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過去と、真実と(2)

一年以上ぶりに更新してみた件について。

「何年ぶりだ? こうしてゆっくり肩を並べて話すなんてよ」


 SIC本社ビル前に広がる滑走路を眺め、日陰に二人の女が並んでいる。

 ルクレツィアとネフティス、二人がこうして並ぶ事がなくなってからどれ程の時が流れただろう?

 一瞬だったような気もする。色々あったような気もする。お互いに生きる事や戦う事に必死で、時の流れは随分と早く進んでいたように思う。

 

「さて、いつからだったか……。どちらにせよ、お互い既に違えた道。今更並列するのならばただの笑い話だろう」


「かー、相変わらず可愛くねぇな……ま、オレだって別に好き好んでおめーと顔なんか合わせたくはねぇけどよ」


 そこで会話は途切れた。ルクレツィアは腕を組み、ネフティスは頭の後ろで手を組んで佇んでいる。

 二人の間に共通する記憶はといえば、どれを掻い摘んでも悲劇そのものだ。一般的に語られる幸福と呼ばれる物には程遠く、おぞましく血塗られた世界の闇そのものだけが延々と広がっている。

 そんな運命を受け入れていた。抗おうなんて思いもしなかった幼い日々……。しかし子供はいつか大人になる。辛い現実を超えて、己の道を探し歩き始める。


「……一つだけ、ルクレツィアに聞きたい事があったんだ」


 煙草を咥え、火をつける。紫煙を吐き出し、それを目で追った。


「どうしてあの時、オレたちと一緒に来なかった」


 ――三年前、レーヴァテインの暴走という事件はジェネシスを根底から揺るがす大きな衝撃を伴い彼らの身に降りかかった。

 当時稼動していたレーヴァテインを除くほぼ全てのアーティフェクタが大破した戦い、そこに彼女達の姿もあった。

 暴走したレーヴァテインは最終的にスヴィアの手で沈黙させられ、その後スヴィアはジェネシスを離反。彼女達もまたその時戦死したとされたが、その混乱に乗じてジェネシスから逃げ出しただけの事であった。


「逆に問おう。貴様はどうして同盟軍に居る?」


「ジェネシスが憎いからに決まってんだろ。自分の人生が正しかったとは言わねぇが、少なくとも奴らの語る正義に正当性がない事だけは確かだ。自分達以外の人類は皆死んで当然だと思ってやがる。そして自分達のためだけに、オレたちみたいなガキを今でも作ってる」


「それは同盟軍とて同じ事だろう? 知らないとは言わせないぞ。あの少年とてそうなのだろう」


 エルデ・ラングレン――。

 同盟軍を牛耳るSICの社長、アレキサンドリアの放った伏兵。

 その身体能力の異常性は彼の戦いを知る者であれば誰でも知る所である。そしてその特性はすべてアーティフェクタのパイロット達と同一の物だ。

 単純な身体能力の強化。エーテル兵装の操作能力。死に至るような傷でも僅かな期間で治癒し、機動兵器のパイロットとしても一流の技量を持つ。


「私は確かにジェネシスを許せない。だがしかし、ジェネシス以外の組織に正当性があるともまた思えないのだ」


 ジェネシス、同盟軍、東方連合……。今この世界ではこの三つの勢力に人類の力が収束している。

 しかしどの組織も名前や大義名分は違えどもやっている事は似たような物だ。少なくともルクレツィアの瞳にはどれも似たり通ったりにしか映らなかった。


「東方連合の機体を見た。あれのパイロットも恐らくジェネシスやお前達と同じ様な強化兵――『バイオニクル技術』を使っているのだろう。少なくともアーティフェクタの操縦は、バイオニクル以外には不可能だ」


「そりゃそうだろ。結局神をぶっ殺す為には神の力を使うしかねえ。オレや、テメエみたいにな」


「そして今でも懲りずに勢力争いを続けている。貴様らにとっては各地で滅びを待つ者達の嘆きよりも、地図上の色合いの方が重要なのだろう」


「相変わらず反吐が出そうな善人っぷりだなルクレツィア。ならテメーに何が出来る? テメーにこの世界の全てが救えんのかよ、あぁ?」


 ズボンのポケットに手を突っ込み、睨みを効かせるネフティス。ルクレツィアはゆっくりと目を開き、寂しげな瞳でネフティスを見た。


「私にもわからないんだ」


「……はっ?」


「わからないんだ。ならば、どうする事が正しいのか……。分かっているんだ、私一人で世界は救えないと。私の目の前で、守れなかった者達が死んでいく。毎日毎日……少しずつ限界の二文字が迫って、私達を追い立ててくる」


 いつも顔をつきあわせれば口論ばかりだった二人。ルクレツィアのそんな悲しい独白に、ネフティスも気まずそうに黙ってしまう。


「綺麗事だという事は百も承知なんだ。それでも私は、この生き方を変えられない……。分かっている、私もまた間違えている。私はこのままきっと死ぬまで正義の旗を振りかざし、私を信じてついてきてくれる者達を巻き込んで朽ち果てるのだろうな」


「……何今更ショゲてんだよ。胸を張れよ、『ヨーロッパの聖女』だろ?」


「ああ……。そうだったな……」


 青空を見上げるルクレツィア。思い出すのはあの日、ジェネシスから逃げ出した日の事だ。

 暴走するレーヴァテイン。ユグドラシルの間が炎に包まれ、その時ルクレツィアはエクスカリバーへ、ネフティスとセトはそれぞれトライデントへと乗り込んだ。

 正しい事を成すために、力を手に入れたつもりだった。実際その矜持に殉じてこれまで生きてきたつもりはある。

 だがもしもあの時、自分に手を差し伸べてくれた友の手を取っていたら……未来はどう変わったのだろうか? 今とは違う、もっと良い選択肢が見えていたのだろうか?


「結局、私が一番半端だった。あの時貴様もセトもキリデラも、己の生きる道を選んだというのに」


「……ったく、おめーは相変わらず下らねぇ事でクソ真面目に悩みやがって。そんなもん、どうだっていいじゃねえか」


「ど、どうだっていいとはなんだ! アーティフェクタは絶対的な力、この世界の安寧を司る剣だぞ!? 使い方を悔いる事くらい、あって当然だろう!」


「だろうな。だから悔いてもいいじゃねえか。第一、三年前オレたちはまだクソガキだった。今だって大人になったとは言いきれねぇ。間違ったり、悩んだり……オレだってするさ」


 煙草を靴底で踏みつけながらネフティスは笑う。前髪をかきあげ、目を細めてライバルを見やる。


「未来なんて案外簡単に変えられる。後悔してんなら、悩んで考えて落ち込んで……答えを出しな。今からだって何だって出来る。お前さえその気なら、オレだって……」


 何故そんな事を言ったのだろうか? ネフティスはらしくない言葉に自問自答する。

 恐らくはきっとそう、あのシーンを見たから。長年道を違えていた兄弟が抱き合いお互いの道を認める事が出来たから。

 彼らに出来て自分達に出来ない筈もない。確かに何かが変わった気がした。この世界の中で歪みほつれていた糸が、少しずつあるべき形にほどけていくような。そんな切欠すら、感じられたから。


「とりあえず、社長に言ってお前専用の調整槽を用意してもらった。調整、ずっとしてねえんだろ? オレたちと組むにせよ一人でやるにせよ、調整すれば以前の力が取り戻せる。どうせ理想に殉じて死ぬなら、万全ってやつで臨みな」


「……ネフティス」


「勘違いすんなよ。何一つ解決しちゃいねえんだ、オレもテメーも。ただ……新しい一歩を踏み出す事は出来るってだけだ」


 ふっと微笑み背を向けるネフティス。しかしルクレツィアはその肩をがしりと掴む。


「何を言っているんだ? 私が言いたいことはそんな事ではない」


 そう言ってルクレツィアが指差したのは先ほどネフティスがポイ捨てした煙草の吸殻だ。それをわざわざ拾って来て仏頂面でネフティスに突き出す。


「…………おめぇ……ホント……相容れねーな……っ」


 眉をひくつかせながら吸殻を奪い取るネフティス。ルクレツィアはそんな彼女の横顔を優しく微笑みながら見つめていた。




過去と、真実と(2)




「――さてと。まずはようこそ、SICへ。そしてようこそ、同盟軍へ」


 SICの社長室はワンフロアを丸々ぶち抜いて作られている。周囲の展望を見渡す事が出来る一面ガラス張りの壁は、ジェネシスの社長室とも酷似している。

 机の上に腰掛け、両腕を開いて歓迎の意を表するアレキサンドリア。その前に集まったジェネシス離脱組の反応は彼女とは正反対だ。


「ノリ悪いね君達。まあいいや、兎に角君達を私は歓迎するよ」


「歓迎されている所悪いけど、ボクたちは同盟軍に所属するつもりはないから」


 キッパリと言い放つリイド。が、その隣りに並んだアイリスも同じ考えである。


「私達にはジェネシスにいる仲間を助けるという目的があるからここにいるのであって、同盟軍に所属するわけではありません」


「あーうん、別にいいんじゃない? まあ君達の危惧する事も一応分かるよ。アーティフェクタ……特に霹靂の魔剣のパイロットは、己の身の振り方に関してはそれくらい慎重でないといけないと思うし」


 笑いながら肩を竦める白衣の少女。そのまま机の上から飛び降り、二人の前に立つ。


「でもこの局面で正々堂々そういう事言っちゃうのはやっぱり子供だよね。君達の命も、レーヴァテインも、今は私の掌の上だって事忘れてない?」


 不敵な笑みという表現がこの上なく似合う無邪気さにリイドは眉を潜める。その頬に触れ、アレキサンドリアは告げる。


「こっちも相応の対価を支払ってるんだ。ジェネシスを潰そうって世論の中、魔剣を引き受けるのがどれ程ハイリスクか理解してるかい? その魔剣の修理、ついでに聖剣も来てるからその修理! ついでに君達の仲間の死に掛けの奴とか要調整の奴の支援! どれくらい巨額のお金が動いてるかわかってる~? 君その辺承知してんの~?」


「そ、それは……あ、ありがとうございます……」


「お礼なんて何の意味もないよ。私が欲しいのは結果、その一点のみ。私達が君達に与えるギブの分だけテイクを欲しいって事。今後の話し合い以前にその大前提だけは呑んで貰うよ」


「わかってるよ。助けてもらった恩は、きちんと返すつもり」


 頷くリイド。その言葉に満足したのかアレキサンドリアは腕を組んで笑い、座っていた机の上に戻った。


「宜しい。ではセト、状況をみんなに説明してくれるかな?」


「了解です」


 セトが指を弾くと部屋全体が薄っすらと暗闇に染まり、鏡のように磨きぬかれた大理石の床が光を放つ。

 それは、フロア全体を使った作戦図。床の上に表示された巨大な世界地図は初めて見るリイドやアイリスにとっては驚嘆に値した。


「さてと、では先ず状況をおさらいしてみようか」


 再び指を鳴らすセト。すると画面が拡大され、ジェネシスのある海域が浮かび上がった。

 例のクーデターを伴う戦いから一夜が明けた。状況は依然、リイドにとっては最悪であると言える。

 まず干渉者であるエアリオ、イリア両名は既にジェネシスのクーデター派の手に落ちたと見て間違いない。付け加えれば既にアーティフェクタ運用本部も占拠されているか、そうなるまで時間の問題だろう。

 ヴァルハラを管理するジェネシスという組織の組み換えに伴い、これからプレートシティそれぞれが何らかの影響や変化を伴う事は必至。市民達がどうなるのか、それもまたリイドにとっての問題の一つである。


「今の所、クーデターの情報は一般市民にまでは浸透していないようだね。ただ、緊急避難命令が出っぱなしだから、住民も違和感を覚えているとは思うよ」


「やることが滅茶苦茶だ……。そのくせ、随分と計画的なクーデターだったみたいだし」


「クーデターの企み自体は随分と前からあったようですね。私も予定通りであればクーデターに参加し、皆さんを確保、抹殺する予定でしたし」


 けろりと言い放つエルデにリイドとアイリスの視線が突き刺さる。アイリスに至ってはそのまま我慢ならずエルデの爪先を踏みつける始末だ。


「でも、そもそも何でクーデターを……? というかそもそも誰がクーデターを起こしたんだ?」


「詳細はまだ判明していないけど、十中八九クーデターを起こした人物は――サマエル・ルヴェールだろうね」


 そう言ってセトが表示した人物の顔はリイドにとって十二分に意外な物だった。


「母さん……?」


「リフィル司令……えっ!? ど、どういう事なんですか!?」


 取り乱すアイリス。このあたりの事実関係に関しては既に二人を除いて全員にとっての共通認識であり、他に騒ぐような者はいない。


「そのあたりを説明し始めると長くなるから、今は彼女の正体がサマエル・ルヴェールで、今回のクーデターの首謀者だって事だけ記憶してくれればいいよ」


「……わかった」


 アイリスにとって意外だったのは、リイドがそう一言呟くだけであっさり引き下がった所である。

 以前のリイドならばもっと食いついて情報を欲しただろう。喚き散らしただろう。しかし今の彼には異常とも言える落ち着きを垣間見る事が出来る。

 凛々しく、ただ前だけを見つめるリイド。その横顔を見ていると、まさか親子でもなんでもない自分が騒ぐのもみっともなく、アイリスはやり場無く言葉を飲み干すしかなかった。


「元々ジェネシスは一枚岩ではなく、内に幾つかの派閥を内包した組織だった。それは勿論SICも東方連合も同じだけど、ジェネシスに関してはサマエルというイレギュラーが混じっている分、今回のクーデターの成立も有り得たんだろうね」


 付け加えるのならば、元々ジェネシスはカグラという社長を据えてはいるものの、実質“第七天輪”が牛耳る組織だ。

 以前から第七天輪という権力の形に疑問を抱く者は多かったし、そもそもジェネシスという企業のあり方を問題視している者も多数居た。


「言ってしまえば、起こるべくして起こったクーデターであったという事かな。元々ジェネシスとしてもクーデターは警戒していたんだろうけど、相手が悪かった」


「……でも、あれだけ巨大な組織だ。クーデターでひっくり返ったとしても、それを整頓するには時間がかかるはず」


「リイド君の言う通りだね。ジェネシスは現在、その組織性を完全に麻痺させている。警備は厳重だけど、内側のゴタゴタを整理するのにはまだ時間がかかるはずだ」


 それはリイド達にとっても僥倖。時間的な猶予は、そのまま選択の余地であると言い換えられる。

 今考え、迷い、知るべき事を知り、その知り得た情報を吟味し、己の行く末を見定めるだけの猶予があるのだ。


「ところで、あの混戦の中で東方連合っぽい一団と一戦交えたんだけど……」


「東方連合はその関与の件に関しては全否定してるね。仮にそういう介入があったとしても、それはキリデラ隊の独断であるって言い張るつもりだろう」


 先の事件でジェネシスがガタガタになるのは目に見えていた。そのタイミングで虎の子であるクサナギを投入、一発逆転を狙った東方連合の考えはわかる。

 ハイリスクな博打ゆえに最低限、可能性を見出せる戦力だけを投入したのだ。後はトカゲの尻尾切り、最悪キリデラの謀反と言い張っても良い。


「でも、キリデラのクサナギはリイド君が倒しちゃったからね。仮に無事だったとしても、相当のダメージ……再起不能の可能性が高いし、仮に修理するにしたって技術と手間が要る」


「事実上、キリデラはリタイアか……」


 どこか感慨深く呟くスヴィア。その言葉の意味を理解しないリイドにとって、呟きは意に介す程の意味は持たなかったが。


「以上の状況から見て、これから進展があるまで最低でも数日はかかると思うよ。その間にこちらも手札を整えるしかない」


 間違いなく決まっているのは、この事件を切欠に世界の勢力図が一気に動くという事だけ。

 ジェネシスという不屈の大樹が折れたのだ。ならば新芽が雫を弾く今こそ、各々の思惑を通す好機。


「私達も正直今は出方を窺ってる状況でね。先手を打ちたいのは山々だけど、方々切り札を失って今は睨み合い三つ巴状態だからさー」


 アレキサンドリアの言う通り、現在状況は拮抗している。

 SICは最強のアーティフェクタ、全ての抑止力とも言えたガルヴァテインを失っている。

 東方連合は一発逆転の切り札、クサナギを破壊された。これからどう立ち回るにせよ、劣勢は必至。

 ジェネシスもまたその組織体系を一変させ、状況を整理するまでに時間はどうしてもかかる。なおかつ、霹靂の魔剣を失っている。


「一応、手札が充実しているのはウチだけどね。レーヴァテイン、トライデント、エクスカリバー……三大アーティフェクタが手中にあるわけだし。ガルヴァテインを失ったのは痛いけど、それは弟君が穴を埋めてくれれば事足りる話だしね」


 少々気まずそうな顔をするリイド。ガルヴァテインを大破させた張本人として、こう言われてしまっては何とか頑張るしかない。


「とはいえ、ジェネシスの持つ力はアーティフェクタだけじゃない。迂闊に手出しを出せない状況には依然変わりなしってトコか」


「それは、ユグドラシルの事を言っているの?」


 リイドがその言葉を知っているというのは意外であった。アレキサンドリアはやや目を丸くした後、首を横に振る。


「それだけじゃない。あそこにはまだ他にもアーティフェクタがある可能性もある……いや、十中八九あるはずなんだ。弟君が知らないだけで、元々アーティフェクタっていうのは1stから3rdまでだけじゃないんだよ。特に厄介な奴を、連中はまだ隠し持ってるはずだ」


「それは、ボクとレーヴァテインを以ってしても制しきれない物なの?」


 リイドの言葉には強さが感じられた。以前からある過剰なまでの自信ではない。今の彼にとってその言葉は、冷静かつ論理的な思考を経て紡がれた覚悟。故にそれだけの重みを持つ。しかしアレキサンドリアは首を横に振る。


「君と霹靂の魔剣だけでどうにかなるほど単純なら、とっくにこの世界はスヴィアがどうにかしてるさ」


 そう、この世界の問題はそれほど単純ではなく、決して容易くも無い。

 力だけで事足りるのならば、とっくの昔にスヴィアが成している。この世界に救いの二文字を求めるのならば、革命染みた大きな変動が必要なのだ。

 そして今、それをなせるかもしれない状況が成立しようとしている。今この瞬間にどう動くのか、それが世界の命運を左右すると言っても過言ではない。

 重苦しい空気が降り注ぐ中、リイドは拳を握り締める。状況は予想通り最悪で、自分の立場は分かりきっている程重要だ。

 ふと、そんな時突然セトの持つ端末が鳴った。耳に押し当て通信に応じるセト。その表情が確かに揺らいだのをリイドは見逃さなかった。


「……社長、奴ら既に次の手を打ってきました」


「というと?」


「連中の狙いは宇宙です。恐らくフロンティアとファウンデーションに接触するつもりでしょう」


 その単語に動揺が走る。が、ワケがわからないリイドとアイリスはぽかんとして推移を見守るしかない。


「うーん、そう来たかぁ。いや、いつかはやるだろうと思ってはいたけど……クーデター直後でよくやるよ」


「あのぅ……私達にも分かるように説明してもらう事って出来ます……?」


「ああ、置いてきぼりだったね、悪かったよ。うーん、どう説明したものかな……。これも凄く難しい上にややこしい話なんだよね」


 腕を組み思案するアレキサンドリア。その封印されし施設の事を語るには、相応の時間を要する。なにせそれは――全ての始まりの物語でもあるのだから。




 四十年以上前、この世界がまだ神々に蹂躙されるより以前から、その白銀の箱はこの宇宙で静かに人類の再来を待ち続けていた。


「トランペッター、『フロンティア』に接近。二番機から七番機まで予定通りに稼働中」


 ジェネシス、アーティフェクタ運用本部。ユカリは宇宙の状況をモニタリングしつつインカムに向かって語る。


「フロンティア……長年封印されてきた人類の罪の証。今更それを暴いて何をするおつもりですか?」


 その状況を見守りながら語りかけるヴェクターの隣、リフィルが腕を組んで立って居る。

 アーティフェクタ運用本部が完全にクーデター派の手に落ちたのは数時間前。ヴェクター、ユカリ、ルドルフ、アルバを筆頭に本部の人員は全員拘束され、武装兵の監視下にこの作業に狩り出されていた。


「フロンティアが何故、神の攻撃を免れているかわかる?」


 質問に質問で応じるリフィル。ヴェクターはメガネを光らせ、メインモニターに映りこんだ影を見つめる。


「周囲に展開している制御リングの光を避けているから……だといわれていますね」


「そうね。制御リングの放つ光には、神の攻撃対象から外れるような何かしら特殊な防衛システムが施されているのよ。その技術、欲しいと思わない?」


「なるほど、確かに画期的な技術ですね。しかしならば何故今更になって?」


「馬鹿ね、冗談よ本気にしないで。神を避ける装置なんて、私なら直ぐにでも作れるわ。問題はそこじゃない。というより、フロンティアそのものに行く意味はないわね」


 けらけらと子供のように笑うリフィル。その言動の不安定さにヴェクターは底知れぬ恐ろしさを垣間見る。

 元々確かにふわふわとしていてつかみどころの無い人物ではあった。しかしクーデター以降、彼女の異常さは加速度的に露骨になりつつある。


「踏襲しているのよ。在るべき過去を」


「……一体、何を……」


「保険かしらね。打てる手は打って置きたいし。仮にリイドが戻らなかった場合、あそこのコピーで何とか誤魔化せないか、とも思うわけ」


 一体彼女が何を考えているのか、最早ヴェクターに理解することは不可能だ。今はただ、部下の命を人質に彼女に従うしかない。


「貴方も月にユグドラシルがある事は知っているんでしょう?」


「……噂話程度に、ですが」


「地上のユグドラシルを押える今、宇宙のユグドラシルを押さえるのは当然。双方の世界樹を押えて漸くレーヴァテイン・プロジェクトは始まるのよ」


 くすくすと笑うリフィル。ヴェクターは彼女から真っ当な情報を得ることを諦め、その言葉を掻い摘んで思考する。

 元々フロンティアが浮かんでいるという事実そのものは世界中の人間が知る所であり、特別秘密にしていた事でもない。勿論同盟軍も東方連合も承知の所だろう。

 しかし元々地上の状況が一刻を争うほどの滅びに瀕していた事もあり、フロンティアの存在そのものが基本的に度外視されてきたのだ。

 仮にあそこに行くのであれば、相応の装備と施設が必要になる。宇宙空間は神の領域であり、迎撃も苛烈。アーティフェクタであれば突破も不可能ではないが、あまりにリスクが大きい。

 一方、ジェネシスは以前から宇宙への進出を前提とした施設作りを行なってきた。宇宙空間へレーヴァテインを打ち上げるカタパルトエレベータも、本来の用途は戦闘用ではなくこの為である。

 まだ『その時』ではないという理由で見送ってきた調査だが、何もかもの前提がひっくり返った今それを惜しむ必要性は何処にも無い。ましてや彼らの手には神を操る『トランペッター』があるのだから。

 全ての迎撃を素通りし、六機同じ形状のアーティフェクタが宇宙に浮かぶ巨大な箱に近づく。そのトランペッターのオリジナルはジェネシスの地下格納庫にてソルトア・リヴォークが操っているのだから、基本的にこの調査においてジェネシスが負うリスクは限りなく少ない。


「ソルトア、予定通りフロンティアのデータベースにアクセスして中身を全部持ち帰って。それからフロンティアはうちの宇宙拠点に使うから」


『承知していますよ、サマエル様』


 ソルトアの声に微笑むリフィル。ユカリは推移する状況に冷や汗を流し、画面を見つめる。


「何をするつもりなの……。この世界は……どうなってしまうの……」


 今となってはもう一寸先も闇。彼らの命も、世界の命運も、どう転がるか分かったものではない。


「さてと、私はリアライズの様子でも見てこようかしら」


「リアライズ……まさか、まだ未完成の筈では」


「私の技術と知識をフル活用すれば、この時代の文明の針を先に進める事なんて容易いわ。それに、こっちにはリアライズの中核を成す者が居るもの。使わない手はないでしょう?」


 ジェネシス地下、ユグドラシルの間。世界中を望むその砂の大地の上、巨大な棺桶にも似た装置が設置されつつある。

 ユグドラシルに接続されたリアライズと呼ばれる装置の中枢、そこには服を脱がされ裸になったイリアが無数のコードに包まれるようにして磔にされていた。


「さあ、進めましょう。退屈な焼き直しはここまで」


 コートの裾を翻し、リフィルは踵を返す。


「追って来なさい、リイド。私の描く三千世界と貴方の夢想、世界を変えるのはどちらか――勝負と行きましょう」


 笑い声が響く本部。ヴェクターは己の無力さを嘆き、唇を噛み締める事しか出来なかった。

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またいつものやつです。
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