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過去と、真実と(3)

「実は、私はこの世界の人間ではない」


 そんな事を当たり前の世間話みたいに、コーヒー片手にスヴィアが言い出すものだから、ボクは盛大に口から吹き出してしまった。

 SICの本社ビルにやって来て、ボクはここで様々な事実を知った。けれど何よりインパクトが強かったのはこの一言だった。


「そしてリイド、私とお前は本当の兄弟ではない」


「いやそりゃそうだろうけど……じゃあ一体なんなんだ?」


「リイド、お前は……私だ」


 こいつ何言い出してんだ? という顔になってしまった割にするりと納得出来てしまったのは、恐らくアレを見たからだ。

 ジェネシスの地下に封印された“ユグドラシル”。あれとボクを対面させたカグラの狙いは、正にこれだったのかもしれない。

 アレを目の当たりにした時、ボクの頭の中には見知らぬ景色が自然と浮かび上がった。いや、思い出したというのが正確だろうか。

 エアリオとシンクロした時もそうだ。ギルガメスの力を感じた時、ボクは確かに彼女の心の内に知らないはずの世界を見た。

 平行世界とか、多元宇宙とか。そういう言葉はフィクションの中に漂う空想の産物としてなら知っていた。けれど、本当にそんなものがあるなんて。いや……レーヴァテインに乗って、馬鹿げた敵と戦って。今更といえば、今更すぎる事なんだけどさ。


「つまり、スヴィアは別世界から来たボクって事?」


「ああ。そしてサマエル・ルヴェールである“彼女”も同様だ。尤も、彼女が一体何者なのかは私にも分からないのだがな」


 コーヒーカップを口につけ眉を潜めるスヴィア。彼女というのは、ボクの母親をやっていたあの人の事だ。

 リフィル・レンブラム。スヴィアの世界にも彼女は存在したが、それはこの世界でリフィルを名乗る彼女とは全くの別人だったという。


「だが、彼女はリフィルを名乗った。そうである以上、彼女の世界にもリフィルが居たのだろう。そして何らかの意味を持ってそれを名乗った」


「スヴィアは彼女はリフィルじゃない……いや、えーと、あるべきリフィルじゃない事に気づいてたんでしょ? どうして何もしなかったの?」


「ん……。それは、説明すると難しいが……“そういうこともある”のだ。異世界という所ではな」


 例えば、スヴィアが居た世界にはこの世界には居なかったような人物が居たりもしたらしい。

 それは些細な過去の分岐で変化し、スヴィアは実際過去に動き、この世界の歴史を分岐させた。ボクからは観測する事は出来ないけれど、この世界はスヴィアたちが言う世界とは少し違っていて、似たような道筋を通っているように見えて細かい部分が修正されているんだとか。

 

「うーん、ピンと来ない上に漠然としてるよね……。何か納得したような、しないような……。そもそも平行世界とかユグドラシルとか、なんなんだよ」


「ユグドラシルについて、私も詳しい事は知らない。というのも、それを解き明かす前に私のいた世界は滅んでしまったからな」


「滅んだって……なんで?」


 そりゃ、気になるさ。だってその滅びはこの世界にも訪れる可能性がある事なわけで。

 でもスヴィアは首を横に振った。この世界が、スヴィアの居た世界と同じ理由で滅ぶ事はないらしい。


「私の世界にも、“彼女”と同じくイレギュラーが存在した。その名をユピテル……。究極のアーティフェクタとも呼べる機体、オーディンを操る化物だ。しかも奴は我々と同じ、どこかの世界のリイド・レンブラムだった」


「え、えぇ!? なんでボクが別世界を滅ぼすことになるんだよ!? ていうかボクいすぎだろ!」


「まあ、世界に一人ずついるわけだからな。兎に角、そういう未来も在り得るという事だ。奴は……アーティフェクタという力を扱う以外の事を知らなかったからな」


 例えば、ボクという存在が居たとして。それは最初はまっさらで、何の意味も持たなかったとして。そこに何を注ぎ、どんな色に染めるのか、という話。

 ボクは三年より前の記憶が存在しない。つまりボクという人格はそのたった三年間の間に構築されたといっても過言ではないのだ。

 ボクには母さんがいて、スヴィアがいた。二人ともボクをレーヴァテインからは遠ざけて、この世界の秘密を排除して、ボクを普通の人間として扱った。

 それでもボクは、ボクの中にある激しい衝動は収まらなかった。最初にレーヴァテインに乗った時、ボクは手に入れた力の大きさに打ち震え、それを行使することしか考えなかった。

 もし三年前のボクの傍に誰もいなくて。ジェネシスの陰謀とかに巻き込まれて、戦う事だけを仕込まれたら。多分、そういう力のバケモノみたいなものが出来上がる可能性もあったんだろう。


「ジェネシスの目的の一つに、他世界侵略というプランがある。レーヴァテイン・プロジェクトと呼ばれるシナリオの一つだ。その帰結の一つの形が、全ての滅亡を望むユピテルという怪物だったのだろう」


「……成程ね。じゃあ、スヴィアは……」


「私の世界は滅んだが、それで納得は出来なかった。オリカとの約束もあったしな」


 ……んっ? 今なんか妙な名前があがったような……。


「オリカ・スティングレイ。私の居た世界では、私と共に戦闘訓練を受け、唯一無二のパートナーとして共に戦った相棒だった」


「はあ!? スヴィアの世界にはオリカしか干渉者がいなかったって事!?」


「ああ。そしてレーヴァテイン・プロジェクトは不完全なままに終わった。私の世界はそれが動き出す前にユピテルの襲来を受け、ヴァルハラはこの世界で言う二年前に崩壊したからな」


 うおー、段々わけわかんなくなってきたぞ。この世界で言う二年前にヴァルハラ崩壊だとすると、ボクが十二歳とか十三歳くらいの時だから、スヴィアはその頃からずっと戦ってるわけで……。


「オリカと私は恋人同士でもあった。この星の人類が最後の二人になるまで戦った。私とオリカは最終的に奴と相打ちになり、私はオリカを失った」


「……それで、この世界に?」


「……そうだな。私達の世界では果たせなかった未来の可能性、それを知りたかった。何よりお前を私と同じ運命にしたくはなかった」


 それで、スヴィアは……ずっとボクの兄として、ボクを見守っていたのか。

 仏頂面のこの人は、この人なりに僕の事を心配して、守ってくれていた。分かってはいたつもりだけど、なんかちょっと照れくさいな。


「ていうかオリカと恋人同士になるエンド在り得るんだ……」


「いい子だぞ? 気立ても良いし、家庭的だし。まあちょっと人とか殺しそうになるのが難点だが」


「難点がデカすぎていい所全部ダメにしてんだよ! わかるだろ!?」


「そこは我慢するしかない……」


 遠い目をするスヴィア。ああ、この人もそれなりに苦労したんだろうなあ……。


「それで、ユグドラシルっていうのは?」


「全ての世界の中心。枝分かれする世界を繋ぐ門であり、世界に打ち込まれた因果の楔でもある」


 それは、確かにそこにある。けれども実体を持たず、その概念も存在も不確かなもの。

 地球の中心にあり、全ての地球を繋いでいる。スヴィアはそれをゲートとして利用し、この平行世界へとやってきた。


「この世界のジェネシスも私の世界と同じく、ゲートを利用して別世界への侵略を企んでいたようだ」


「……スヴィアは時間も超越してきた。つまり、過去に戻る事も可能なんだね?」


 であれば、話は単純だ。この世界が滅びに瀕する元凶であった神、それが出現するより前に戻ればいい。そしてその世界では神が目覚めないように厳重に封印を施し、完璧な世界を作り上げる――。


「その代償は、どこかの異世界の誰かの命だ。夥しい数の人間が死ぬ。この、神の裁きに晒された世界のツケを支払ってな」


 神――。月より飛来する異形の怪物。

 人類がフォゾンの存在を知り、その文明を飛躍的に進歩させた時、裁きを下す為に出現する者……アレキサンドリアはそう言っていた。

 最初に神を目覚めさせる切欠になったのは、月へのテラフォーミング計画。そこで人類は月にある、もう一つのユグドラシルを発見したという。

 要するに、月には神の祭壇があった。それを調査し、神の力を得る為に人類が作ったのが月面基地“ファウンデーション”であり、軌道衛星“フロンティア”なわけだ。


「私がこの世界に来た時、最初に行なったのがエアリオの回収だった。月のユグドラシルに彼女がいる事は知っていたが、現物を拝んだのはこの世界が初めてだったよ」


「そっか。スヴィアの世界にエアリオはいなかったんだね」


「厳密にはいたのだろう。だが私の世界における彼女は、人類にとっての敵……ユピテルと同じ、最強の神だった」


 そこで言葉が止まる。ボクも彼も、恐らく同じ事を考えていたのだろう。

 そう、ボクとエアリオは――人間じゃない。人間に似た形をしているだけで、決してそれらと相容れる事はないんだ。

 レーヴァテインと真の意味でシンクロできるのがボクだけである理由。ボクだけが反動を受けず、フォゾン化を起こさない意味。

 エアリオのあの絶対的な力。ギルガメスと呼ばれる、あのノアですら容易に一撃で吹き飛ばした火力。上位神ですら言葉一つで捻じ伏せる権力。

 彼女は、人間じゃない。神、しかもその中でもかなり強力な力を持つ存在。そして、ボクも……。


「彼女は月のユグドラシルのイヴ。そして我々は地球のユグドラシルのアダム。お互いのユグドラシルに属する神に対する絶対的な権限を持つ、いわば司令塔だな」


 神のその多くは意志を持たないといわれている。存在するのは破壊本能のみだと。しかしそれは違うらしい。

 その巨大な郡体の中心に、ブレインとなる存在がいる。そのブレインからの命令を受け、神や天使は動いている。


「要するに、月の神のブレインがエアリオだって事?」


「ああ。だから私は真っ先に彼女を拉致した。殺すのは無理だからな」


「無理って?」


「仮に私のレーヴァ……ガルヴァテインのオーバードライブ火力でエアリオの肉体を木っ端微塵に分解しても、彼女はその“現実”を歪め、“無かった事”にしてしまう」


 ちょっと意味がわからない。要するに、エアリオは絶対に殺せないって事か?

 しかしアーティフェクタの最大火力で死なないって……じゃあ、どうしたら死ねるんだよ?

 そう考えた時、脳裏にあの景色が思い浮かんだ。彼女は姿や形を変えて、時代を変えて、世界を変えて殺されてきた。けれども死ぬ事が出来なかったのなら、彼女は……。


「……だが、エアリオを失っても奴らは与えられた命令に従い続けた。人を滅ぼせという、至上命令にな。連中も考える頭を持っている奴がいるが、与えられた命令にただしたがっているだけ。奴らが本気で頭を使って人類を滅ぼしにかかったら、三日と持たん」


 ぞっとする話だが、それは同意する。そうか。奴らが圧倒的な力を持ちつつも人類が何とか凌ぎきれているのは、奴らに司令塔であるブレインが存在しなくて、ブレイン不在時の指揮系統も存在しなくて、しかも一体一体の思考より与えられた大雑把な概念をいまだに忠実に守ってるからなのか。


「まあ、これからどうなるかはわからんがな。トランペッターなら、奴らの枷を外す事も可能だ」


「トランペッター?」


「お前の知らない、ジェネシスに眠るアーティフェクタの一つだ。元々アーティフェクタは合計九体ジェネシスの地下にあった。その殆どを三年前にお前とエアリオが叩き壊したわけだが」


「えぇ!? し、知らないよそんなの?」


「だろうな。あの時お前に自我はなかった。月のイヴが起動し月の軍勢が迫っている危機に対し、ジェネシスは地球の軍勢でそれを打破しようとした。それがレーヴァテイン・プロジェクトの始まりだな」


 月に神々の軍勢が存在したように、地球にも神々の軍勢が存在した。それが、“アーティフェクタ”と呼ばれるロボットだ。

 これらはすべてアダム、要するにボクの命令しか聞かず、動かす事も出来ない代物らしい。ブレインであるボクがユグドラシルに接続して操るのが本来の操縦方法らしいけど、当時のボクは覚醒状態になかった。


「当時のジェネシス社長であったカグラの父、そしてバイオニクルプロジェクトの研究主任であったアークライト博士は、リイドを直接アーティフェクタに乗せ、使役するというスタイルを確立した」


 ん? 何か今ツッコむところあった気がするけど黙って聞くか。


「アーティフェクタには神と違って思考とフォゾン操作を司るコアが存在しなかった。その空白にコックピットを作り、お前を座らせた。しかしそれだけではレーヴァテインは起動しなかった。結果、彼らは私の世界と同じく、一つのアーティフェクタに適合者と干渉者、二名のパイロットをつける事を選んだ」


 既に起動状態にあった月のイヴとアーティフェクタ内でシンクロした事により、結果地球のアダムは暴走。

 当時既にバイオニクルとして作られていたルクレツィア、セト、ネフティス、キリデラらが残りのアーティフェクタを操縦し、この暴走の鎮圧を試みるがそれも失敗。

 九体存在したアーティフェクタの内、エクスカリバーとトライデントを除き大破、或いは使用不能に陥る。その後、スヴィアとガルヴァテインの投入によりレーヴァテインを半壊させ、暴走を阻止する。三年前の事件のあらすじは、ざっと説明するとそんな感じだった。


「その後、ゴタゴタで一度ジェネシスは、というよりヴァルハラは大きく傾いた。アークライト博士と社長は死亡。ジェネシスは騒然となったさ」


「そのアークライト博士って言うのは……えっと」


「ああ。イリア・アークライトと、アイリス・アークライトを作った人物だ」


「…………“作った”?」


「アーティフェクタを動かせるのはアダムだけだ。だからアダムの能力をコピーした擬似核、通称ユグドラ因子を持つパイロットが必要になった。その第一陣として生み出された子供達の中に、アークライト姉妹の姿もあったという事だ」


 それは、わかる。アーティフェクタは神の力を持つ人間にしか動かせない。

 だから皆身体を強化されて、無理矢理パイロットに仕立てられて、耐えられなくてフォゾン化する。

 干渉者もそうだ。純正の神であるエアリオは兎も角、他の皆は神を模造しただけの……言葉にするのも躊躇われるけど、作り物って事……。


「後に、既に成長したパイロットに施術する事で干渉者にする技術が確立するが、計画最初期は胎児に強化を施す方向性だった。育てるのに時間とコストがかかるので、この路線は……」


「……やめろよ。イリアとアイリスを、道具みたいに言うのはさ」


 思わずそんな事を呟いていた。あの二人は……じゃあ、最初から戦いの道具として作られたって言うのかよ。

 あんまりじゃないか。二人とも普通の女の子なのに。泣いたり笑ったりするし、成長もする。心もある。それが作り物なもんか。


「……すまない。だが、事実として知っておいて欲しかった。私やお前が人間でないように、彼女達もまたそういう立場なのだと」


「わかってる。こっちこそ感情的になってごめん。でも、この話二人には出来な――」


 と、呟いたところで振り返る。SICビルの通路でコーヒー片手に立ち話、なんてのがそもそもの間違いだったんだ。

 どこから聞いていたのだろう。視線の先にはアイリスが立っていた。その瞳は明らかに動揺していて、目が合うと踵を返して走り去ってしまう。


「あーっ、もう! アイリス! ちょっとスヴィア、どうすんのこれ!?」


「ヤンデレ以外の扱いはとんと苦手でな。お前に任せるよ」


 なんか言ってるよこいつ……。


「話の続きは後! ボク、アイリスをフォローしてくるから!」


「ああ。頑張ってくれ」


「他人事だなぁ、ちっくしょう!」


 叫びながら走り出す。アイリスは、この事実を受け入れられるんだろうか?

 ボクたちが知らなかったこの世界は凄く混沌としていて、馬鹿げた話のオンパレードで。それを全部受け入れるのは、ボクにだって難しい。

 でもボクはまだいい。ボクはレーヴァテインのパイロットで、人間じゃないから。でもアイリスは……あいつは、ちゃんとした人間だ。

 生意気で直ぐ感情的になって、頭はいいけどバカで、シスコンで……熱い気持ちを持ってて、真っ直ぐで。負けず嫌いで。

 人間じゃないか。こんなにも人間じゃないか。気にする事なんか何もないのに。あのバカは――!


「前途多難、だな」


 これからどうなってしまうのだろう。この世界も、ボク達も。

 とりあえず今は走るしかない。ボクにだってこの現実を受け入れる為に、時間は必要だったから。




過去と、真実と(2)




「目が覚めましたか」


 調整槽に漂っていたカイトが意識を取り戻し、最初にその目で見たのはエアリオに良く似た少女の姿だった。

 銀色の髪に金色の瞳。肌が褐色でなければ、見分けはつかなかっただろう。違いがあるとすれば、エアリオよりも礼儀正しそうなその佇まいくらいか。


「俺は……」


「まだ……休んでいてください。あなたの身体は……再構成の途中ですから」


 見ればカイトは全裸で緑色の液体が注がれたカプセルの中に横たわっていた。状態的には半身浴と言った所で、全身につながれたケーブルはあれどもほぼ完全にただの裸である。


「…………俺の気のせいならいいんだが、かなり今女子に見せられない格好になってねえか?」


「大丈夫です……気にしませんから」


「そ、そうか……。えーと、君は確かスヴィア先輩の……」


「……はい。エンリル・ウィリオと申します。マスターの指示で、あなたのお世話をさせて頂きます」


「そ、そうですか」


 そこで会話は完全に中断した。エンリルはカイトを調整している機材に歩み寄り、軽やかな手つきでバイタルの状態をチェックしている。


「なあ、エンリル。俺はどうなったんだ?」


 カイトの記憶の最後はノアとの戦いで締めくくられていた。リイドとエアリオがやってきてバトンタッチしたところまでは覚えているのだが……。

 そもそも、この身はフォゾンの奔流に焼かれ、最早再起不能と諦めたはず。それが失った視力を蘇らせ、全身も完全ではないにせよ復活しているとなれば驚くのは当然の事。


「SICの調整槽は……ジェネシスの物より高度です。ジェネシスは、意図的に劣化した性能の物を使っていますから……」


 特にそれは適合者に対して如実である。

 例えば、広くは知られていないが干渉者もまた調整を行なわなければフォゾン化を起こす。ジェネシスでイリアやオリカといった年季の入った干渉者が身体に異常を来たさないのは、在るべき措置を受けているからである。

 しかし、ジェネシスは最終的なレーヴァテインのパイロットを最初からリイドに決定している。であれば、適合者には適度に死んでもらって、レーヴァテインの秘密や力を知られる前に入れ替わってくれた方が都合が良かったのだ。


「……そうか。何と無くわかってたけどな。アルバ先生、つらそうだったし」


「怒らないんですか……?」


「そんなの関係ねえよ。それでも俺に戦わせてくれた。十分じゃねえか」


 その回答と笑顔はエンリルにとって十二分に予想斜め上だった。だから、目を丸くして驚く。


「……あなたはここで調整を受け、ユグドラ因子を正常に起動させる事で、フォゾン化を抑え……これまで以上の操縦が可能になります」


「マジで!? そいつはありがたいな、速いトコやってくれよ」


「ですが……それにより、あなたの身体は壊れます。持って、数年……。あなたが大人になる頃には、もう身体がだめになると思います……。それでも……構いませんか?」


「ああ」


 これまたあっさりすぎる返答に目が丸くなる。カイトは爽やかに笑い、握り拳を掲げた。


「どうせもう死んだような身体だったんだ。五年くらい生きられりゃ十分だ。その間に、守れるだけのものを守れればそれでいい」


「あなたは……」


 言葉は続かなかった。ただ、こんな風に運命を受け入れられる人を見るのは初めてだった。

 バイオニクルになる人間は皆どこか悲劇を背負っている。その瞳には光なんかなくて、絶望と共に人外の力を得ている。

 しかしカイトは違った。このカイト・フラクタルという少年は、絶望ではなく希望を宿している。それがどれほどの恐ろしい覚悟と、どれほどの驚異的な決意を伴う物なのか。それを思うと胸がしくりと痛んだ。


「ありがとうな、エンリル」


「え……?」


「よくわかんねぇけど、面倒見てくれたんだろ?」


「命令、ですから……」


 少しだけ顔が赤くなるのを感じた。慌てて計器に目を移すと、尋常ならざる勢いで彼が回復している事がわかる。

 生きようとする力が、決意が、想いが、ユグドラ因子に働きかけ、機体の性能を引き出す事は既に検証され実証されている。そしてそれが事実である以上、彼の持つ力の可能性もまた、保証されたようなもの。


「しかしマジで何がどうなったんだ。なんでSICに……ノア戦で回収されたのか? みんなはどうなったんだ。リイドは勝ったのか……?」


「一つずつ……説明します。落ち着いて……聞いて下さい」


 そうしてエアリオは一つ一つこれまでの経緯を語り始めた。この世界の真実と、彼がこれから戦うべき者達について――。



「アイリス、待てって!」


 リイドがアイリスに追いついたのは、SICのエレベーターホールでの事だった。開けた場所に二人以外の姿は無く、手首を捕まれたアイリスは振り返らずに俯いている。


「アイリス、あのさ……さっきの話だけど……」


「……いいんです。薄々感じてたんです、おかしいって。私達の父親が事故死したって聞いた時から、変だと思ってた」


 理由も知らされない事故死。母はただ悲しむだけで、何も教えてはくれなかった。

 それだけではない。それからまるで母は何かから逃れるかのように、娘達を避けるようになった。そうして毎晩のように違う男と寄り添い、家には寄り付かなくなった。

 おかしいと思った。あの日から全てが狂ってしまった。けれども理由が分からず、ただ自分達を避ける母を憎んだ。


「私と姉さんが似すぎているのも……私達と、母さんが似すぎているのも……。全部、そう言う事だったんですよね」


 アークライト博士が作った、バイオニクル・クローン。自らの妻のクローンを試験管の中で生み出し、それを己の娘として育てた。

 父の姿なんて覚えていない。ジェネシスに勤めている事は知っていたが、家には滅多に帰らなかったから。それでも死んだと聞いた時は悲しかったし、寂しかったし、涙が溢れた。けれど……。


「滑稽、ですよね……。私達、何の為に……」


「……アイリス」


 引き寄せようと、抱き寄せようと、手を引くリイド。その手を振り払い、アイリスは背を向けたまま叫ぶ。


「止めて下さい! 私、大丈夫です……。大丈夫ですから」


「大丈夫じゃないだろ」


「先輩こそ大丈夫じゃないでしょ、さっきの話……滅茶苦茶ですよ。あのアレキサンドリアって人の話も……全然、ついていけないっ」


 肩を震わせる背中をただ見つめるリイド。確かに二人はここに来て知らなかった事を知った。否……知りすぎた。余りにも多くの秘密と謎を。

 受け入れるのは容易ではない。リイドとてまだ心の整理はついていないのだ。アイリスにそれをしろというのは、やはり酷な話だろう。


「でも私、受け入れるって決めたんです……。先輩の事も……だから、少しだけ……一人にしてください。大丈夫です。混乱してるけど、今は……今だけだから。ちゃんと、自分で……自分でなんとかしますから」


 涙を拭って振り返ったアイリスの顔には不器用な笑顔があった。リイドは伸ばしかけた手を下ろし、首を横に振る。


「……わかったよ、アイリス・アークライト。ボクは、君を信じる」


「私、ちょっと……顔が酷い事になってるので、部屋に戻りますね。話……代わりに、聞いて置いてください」


 エレベーターに乗り込み、扉を閉めるアイリス。外の景色が見渡せる展望の壁に背を預け、涙を拭いながら座り込む。


「どうして……どうして教えてくれなかったの? お母さん……お父さん……」


 たった一つだけ、覚えている事がある。

 顔も思い出せない父親と、母親と、そして姉と。四人で遊園地に行った記憶だ。

 何が楽しかったのかも思い出せないけれど、確かに幸せだった事だけは記録している。頭の中で繰り返し再生される声と、肌で感じた温もりは簡単には拭い去れない。

 自分を抱き上げて笑っていた誰かの顔を思い出そうと必死になればなるほど、それを嘲笑うかのように記憶は翳る。顔を挙げ、光を背に少女は涙を流す。もう思い出す事も出来ない、己の創造主を想って――。




「――というわけで、次のこっちの出方を決めたよ、セト」


 社長室、作戦図を挟んで睨めっこをしていたアレキサンドリアがセトに告げる。


「次の作戦は、レーヴァテイン、トライデント、エクスカリバー。三機のアーティフェクタ同時運用による、ヘヴンスゲート攻略作戦!」


 高々と片手を挙げ、振り下ろした指先が指し示したのはずばり、“北極”。


「まずは神を黙らせる。北極にあるヘヴンスゲートエリア、“ゲヘナ”攻略作戦を実施するよ」


 にやりと笑うアレキサンドリア。セトは肩を竦め、苦笑を浮かべるのであった。


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またいつものやつです。
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