業を、継ぎし者(2)
「ヴァルハラ確認! 予定通り、内部で混乱が発生している様子です!」
「上出来、上出来! よーし、一気にプレートシティを制圧するぞ! クサナギを出す! 一番隊から三番隊までは俺に続いてジェネシス本社ビルを制圧するぞ! 連中はレーヴァテインを出してくるかもしれねぇんだ、精々死に急いでくれるなよ!!」
遠巻きに見てもヴァルハラは明らかな混乱の中にあった。洋上を高速で移動する無数の軍艦の中、その先陣を切る一隻にはアーティフェクタを積んだ物があった。次々にグリーンカラーのスサノオが出撃し、海面を滑り始める。格納庫の上部ハッチを開放し姿を見せたクサナギは無数の瞳で周囲を見渡し、その翼を広げた。
「マサキ、一番隊はお前に任せる! 新型のクーロンも一機、テメエ用にチューニングしてやったんだ……精々使いこなして見せろよ」
「はいっ! 隊長、この戦いが終わったら……本当に、この世界は変わるんですよね!? もう、誰も殺しあわなくて済む時代が来るんですよね!?」
クサナギに続いて現れたのはマサキが搭乗した新型機、クーロンであった。東方連合独立機動兵団にロールアウトしたばかりの新型、その中に専用機が用意されているというのはキリデラの期待そのものだろう。実際マサキは少年兵でありながら他のパイロットとは隔絶した性能を持っている。
「ああ、そうそう。お前らの言う差別のない時代……誰もが手を取り合える時代ってえのが来るんじゃねえの? その為にこの数年頑張ってきたんだもんなあ? よお、マサキちゃんよ」
「隊長には感謝しています。自分達に機動兵器の戦い方を教えてくれました……! その恩は必ずお返ししますッ!!」
「――可愛いもんだぜ、全くよ。純粋な子供ってのはこうだからいけねえ。いけねぇよな……ククッ! 一番隊所属、キリデラ! “クサナギ=オロチ”、出すぞッ!!」
フォゾン装甲を展開したクサナギが翼を広げ飛翔する。それに続き赤褐色のカラーリングが施されたマサキのクーロンが出撃する。クーロンは槍とライフルが一体化した武装を両手で構え、水上を疾走していく。マサキ機に続き、次々とクーロンが海を走り出す。
コックピットの中、少年は迫るヴァルハラを前に過去の悪夢を思い返していた。それは未だに振り切る事が出来ない絶望の光景――。目の前で死んでいく仲間達。友人。家族……愛する人。痛みと熱の記憶は未だに少年の脳裏を焼き焦がし続けている。救われるべき物と救われぬ物、その二つの間にどんな差があるというのか。
カイトは――親友はジェネシスにいる。それは判っている。レーヴァテインのパイロットとして、自分達の前に立ちふさがるかもしれない。そこに強い裏切りを感じているのは、それだけカイトを信じていたからなのだろう。マサキは歯を食いしばり、クーロンのシステムをチェックする。
「このショットランサーなら、フォゾン装甲だって傷つけられる……! カイト……お前はほんまに敵になってもうたんか……? カイト……ッ!!」
飛翔を続けるクサナギの下方、前衛を突き進んでいくマサキの機体を見下ろしキリデラは笑っていた。その背後、干渉者のサブシートに座っているのはキョウだ。メインシートで笑っているキリデラの声に耳を傾けつつ、マサキへと思いを馳せる。
「心配か? まあそりゃ心配だろうな。どう転ぶかわからねえ勝負だ。それにマサキは新型で初めて出るんだからな」
「キ、キリデラさん……」
「まあ~、大丈夫だろ。俺はこれまでテメエらを助けた事は一度もなかった。それでもテメエらは毎回毎回地獄のような戦場から生きて帰ってきた。それは実力がなければ不可能な事だ」
「……はい、わかってます。マサキちゃんは、きっと上手くやる。それに、クサナギが暴れれば注意はこっちにひきつけられるはずだから……」
「そうそう、そういう事だ。心配しなくてもレーヴァテインの相手は俺がやる。マサキにゃ手出し無用って伝えときな!」
プレートシティにはオーダーヘイムダルが並び、市街地を制圧しつつあった。その全てがまさかクーデター派の機体だとは市民は誰も思わなかっただろう。全ての渦中にあるジェネシス本社ビルの中、そこでは様々な混乱が連鎖を引き起こしていた。
各地で銃撃戦が発生し、クーデター派と反クーデター派が交戦中。その最中、次々とジェネシス幹部を暗殺する一隊の動きがあった。その先頭に立ち、通信機を片手に銃を連射しているのは対神兵器開発室のソルトア・リヴォークである。
「そうそう、反乱分子は今のうちに殺しておいて下さい。女とか子供とか老人とか関係なく、危険な存在だけ殺せばいいんですよ。ああそうそう、セブンスクラウンにはデカい顔をさせないようにしてくださいね。ユグドラシルの制圧を急いで……隔壁が下ろされている? チッ、一体誰が……」
通信を終えたソルトアの前、開かれた扉の向こうにはオフィスがあった。状況が把握できていない職員達は呆然とソルトアと彼が率いる軍隊を眺めるが、ソルトアは容赦なく社員たちに引き金を引いていく。
悲鳴が沸きあがると同時にそれは消え去って行った。死体がいくつも転がる地獄と化したオフィスの中、ソルトアは片手で部下に指示を下す。目的はこの部署が担当していた機密装置の情報であった。
「リアライズとロンギヌスさえ手に入れてしまえば、後はどうとでもなります。アーティフェクタ運用本部はまだ落ちないんですか?」
「予想以上に本部側の抵抗があるようです。ハンガーは現在閉鎖中……。本部も隔壁がロックされています」
「システムハッキングはどうです?」
「向こうには天才、ルドルフ博士がいます。試していますが、難しいかと」
「……成る程、忌々しいですね。兎に角レーヴァテインとパイロットの確保が最優先です。それさえ済めばこんなビルまとめて吹き飛ばそうが構いませんからねぇ」
床の上に転がり、虫の息だった一人の男にソルトアは銃口を向ける。無機質な音が響き渡るその地下ではリイドがユグドラシルへと歩み寄っていた。オリカもいい加減気を取り直したのか、リイドを後方から眺めている。
美しい白い光を放つ大樹――ユグドラシル。それはこのヴァルハラがここに存在する理由、そしてこれこそがこの世界の中心……。濃密な、しかし人の身体に無害な優しいフォゾンの光を感じる。リイドはそれに手を伸ばし、しかし直ぐにそれを引っ込めた。
「この木……幻なのか……?」
「そう、良くわかったね。この木は木だけど木ではなく、そしてここに存在してもいない。こうした姿に固定されてはいるけれど、本来は形を持たない歪の様な物……。だからこうして、ヴァルハラの地下に封じなければならなかった」
「…………カグラに、前にもそんな説明を受けた気がする。どうしてだろう……。こんな場所、初めて来るはずなのに……」
リイドはどこか懐かしさにも似た感触に戸惑っていた。伸ばした両手は決して触れず、しかし何かを確かに感じ取っているようだ。その様子が気に食わないのか、オリカは自分の腕を片手で血が滲む程強く掴んでいた。震えるその視線には戸惑い、そして悲しみが入り混じっている。
「判る……判るんだ。これは、門なんだ。扉なんだ。この向こうに……あるものを封じ、せき止める為の……」
「そう。これはありとあらゆる可能性の世界へと通じる扉……。ヴァルハラはこいつを制御する為に作られた楽園なんだよ。その奥にある天国の門を潜れば、どんな幸せな世界にだっていける」
「天使や、神がいない世界にでも……?」
カグラが頷くと、リイドは途端に全てを理解した気がした。これは箱舟なのだ。この世界で生きる事を放棄した人間が潜り、新天地へと旅立つ為の――。途端に眩暈がし、そして思わずその場に膝をついてしまう。そうだ、リイドはこの場所を知っていた。そう、ずっとずっと前から――。
かつて、戦いがあった。人と人とが、人と神とが争う戦いだ。その最中、人は神のいる月へと向かい……そこで辛くも勝利を収めた。だが、世界は……。全ての世界が解き放たれたわけではなかった。毛細血管のように枝分かれした血の道筋は、全てが一つに収まるわけではなかったのだ。それは悲しい、とても悲しい輪廻を表している。
「ジェネシスは……。セブンスクラウンは、こいつを使って……この世界から逃げ出すつもりなのか……?」
「そう。選ばれた人間だけを連れて、新しい世界にね……。ジェネシスは、ヴァルハラはその為にあった。その為の選民思考なんだよ」
「そんな……身勝手な! こんなものを持っているのに、それを誰にも分け与えないつもりなのか!?」
「選ばれた人間にだけそういう価値があるって考えるのは、それほど的外れじゃないよ。この世界がどうしてこんなになってしまったのか、リイドは考えた事がある? どうしてこんなにも人と人とが争うのか……考えた事がさ」
カグラの問いかけにリイドは拳を握り締めた。市街地で戦った時は、人を大勢巻き込んだ。敵の基地で戦えば、やはり人を殺した。どこで戦っても同じだ。同じだけ、人を殺す。数は問題ではないのだ。ただ、殺すと言う事実に意味がある。
何を求め合い、何を奪い合っているというのだろう? この世界に生きる人間達は自分達を襲う脅威と戦いながら、未だに分かり合えず、手を取り合えずに居る。この世界が狂っているのは、神の所為だけではない。この世界は人間が居るからこそ、人間の行いによってこそ狂気に染まっている。
「選ばれた人間だけを教育し、争う事なんか考えさせなければ良い……。大人しく従い、思い通りに動く最強の剣の下に、そういう人間の楽園を作れば良いって考えた奴らが居たんだよ。そしてリイドはその計画の中枢を担う、神の代行者だった」
「レーヴァテインをシンボルにして……人を従わせる……? それで、争いをしない人間だけを連れて、平和な世界へ行こうっていうのか……?」
それを真っ向から否定する事などリイドには出来るはずも無い。何故ならば彼は今、その計画に少しばかり共感を覚えていたからだ。この絶望に満ちた世界を捨てて、争わない人間だけの世界へ行く……。そこには絶対秩序となる神の剣が鎮座し、その守護によって繁栄が保たれる……。それならば、言い方によっては楽園そのものだろう。
だが少年は首を振り、激しく何度も振り、その悪夢をかき消した。甘い誘惑だ。そうすれば平和になる……そう思わせるだけの魅力がある。いつ終焉に陥ってもおかしくないこの絶望的な世界の中、まだ希望を探し続ける事がどれだけ愚かしいか……。それでも少年は顔を上げる。前を見る。
「それは――逃げているだけだよ」
これまでの戦いがいい事ばかりではなかったのは当然だ。だがその中で仲間と触れ合い、絆を作ってきた。どうしようもないと思えるこの世界の中、どうしようもない自分を見つめてきた。嫌になって逃げ出した事もあった。何もかも忘れてしまいたいと思った事もあった。それでも今、ここにいるのは――。
「ボクを支えてくれた人たちは、そんな事望んじゃいなかった……。ボクをレーヴァテインのパイロットにした運命が、レーヴァを神の偶像にしたいっていうならそうなんだろうさ。でもボクは……ううん、レーヴァは……。そんな事、望んじゃいない」
瞳は真っ直ぐで、迷いなどなかった。これまでの戦いが十分に少年を強くしていたのだ。もしももっと早くこの現実に直面していたら、彼はそこに押しつぶされていたかもしれない。だがこの沢山の痛みを乗り越えた今ならわかる。分かる事がある。これは間違っている。間違いなのだ。妥協――。逃げ道でしかない。それがわかるから、少年は首を横に振る。
「こんなの――まやかしでしかないよ、カグラ」
その答えに納得したのか、カグラは優しく頷いて見せた。これまでずっと彼を見てきたカグラだからこそ判るのだ。彼はもう、誰かの操り人形ではないのだと。真実を知り、それと向き合って生きていける力を手に入れた。彼を支える沢山の人の想いが彼を守っている――。だから、きっと道を間違える事はない。
「……そっか。それでこそ、あたしが見込んだ少年だ。あたしは偶像の社長で、ただのお飾りでしかないけど……それでもリイド、君に自由に羽ばたいてほしいって願ってる。真実を知りたいなら……スヴィアに会うんだ。彼が全てを、君に教えてくれる」
「カグラ……? カグラはどうするんだよ?」
「あたしは、まだやる事が残ってるからさ。今ヴァルハラは馬鹿げた沢山の思惑に支配されてる。だからそれを、止めなきゃならないでしょ?」
リイドの手を握り締め、カグラはそう微笑む。そんな二人の背後、歩み寄るオリカの姿があった。オリカは黙って銃を向けると、リイドの背中越しにカグラをにらみつけた。
「どうしてそうやって、リイド君に過酷な道を選ばせようとするの……? リイド君はただ普通に生きたいだけ。普通に幸せになりたいだけなんだよ!?」
「それが押し付けだってどうして気づかないの? スティングレイ……君はリイド君が自分の知らない存在になるのが怖いだけなんだろう?」
「違うっ! 私はリイド君がこれからどうなるのか知ってるから……っ! そんな世界に、リイド君一人を行かせちゃいけないからッ!! もう、二度と彼を一人ぼっちにさせちゃいけないからっ!!」
「…………ッ! まさかオリカ……君は、サマエルの……!?」
オリカは今にも泣き出しそうな目で銃を構えていた。リイドは振り返り、カグラを庇うように両手を広げる。その行為に表情を歪め、オリカは泣き叫ぶように言った。
「リイド君はそんなに頑張らなくたっていいんだよ!? リイド君は黙って待ってればいいの! オリカちゃんが、リイド君が平和に暮らせる世界を作ってあげるから!!」
「オリカ、何を焦ってるんだよ!? これからどうなるのかなんて、そんな事誰にも判らないだろ!?」
「判るよッ! 見てきた人から聞いたんだもん……っ! リイド君はユグドラシルの向こうで、一人きりで永遠に戦い続けて……! そんな事にはさせない! そんな未来、私が回避してみせるっ!! お願いリイド君、言う事を聞いてよ……! このままじゃリイド君、何週したって同じになっちゃうよぉッ!!!!」
オリカの叫びの意味はまるでリイドにはわからなかった。だがそれを深く思慮する余裕などどこにも無かった。閉ざされていた扉が爆破され、そこに武装した兵士たちが入ってきたからである。カグラとオリカがそれに同時に反応し、物陰に隠れる。物陰と言ってもこの白い砂漠の中、所々に転がっているアーティフェクタの壊れたパーツや武装、それくらいしかなかったのだが。
「武装した兵士……!? カグラ、何がどうなってるんだ!?」
「クーデターだよ……! さっき言った計画に逆らって、更にユグドラシルの力を悪用しようって連中もいるわけ!」
「滅茶苦茶じゃないか!? くそ、何が正義なんだよ――本当にっ!!」
カグラから渡された拳銃を握り締め、リイドはそのセーフティを外しながら舌打ちする。何もかもが思惑通りだというのならば――それを外れようという動きがあちこちで起こるのも当然だったのだろうか? 少年は片腕だけを晒し、慣れもしない拳銃の引き金を引く羽目になるのであった。
業を、継ぎし者(2)
「エルデ、貴方……大怪我していたんじゃなかったんですか? どうしてそんなケロリとしてるんです?」
アイリスの質問にエルデは答えなかった。二人がダクトを通じてやってきたのはカイトのいる病室で、アイリスは病室へと続いているブラインドを蹴破ってよろけながら着地した。エルデはアイリスとは違って見事に着地を果たし、拳銃を片手に周囲を警戒する。
「どうやらここまではまだ進行されていないようですね。やはり、第一目標はアークライト姉妹とエアリオさんという事ですか……。だとすれば、もう少しここは安全のはず」
「質問に答えてください! 貴方、いくらなんでも冷静すぎます! 一体どういう事なのか、説明してください!」
アイリスに手を引かれ、強引に振り返らされるエルデ。彼の身体には少なくとも服の上から見てわかるような外傷は見当たらない。アイリスはその事実に戸惑いつつ、そのままエルデに詰め寄った。
「どうしてこの状況を逸早く察知……いいえ、殆ど予測していたみたいに動けたんですか? 私だって反応は十分すぎる程早かった! 貴方はこんな状況でも冷静すぎて……エルデ、貴方は……!」
「……僕が信じられませんか、妹さん?」
眼鏡越しのエルデの冷たい視線、そして冷たい言葉がアイリスの胸を貫いた。思わず視線を逸らした少女が見たのは傷ついて倒れたままのカイトだった。今は確かにエルデが疑わしくとも、彼の行動に間違いはないように思える。彼は自分を助けに来て、そして助けられそうな仲間から助けていこうとしている。それには十分納得できた。
「貴方の言う通りです。僕は事前にこの事件が起こる事を予期していました。僕の素性については、ある程度予測していたのでしょう? 僕は運用本部ではなく、対神兵器開発室の所属……。言わば、運用本部に対するスパイです」
顔を上げる少女の先、少年はあっさりと己の罪を暴露した。それは十分すぎる程意外な事であった。しかし少年は扉を背に俯き、そして己の握り締めた拳銃を見つめて続けた。
「僕は……レーヴァテインを奪う為に存在した兵士です。場合によっては、皆さんを殺す事さえも厭わないという役割を与えられました」
「…………そんな」
「その役割に従事するつもりでした。問題があれば皆さんを殺し、そしてレーヴァテインを奪う……そのつもりでした。しかし、“そうでなかった場合”の指示は与えられていません。だから今僕は自分で考え、ここに居ます」
顔を上げたエルデは戸惑うアイリスの脇を通り、カイトの身体をベッドから起こす。フォゾン化は生命維持装置では止められないのだから、周辺のごちゃごちゃした機械は全て不必要だった。エルデはそれを判ってか、カイトを次々に自由にしていく。
「僕は同盟軍に情報を送り続けていました。所属していた開発室の人間は僕が開発室のスパイだと思っていたのでしょうが……まあ、二重スパイというやつです」
「二重スパイって……。じゃあ、本当の貴方は……?」
「SICの社長、アレキサンドリア――それが僕の主です。主が誰であろうと皆さんを騙していた事には変わりありません。だから、僕を疑いたい気持ちも分かります……。ですが、僕は……。僕は、皆さんを助けたい」
カイトを背負い、エルデはじっとアイリスを見つめた。その瞳に嘘や偽りを感じ取る事は出来ない。伝わってくるのはただ不器用な誠意……。彼なりの、真っ直ぐな気持ち、願いであった。
「ジェネシスを捨て、同盟軍に逃げてください……。そうでなければ、貴方はリアライズの起動に利用される事になる。貴方には“鍵”としての資質があるのです」
「鍵……? リアライズ……? 一体何の話をしているのか、私にはさっぱり……」
「判らなくても今は逃げなければなりません。僕は……僕は、皆さんを見殺しにしたくない。疑わしいと言われても、信じられないと言われても、それでも……」
エルデはもう黙るだけであった。これ以上どんな言葉を尽くしても結果は変わらないだろう。だからただ、カイトを背負ったままアイリスを見つめる。少女は自らが手にした拳銃を両手で包み込むようにて握り、きつく目を瞑った。
「信じても……。その言葉を、信じてもいいんですね……?」
無言で頷く少年はそっと手を差し伸べた。アイリスは戸惑いつつもその手をそっと握り締め、二人は戦場と化したビルの中を走り出した――。
「さーあて、まずはイヴを回収する手を打たねえとな……。四番隊五番隊はジェネシス本部地下エリアから進入、クーデーター班に手を貸してやれ! 残りは――っと、オイオイ、大物がいるじゃねえか!」
カタパルトエレベータを包み込む隔壁が吹き飛び、そこから姿を現したのはエクスカリバーであった。既に武装したエクスカリバーは周囲に居たオーダーヘイムダルを次々と両断し、シティを制圧しながら顔を上げる。キリデラは顔が歪むほどの笑みを浮かべ、それから後続のクーロン隊に指示を飛ばす。
「マサキィ、お前はシティの制圧とイヴの確保を任せる! あれの相手は俺がやるんだよ!!」
「隊長一機でですか!? 相手はアーティフェクタのように見えますが……!?」
「だから俺一人でやるんだよ! 手出ししねえようにザコどもに言っとけ!! 会いたかったぜぇ……! 久しぶりだなあ、ルクレツィアッ!!」
急加速し、雲をを突き抜けてグラインドしてくるクサナギを見上げ、シドは思わず眉を顰めていた。まさかここに他のアーティフェクタが来ている等と誰が予測しただろうか? 両手の中に剣を構築し、襲来するクサナギに備える。
「クサナギだと……!? まさか、キリデラが乗っているのか――!?」
クサナギは両腕に装備した内蔵型のダガーを繰り出す。エクスカリバーの持つ刃とダガーとが連続でぶつかり合い、シティを疾走する二機――。途中で空中へ舞い上がったエクスカリバーは己の周囲に剣の結界を作り、その中で槍を構築した。
「やはりキリデラ……キリデラかッ!? 三年前に破壊されたはずのクサナギ……何故完全な形に……!?」
「他の壊れたアーティフェクタのパーツを流用してるからなァ!! お互いよく無事だったもんだぜ、ええオイ!? あの地獄を思い出すよなあ――お人形ちゃんよォオオオオッ!!」
クサナギは両腕、両足の間接を拡張し、それをしならせ伸ばし、エクスカリバーの結界を作っている剣を砕いてみせる。騎士は頭上で槍を何度か回転させ、それをクサナギへと放った。胴体部分が反り返り円形に繋がったクサナギはウイングユニットを切り離し、再接続する。それはまるで人間の手のような形に変形し、その指の一つ一つがエクスカリバーへと巻きついていく。
「変形……!? 奇抜な動きをする――ッ!?」
「まるで蛇みてえさ……! ルクレツィア、知り合いなんか!? 普通じゃない気迫を感じる!」
「腐れ縁という奴だ! 出来れば断ち切っておきたい……! シド!」
「おうさぁああああああああああああッ!!!!」
エクスカリバーの瞳が輝き、周囲にフォゾンの波動が広がっていく。ボディに蹴りを叩き込み、空中に浮かべたいくつかの刃を手に取りクサナギへと襲い掛かる。クサナギは直ぐに人の形状へと変化し、シティを飛び出して行った。
「キ、キリデラ隊長……! あれも、アーティフェクタなんですか……?」
「見りゃわかんだろ、いちいち訊くなバカがッ!! なんでこんな所に居るのかはわからねェが、むしろ僥倖……! キョウ、シンクロを上げるぞ!」
「は、はい……! う、ごほ……っ! ごほっ!」
頷いて見せたキョウだったが、両手で口を押さえると咳き込んでしまう。そうして口元を離れた両手にはべっとりと紅い血が付着していた。口と鼻から垂れる血を拭い、キョウは泣きそうな顔で震えながらエクスカリバーを見やる。
「何やってんだ、使えねぇな……! 気合を入れろ! 死にてえのか!?」
「は、はい……。がんばります……。がんばりますから……」
「よォし、良い子だ……! 心配すんな、状況は向こうも同じはずだからな――!」
刃を交えるエクスカリバーとクサナギ、その両方の干渉者は共に消耗した状況にあった。シドの背後、強がってはいるもののルクレツィアの肉体にかかっている負荷はかなりの物があった。以前からろくな調整も受けずに連戦続き、そしてここ最近の対アーティフェクタの戦闘で疲れが出ているのだ。
「……シド、相手がオーバードライブを使う前にケリをつけるぞ!!」
「わかってるさ! ヴァルハラのこんな近くで本気を出せば、どうなるかわかんねえし――っ!!」
二機のアーティフェクタはそのままもつれ合うように何度が激突しつつ、ヴァルハラを離れ海面へと落ちていく。そこで一度停止した二機はお互いに睨み合いつつ武装を展開する。まるで三年前の焼き直しのようだ――そう考えているのは、お互いのパイロットが同じ事であった。
「ここに、スヴィアはいないんだ……。私が……やるしかない……!」
「ひゃはははははっ! は――ッ!! 来いよ、ルクレツィアァアアアッ!! 三年前の続きをやろうぜぇっ!! ははははははははっ!!!!」
「――――参る……ッ!! エクスカリバァアアアア――――ッ!!」
二機のアーティフェクタが激突する最中、クーデターは継続されていた。カタパルトエレベータとは別のルートでジェネシスへと潜入を果たしたマサキはクーロンを降り、アサルトライフルを片手に周囲を見渡す。
「ノアの確保、か……。早く終わらせな、キョウが……! 待ってろ、キョウ……! すぐ、終わらせたるからな……っ」
それぞれの思惑が交差する中、状況は混乱を極めていく。それぞれの歪んだ願いと、受け継がれる業を乗せて――。