覇軍の、序曲(1)
「まさか、この三機が肩を並べて飛ぶ日が来るとはね」
海上を舞う三つの巨影。レーヴァテイン、トライデント、エクスカリバー。三機のアーティファクトは歩調を合わせて空を駆ける。
「そういえば、あんたらとは前に一度戦う事になったっけ」
「ははは、そうだね。でも、僕達の実力があの程度だとは思わない方がいいよ」
リイドの声に笑うセト。そう、トライデントもエクスカリバーも、その真の実力を発揮した事は一度もなかった。
エクスカリバーは適合者も干渉者も調整する技術がなく、共に満身創痍。エクスカリバーの修理さえもままならない状況にあった。
しかし今はパイロットが万全の状態にあり、エクスカリバーも本来の力を取り戻している。フォゾン化を心配して加減して戦う必要がないのならば、当然以前とは桁違いの力が見込めるだろう。
何よりトライデントに至っては機体そのものが未完成の状態にあった。他のアーティフェクタと異なり、トライデントは三機の機体が合体して完成する特殊な可変機体である。
各々がアーティフェクタとしての力を持つ三つのパーツを世界各地に散らし、彼方此方の戦線を支えていた。そのパーツを今は呼び戻し、完全な状態で戦闘を行なう構えである。
「しっかし驚いたさ! トライデントってそんなにデカかったんだな!」
「オレたちはてめーらと違って守る範囲が広いんだよ。さっさと仕事を終えてまたパーツちらさねーとな」
ぼやくネフティス。これまでシルエットが上半身のみ巨大だったトライデントだが、今は下半身と両腕が強化され、背中には巨大なバックパックを積んでいる。そのシルエットはこれまでリイド達が見ていた物とは全く異なり、とても物々しい。
「私達は感謝しなければならないな。“ゲヘナ”の排除、私達だけでは決して成らなかっただろう」
「戦闘前に感謝されても困ります。その言葉は任務が終わってからにしてください」
ルクレツィアの声につっけんどんに返すアイリス。三機のアーティフェクタは今、尋常ならざる速度で北の最果てを目指していた――。
「“ゲヘナ”について説明は要らないね? この世界で最大規模もヘヴンスゲート密集区域。北極にある魔界だ」
時を遡り、出撃前。社長室に集まったパイロット達はアレキサンドリアの言葉に耳を傾けていた。
「そう、こいつはヨーロッパエリアに日々バカみたいに神を送り込んでいる元凶だ。レベル7ヘヴンスゲートが四つ、更に世界最大規模のレベル10ヘヴンスゲートが一つ。正直まともな戦力で仕掛けても近づく事もできずにお陀仏って代物さ」
「だけど、これを落とせればヨーロッパが解放される」
口元に手をやり呟くリイド。そう、彼の言う通り。この場所こそ、この世界の危機の一端を担っているのだ。
ルクレツィア・セブンブライドが守ろうと日々戦う戦場、ヨーロッパ戦線。エクスカリバーがあの場所を離れたがらない理由、それがこのゲヘナにある。
「しかし口で言う程容易くは無いぞ。私達とて、攻略できるのならとっくにしている」
「ぶっちゃけ近づくだけで三桁くらい第一神話級がぶっ飛んでくるマジでヤバい所さー。エクスカリバーじゃ近づくだけでアウトだった」
勿論、二人も攻略できるなら当然やっているだろう。だがしかしそれはこの地球上において最大の難所。決して容易くは無い。
「けど、今は状況が違う。こっちには三機の万全な状態のアーティフェクタがあるんだ。これで落とせないなら人類に攻略は不可能だろ?」
アレキサンドリアの言う通り。こちらには今、最強の兵器であるアーティフェクタが三機も揃っている。
この世界の歴史上、アーティフェクタが複数同時に共闘した事は一度もなかった。この三機が手を取りヘヴンスゲートを叩くというのは未知の現象。人類がこれまで刻み続けてきた歪んだ歴史を是正する光明となる可能性を秘めている。
「これまで人類は仲違いばっかして、力を一つに纏めきれずにいた。けど、この三機が協力してゲヘナを落とせばどうだ?」
「……今まで同盟軍に参加を拒んでいた戦力や、東方連合崩れを引き込むチャンスってわけか」
ニヤリと笑うネフティス。リイドもアイリスも、当然ルクレツィアもシドも同盟軍の考えに同調したわけではないのだが……。
「君達もいい加減覚悟を決めた方が良い。ジェネシスが世界征服をマジで始める前に、こっちで先手を打つしかないだろ?」
「その、ジェネシスが世界征服っていうのもボクはまだ信じられないんだけど……」
頭を掻きながら考え込むリイド。まだジェネシスに動きは見えず、東方連合も沈黙。世界全体の状況が今は停止の最中にある。
しかし仮にジェネシスが複数のアーティフェクタを所有し、世界侵略に乗り出せばそれに拮抗する戦力は最早同盟軍しかない。そしてその同盟軍にも絶対にアーティフェクタという抑止力は必要なのだ。
「今世界はジェネシスを潰そうって流れになってる。これに乗らない手はないよ。それにこれは霹靂の魔剣がジェネシスを離反したという絶好のアピールでもある」
世界を暗に支配していたジェネシスの象徴、レーヴァテイン。これが同盟軍と手を結びゲヘナを砕くという事には言葉以上の意味がある。
ゲヘナの消失は様々な問題解決への切り口となる一手。これを達成出来れば、世界の状況は一気に動き出すだろう。
「というわけで、君達はこれからちょっくら北極まで行ってゲヘナ潰してきてよ。六人で」
「え!? アーティフェクタ三機だけで、ですか!?」
驚きを隠せないアイリス。しかしその反応は正常である。残りのパイロットも微妙な表情を浮かべている。
先日、第一神話級ノアを撃破するのにあれだけ苦労したというのに、あの何倍もの戦力出現が予想されるゲヘナを三機で落とせと言われればそういう顔にもなるだろう。
「今回の作戦はマジでやる。セト、ネフティス、真トライデントの使用を許可するよ」
「うおっ、マジかよ!? 本気でやっていいのか!?」
「社長がそう言うなら、僕は構わないけど……いいのかい?」
トライデント組の反応は対照的であった。状況が良く分からない残り2チーム、そこにアレキサンドリアが声を上げる。
「リイド・レンブラム。最強の適合者である君は、今やレーヴァテインの力をほぼ限界まで引き出せるまでに成長したはずだ。実際、君とアイリスのペアはあのキリデラを一撃で葬っている。もっと自信を持っていい。そしてエクスカリバーチームはバッチリ調整したんだ。二割程度の力で戦線を維持し続けたその実力、存分に発揮すればいいさ」
そうして立ち上がり、前のめりに六人を眺めるアレキサンドリア。その瞳はどこか楽しげである。
「アーティフェクタ三機が本気で戦う戦場なら、他の機動兵器なんて足手纏いだ。君達にぶっ潰されたくないから、戦力は出さないってだけの話。それとも出来ませんって尻尾巻いて逃げるかい? 最強戦力さんたち」
顔を見合わせる六人。そこまで言われてしまっては、退くわけにはいかない。
それぞれ所属する組織も、背景も、経緯も違う。しかし自分達が最強のアーティフェクタ乗りであるという、プライドと自負がある。
「――つべこべ言わずに行って来な。“ゲヘナ”攻略作戦、開始!」
振り上げた拳を机に叩き付け笑うアレキサンドリア。こうして三機の最強戦力は、北極の神の領域へと向かうのであった。
覇軍の、序曲(1)
「前方に敵確認! 第二、第三神話級、数やったら大量! 数えるのがめんどくせぇレベルだな、オイ!」
「ていうか、これ……どうなってるの? 本当にここ、北極?」
ネフティスが叫ぶ最中、リイドは困惑していた。天に浮かぶ無数の巨大なゲート、その周辺には巨大な氷塊がいくつも浮遊している。
氷に閉ざされたその世界は今は大きく変化していた。海流が空を舞い、重力から解き放たれた氷河が森を作る。夥しい数の天使、神が空を埋め尽くし、三機の襲来を待ち構えていた。
「さてと、どう攻めようか? 一応、ここは連携して戦った方がお互いの為だと思うけど」
「んじゃ、おれとルクレツィアは強そうな奴の相手するぜ。決闘なら負けないからな!」
「では、私達レーヴァテインチームはゲートを狙撃で破壊します」
「雑魚はオレ達が散らせばいいってか。周りを気にしないでぶっ放せるのはありがてぇよなぁ……トライデントォッ!!」
別々の方向に散る三機。トライデントは全身の追加装甲から光を噴出しながら低空を飛行、氷の大地を削りながら着地し、両足から大地へと杭を打ち込む。
「友軍を気にしないで戦えるのは久しぶりだね。トライデントは本当は、ああいうちまちました戦い方は向いていないんだ」
バックパックと一体化していた無数の棺を射出。それらは次々に氷の大地に突き刺さり、トライデントの横一列に並ぶ。
「セトォ! シンクロ行くぜェェエ!!」
「了解。行くよ、“略奪者の賛歌”」
無数の瞳を輝かせるトライデント。装甲の隙間から砂塵にも似た光が流れ出し、氷の大地を埋め尽くしていく。
続け、両腕を広げたトライデントの装甲が変形。体中の至る所から槍が突き出し、回転を開始する。同時に棺桶から、そして砂に覆われた大地の至る所から槍が出現、高速で火花を散らし回転を開始する。
「是、我が聖域。眠り給え、包み給え、隠し給え。染めよ、染めよ、黒く染めよ。歌い讃え、奪い給え――!」
光が爆ぜた。
出現した槍の総数、その数1912本。その全てから一斉に黒い光が放たれた。
光弾は一瞬で空へ、大地へ、そして門を守る者達へと食い込む。トライデントは……否、セトはコックピットで腕を突き出し、指を鳴らす。
「ナンバーチェック。毎秒100本連続掃射。ターゲット、“オールサイト”」
「ハーーーーーーレルヤァーーーーーーーッ!!」
ネフティスの雄叫びと共に夥しい数の砲弾が射出される。右も左も上も下も、何もかもが黒い砲撃に晒され消し炭に変わって行く。
「――っとに、何やってんだあれ!? 地球をどうするつもりなんだよ!?」
「先輩、今の内です! 敵は殆どトライデントに集中しています!」
砲弾の雨の中から真上に舞い上がり、マントをはためかせながら長大なライフルを構えるレーヴァテイン。ケルベロスと呼ばれる銃に紅い光が収束し、ゲートの一つを狙う。
「気付かれました! 敵影多数、こちらに接近中!」
「構ってる暇はない、このままぶっ放す! アイリス、シンクロッ!!」
「も、もうちょっとムードとかないんでしょうか」
「何か言った!?」
「なんでもありませーん!」
顔を赤らめながらシンクロを開始するアイリス。二人の心が共有され、同時にオルフェウスの装甲から赤い光が解き放たれる。
渦を巻く様に銃口に収束する輝き。三つのリングを正面に捉え、それが産む魔法陣がヘヴンスゲートへの直撃コースを示す。
「纏めて薙ぎ払う……! “トリプル・アクセル・シュート”!」
加速×加速×加速――。光は光の限界を超え、収束し、鋭利な矢となってゲートを狙う。
その間に存在する有象無象は完全無視だ。何がそこにいようがこの一撃は容赦なく貫き、神だろうがなんだろうが蒸発させる。
攻撃は直撃。射抜かれたヘヴンスゲートが大爆発を起こし、光を内側に収束させた後空間を歪めて更に巨大な爆発を起こした。その振動はアーティフェクタすら揺らがす程だで、天地がひっくり返るのではないかという錯覚すら覚える。
「空間の湾曲を確認、ヘヴンスゲート一期完全沈黙!」
「ああ、周囲の天使が巻き込まれて死んでる……」
冷や汗を流すリイド。残りはレベル7ゲートが三つ、そしてレベル10が一つ。
「もたもたするだけ不利だ! 片っ端から狙い撃つ!」
「周囲に神話級の出現を確認! 囲まれてます!」
「……ったく、雑魚が邪魔してんじゃねぇよ!!」
ケルベロスをマウントし、二丁拳銃を構築。それを左右に突き出し、回転しながら連射するオルフェウス。
近づく敵を片っ端からロックし、引き金を引く。更に銃弾を反射するリフレクトリングを展開、何度も何度も銃弾を反射させ周囲に弾幕を形成する。
「正面、強力な神話反応! 恐らく第一神話級です! これまでのザコとはレベルが桁違いです!」
レベル10ヘヴンスゲートより飛来する、アーティフェクタにも似た人型ロボットのような外見を持つ敵。オルフェウスが放つ拳銃の銃弾を物ともせずに出鱈目な軌道を描いて突っ込んで来る。
「っつぅ、どういう挙動だ!」
「攻撃が効いてない……!? ケルベロスくらいのフォゾン圧力じゃないと……!」
長銃を再構築し構えるレーヴァテイン。しかしオルフェウスは機動力の高いタイプではなく、その挙動は高速タイプの第一神話級には劣る。複数体で周囲から仕掛けられれば、劣勢は必至。と、その時。
「そいつらの相手は私達に任せて貰おうか」
上空より、一閃――。重力を無視した馬鹿馬鹿しい動きで駆け回っている神が一体、真っ二つに両断された。
純白の光の翼を散らしながら舞うエクスカリバー。両手に剣を構築し、美しく優雅に空を舞う。
「二人はゲートの破壊に専念してくれよっと!」
連続投擲された剣がレーヴァテインの周囲を囲み、光の結界を作る。第一神話級の攻撃でさえ、それを突き破るには至らない。
「ではお見せしよう。ヨーロッパの聖女と呼ばれたこの力――今は我が友の為に!」
端的に言えば、それは加速である。光の羽を散らしながら舞うエクスカリバーは白い残像を残しながら高速機動を開始。その速力は機動タイプの第一神話級ですら足元にも及ばない。
故に、神速。そしてその繰り出される刃の一閃は防御も結界も無視してただ両断と言う結論を突きつける。他に一切の武装を持たないが故に、ただ繰り出す剣の一撃にのみ特化したモード、ヴァルキュリア。無数の剣を羽のように纏い、流星のように敵を貫いていく。
「す、すごい……」
「アイリス、見惚れてない! 次をぶち抜くぞ!」
「わ、わかっています!」
ケルベロスを突き出し、チャージを開始。紅蓮の光を収束し、そのままそれを斜めに振りかぶる。
「邪魔な奴が多すぎなんだよ……! アイリス、纏めて叩き斬るぞ!」
「これ、そういう使い方をする武器じゃないんですけど……」
最大出力で魔弾を放出。その状態のまま、まるで長大な剣に見立てて袈裟にケルベロスを振り下ろした。
深紅の銃弾の射程はほぼ無限。その射線上にあった全ての敵が蒸発、更にヘヴンスゲートの両断に成功した。
「まだまだ……!! このまま纏めてぇええええ!!」
連続でカートリッジを装填し、光を更に放出する。その状態のまま片腕を突き出し、その場で横薙ぎに旋回。瞬きの間に横一線、爆発が断続的に続き、残っていたレベル7ヘヴンスゲートが轟沈する。
「御見事。残すはレベル10ゲートだけだね」
「楽勝すぎて物足りねーぜ……。もっと強ェ奴はいねぇのかよ、あぁーっ!?」
氷塊の上を疾走するトライデント。左右の腕に持った回転する槍で近づく敵をミンチにしながら大空へ舞う。
「更に増援か……一体どれだけ敵を送り込んでくれば気が済むのやら」
全ての強敵を沈め、レベル10ゲートへ向かうエクスカリバー。向かう最強のゲートは大きさだけでも異常の一言。そのサイズはヴァルハラよりも巨大である。
巨大……甚大……膨大な円より召喚される神の軍勢。一秒ごとに数え切れない程にあふれ出し、三機へと襲い掛かってくる。
しかしこれをトライデントとエクスカリバーは物ともせず、文字通りの力押しで強引に捻じ伏せていく。その進軍が止まる気配はまだない。
「……あの二機なんなんですか。レーヴァテインより強くないですか?」
「最強のアーティフェクタとしては、任せ切りってわけには行かないね」
再びのトリプルアクセルシュート。収束し、加速し、強化した弾丸は真っ直ぐに敵を巻き込みながらレベル10へ迫る。しかし着弾直前に不自然に空間が輝き、弾丸は途切れ、意味のわからない別の場所から放出された。
「これは……かなり高位の結界です。意図的に空間に断面を作ってずらして防御するタイプみたいです」
「出鱈目な防御性能だ。真っ当に近づいたら接触面から引き裂かれるだろうね。ノアを思い出すよ」
アイリスの分析に同意するセト。しかしネフティスとルクレツィアは全く怯んでいない。
「要するに、ズレた空間ごと貫けばすれば良いのだろう?」
「フルパワーのトライデントなら、余裕でぶち抜けるぜ!」
「あの人たちの無根拠な自信はどこから来るんだ……」
冷や汗を流すリイド。しかしそんな事はお構いナシに二機は攻撃の構えを取る。
エクスカリバーは新たに取り出した大剣を両手で構え、その刀身に白銀の光を収束。攻撃力と共にサイズを一気に肥大化させる。
トライデントは六つの三つずつ両肩に連結。大地にどっしりと構え、砲撃の構えを見せる。
「オレ達の邪魔しようなんざ、十年速ぇーんだよボケ!!」
「ヨーロッパ戦線を脅かして来た貴様との因縁……ここで断ち切らせて貰う!」
トライデントの両肩から螺旋を描くようにして二対の漆黒が放たれる。その光は当然レベル10ゲートの空間結界であらぬ方向に捻じ曲げられるが、トライデントはお構いナシに出力を強化。更に図太い光を流し込んでいく。
「ルクレツィア、斬れ!! 斬っちまえ!!」
「言われなくとも――斬る!!」
大剣を真上に掲げ、そのまま勢い欲結界目掛けて振り下ろすエクスカリバー。白い光が炸裂し、空間に亀裂が生じる。
「斬れぬのならば――突くッ!!」
構え方を変え、両腕で結界に剣を捻じ込む。更に背面、腰部のブースターを最大出力で起動、膨大な白い光を放ちながら押し込んでいく。
「突けぬのならば――貫けるまで、何度でも打ち付けるのみだッ!」
剣を手放し一歩身を引くエクスカリバー。片手を天に掲げ、その指に輝く指輪に意識を集中する。
空中に浮かぶ無数の武装。その中から槍を手に取り、結界へと叩き込む。
「“槍の戦”!」
そのまま止まらず、両手に次々に得物を取り連撃を繰り出す。
「“轟かす者”、“騒がしき者”、“軍勢の戒め”――!」
その一撃一撃、繰り出される武装が必殺の火力を持つ。それらが境界へ突き刺さる度、亀裂は広がっていく。
「“盾を壊す者”――! これで……フィニッシュ!」
光の剣が結界を両断する。次の瞬間ねじれた空間が周辺を覆い、霧が晴れるように景色が澄み渡る。その時をリイドは待っていた。
「全く……あんたら強引過ぎなんだよ」
引き金を引く。放たれたフルチャージショットは結界をすり抜けゲートの中心へ。そのままリイドは雄叫びを上げ、持てる力の全てをこの一撃に込める。
「見せてやる……これがアーティフェクタだ。これが――レーヴァテインだ!!」
空間が軋む。捩れ、歪む。
内側に吸い込まれるように、その形状を保てなくなったゲートが崩壊して行く。
三機のアーティフェクタはその場から高速で離脱。それを追撃する神の軍勢が引力に引かれ、爆発の中心点へ吸い込まれていく。
まるで小さなブラックホール。光は周囲を、北極の氷の大地を飲み込み、海をないまぜにし、空に光の柱を登らせ轟沈するのであった。
「レベル10ヘヴンスゲート消失を確認。同時に月面で大規模な空間湾曲と爆発を観測。“ゲヘナ”……完全に沈黙しました」
ジェネシスのアーティフェクタ運用本部。状況の成り行きを見守っていたユカリが呆然とその事実を告げる。
本部のオペレーター達はどよめいていた。あのゲヘナが落ちたのだ。それは本来ならばありえない程の現実。それがあんなにもあっさりと成ってしまうなんて、どこの誰が予想しただろう。
「す、すごい……。アーティフェクタが力を合わせれば、本当に人類は神に勝てるのかも……」
「……力を合わせる事が出来れば、ですがね」
ユカリの言葉に眉を潜めるヴェクター。振り返る彼の視線の先、そこには意外な人物が立っていた。
「レーヴァテイン……やってくれるじゃねえか。そう来なくっちゃな。そうでなくっちゃ倒し甲斐がねぇよなぁ」
笑みを浮かべながら立つ男。体中に巻いた血染めの包帯を破きながら笑みを浮かべるのは、先の戦闘でリイドに倒されたキリデラであった。
彼の背後には彼の部下でもあるマサキが立って居る。マサキはゲヘナの戦いに完全に圧倒されているが、キリデラは違う。
「おい見ろよマサキ! あれがレーヴァテインだ! あれが俺たちの敵だ! ククク……げほ、ごほっ!」
「た、隊長……そんな身体で出歩くから……!」
「命があるだけマシだ。しっかしわからねぇな。どうして俺を助けた? どうして俺にこんなもんを見せる?」
振り返るキリデラに笑いかけるリフィル。腕を組んだまま男の前に立ち、顔を覗き込んだ。
「負け犬がどんな吠え面をかくのか見たかったから」
「……チッ、言い返す言葉もねえ。完敗だったからな、ありゃ……」
視線を逸らしながら頭を掻くキリデラ。先の戦いでクサナギは大破し、キリデラ本人も生死の境を彷徨う重傷を負った。それが僅か数日で動き回れるまでに回復したのは、彼もまた人を超える為に作られたバイオニクルだからである。
あの時ジェネシスに攻撃を仕掛けたキリデラを初めとする東方連合の部隊は殆どがジェネシスに回収されていた。現在は殆どの隊員が軟禁状態にあるが、機体も彼らも無事である。それにはリフィルのある思惑が絡んでいた。
「キリデラ、もう一度レーヴァテインと戦いたいと思わない?」
眉間に皺を寄せ振り返るキリデラ。リフィルは天使の様な笑顔で告げる。
「貴方のクサナギ、治してあげるって言ったらどうする?」
「んな……こと、マジで出来んのか……ッ!?」
クサナギはその機体の半身を蒸発させられ、既にアーティフェクタとしての原型を保っていない。本来ならば修復は絶対に不可能な筈。
「出来るわよ? 試作段階だけど、リアライズを使えばクサナギを直す事は可能よ」
「ちょ……ちょっと待て! そないな事になったら、キョウは……!」
キリデラの干渉者であったキョウは現在意識不明の重体。本来なら死んでいるのが正しい筈で、それをリフィルが作った延命装置で強引に生き長らえさせていた。
マサキはそれでもキョウが生きていてくれればと考えていたが、また戦いになればキョウを利用される事になる。今の彼女にとって、それはもう耐えられる役割ではない。
「私の技術で再強化すればまた使い物になるわ。それともあのまま植物人間にしとくほうがいいのかしら?」
「そ……れ、は……ッ」
「どっちにせよ貴方達に決定権はないのよ。私の合図一つで貴方達を殺す事は簡単。せいぜい機嫌を損ねないようにする事ね」
唇を噛み締めるマサキ。一方キリデラはわなわなと身体を震わせていた。その横顔に浮かぶのは狂気、そして歓喜である。
「感謝するぜェ……! テメェが何なのかは全くわからんが、恩に着る。もう一度戦わせてくれるってんならなんでもいい。這い蹲って靴でも舐めてやるよ」
「あら、頼もしい。期待してるわね、キリデラ。そしてようこそ……ジェネシスへ」
狂ったように笑うキリデラと微笑むリフィル。マサキは前後不覚に陥りそうな心境の中、下す事の出来ない結論に苦悩する。
何をする事が正しいのか。何が間違っているのか。もうこの状況は彼が前提していた物とは全く違ってしまっている。こんな事の為に――ここに来たわけじゃないのに。
「カイト、お前なら……お前なら、こんな時……どうする……?」
呟いた言葉は笑い声に掻き消される。彼に出来る事はただ、大人の都合に従う事だけだった。