覇軍の、序曲(2)
「カイト君、もう具合は宜しいのですか?」
「おう、お陰様でな。ただまあ、ちょっと状況についていけてねぇ感はあるが……」
頬を掻きながら苦笑するカイト。エルデはそんな彼の様子に笑みを浮かべる。
SICの隊員に支給される制服に着替えたカイト。顔にはフォゾン化の影響で亀裂が入り目の色もくすんだように変色しているが、本人はいたって健康である。
「その様子では、いよいよ君もバイオニクルになったようですね」
「あんまり実感ねえがな。いやー、これでやっと超人のバトルに参加出来そうだ。前の身体は脆すぎてついていけなかったからなぁ」
拳を握り締め、開く。何度かそれを繰り返す様を見つめ、カイトは顔を上げた。
これでもう、この肉体は長くは持たないだろう。しかし今は痛みも不具合も感じない。いつかは終わる事が定められているとしても、この新しい力には感謝の念を抱く。
「本当に良かったのですか?」
エルデの問い掛け。壁に背を預け、真っ直ぐに見つめる瞳。カイトは頷き、白い歯を見せ笑う。
「良いに決まってんだろ? 俺達にはまだやらなきゃならない事が山積みなんだ。イリアを、エアリオを、ついでにオリカとか色々助けなきゃならねえからな」
「……その前向きさ、それがカイト・フラクトルの強さですか」
肩を竦めるカイト。風は吹き、二人の間を抜けていく。
SIC本社ビルの目の前にある巨大な滑走路。慌しく常に輸送機や戦闘機が発着する景色を二人は肩を並べて眺めている。
先日行なわれた“ゲヘナ”殲滅以降、この世界は大きく動き始めている。
アーティフェクタ三機による世界各地での反攻作戦は連日成功を収め、人類は神から領土を取り戻しつつある。その全てを挽回する日はまだ遠くとも、人類は歴史上初めて明確な攻勢に出る事が出来た。
ほぼ休み無しでフル活動状態のアーティフェクタ勢は、殆どここには戻って来て居ない。カイトとしては一刻も早く戦線復帰したかったが、そもそも機体もなければ体調も万全とは言えなかった。この余暇を充電期間であると何とか自分に押し付け、空を眺めて時を待つ。
「カイトさん、エルデさん……少し、宜しいですか?」
ちょこちょこと歩いてきたのはエンリルだ。エアリオと比べるとその様子は大分慎ましやかというか、おしとやかに見える。
「おう、どうした?」
「格納庫の方に来ていただけますか? お二人に……見せたい物があります」
顔を見合わせる男二人。こうしてエンリルに導かれ敷地内にある格納庫へと向かった。
無数のヨルムンガルドが並ぶ機動兵器用の格納庫の置く。閉ざされた扉にカードキーを通し、エンリルは道を開いていく。
「こちらです」
何枚かの鋼鉄を潜り、眼前に現れたのは地下へと続くエレベーターであった。
恐らくは物資搬入や機体の輸送にも耐えられる規格なのだろう、相当な巨大さである。三人は鉄板の上に立ち、通り過ぎていく非常灯を見送る。
「SICにも地下があったのか」
「当然でしょう。地上は神の攻撃に晒される危険性がありますからね。基本的に、SIC本社としての中枢機関は全て地下に収まっています」
地上に聳え立つバカでかいビルは要するにお飾りなのだ。そう考えてみるとなんという無駄遣いか。
「着きました。こちらです」
ガコンと重い音が響き停止するリフト。エンリルは二人を導き最後の扉を開く。そこには広大な空間が広がり、二機の機動兵器が並んでいる。
「……お二人に見せたかった物とはこの二機です。試作型ですが、最新技術で製造された人型機動兵器……」
ヨルムンガルドにもヘイムダルにも似ていないシルエット。その二機は明らかにこれまでの量産機よりも一回り大きく、暗がりの中でも圧倒的な存在感を放っている。
「社長より、これをお二人に託すようにと申し付けられています。カイトさんにはこちらの“リヴァイアサン”を……エルデさんにはこちらの“タナトス”を」
「リヴァイアサンとタナトスか。タナトスのほうはマステマ系列の機体っぽいな」
「ええ。一応、マステマの完成形という事になりますね」
腕を組み微笑むエルデ。カイトはリヴァイアサンと呼ばれた蒼い機体の前に立ち、その姿を見上げる。
「リヴァイアサン……俺が使っていいのか? 素人目に見ても新型っぽいんだが」
「構いません……元々、バイオニクル以外の人間には操縦不可能です。肉体への負荷も精神の負荷も……尋常ではありませんから」
エンリルがさらりともらした事実に冷や汗を流すカイト。それに気付き、少女は慌てて両手を振る。
「でも、レーヴァテイン程ではありません……」
「なんだ、俺なら余裕って事か」
「余裕のよっちゃんかと……。今のあなたは……バイオニクル化措置により、身体能力が急激に上昇していますから……」
今一瞬何か良く分らない事を言われた気がしたが、二人はスルーすることにした。こういう場合はツッコまないに限る。
「第一神話級やアーティフェクタに対しても、ある程度渡り合う事が出来るスペックです……」
エンリルから差し出された“次世代型機動兵器ノ手引書”を開くカイト。そのスペックは新型であるはずのヘイムダルを一回りも二回りも圧倒している。
擬似フォゾン装甲形成機能、擬似シンクロ機能搭載。外部フォゾンバッテリーによる高出力エネルギー武装を装備。画期的なのは、これ単機でアーティフェクタの機能に近い物を備えているという事。
「すげえな……こいつが量産されれば……」
「いえ、それが難しいのです。基礎フレームには大破したガルヴァテインのフレームを一部使用しています……。ユグドラシルからフレーム素材を伐採出来れば、量産も可能ですが……」
「つまり、ガルヴァテインの余剰パーツを流用してるのか。それで二機だけ?」
頷くエンリル。更にこれは付け加える必要はないと彼女が口を閉ざしたのだが、もう一つイレギュラーな装備を搭載している。
それはエンリルの体細胞から複製した“擬似イヴ・システム”。要するに、アーティフェクタでいう所の干渉者に近い能力を代行してくれる装置である。
人間としてではなく装備として、脳を中心に必要最低限の内臓だけを黒い小さな箱に収めた演算装置であり、これでフォゾンの管理や装甲のダメージコントロールを行なっている。
しかし中身やその存在そのものが非人道的すぎる為、言えばカイトは怒り出すだろう。何と無くそれがわかったので、エンリルは事実を告げなかった。
「まあ……元々私の一部ですし……」
「ん? なんかいったか?」
「……いえ。この二機は既に出撃可能な状態にあります。あとはお二人が乗りこなして頂けば、晴れて日の目を見る事になるでしょう」
片手で広げていたマニュアルを閉じ、カイトは頷く。そうしてエンリルの頭をぽふぽふと撫で、爽やかに笑った。
「任せとけ! こいつでSICを……この世界を守ってやるよ! そしてジェネシスの野望を阻止し、神もぶっ潰す!」
「欲張りですね、カイト君」
眼鏡を中指で押し上げながら笑うエルデ。エンリルはそんな二人をじっと見つめていた。
スヴィアは言っていた。きっとこれは新しい展開なのだと。これまでには無かった、新しい未来の始まりなのだと。
何の感情も抱かなかったこの胸が、今は小さなときめきに満ちている。世界を変えられる気がする。彼らと一緒なら……今の自分達なら。
「頑張って……下さい」
にっこりと微笑むエンリル。カイトはサムズアップでそれに応じるのであった。
覇軍の、序曲(2)
「――本日はお招きいただき感謝感激。こちら、東方連合一押しの土産物、“七天浄華”のぶぶづけじゃ」
茶碗の上に乗った色とりどりの具。たっぷりと出汁をかけた所謂お茶漬けを差し出し、東方連合の王、スオウ・ムラクモは笑った。
SIC本社ビル最上階。社長室にて今この時前例無き邂逅が果たされようとしていた。片や東方連合の最上位権限、“帝”。片や人類最大勢力、同盟軍を指揮する“社長”。アレキサンドリアとスオウは対峙し、お互いにかすかに笑みを浮かべている。
席を立ち、ゆっくりと歩み寄るアレキサンドリア。白衣を翻し、茶碗を手に取ると箸を片手で回し、一気にぶぶづけを啜る。
「ふむ……美味い!」
「“七天浄華”に倣って、七種類の具材がトッピングされているのじゃ……ほほほ」
「まあしかし今はぶぶづけを食ってる場合じゃないんだよ、スオウ。ここまでご足労いただけたということは、例の話は考えてもらえたのかな?」
「せっかちじゃなあ。我々くらいの立場が出会うと成れば、即ち裏の読みあいそのもの……事を急げば足元を掬われるぞ?」
「生憎こっちには掬われる足がないんでね。既にアーティフェクタを掌握した同盟軍の戦力は君達とは天と地ほどの差がある」
両腕を広げ笑うアレキサンドリア。そしてその発言は事実であり、自信に裏打ちされた表情にスオウは言い返す言葉を持たない。
二人がこうしてここで話をしているのは世界の状況が変化した事による分りやすい一つの結果である。
同盟軍は次々に人類領土を奪還しつつある。その戦力は最強をずらりと並べた無敵の布陣。一方東方連合は元々少ない戦力、更に虎の子のクサナギも失った。であれば、当然生き残りをかけた立ち回りは一つ。
「同盟軍傘下に加われという要請、こちらは承諾する準備がある」
あっさりと語るスオウ。それが仮に成されたとなれば、この世界を三分していた戦力の内二つが統合される事となるだろう。
しかし当然、そう全てが事無きに終わるはずも無い。元々この三つの勢力が相容れなかったのには理由があり、その理由が容易に解けぬからこそ三つ巴が成立していたのだ。
「こちらの要求は二つ。ヴァルハラ全域を含む、ジェネシスの完全破壊。そして、ファウンデーションの永久封印である」
「妥当だね。反ジェネシスを通してきた君達らしい言い分だ」
二人は肩を並べ、眼下に広がる世界を見やる。果てしなく広がる海の上に浮かぶこの人工島も、元々は大地の上にあり、人々の営みに囲まれていた。神の侵略の影響で全てを失い、再建の旗印として作られたこの巨大なビルは、人類の栄華を取り戻したいという願いそのものである。
「世界は変わったな……。この世界の景色は、私の記憶とはあまりにも違いすぎる」
腕を組み、たわわな胸を揺らしながら寂しげに微笑むスオウ。アレキサンドリアは彼女の顔を見ないまま、話を進める。
「世界は変わったよ。今この世界は、君の知らないレールの上にシフトしつつある。レーヴァテインは、滅びを齎したりしないさ」
「あれが真の力と意味を理解し、それを振るった時……この世界は七日間で灰燼に帰す。私は何度も見てきたのだ。あの恐ろしい魔剣が、世の理の悉くを薙ぎ払う様を」
片目に手をやり、苦々しい記憶を回想するスオウ。空に響く神韻、降り注ぐ炎の矢――何もかもが燃えて落ちて、命悉く朽ち果てていく。
「この世界に来て長い間状況の推移を見守って来た。ジェネシスはいよいよ畏れていた行動に打って出ようとしている。貴様も見たであろう? 奴らはトランペッターを使い、フロンティアからイヴの模造品を回収している」
「知ってるよ。だから急いでるんだ。連中が準備を終えるのが先か、こっちが世界を纏めるのが先か……。結局誰かに支配されなきゃこの世界は成立出来ない。だから私はこの世界を支配し、纏め、神に抗い続ける」
窓の外からアレキサンドリアへと視線を移すスオウ。二人は向き合い、見つめあう。
「我が願いはたった一つ。この世界の運命に混沌を齎す事……そしてジェネシスの暴挙を阻止する事。今ならば貴様もそれを止める事はしまい?」
苦笑するアレキサンドリア。そう、東方連合は古来よりジェネシスと対立してきた。その全面戦争を阻止していたのが同盟軍……アレキサンドリアであった。
かつての世界のパワーバランスはジェネシスに傾いていた。ジェネシスは世界征服を初めとした様々な目論見に対し、リイド・レンブラムとエアリオ・ウィリオの覚醒を待たねばならなかった。その間少なくとも彼らは行動に出ることは出来ず、この世界が滅びに瀕する事もない。
圧倒的な力を持つレーヴァテインを保有するジェネシスは同時に神に拮抗する手段でもあった。世界全土を守らなければ成らない同盟軍にとってその力は失いがたい物であり、仮に同盟軍とジェネシスが争った場合、神の進行に人類は耐えられなくなる。
東方連合とジェネシスが争ってもそれは同じ事である。この世界の全てを犠牲にしてでもジェネシスを叩き潰すべきであるという考えのスオウと、この世界を守りつつ打開策を求めていたアレキサンドリア。二人の考えの中にある根本的な差異が、この世界のミリタリーバランスを維持してきたのだ。
「勿論、私だってジェネシスはさっさと潰した方が良いと思うさ。それが出来なかった理由であるレーヴァテインはこちらにあり、ジェネシスとの全面戦争を避ける理由だったゲヘナも沈んだ。今ならもう、何の憂いも無く奴らと対立出来る」
「甘い考えじゃな……。全ての救済を望むから、奴らは本性を表し事の全てを終えようとしておる」
「そう言うなよ。今こそカウンターの好機だろ? 振り上げた拳はここぞって時に振り下ろすもんさ。それにどうせ世界の王になるのなら、圧倒的救済でエンディングを迎えたいものじゃない。この世界の住人じゃない君には分らないかもしれないけどね」
目を瞑り微かに微笑むスオウ。アレキサンドリアは前髪を掻き上げ、遠く水平線の彼方を想う。
「いよいよ滅びが始まる。もしもあのサマエル・ルヴェールと戦うのであれば、君の執念が作り上げた“七天浄華”が必要になるかもしれない。手を組まないか、スオウ・ムラクモ。この世界をハッピーエンドにする為に」
片手を白衣で拭い、差し出す。その手を見つめ、スオウは目を細める。
「そうやって手を取り合う事が出来る人間が、簡単に世界を滅ぼす……真に罪深きは、互いを信じあう人の心なのかもしれぬな……」
手を取り、ゆっくりと握り締める。笑いあうことは出来ない。許しあう事は出来ない。この手は簡単に離れるし、きっとそれは必然。
それでも今は構わない。お互いに倒さねばならない敵がいる。この世界の事は、この世界の人間が決めるべき事だ。それを神や平行世界の人間に決定されるなんて、どうにも我慢がならないから。
「共闘宣言だ、帝。同盟軍の戦力の全てを以って、君の悲願を達成する」
「承諾しよう、愚か者。我が東方連合と“七天浄華”の魂と技術の粋を以って、貴様の野望を完成しようぞ」
二人の王が手を取り合い、誓いを口にする。それが新たな戦いの幕開けであり、逆転の一手への布石となるのであった。
「あんの社長……どんっだけ人使い荒いんだ……っ!!」
格納庫に収まったレーヴァテインから降りたリイドはよろけながら数歩進み、そのままばったりと倒れこんだ。
連続出撃と言えば軽く聞こえるが、何十時間もレーヴァテインに搭乗しっぱなしというのは正気の沙汰ではない。普通の人間ならば心身の異常を来たし、とっくにフォゾン化で大変な事になっていただろう。
そうならなかったのはリイドがアーティフェクタを統べる真の王であるからこそ。要するに、後ろに乗せられているアイリスはというと……。
「だらしないですね、先輩、このくらいでへこたれるなんて」
「なんで元気なんだよ!?」
「何でと言われても……何ででしょう?」
口元に手をやり思案するアイリス。彼女も連続出撃に付き合っていたはずだが、リイド程消耗している気配は無い。それどころか疲労の色は見えず、けろりとしているくらいである。
「先輩が敵の攻撃を全然食らわなくなったし、私がアシストしなくても百発百中だから、あんまり消費する事ないんですよね」
「そうだとしても普通アーティフェクタっていうのは乗ってるだけで消耗するもんなんだからな!?」
長時間の連続搭乗は、当然反動も大きくなる。調整も必要だし、身体に不調を来たして当然なのだが……。
「……もしかして、私が人間じゃないから、ですか?」
目を逸らしながら呟くアイリス。床に座ったままリイドはその横顔を見上げた。
自分が真っ当な人間ではなく、ユグドラ因子を受け付けられた初期バイオニクルであったという事実は、未だにアイリスを苦しめ続けていた。
それを顔に出していないのはリイドが抱えている事情の方がよっぽど悲惨だからであって、決して自分に事情を納得させられたわけではないのだ。
「何度も言ってるだろ。君は人間だよ」
「でも……どうして? レーヴァに乗れば乗るほど、思い出すみたいに身体が動くんです。まるでレーヴァが私の記憶を持っているみたいに……おかしいですよね、そんなはずないのに」
自分の両手を見つめ呟くアイリス。リイドは立ち上がり、その手に自分の手を重ねた。
「そんなに気になるなら、確かめてみればいい」
「え……?」
「ヴァルハラに戻ろう。イリアを助け出して、君達の母親にあってみればいい。そして問い質してみればいい。君達はどんな存在だったのか」
俯くアイリス。リイドの言う事は尤もだが……それは決して容易くないのだ。
自分の真実を知った時。親しい、愛しい人々からその結論を聞いた時。それに耐えられる程、未成熟な少女の心は強くない。
確かめるのが怖い。本当の事を知るのが怖い。何故? どうして? 疑問は降って沸いてくるのに、それを確かめたら挫けてしまいそうな気がする。
「なーに格納庫でイチャイチャしてんだ、マセガキ」
声が聞こえ、投げつけられたスポーツドリンクを受け取るリイド。そこには二人に歩み寄るネフティスとセトの姿があった。
「二人ともお疲れ様。調整槽の準備が出来てるから、一応調整を受けておいた方がいい。二人とも僕達とは違ってハイスペックとはいえ、疲れもあるだろうからね」
セトの優しい声に俯くアイリス。ネフティスはその様子に歩み寄り、アイリスの額を人差し指で小突いた。
「なぁにいっちょまえにグダグダしてんだ、よっ」
「あうぅっ!? な、なんですか!?」
「何ですかじゃねーよ。オレはな、テメーみてえな自分は可哀想ですって顔してる馬鹿が大嫌いなんだよ」
眉を潜め、憎たらしい笑みを浮かべるネフティス。そうしてアイリスの頭をがしりと掴み、ぐらぐらと揺らす。
「自惚れんじゃねーぞ! この世界にはテメーよりよっぽど不幸な奴が山ほどいんだよ!! ちょっと人間じゃねーくらいでウダウダしてんじゃねえ!」
「し、失礼な人ですね! ちょっと人間じゃない事で悩んで何がいけないんですか!?」
舌打ちし、アイリスを突き放すネフティス。彼女が何をしようと考えたのか察したのだろう。セトはすっとリイドの両目を塞いだ。
制服の胸元を掴み、左右に強引に開くネフティス。褐色の素肌が露になり、アイリスは目を見張った。
その身体には外付けのユグドラ因子が脈打ち、機械的な部品が肉に食い込むようにして植えつけられている。光は心臓の鼓動に連動して脈打ち、彼女の全身に常時毒を送り続けているのだ。
「オレも人間じゃねえよ。どうだ、テメーの身体と違って汚いだろ?」
「……そんな事……」
「ごちゃごちゃ悩んでいる暇があったら、自分が何をどうしたいのか感じろ。世の中の常識や狭い視野で物を考えんな。この世界はな、結局生きたい様に生きた奴が勝ちだ」
制服の前を閉じるネフティス。セトから解放されたリイドはポカーンとしている。
「甘ったれずに自分の道は自分で決めろ。他人に敷かれたレールの上で躓いて他人の所為にしたって楽しくもなんともねえぞ。分ったらとっとと調整槽行ってこい」
アイリスのお尻を蹴飛ばすネフティス。不機嫌そうにもだもだしながら走り去るアイリス、その背中をリイドは苦笑で見送る。
「ネフティス、もうちょっと優しくしてあげなよ」
「あぁ? 十分優しいだろが」
「君だって昔は毎晩泣いてたくせに……ああっ! ごめん、僕が悪かったよ……!!」
背後から首を絞められ悶えるセト。二人の様子を眺め、リイドは肩を竦める。
「仲いいんだね、あんたら……」
「は、ははは……あ、そうだ。社長から言伝……ネフティス、もうゆるして……」
「なんでも東方連合と同盟を結ぶ事が決まったそうだ。本格的な作戦始動の前に、恒例の奴をやるそうだぜ」
セトの首を絞めながら説明するネフティス。セトはいよいよ青ざめ口から泡を吹いているが、腕を緩める気配は無い。
「……恒例の奴って?」
「あ? 決まってんだろ? 宴会だよ」
いよいよくったりとセトの身体から力が抜けた。その亡骸を放り投げ、ネフティスはニヤリと笑うのであった。