの契約に従わないのはむしろ損だ。怪しい契約書ではあるが、ざっと読んだところ戦闘中にレーヴァで市街地を破壊してしまっても超法規的措置で許される、みたいな内容だった。流石ジェネシス、サポートのレベルが段違いだ。ペンを受け取り、サインをしながら思考を続ける。ジェネシスは企業であると同時に政府でもある……。これで政府の保証の上で好き勝手暴れられると、そういうことになるわけだ。
「はい、結構です。ようこそジェネシスへ! 改めて自己紹介しましょう。私がここの副指令、“ヴェクター”です。どうぞどうぞ、今後ともよろしく……。仲良くしましょうねえ、リイド君」
そうして胡散臭い笑顔と共に握手を求められる。しかし……私はヴェクターですと言われてもどう考えてもそれは名前ではないだろう。その握手を受けず、ボクは疑るような視線を隔そうともせず言った。
「……リイド・レンブラムです。あの、ヴェクターっていうのは?」
しかしヴェクターは握手を求める姿勢のまま、笑顔で固まっていた。しばしの睨み合いの後、しぶしぶ握手に応えるとヴェクターは何度か軽くつないだ手を上下させた。こいつも変なやつだ……。
「私の愛称みたいなものですかねえ。ヴェクターと呼び捨てにしてくれて結構ですよ。既にヴェクターという言葉そのものに敬意の意味が込められていますので」
「はあ……。わかりました、ヴェクター」
軍隊の階級みたいなものなんだろうか? よくわからない……。握手を終えるとヴェクターはポンと手を叩き、両腕を広げて言った。
「皆さんは社員と言えど特別な立ち位置ですので、制服の着用はしなくても結構です。特に学校で多くの時間を過ごす皆さんはいちいち着替えている暇なんてありませんからね」
それはそうだ。この間は学校が終わった時間だったからよかったものの、昼間に敵に来られたらボクらは学校にいるはずだ。一々着替えろといわれてもそんなことが出来るはずがない。それに別にこの間学校の制服のままレーヴァに乗り込んでも大して問題はなかったし。
特に制服について気にしなくてもいいのはエアリオが私服でここに来ていることを見れば一目瞭然だ。とりあえず受け取るだけ受け取っておこう。ヴェクターとおそろい……というのは若干気に入らないが。それにしてもサイズがどうもピッタリっぽいところが気になる。いつ測ったんだ……。
「そちらのIDカードがあれば本社内の様々な施設を無料で利用する事が出来ますし、食事もタダですよ? ガンガン使っちゃってくださいね」
「は、はあ……」
ジェネシスのロゴが記された、黒いIDカード……。こんなカードだけでジェネシスの施設使い放題か……。なんていうか、余程パイロットは貴重な存在なんだな。何となく優越感を覚え、それをポケットに忍ばせた。
「レーヴァの適合者は繰り返し言いますが貴重なんです。途中で投げ出したり逃げ出したりしないでくださいよ?」
「誰がそんな事……。ボクは降りろって言われてももう降りませんよ。レーヴァテインはボクが乗りこなして見せます」
「それは結構! それでは色々とご説明せねばなりませんねえ……。あー、ユカリ君!」
上から声をかけられた一人のオペレーターがリフトを上ってくる。ジェネシスの制服に身を包んだオペレーターはセミロングの髪からイヤホンを外してボクの前に立つ。背の高い、綺麗な女の人だった。
「彼女が一応レーヴァとコンタクトを取る管制官のユカリ・タリヤ君です。今後レーヴァで行動中にサポートしてくれるので仲良くなっておいて損はないですよ。何より美人ですしねえ、ウッフフ!」
「ヴェクター……もう、子供相手に……。それより、散らかしたクラッカーの中身ちゃんとご自分で片付けて下さいね……」
ユカリさんにギロリと睨みつけられ、ヴェクターはしょんぼりしながらクラッカーの中身を拾い始めた。こいつ本当に副指令なのか……? エアリオと一緒にその情けない姿を眺めていると、先ほどとは打って変わった柔らかい表情でユカリさんはボクらに頭を下げた。
「あ、ごめんなさい……。私が貴方達の担当になるユカリ・タリヤよ。この間の戦闘データは見せてもらっているわ。素晴らしい才能ですね、リイド君は」
「はあ、どうも」
人懐こい笑顔だった。大人の女性とまともに口を利いたことがないせいか、なんとなく物怖じする。ヴェクターが物陰からニヤリとしながらこちらを見ていたのがかなりイラっと来た。こいつは多分一生好きになれそうもない……。
「そんなに緊張しなくて大丈夫よ? ふふ、これからどうぞよろしく。とりあえず仕事があるから今は失礼するけど……ヴェクターの言う事は話半分くらいに聞いておくのよ?」
「……わかりました」
最後の部分は耳打ちだった。だがまあ……その言いたいことは良く分かる。この男の話を全部真に受けていたら非常に疲れそうだし……。多分、馬鹿だし。そうしてリフトを降りていくユカリさんを見送ると、ヴェクターはポンと手を叩き笑顔で振り返った。
「さて、では他にも会っておかなければならない人たちに会うとしましょうか。それとレーヴァの説明も必要でしょうしね」
ヴェクターに連れられ司令部を後にすると、入り組んだ本社の中を歩き回っていく。相変わらず社員らしい人物には一人として遭遇しない上に入り組みすぎていてもう自分がどこをどう歩いてきたのかさっぱりわからなくなるくらいだ。司令部への道はエントランスからまっすぐだったので迷わないで済みそうだが、今後施設を利用するとなるとどうなるか怪しい……。
「さて、では歩きながらご説明しましょうか。リイド君、あなたはレーヴァテインがどんなものであるかご存知ですか?」
「――それは……」
レーヴァテイン――。それがあの巨大ロボットの名前なのはわかっている。あれを作ったのがジェネシスなのかそうでないのかはともかく、今はジェネシスが保持している。そしてレーヴァテインは空から襲ってくる敵と戦うために生み出されたもので、あれらに対抗できる戦力を有している――。だがボクが知っている事と言えばそれくらいだ。レーヴァについて理解していることは実際そう多くない。
「レーヴァは神を倒す兵器――そう、認識しています」
「ふむ、それは正解です。実際それ以上でもそれ以下でもないわけですからね。では秘匿情報である神について少しご説明しましょう」
神という存在はヴァルハラにいる人間ならば誰もが知っている。しかしそれを実際に目撃した人間はおらず、地上までそれらがやってくる事も今までなかった。ジェネシスはそれを敵だと位置づけ説明はするものの、神の映像が流れる事も、レーヴァテインがどんなものであるかが公開される事も無かった。実際……あんな化け物が襲ってくるという事実を公表するのは問題だらけなのだろう。だが、そもそもレーヴァテインが闘う神とは何なのか――。
「発端は月面でした。人類は当時フォゾン技術の開発により月面への移民計画は爆発的に進歩しました。人類はフォゾンの力を以ってして大空を制覇し、宇宙もまた非常に近い物としたのです」
元来宇宙というのはそう易々といける場所ではなかった。それをこのヴァルハラはあっさりと打開している。中央部に配備されたカタパルトエレベータならば、一発で宇宙にレーヴァを放つ事が可能だ。他にも一昔前には同様のエレベータ施設や簡易的な宇宙旅行船も開発されていたと聞いている。宇宙は人類にとって“遠く”ではなくなったのだ。少なくとも、その時はまだ……。
「月面のテラフォーミングは順調でした。フォゾンは生命のいる地上でなければ非常に濃度が薄いのはご存知ですね?」
「はい。フォゾンは大気中に漂う気化物質のようなもので、樹木を筆頭に生命体が発生させるものですから」
「ほお、よく勉強していますね。感心感心……。そう、フォゾンは人類にとって最新鋭のエネルギーではありますが、それは地球という自然環境下においてようやく実用可能な濃度なのです。宇宙空間や月面に生命が存在しない以上、フォゾン濃度は非常に薄い。そこで月面でも地上と同様の生活をするために、テラフォーミングでは地質改造や植林など、とにかくフォゾン環境を安定化させることが第一とされました」
フォゾンは今や電力と並ぶほど人類にとって必要不可欠なものになりつつある。特に地上を離れより過酷な状況である月面下での人類の活動により一層フォゾンが必要なのは当然の事だろう。地球から一々持ち出していたらそれは完全なテラフォーミングの成功とはいえないし、自給自足が可能になるようにするのは当然の流れだ。
「で、実際に計画は成功して地質改造と植林により月面にもいくらかフォゾンが満ちるようになったわけです。しかしそれがきっかけとなってしまったのです」
「きっかけ……?」
「月の地下から突然異形の怪物が現れたんですよ。テラフォーミングのため地下の研究は進んでいたので奇妙な空洞があることは研究者達も理解していたのですが、そこにまさか先客がいるとは思っていなかった。地下はフォゾンを生産し温存するのに有効な場所だったので、そこでフォゾンを作りまくったわけです」
「そしたら化物が――。そうか、あいつらはフォゾン生命体なんですね」
「つくづくお勉強が進んでいるようですね。その通り、彼らはフォゾンにより肉体を構築し、生命活動を維持する生き物なのです。地下でのフォゾン開発は彼らの目を覚ます結果になり、活動再開した化物たちによってテラフォーミングは失敗。月面は完全に連中にのっとられ、生存者はゼロ……。故にあそこが今どうなっているのか、生産プラントがどうなっているのか、誰にも何もわからないのです」
「その化物が神とか天使と呼ばれているものですね」
「その通り……。連中の行動は迅速でした。理性があるのかどうかはいまいち判っていないんですが、周囲の宇宙施設をすべて破壊し地球に攻め込んできたわけです。こうして人類と神――まあ宇宙人みたいなものですね。異種生命体との生存を賭けた戦争が始まったわけです」
人類はお陰で宇宙での覇権を完全に失い、空からどこにでも飛来する敵との戦争に非常に苦戦した。お陰でいくつかの大陸は連中に奪われ、戦争は今でも世界中で進んでいる。世界が滅ぶかもしれないという状況であることは、無論誰もが理解していることだ。
しかし全くこの町の人々がそんなことは関係なしというように能天気でいられるのはこの町が被害に全くあっていなかったからだ。この町はジェネシスによって防衛されている。様々な防衛システムとロボットの存在が住人から危機感を奪い去っていた。そしてこの忌まわしい敵の存在が、大空と宇宙での人類の権利を無作為に略奪したのだ。
通常の航空兵器ではあれらには立ち向かえない。むしろ連中は地上のほうが苦手なのだ。空で戦うよりも地上から迎え撃つ方が効率がいい。そうした理由もあり、今や空を飛ぶ兵器など殆ど世界中から失われてしまったと考えていいだろう。そうした事情は空に憧れるボクとしては無論知っていたし、下調べは十分だった。しかし改めて考えてもすごい状況だ。いや、このヴァルハラの人間に危機感が欠落しているだけなのか……。
「宇宙に行こうとするだけで迎撃される現状では人類は守りを固めるしかないわけですが、連中は月からどんどん来ますからねえ。それらを撃退するための町が要塞都市ヴァルハラであり、レーヴァテインなのです」
「それはわかりましたけど、レーヴァは結局何なんですか?」
「我が社の商品としか言えませんね。ただまあ、その性質はいくつか理解しておいたほうがいいでしょう」
そうして長話を続けているといつの間にか広い倉庫……つまり、レーヴァのハンガーに出ていた。そこにはレーヴァがあの時のまま、灰色の体でそこに立っていた。無数のケーブルがレーヴァにつながれ、機械油と血の混じったような奇妙な匂いが充満している。巨大な人形機動兵器……。自分がこれを操って神を倒した……。それはまだ現実味を帯びない過去だ。
「さて質問です。神や天使が人類にとって脅威なのは何故でしょう?」
「え? ええと……?」
いきなり言われるとちょっと戸惑う。とにかくやつらに人類は勝てないんだ。それは何故か? 先日、一瞬で人々を惨殺した天使の力を思い返してみる。あの時放たれた光――つまり……。
「ああ……。連中がフォゾン生命体であり、そしてフォゾンを武器として扱うから、ですよね」
「その通りです。実に素晴らしい」
人間もまたフォゾンを必要として生きる生き物だ。酸素が無くなれば死ぬように、フォゾンが無くなれば人は死ぬ。しかし連中はそれとは全く別だ。構成物質がすべてフォゾンなのだ。フォゾンは本来目には見えない気化エネルギーであり、“生命体になる”なんてことは考えられない。考えられないのだが実際そうなのだから仕方がない。どういう構造なのかは知らないが、連中はフォゾンそのもので構成されているエネルギー生命体なのだ。
高濃度のエネルギーの塊である連中に物理的な攻撃はあまり意味がない。 燃え盛る炎の渦にマッチを投げ込んでも意味が無いとの同じだ。 やつらは物理的な破壊概念で倒せる相手ではない。
故に、無敵――。いくらミサイルを撃ち込もうが刀で切ろうが傷一つ負わせる事は出来ない。有効なのは同じくフォゾンを内蔵したフォゾン弾頭による攻撃だが、それはまだ人類全体が手に出来るほど復旧しているものではない。そして同時に連中は周囲のフォゾンを操り武器化したりすることも出来る。まあ厳密に言えば自分自身の一部にしてしまうわけだけれど……。この間の戦闘で見た感じ、フォゾンそのものを速射することにより生命体だけを殺す事も出来るようだ。
戦闘機で近づこうが広域にフォゾン波動を照射されたら機体は無事でもパイロットはぐしゃぐしゃになる。効率的かつ確実に抹殺する……。つまりやつらは殺人のプロと言っていい。守ってよし、こちらはどんなに逃げても隠れても殺される……。確かにこれじゃ勝てるはずがない。
「でもレーヴァは神に対して有効なダメージを与えられていました。ということは、レーヴァもフォゾンにより武装するんですね」
「その通りです。レーヴァは今そこにある状態、つまり待機状態の場合、通常兵器同様、天使や神に対し有効な攻撃手段を持ちませんし、攻撃されれば一発でパイロットは即死です」
確かに見たところ全くフォゾン武装らしい物を装備している気配はない。しかしこの間は確かに空を飛んでフォゾンの装甲をまとって弓矢まで構築したはずだ。
「レーヴァは適合者と干渉者――つまりパイロットとパートナーが搭乗して始めてフォゾン武装を展開します。フォゾン装甲は敵のフォゾン攻撃を打ち消しますし、装甲で敵を殴れば物理ダメージも与える事が出来ます。神同様周囲のフォゾンを自らの一部として再構築することで武装化も可能です。この間の“流転の弓矢”がそうですね」
なるほど、だから適合者が貴重なのか……。いなければレーヴァはただの兵器も同然だ。無論神に勝つなんてのは到底無理な話。だからこそ選ばれた人間が乗り、戦う必要がある……。いいじゃないか、そのシチュエーション。
「それでは適合者と干渉者について説明しましょうか。適合者とはこの場合カイト君やリイド君のようにレーヴァを動かすメインパイロットのことです」
レーヴァは二人一組で動かすものらしい。操作系統すべてを任される“適合者”とそれを補佐する“干渉者”……この二名によって操縦は行われる。適合者はメインパイロット、干渉者はサブパイロットという位置付けだ。
「レーヴァに意思を与え動かし敵を殲滅するのは適合者の役目ですが、一人ではレーヴァは戦えません」
「どうしてですか? 別にボク一人でもいけると思いますけど」
だってエアリオはこの間特に何もしていなかったような気がするし……。ちらりとエアリオを見やると、彼女は特に何も言わずレーヴァを見上げていた。既に事情を知っているエアリオにしてみれば、確かにこれは退屈な会話か。
「ところがどっこい、それは二人の役割が違うので仕方が無いのです。リイド君は“レーヴァを動かす”のが仕事です。では、エアリオのお仕事はなんでしょう?」
さっき戦闘補佐って言ってたような気もするけど、確かにそうだ。武器をただ出し入れするだけの役割だとは思えないけれど、この間の戦闘でレーヴァを動かしていたのは全てボクの意思だった。となるといまいち存在の意味合いが薄い気がする。ただの火器管制だったら普通に機械にやらせればいいような気もするし――。しばし考えてみたが答えが見つからなかった。時間切れと言わんばかりにヴェクターは手を叩き、説明を続ける。
「正解は、“フォゾン装甲を構築する”、です。いいですか? レーヴァを動かすこと自体は一人でも可能です。しかし常時フォゾン装甲を展開し、フォゾン武装を構築するのは全てあなたではなくエアリオなのです」
そこでようやく気づいた。だからこそエアリオは武器を出す事が出来たのだ。ボクは周囲のフォゾンをかき集めて武器にするなんて出来ない。装甲の展開も、翼の出し入れも、全てボクがやったのではない。ボクがやりやすいようにエアリオがやってくれていたのだ。
そしてそれはつまり、干渉者が装甲を構築する概念である以上、“レーヴァの外見や性能は干渉者に左右される”ということでもある。つまり、干渉者がイリアの場合……あの紅いレーヴァテインに。エアリオの場合は、この間のタイプマルドゥークになるってわけか。
レーヴァを動かすのは意思の力だ。適合者はレーヴァの細胞の隅々にまで張り巡らされたフォゾンに呼びかけ我が身のように動かす。その戦い方や性能は適合者によって全く異なるだろう。それは適合者の思考、精神、倫理観などがレーヴァの行動に反芻されるからである。同様、レーヴァの装甲を展開し武器を構築するのも意思によるものだとしたら、その内容もまた干渉者の思考、精神が反芻される……。要するに一人一人違うレーヴァテインになるって事だ。
「わたしの“マルドゥーク”は厚い装甲と狙撃が得意な遠距離戦闘タイプ……。イリアの“イカロス”は軽装甲、超スピードが特徴の格闘戦闘タイプ」
「なるほど……。つまり一機しかないレーヴァというロボットを様々な状況に対応させる手段でもあるんだ」
前回のケースのように接近タイプの装甲を展開するイリアが乗る“イカロス”で倒せない敵ならば、遠距離攻撃に優れた“マルドゥーク”にするためにイリアとエアリオが乗り換えればいい。そうやって様々な状況に対応する――つまり干渉者を乗せかえる事によってレーヴァの戦闘スタイルを変える事が出来る……。これはたった一機しか存在しないレーヴァテインの汎用性を高め、戦略的な運用を可能にする。
「装甲の性能と戦闘スタイルはむしろ操縦する適合者よりも干渉者の精神、趣向が反芻されます。イリアさんは見ての通り直情的ですから、手が早い格闘戦闘タイプのイカロスと……まあそのようなカンジですね。あ、今のイリアさんには内緒ですよ? ウッフッフ!」
ということは今後ここで戦っていけばいつかはイリアと組んでイカロスで出撃しなければいけないこともあるってことか……。あんまり想像したくないな……。
しかしそうなると干渉者の存在は対神戦闘の肝だ。組み合わせ一つで状況が随分と変化してしまう……。こうなるとヴェクターの思惑通り、エアリオと意思疎通しておくのは確かに必要そうだ。だからこそ出来る限りの行動を共に……って事か。そう思えば今朝の一件も我慢出来なくもない……か?
「そういえば他の干渉者とか適合者はいないんですか?」
「今のところ出撃可能なメンバーは君達二人とあとカイトくん、イリアさんの四人だけです」
「うわ……成る程。そりゃ、ボクが貴重なわけだ……」
いくら装甲を構築できても実際に動かすのは適合者である以上カイトがやられたらもう代わりはいなかったわけだ。随分綱渡り的な状況だったことに少し背筋がぞっとするが、とりあえずボクがここに来た以上その心配はもういらないだろう。
しかし格闘専用のイカロスと遠距離狙撃のマルドゥーク……。二つしかタイプがないとなると、結構不便なような気もする……極端だし。もっとバランスのいい汎用タイプのレーヴァテイン干渉者っていないんだろうか……。
「とりあえずレーヴァの戦いは理解出来ました」
「それは結構結構……。ではとりあえず今日のところは説明はここまでにしましょう。整備員の皆さんも今は昼休み中みたいですしねえ。もし何か不便があればエアリオに言ってやってください。可能な限り私生活の方もサポートさせていただきますよ」
「……わかりました」
さっさと去っていくヴェクターを見送ってレーヴァを見上げた。私生活まであんなのの干渉を受けてたまるか……。だが、やはりレーヴァテインはいい。壮大すぎるそのスケールに圧倒され、胸が高鳴る。
巨大なロボット――。必要不可欠な自分と言う存在。自分が操るロボットしか勝てない敵。人類滅亡のカウントダウン……。いいじゃないか、面白いシチュエーションだ。これをクラスの連中が知ったら何て思うだろう? 隠れて正義の味方というのも、中々悪くない――。
嘘、囁いて(1)
「……これからどうする?」
エアリオからの質問だった。もう少しレーヴァを眺めていたい気もするけれど、見ていたって何か起こるわけじゃないし……。ここに突っ立ってても作業の邪魔だ。さてどうしたものかと考えていると、ポケットの中に納まっている例のカードの存在を思い出した。
「とりあえずせっかくだから本社で何か食べていこうかな。ちょっとまだお昼には早いけど」
「わかった。でも、本社に行くにはエレベータに乗る必要がある」
「ここがジェネシスの本部じゃないの?」
「ここは本部で、本社は別……。歩きながら説明するから、ついてきて」
しかし何度歩いても迷子になりそうな会社だなあ……。エアリオが歩きながら説明してくれたところ、どうもレーヴァに関係する部分は本社の中でも切り離された場所にあるらしい。
隔離されたその場所は本社とそもそも物理的にエレベータでしか繋がっていないため、本社の施設を利用するためにはエントランスから移動する必要がある、との事だ。あの大量に並んでいたエレベータはどうも全て別々の場所に通じているらしく、そのうちの一つに乗り込むとあっと言う間に地上に出る事が出来た。
冷静に考えてみると今までずっと地下にいたことになる。地上の本社のエントランス……こちらが本来の、だが……は、社員や人々で溢れかえっていた。108番プレートにあるこのジェネシス本社は食事施設やジェネシス製品の直売所となっており、一口にいってしまえば巨大な百貨店も兼ねている。人でごった返しているなんて思っても見なかったボクは先ほどまでの静か過ぎる迷路のような本部とのギャップに戸惑いながら近場にあったレストランに入った。
「しかしすごいな……。ジェネシス大人気なんだ」
「当然……。政府であると同時に大企業でもある。ここの払いはIDカードを見せればいい」
「そんなにすごいのかこのカード……!? なくさないようにしないとな……」
エアリオは相変わらず無表情にメニューを選んでいる。その姿を眺める限り、あんなごつい鎧を生み出すような精神には見えないのだけれど……。まあ人それぞれ。こいつが作れるのがマルドゥークだというのならボクはとりあえずマルドゥークに慣れさえすればいいのだろう。イカロスの干渉者がイリアである以上、あまりあれには乗りたくないし……。どうせカイトがいるのだから、特に問題もないだろうけれど。
「マルドゥーク、かあ……。ねえエアリオ、よかったらマルドゥークの性能を……って、お前何品注文してるんだよ!?」
一人で物思いに耽っている間にエアリオは速攻で料理を注文しまくっていた。まだ朝食から数時間……お昼にすらなってないんだぞ……。殆ど施設を歩いたくらいで運動もしてないのに、こいつ……このちっこい身体になんでこんなに入るんだ?
テーブルにずらりと並んだ料理の数々……それをエアリオは小さい口でもぐもぐ良く噛んで食べていた。ボクは冷や汗を流しながらそっとメニューを閉じた。まあ……何故かこれ全部一人で食べきっちゃうような気がするけど……このペースじゃ絶対冷めるな……。
「……手伝うよ」
「リイドも好きなの頼んでいいのに」
「そういう問題じゃないだろ……。タダだからって食べきれないのに頼むのはマナー違反だ。作った人に失礼だろ?」
「……食べきれるのに」
しょんぼりしたようなふてくされたようなトーンでそう呟くエアリオ。そのほっぺたにくっついたケチャップをナプキンで拭い、ボクは苦笑を浮かべながら料理の山と対決する覚悟を決めるのであった……。