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時は、廻りて(2)


 結局その日一日は何事もなく終了した――。

 別段、敵が攻めてくるわけでもなく、日常は平和という枠内に収まって夕暮れを迎えた。一人席を立ち、学校を後にする為玄関に向かって歩いていると突然背後から誰かに手を取られた。振り返ると案の定そこにはすっかり帰り仕度を済ませたエアリオが立っているわけで……。


「まさかとは思うけど登下校もできる限り……?」


「ん、同行すべき」


「はあ……そうですか」


 としか言う事はない。まあ、今朝唐突に一緒に投稿してきたのを見てそんな気はしていたわけなんだけれど……。溜息を漏らし、ふと空を仰ぎ見た。夕暮れの空……彼女の手は柔らかくてすべすべしていた。

 第三学園はこのプレートシティという土地には珍しく多少小高い丘にある。無論人工的なものなのだが、丘を下っていく帰り道の景色はそう悪いものでもない。結局エアリオと会話は一切ないままエレベータまでたどり着き、そして乗り込み82番プレートへ降りていく。

 エレベーターからも見える景色の奥……。未だ昨日の戦闘での傷跡がいくつも残されているボクの町。学園がある上のプレートはなんともないのに、一つプレートを降りればこの有様だ。倒壊したビルの群れ、町中に散らばっていた死体の後片付け……。このプレートだけは、まだもう少し立ち直るのに時間がかかりそうだった。

 街を歩けば感じる事が出来る違和感……。この街だけはまだ日常という言葉は遠くにあるような気がする。風の中、立ち止まって壊れた街を眺めた。そうして……ボクは無視できないもう一つの違和感に振り返った。


「ん……えっと、エアリオ?」


「何?」


「ちょっと待って……? なんでボクの家までついてきてるの?」


「家まで行くから」


 ああ、そうですか……。どうせ家にはボク以外誰もいないので別段構わないのだけれど……。そして彼女の家を通り過ぎたあたりでもうそんな気はしていたのだけれど……。

 さっさと家に入り自室まで案内する。エアリオはちゃんと靴を並べて“おじゃまします”と言ったので、それが逆に驚きだった。部屋に入り、ブレザーをハンガーにかけベッドの上に腰掛ける。ネクタイを緩めながらエアリオを見やると、窓から差し込む茜色に照らされて髪がきらきらと光っていた。

 エアリオはしばらくボクの部屋の中を眺めていたが、あっさり眺め飽きたのかボクの隣、ベッドに腰掛けてお行儀よくしている。こうしていると西洋人形か何かにしか見えないのはエアリオの顔つきが整っているというだけではなく、彼女がどこか人間味に欠けているからなのだろう。

 黙り込んでいるのもなんだか居心地が悪い……というか、なぜここはボクの家でボクの部屋なのにこんな空気にならなくてはいけないんだろうか? 溜息をつきながら立ち上がり窓の向こうを眺めると、そこには一際異質な景色が夕日に照らされて輝いていた。

 街中に生えた巨大な“氷山”たち――。一つの軌跡をなぞるかのように乱立した氷の刃たちは一晩経った今も溶け切る事なく、町に鎮座している。あれをやったのが自分であり、その力を今後も行使出来る……。その特異な状況についつい顔が緩んでしまう。


流転の弓矢ユウフラテスの傷跡……。多分、撤去するのにあと二日はかかると思う」


 いつの間に隣に立っていたのか、エアリオはそんなことを呟いた。それから真顔でボクのことを見つめ、息がかかりそうな距離でただひたすらにボクを見つめ続ける。

 銀色の髪が斜陽に照らされて綺麗に輝いて、金色の瞳に赤みを宿したその色合いは美しく見るものを魅了するようだった。単純に……美しいと思った。一種の芸術品みたいなものなのかもしれない。まあ……だからって至近距離でジロジロ見られたら不快だけどね……。


「あなたは怖くないの?」


「……何が?」


「あれだけの力を持った物……そしてそれと同等の物と関わっていくということがどういうことか、今の貴方なら理解出来るはず」


「そんなの怖いわけないだろ? だってボクが負けるわけがないんだから」


「そう……。そうかもしれない」


 髪を掻き上げながらそう呟くとエアリオはどこか遠いところを眺めるような目で氷山を眺めていた。窓を開き、肩を並べて夕暮れ時の風を受け、深く息をつく。吹き込んだ風が淀んでいた部屋の中の空気を吹き飛ばし、カーテンをはためかせた。前髪を吹き上げられ……ボクもまた、昨日の興奮を思い出すように静かに目を閉じた――。




「は――――っはははははははっ!!」


 空中を飛翔する二つの影……。圧倒的な優位をクレイオスが維持していられたのは、レーヴァテインが換装してくるまでの間の話だった。

 マルドゥークは翼を持ち、圧倒的な重量感を連想させるその身で自由自在に軽やかに空を舞う。飛翔したマルドゥークはそれを良く知るエアリオですら信じられないような速度で加速し、逃げようとするクレイオスを容赦なく捉えた。

 片腕でクレイオスの頭を掴み、そのまま一直線に市街地に落下――。大地に引き摺り下ろしたその神を容赦なくビル郡に向かって投げつける。ドミノ倒しになるビル郡……それを付きぬけ、クレイオスは悲鳴を上げた。圧倒的な“暴力”――――そう表現するしかない恐ろしい状況。先ほどまで優位に行動していたはずのクレイオスが、いとも容易く大地に貶められていた。

 翼を折り畳んだマルドゥークは瓦礫と舞い上がる埃の中ゆっくりと立ち上がる。そうして一歩一歩、何もかもを踏み潰しながら歩んでいく。まるでその行動はただ町を破壊して楽しむためだけのように見えた。家々を踏み潰し、車を踏み潰し、ビルをなぎ倒し、進んでいく。

 空を飛べばいいだけの話だ。町を壊して歩く必要性などない。先ほどのように自由自在に空を飛べるのならばなおさら。だが、リイドはそれをしなかった。あえて町を壊し、悠々と歩いていく……その力を誇示するかのように。

 悲鳴が一つのあがらなかったのはただそこに生きている人間がいなかっただけの話……。仮に生きた人々がいたとしたら、口々に化物だと叫んだ事だろう。いや、生存者がいないなんて保障はどこにもない。事実リイドはフォゾン波動の直撃を受けても生き残った。自分自身がそうでありながら、“まだ町のどこかに生き残りがいるかもしれない”という可能性はすっかりリイドの頭から抜け落ちていた。それほどまでに少年は楽しくて仕方がなかった。何もかもを忘れてぶち壊していくのがどれだけ快感か……。笑いが止まらず、少年はそれを止める気もない。生きている人間がいようが居まいが、それは最早リイドにとっては些細な事なのだ。だから――巨人の一歩は夜の街をまた揺らす。


「すごいすごいすごいっ!! これがレーヴァテイン……! これがボクの世界を変える力なんだっ!!」


 前のめりに駆け出したレーヴァが吼える……。女性のようなシルエットからは想像もつかないような低い獣のような唸り声を上げて。それは一種の暴走状態だったのかもしれない。適合者であるリイドの精神状態は異常だった。正常な範囲を大きく上回る感情の高揚がレーヴァの機動力を促進し、しかし周囲への注意力を散漫させていた。

 起き上がりかけているクレイオスに突撃し、正面に捉えたまま町を疾走する。引き摺られるクレイオス……。その速度は一瞬で無数のビルをなぎ倒し、クレイオスを吹き飛ばし、宙に浮かばせるほどの威力。

 翼を広げて空中へ飛翔したレーヴァテインはクレイオスを捕らえると、拳を高く振り上げ大地に向かって再びクレイオスを殴り飛ばす。インパクトの瞬間空に衝撃が迸る……。そしてその影響は地上にも広がった。一斉に割れるビルの窓ガラス、陥没する大地。 何もかもが滅茶苦茶に破壊されていく……。巻き起こる炎の海の中、マルドゥークは悠々と飛翔を続ける。その様子はむしろ先ほどまでのクレイオスに近い。その姿は美しく、しかし禍々しく――狂気を絵に書いたような色。

 大地に降り立ったマルドゥークに反応し、消えようとするクレイオス……。しっかりレーヴァテインはその迷彩が完成する前に掴み、引き寄せて頭突きする。甲高い悲鳴が上がり、クレイオスの頭部から大量の血液が噴出した。それは当然だ。マルドゥークの頭部にはイカロスと違い正面に向かって生えた一本角が存在する。それがクレイオスの眼球を貫通したのだ。頭部の一部を貫かれ引きちぎられても尚生存しているのはイカロスが神と呼ばれる人間とは全く生態の異なる存在だからであろう。それはリイドにとっても好都合だった。


「それにこいつ、傷ついても再生するのか……ははっ! すごいや! やっぱり神様なんだね――でも!」


 腕の付け根を掴み、強引に力を込めて引き千切る。クレイオスの腕は左右四本ずつ、合計八本……。その無数の腕を次々とちぎっては投げ、ちぎっては投げ、大量の血液をぶちまけながら解体していく。千切れようが腕は放って置けば再生する。それを理解したリイドはクレイオスを押し倒し、両手でその全身を滅茶苦茶に殴り続けた。

 肉が裂け骨が砕け血液が飛び散る不快な音も今のリイドにとっては興奮を促す一つの要素に過ぎない。少年にとってそれは彼の気持ちを昂ぶらせるバックグラウンドミュージックに過ぎない。口元に無邪気な笑みを浮かべ、レーヴァテインは夜に浮かぶ悪魔の形相で拳を叩き込む。


「再生出来ないくらいに、滅茶苦茶に引き裂いてやるッ!!」


 プレートシティに化物の悲鳴が響き渡った。それは泣き叫んでいるようにも許しを乞うているようにも聴こえた。しかしマルドゥークの手は止まらない……。ひたすらに何もかもを引き裂き、ようやく立ち上がる頃には既にクレイオスの原型は存在していなかった。ばらばらに解体された肉塊……。それを見下ろしリイドは満足げに舌で唇を舐めた。


「エアリオ! マルドゥークに武器とかはないの!?」


「敵の無力化には成功した。これ以上はフォゾンの無駄遣い」


「まだ残ってるじゃないか? 肉の一片までも消し飛ばさなきゃ、危ないかも知れないし」


「――分かった。マルドゥーク、“流転の弓矢ユウフラテス”――装備」


 リイドに何も反論しなかったのはエアリオが任務に忠実だったからなのか、或いは今の彼に何を言っても無駄だと判断したからなのか……。

 マルドゥークが装備している甲冑が輝き、その輝きは粒子となって眼前で巨大な弓矢を構築していく。何も無い場所から突然現れた流転の弓矢を迷う事無く手にしたリイドは後方に大きく跳躍すると“流転の弓矢ソレ”を構えた。

 流転の弓矢に矢は存在しない。ただ弓を引けばそこに光が収束し、銀色の矢となって眩い光を周囲に発するだけだ。周囲のフォゾンを掌の中で束ね、集め、固めていく……。光が尾を引く神撃つ一矢――。レーヴァテインは低い姿勢からそれを構え、クレイオスを輝く眼差しで睨み付けた。


「徹底的に消し飛ばしてやる……っ! マルドゥーク! お前の全力をボクに見せてみろ――――っ!!」


 光が増していく――。夜である事を忘れるほどの眩い光量。何もかもを塗り潰すような銀の嵐は大気を収束し、次の瞬間、放たれた――。

 加速する銀色の嵐は通り過ぎた数秒後、その場所を一瞬で凍結させ凄まじい氷山を生み出した。触れる大気……いや、空間そのものを凍結させる“概念の凍結”。プレートを駆け抜け、空に向かって飛んでいったそれの後に残されたのは一直線に伸びた氷の樹林だけだった。

 砕け散り凍てついたクレイオスの肉片は氷の中にばらばらの状態で押し込められ、最早生きているとはお世辞にもいえない状態になっていた。文字通り完全な生命活動の停止……“死”。それを見て満足したリイドは笑いながら氷を片手握り潰し、光の粒が風に舞い散る中額を抑えて黙り込んだ。


「――――く……くくっ……くはははっ! あははははははっ!!」


 町を蹂躙し、人類に敵対する存在をいとも簡単に薙ぎ払う、絶対的な“力”……。それを手にした喜び。それを行使する快感。圧倒的な自己への自信――。それら全てが、リイドが望んでいたものを現実へ引き寄せた。

 エアリオは少年の後姿を眺め、静かに目を瞑る。闇の中に浮かび上がった翼を持つ者は両手を叩き、付着した氷の風を撒き散らしていく。そっと、目を開き……エアリオは彼のその歪んだ愉悦を見た。


「あ――――――っはっはっはっはっ!!!」




 戦いは終わった。所要戦闘時間、約八分間……無傷の、初陣だった――――。




時は、廻りて(2)




「すごく楽しそうだった、昨日のあなた」


「そう? まあ、実際楽しかったんだけどね」


 夕日に照らし出された氷山は中々の景色だ。確かあの後――あれ、あの後どうなったんだろう? よく覚えていないけれど、確かエアリオと出来る限り行動を共にするようにヴェクターに言われた気がする。

 冷静に考えてみると戦闘後のことはあまり記憶にないけれど、まあ無事に帰ってきているのだから構わないだろう。多少引っかかる事はあるものの、まあそれほど気にするような事でもなさそうだし。全部が夢だったわけじゃないっていうのは目の前の現実が教えてくれる。これが結果なんだ。なら、過程はどうでもいい。


「それよりエアリオ、いつまでここにいるつもりなんだ?」


「うん?」


 そんな心底疑問、みたいな目で見られても困るんだけど。幼馴染とはいえ、ボクらは別にこれといって親しかったわけでもない。風に髪を吹かれながらボクはエアリオを見やる。彼女は風の中、夕日を眺めて目を細めていた。


「わたしはどこにも行かない。ずっとここにいる」


 その言葉の意味がさっぱりわからなかった。残念ながらボクの思考の範疇を逸脱してしまっている。首を傾げてもう一度その言葉の意味を吟味してみる。しかし回答には辿り着かない。いや、辿り着きはするけれど、それを認めたくないのか……。さっきからずっと嫌な予感はしていたんだ。ただ、それを現実だと受け入れたくないだけで……。

額に手をあて片目を閉じる。 首を傾げるエアリオにボクは問いかけた。


「ごめん、それどういう意味……?」


 いよいよ我慢ならずボクは質問してしまった。もうなんかこれが既に何らかのフラグであるような気がしてならない。案の定エアリオはボクと向かい合うと、こくりと頷いて当たり前と言わんばかりに告げた。


「今日からわたしはこの家で生活する、という意味」


 ボクは頷いて一人で納得した。成る程、確かにそれなら登下校は一緒になるし、出来る限り一緒にいることが出来る……実に理にかなっているね……。


「ってえ!? ちょっと、何だそれ!?」


「異議は認められない。不服ならばヴェクターに進言する事……。わたしに決定事項を覆す権力はない」


「お、おい!? それはあのヴェクターとかいう胡散臭いやつが決めた事なのか!?」


「イリアとカイトもそうしているし、今更驚くことではない。それに、どうせ私の家は隣……距離が少し縮まっただけの事」


 ええ……そうなの? それはそれで驚きなんだけどなあ……。あの二人同居してんのか……? ていうか、隣の家からボクの家っていうのは少し距離が縮まったってレベルじゃないんだよエアリオ。パーソナルスペースに他人が入り込んでくるんだよ? まったく意味違うからそれ。

 しかしいくら怒ったところでこいつはもう絶対テコでも動かないだろう……。こいつは従順なのか反抗的なのかよくわからない。それは今日のカフェでのやりとりで学習済みだ。冷静に考えてみれば、我が家は無駄に広いのだし別段問題もない気がしてきた。この一戸建てに住んでいるのは実質ボク一人……。別にボクの部屋にこいつが住むわけじゃないんだ。そう考えれば耐えられなくもない。

 勿論、自分の家にこんな得体の知れない馬鹿女を置いておくのは多少抵抗があるが……あの力の代償と考えれば安すぎるくらいだろう。そう、こいつはボクに沢山の力を与えてくれる。エアリオとはこれから嫌でも仲良くやっていかなきゃならない。レーヴァテインのパイロットとして……パートナーとして。それでレーヴァテインがもっと自由に動くなら易い課題だ。


「うーん……わかったけど……。その代わりボクの部屋に勝手に入るなよ? 部屋はいくらでもあるんだから、ここ以外に住めよ」


「何故? 一緒の部屋の方がいいと思う」


「逆に何故一緒の部屋の方がいいと思うのかそれがボクは疑問だが……。色々やることあるんだよ、ボクは。プライベートの問題だ、そうだろ?」


 そうだ、ボクは将来宇宙に行く為に色々と論文を纏めたり機能を構築したり……。でも意味あるんだろうか? もう別にこんなことしなくても特別な世界は手に入れたのだし。まあ日課でもあるそれらをいきなり放棄したら調子が狂いそうだからこのまま継続するのは決定済みなんだけど……。一人で腕を組んで納得していると、エアリオはボクの話を聞き入れてくれたのか頷いてくれた。


「わかった。じゃあ他の部屋を使う」


「あー、うん。どこ使ってもいいから」


「……リイドも男の子だから。色々とやる事はある」


「………………は?」


 最後に何か不吉な事を言ってさっさと部屋から立ち去っていくエアリオ……。ちょっとまて……なんだ? どういう誤解だ今の……? お前……なんだそれ。なんか嫌だな今の……。

 しかし呼び止めるのもなんだか気まずい。だんだんと足音が遠ざかっていくのを聞き追いかけるのも面倒になった。扉を閉じ、ようやく一息ついてベッドに寝転がる。自然と溜息があふれたが……これもまたボクの望んだ事なのだろうか。


「そっか……ボクの世界は変わり始めたんだな」


 思い返すだけでにやけてしまう。なんだか酷く疲れているような気もするけれど、そんなのは関係ない。その日ボクは結局まともに寝付く事が出来なかった。別にエアリオがいるから……というわけではない。これから始まる様々な出来事を想像すれば仕方がないだろう。だって、これからボクは――“英雄”にだってなれるのだから……。




「成る程――やはり伊達ではなさそうですね、リイド君の能力は」


 薄暗い司令部に二つの人影があった。一人はオペレーターであるユカリ・タリヤ。もう一人はこの司令部の副指令であるヴェクターだ。ユカリはコンソールを操作し、先日のリイドの戦闘データを表示する。それを覗き込み、ヴェクターは笑顔を浮かべた。


「開放値20%だけではなくフォゾン粒子の武装化も難なくこなす……長いこと待たされましたが、これならば十分収穫を待っただけの成果はありますね」


「ですがヴェクター……彼の戦い方はあまりに横暴すぎます。今回の戦闘被害総額がいくらになるかご存知ですか?」


「それは仕方ないじゃないですかあ。だって世界を守るためなんですからねえ」


「ヴェクター!」


「ウッフッフ、冗談ですよ……まあ、それは追々覚えて行ってもらうとしましょう。 何よりも今は、彼が我々の手に入った事を祝福するべきですよ」


 ユカリは黙り込む。客観的に捉えた映像の情報だけみれば、やっていることは天使や神と代わり映えしない昨日のマルドゥークを見つめながら。そんなユカリとは対象的に嬉しそうに微笑むヴェクターは細い目をゆっくりと開きながら、頬を歪ませた。


「“彼”の置き土産ですからねえ……。彼の代わりに、これからレーヴァテインチームを引っ張って行ってくれるとうれしいのですが」


「……スヴィア君の……ですか? 確かに彼の言うとおり、リイド君は優秀な適合者だと思います。これ以上無いくらいに……」


「おや、随分と歯切れの悪い言い方をするんですねぇ?」


「……そういうわけではないんですけどね。ただ……不安ですよ。スヴィア君とは対照的っていうか……。彼ならきっと、あんな闘い方はしないでしょうから」


 ユカリがふと視線を向ける机の上、いくつかの写真立てが並んでいる。その中の一つ……イリアやカイト、エアリオと一緒にレーヴァテインの前に立つ一人の青年の姿があった。背の高い、落ち着いた雰囲気の青年は笑うカイトとイリアの肩に手を置き、エアリオに引っ付かれながら仏頂面でカメラを見つめていた……。


「なんにせよ、これでようやく始まりです。長々と待たされた分……是が非でもリイド君にはスヴィア君を越えてもらわなければね」


 眼鏡を中指で押し上げ、輝かせながらヴェクターは笑う。表示されるリイドのパイロットとしてのポテンシャル……それはまだまだこれから開放されていく事だろう。限界はこんなものではないのだ、きっと……“彼”と同じ存在なのだとすれば――。


「ジェネシスへようこそ、リイド君――」


 それぞれの思惑と感情は交錯し、運命はゆっくりと、再び動き始めたのだった。真っ暗な部屋の中、窓から吹き込む風が眠るリイドの髪を揺らす。その寝顔を眺め、窓辺に腰掛ける少女の姿があった。

 暗闇の中に浮かび上がったその少女は部屋の中に音も無く静かに立つと、被っていた帽子に片手を伸ばしリイドの顔を覗き込んだ。無邪気に眠るリイド……その前髪にそっと触れ、目を瞑る。


「……やっと逢えるね――リイド君」


 眠り続けるリイドが身じろいだその時には既に侵入者の姿は影も形も無くなっていた。夜の闇の中、サーチライトで照らされた氷河は存在感を誇示し続ける。全てが夢ではなく、現実だったのだと彼に思い知らせるかのように――。


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またいつものやつです。
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