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業を、継ぎし者(1)


 部屋の扉がロックされ、自分が閉じ込められてしまったのだと気づいた時、アイリス・アークライトは漸く状況の異常さに気づいた。

 パネルをタッチすれば自動的に開くはずの扉は今は何の反応も見せる事はない。何度かパネルを叩き、扉を蹴ってみたが足が痛くなるだけで状況は何も変わらなかった


「どうして! 開かないんです……かっ!!」


 体当たりをしてみたが、身体を強く打って少女は暫くその場に座り込んだ。部屋の中にあったパイプ椅子を折りたたみ、扉に叩きつけてみる。それが無駄だと言うのは判りきっていたのだが、それでも試さずには居られなかったのだ。

 このパイロットに割り当てられた部屋は言ってしまえば一種のシェルターだ。この扉もただの自動ドアでは無く、有事の際には強固な隔壁としてパイロットを守る役割を持っている。叩き付けた椅子の方が壊れてしまいそうだったのでそれを放り投げ、アイリスは振り返ってベッドの枕元にあった端末に手を伸ばした。

 これにより内線が繋がっていたし、ヴァルハラのネットワークにもアクセスできる……はずだった。つい昨日までは動いていたはずのニューストピックスも停止し、当然内線は繋がらない。ネットワークにアクセス出来ないので外部と連絡を取り合うことも出来ず、そうだろうとは思っていたものの落胆は隠せない。


「――閉じ込められた」


 改めて言葉にしてみると状況の異常さが再認識出来た。こうなっては慌てても仕方が無いので腕を組み、ベッドに腰掛けてみる。何故こんな事になっているのか? 隔壁の故障だけならネットワークまで遮断される事はないはずだ。これでは意図的に閉じ込められているのだとしか思えない。

 先ほどから続いている胸騒ぎが強くなり、冷静になろうにも中々そうは行かなかった。何かとてもよくないことが起きてしまいそうな、そんな予感がする。居ても立っても居られずに立ち上がりウロウロと歩き回った挙句、アイリスが座ったのはユニットバスにあるトイレの便座であった。

 特に用を足すつもりはなかったのだがズボンを下ろし、盛大に溜息を漏らす。自分でも何故そんな事をしたのかは良く判らなかったが、兎に角何かに対して準備をしなければいけないと感じたのである。服装をピシっとして、トイレに行って歯を磨いて……。そんないつもの彼女の行動の発端がただトイレだっただけで、他に特に意味はなかった。


「全く、ノアを倒したばかりだというのに……! どうしてこう次から次へと問題が……?」


 ふと、独り言の最中に頭上を見上げた。そこには換気扇の向こうに続いているダクトがある。物音が聞こえてきたので顔を上げたのだが、ネズミか何かだったら最悪だ。少々恐る恐る頭上を見上げるアイリスの目の前、突然換気扇が吹っ飛びそこからエルデが飛び降りてきた。アイリスはただ唖然としていたが、エルデはスーツについた埃を払って一言。


「……意外と可愛いパンツですね、妹さん」


 アイリスはそのまま視線を下ろし、直ぐに上げる。そうしてズボンを一気に腰まで上げ、エルデの顔面に拳を減り込ませた――。

 何度かのアイリスの攻撃が止むと、エルデのメガネは完全に粉砕されていた。しかしこれは伊達眼鏡であり、エルデの行動を阻害する結果ではない。二人はとりあえず部屋に入ると、会話を再開する。


「それで、ダクトを通ってやって来たからには状況を把握しているのでしょう? もし理由も無くトイレに入ってきたのだとしたら私にも考えがありますが」


「理由も無く人のトイレ中に潜り込む事はしませんよ。アイリスさん、状況を上手く説明するのが難しいのですが……現在ジェネシス内部ではいくつかの問題が発生しています」


 まず一つ目の問題が本社ビル内部の隔壁がいくつか勝手に下ろされている事。これによりいくつかのエリアが孤立し、行き来が出来なくなっていた。二つ目はジェネシスだけではなくヴァルハラ全域におけるネットワークの寸断、及び公開情報の隠匿である。そして三つ目が――。


「どうやら本社ビル内で、銃撃戦が発生しているようなのです」


「ジュウゲキセン?」


 あっけらかんと語るエルデだが、それはアイリスにとってはピンと来ない言葉であった。ジュウゲキセン――銃撃戦である。アイリスは枕元に置いてあった護身用に携帯していた拳銃を手に取る。エルデは頷き、自らも拳銃を手にして見せた。


「その銃撃戦です」


「……銃撃戦って。機動兵器同士ではなくて?」


「生身の人間が殺しあっています。正直、状況は芳しくありません。僕は妹さんをここから逃がす為に来ました。恐らくこの騒動の理由の一つに、貴方も含まれて居ますから」


「え? それは一体、どういう……?」


 首をかしげるアイリス。すると外側から誰かが扉にアクセスするのがわかった。ロックされた隔壁のパネルの色が変色し、レッドからグリーンへになる。エルデはその扉が開くよりも早く、厳密にはシグナルが変化するよりも更に早く、内側から小型の端末で隔壁にアクセスする。

 一瞬扉が開き、その向こうに黒服の男達が並んでいた時は流石のアイリスもぎょっとした。しかし扉は直ぐにエルデの手によって閉ざされ、再び扉はロックされる。こうなればまた意味が違ってきて、今度は閉じ込める為の檻ではなく本来あるべき盾としての意味を取り戻すのだ。


「今のなんですか!? いっぱい居ましたけど!?」


「内側から新しくロックを施しました。ですがこれも時間の問題……。妹さん、トイレのダクトから脱出します。着いてきてください」


「え!? ちょ、ト、トイレから!?」


 強引に手を引かれ、アイリスはトイレへと向かう。そこでエルデは壁を背に両手を手前で組み、腰を軽く落として目配せした。


「上に上げます。僕を踏み台にしてください」


「ふ、踏み台にって……!?」


「ここに片足を引っ掛けてくれれば上に上げます。後は何とか引っ付いてください」


「そんな、アバウトな――ッ!」


 叫びつつもアイリスはエルデに言われた通り、組んだ手を踏み台に天井のダクトへとしがみついていた。一生懸命くっつくもののずるずる落ちていくアイリスの足を掴み、エルデが強引に押し込んでくる。何とかダクトに入ると、エルデは便器を踏み台にしてジャンプし、自らもダクトに入ってきた。


「……ちょっと待って下さい。エルデ、貴方が普通前でしょう!? ていうかさっきのジャンプの時下からグイグイ押してましたけど、明らかにあれはパン……!」


「貴方のパンツの事はどうでもいいのです! 今はそれより早く行かなければ……!」


「お、おしりを押さないで下さい! 行くから! 行きますからっ!!」


 悲鳴にも似た声をあげアイリスは狭すぎるダクトを這って行く。緊急事態だから耐えられるが、普段ならば絶対にしたくはない経験だ。状況を冷静に考えると涙さえ溢れてきそうだった。そんな少女の感性をクールにさせたのは、ビルの中に響き渡っている銃撃戦の音であった――。




「――カグラ! いい加減、どこに向かっているのか教えてくれ! ていうかこのままじゃあんた、オリカに殺されるぞ!?」


「その為に君を盾にしてんじゃないの! 全く、他の警備は全部出し抜いたっていうのに……流石はスティングレイ、忠誠心の高いワンちゃんだよ!」


 闇の中、オリカが追いかけてくる足音が聞こえる。そのペースは二つの足で繰り出しているとは思えないもので、距離がぐんぐん縮まっているのを感じさせた。

 本社地下にある空間は闇に包まれており、足元にあるかすかな非常灯だけが光源だ。しかしカグラはまるでここを何度も何度も歩いて体が覚えているとでも言わんばかり、迷わずどんどん進んでいく。それにぴったりついてくるオリカというのも、どちらにせよリイドにとっては異常だった。

 リイドの手を引いて走り続けるカグラ、その背中にリイドはどこか懐かしさを覚えていた。ずっと昔にも同じような事があった気がする。尤も、それはこんな切羽詰ったケースではなかったような気がするのだが。

 カグラは走りながら通路の壁にある緊急時の隔壁閉鎖スイッチを起動していく。それは後続のオリカにとっては十分すぎる障害となるはずなのだが、足音が全く途切れず着いてくるのは何故なのか。カグラはうんざりした表情で眉を顰め、息も絶え絶えに叫ぶ。


「あいつ、隔壁ぶった斬りながら追っかけてきてるな!! ジェネシスの防衛システムをなんだと思ってるわけ!?」


「何バカな事言ってるんだ? 分厚い隔壁を人間が切断できるわけないだろ」


「それが出来るからオリカ・スティングレイなんじゃないの!? ほら、来てるじゃんかッ!!」


 リイドが振り返ると、丁度最後に下ろした隔壁をオリカがスライディングで潜り抜けている所だった。その手には刀など持っては居ない。しかし先ほど上の階で遭遇した時は持っていたような気がしたのだが……。


「やっぱり武器なんか持ってないよ。スライディングで潜り抜けてるんだ」


 突然、通路から下方へと続く階段へと道が変わる。カグラはそれを飛ばし飛ばしに駆け下りてその先にある巨大な扉の端末にアクセスした。開放のコードを打ち込んだのは早かったのだが、扉が開くまでには時間がかかる。その間にオリカは一息の跳躍で階段全てをすっ飛ばし、二人の前に着地する。そのまま手にしたナイフをカグラに突き刺そうとしてくるのだが、カグラは拳銃をリイドの即頭部に押し当てつつ彼を盾にした。

 ピタリと、まるで時が止まったかのようにオリカの動きが停止する。リイドの目の前、オリカのナイフが鈍く輝き、拳銃を突きつけられる重苦しい感触だけが漂っている。オリカは直ぐに距離を取り、ナイフを自らの開いている人差し指の先端に押し当てながら目を細めた。


「いくらなんでも人質にしていい人間としちゃいけない人間がいるよ、カグラちゃん。それは私に対する宣戦布告以外の何物でもない」


「……ったく、それはこっちのセリフだ。誰に向かって物を言っているんだ? スティングレイ、ただの末端戦闘員風情が! あたしが誰なのか言ってみろ!」


「誰だろうと関係ないよ。リイド君に銃を向けた時点で君は私の敵だよ。カグラ・シンリュウジ“社長”」


 状況に全くついていけていないリイドはただただ不思議そうな顔をするしかない。だが何となくカグラが何者なのかはわかってきた。


「社長って……。カグラ、何の社長なんだ?」


「ヴァルハラで一番偉い社長っていったら、ジェネシスの社長に決まってるでしょ」


「ジェネシスの社長!? あんたが!?」


「そういう事……。リイド、このままじゃ君は色々な大人の事情に巻きこまれちゃうわけよ。だからそうなる前に、君にどうしても見せておきたい物があってね……。連中の監視が薄くなっている今だけがチャンスなんだよ」


「連中……? 監視? ど、どうなってるんだ? どういう事なんだって!」


 二人の背後、巨大な扉に紋章が浮かび上がった。紅い光のラインで結ばれたそれは七つの星の輝きを意味している。ゆっくりと扉が開放を始める。それは本当にゆっくりで、今の状況を考えれば気が遠くなるほどだ。


「セブンスクラウンの注意を逸らして、ユグドラシルに……。カグラちゃん、リイド君に何をさせるつもりなの?」


「何もさせないつもりだよ。でも、自分の運命くらいはこいつに選ばせてやりたい」


「………………。…………ていいのは…………だけ…………」


 何かをオリカがポツリと呟いた。リイドもカグラもぎょっとしたのは当然である。オリカは自分の指先をナイフで切り付け、血を流しながら黒く淀んだ瞳でカグラを睨みつけていたのだから。


「リイド君を……守って良いのは……。私だけなんだよ……っ! リイド君を導いて良いのは、私だけなの。君は……邪魔をしすぎるんだよ」


 直後、オリカはナイフを投げ捨てた。変わりに何も存在しない虚空に手を伸ばすと、まるで何かを掴むような挙動を取る。二人の目の前、どこからともなく光が収束し――オリカの手の中に形を得ていく。

 それはまるでアーティフェクタの武装構築と同じであった。オリカはその手の中に黒い刀身の刀を構築すると、それを片手で軽く振って空を斬って見せた。それから数歩軽く歩き――唐突、反応と呼べる言葉の範疇から逸脱した速度により刀を振り上げつつ二人に迫っていた。


「はや……っ!?」


「――――リイド君から離れろ。それと死ね」


 刀が、振り下ろされる――。それがカグラの頭部に減り込む――それよりも、更に早く。


「やめろオリカ!! 殺すなっ!!」


 リイドが叫んでいた。するとぴたりとオリカの動きが止まり、刃はカグラの眉間に切っ先が触れている程度だった。額から血が流れ、カグラはびっしょりと冷や汗を流したまま固まっていた。リイドはその隙にカグラの拘束から逃れ、オリカの剣を降ろさせる。


「どうしたんだよオリカ、お前少しおかしいぞ!? 何をそんなにマジになってるんだ!? カグラはジェネシスの社長で、ボクの友人だ。それを何で殺そうとしてるんだよ、お前は!?」


「は、はう……っ!? だって……だってね、リイド君! オリカちゃんはね、リイド君をね……っ!?」


「だってじゃないんだよ、オリカ! お前最近少しはマシになってきたかと思ったらすぐこれだ……! いいからその物騒なもんを降ろせよ、このバカッ!!」


 オリカは目をうるうるさせ、刀を消滅させた。シャツの裾を両手で握り締め、思いっきりへこたれているオリカの頭を強めに叩き、リイドは肩を竦める。オリカはぷるぷる震えながら涙を流し、納得がいかないのかその場で地団駄踏んで見せた。


「リイド君はここにあるものを知らないからそうなんだようぅ……! オリカちゃんは、リイド君に悲しい思いをさせないようにって……っ!」


「…………オリカ?」


 リイドの低い威圧的な声色に背筋をぴんと張ってオリカは直立する。それからあたふたしつつ、リイドに縋りついた。


「リイド君は色々あって今大変な時期だし、今これを知る必要はないと思うんです……はい」


「それはお前が決める事じゃないだろ?」


「…………そうだけど、うぐぐ……! ふぬぬ……っ! オリカちゃんはっ! リイド君の事が心配なだけっ! なのっ! ですっ! ようぅっ!!」


 リイドは無言でオリカの頭にかなり強めにチョップを食らわせた。頭を押さえ、その場に崩れ落ちるオリカ。それを放置してリイドはカグラへと振り返った。


「ギリギリ間に合ったね……。生きてる?」


「な、なんとか……。助かったよ少年――っと、扉が開くな」


 リイドの視界の向こう、左右にスライドして開いていった巨大な扉の向こう、まだ知る事の無かった世界の向こうが見えた。そこは地下であるにも関わらず大地があり、空があり、まるで完結した世界のようだった。オリカは背後からリイドの足にくっついて進行を阻止しようとするが、リイドは片足でそれを引っぺがして放置する。


「ぎにゃーっ!!」


 何か喚いているオリカを無視し、リイドはその空間へと足を踏み入れた。心臓の鼓動が高鳴るのを感じたのは、そこに強烈なデジャブを見たからだ。白い砂の大地、青空、そして部屋の中央にある巨大な木――。


「……ユグドラシル……」


 まるで思い出したかのようにリイドがそう呟くと、オリカは床の上に転がったまましくしく泣き始めた。それがあまりに哀れだったので若干後ろ髪惹かれつつ、カグラはリイドに続いて砂を踏んだ。


「そう、これがユグドラシル。全ての発端であり、そして私達が守ってきた物……。少年、君の過去と未来、その全てを繋げる場所でもある」


 その言葉の意味はわからなかった。わからなかったのだが――理解の範疇を超えた所でリイドは確信していた。ここに自分は来た事があると。そしてこの場所で起きた事こそ、自分の過去を変えてしまった物なのだと。

 リイドは白い巨木へと歩き出した。まるで何か運命染みた物に引き寄せられるように。それをカグラは少し離れた場所で見守り、オリカは部屋に入ろうともせず階段の下に転がってめそめそといじけ続けていた――。




業を、継ぎし者(1)




「――これは一体どういう事なのか、説明してもらいたい」


 アーティフェクタ運用本部、格納庫にあるアーティフェクタハンガーの前、量産型のヘイムダルたちが武装してエクスカリバーを取り囲んでいた。格納庫には武装したジェネシスの兵士と“オーダーヘイムダル”と呼ばれる量産機が並び、作業員やルクレツィア、ルドルフは一箇所に集められていた。

 突然カタパルトエレベータが封鎖されると同時にオーダーヘイムダルが乗り込んで来た時はルドルフも抵抗したのだが、銃を向けられてしまっては反撃は出来ない。ましてや相手はジェネシスなのだから、状況がハッキリと認識出来ないうちは下手に動く事すら難しいだろう。

 ルクレツィアに近づいてきた黒服達は彼女が片手に持っている鞘に収められた片手剣が気になっている様子で、それを渡すように要求してきた。しかしルクレツィアはそれを拒否し、状況の説明を求めたのがつい先ほどの話――。しかし、答えが返ってくる気配は無い。


「いいから武器を渡せ! 貴様達パイロットは連行するようにとの命令だ!」


「断る。不義理な行動、不条理な言葉に従う必要は無い」


「貴様! 死にたいのか!」


「やれるものならやってみろ。少々私は特別製でな――。立ちふさがるのが悪なのであれば、この力を振るう事に迷いは無い」


 ルクレツィアが剣を握り、いつでも抜刀できる姿勢を取った。そこで撃ってしまう事も出来ただろうに黒服は迷っていた。そう、彼らはルクレツィアの戦闘力が人間離れしているという情報を事前に知っていたのだ。そして彼女は殺してはならない人間だと言う事も、彼らの行動に迷いを広げる要素の一つとなる。


「……なあおい、止めとけよ。人間相手なら兎も角、オーダータイプとは言えヘイムダルが五機もいるんだぞ? あんたにゃ無理だね」


 ルドルフが呆れたようにそう呟く。確かにどれだけ頑張った所で人間がヘイムダルを倒す事は出来ないだろう。だが逆に言ってしまえば、ネックとなっているのはそれだけなのである。ルクレツィアが黙って微笑んだその時、背後にあったエクスカリバーが起動する。動き出したエクスカリバーは装甲を形成しないまま、オーダーヘイムダルへと襲い掛かった。

 繰り出されたのはただのパンチだったが、エクスカリバーはアーティフェクタである。そのパワーは仮に装甲が無かったとしてもヘイムダルを吹き飛ばすくらいは出来る。その騒動に全員の注意が向いた瞬間、ルクレツィアは素早く抜刀――。目の前に居た一人を刃の側面で頭を叩き気絶させ、もう一人の身体に鞘を減り込ませる。

 反撃が始まると、ルドルフは頭を低くしつつ作業員たちに合図を出した。毎日重労働を強いられているメカニックの男達がルクレツィアに続き、一斉に黒服の男達を叩きのめして行く。エクスカリバーに乗り込んだシドは倒れたヘイムダルを踏み潰しつつ周囲を見渡す。残りヘイムダルは四機――。撃ってくるのがただの対天使用のアサルトライフルでも、フォゾン装甲がない今のエクスカリバーにとってはダメージ足りえる。


「ったく、こんな所で発砲するとか……正気かよ!」


 シドは腕を前に出して銃撃を防ぎながらエクスカリバーを走らせる。そうして距離を詰めると次々にヘイムダルを殴り飛ばし、黙らせていく。落ち着いたところでルクレツィアが乗り込むともう手のつけようも無く、エクスカリバーは全てのオーダーヘイムダルの戦闘力を完全に無力化し、剣を片手に黒服達を見下ろした。

 流石に劣勢どころではないのか逃げ出していく敵を見送り、ルドルフは格納庫を内側からロックする。作業員達に扉を溶接するように命令すると、エクスカリバーに手を振りつつ叫んだ。


「助かったー! どうやら、あんたたちはさっさと帰ったほうが良さそうだぜー! どうもこりゃ、ジェネシスのゴタゴタらしい!」


「とは言え、無事に帰してはくれまい。何か良い案はないか? 手を貸せる事ならば貸そう」


「そりゃありがたいんだが……。ネットワークが寸断されてるのか。どういうつもりなのかねえ、ジェネシスはよ……」


 端末を操作しつつルドルフが愚痴を零した頃、似たようなトラブルを乗り切ったばかりの運用本部では出入り口を何重にもロックし、ユカリが丁度一息ついたところであった。


「扉は緊急時用の対人防壁として機能させましたから、突破されるまでかなり時間が稼げると思います。ヴェクター……どうしましょうか?」


「どうもこうも……どうしましょうかねえ、本当に。こんな時に限って司令は不在ですし……」


「あの……これってなんていうか……言葉にし辛いんですけど。これって……その、クーデター……ですよね?」


「まあ、そうでしょうね」


 上司の答えにユカリは頭を抱えた。ノアとの戦いとその事後処理で徹夜をしていた彼らにとってこの状況は非常に辛かった。たまたまアーティフェクタ運用本部に配属になっただけで、クーデターに巻き込まれてしまったのでは不幸としか言い様がない。


「クーデターって言ったって、なにかそれなりに目的がなければやらないと思うのですが……さてさて」


「さてさて……じゃないですよ! どうするんですかこれから!? 私の就職先とか!!」


「どうしてもクーデター成立するの前提なんですか……」


「それより、パイロットの子たちです。何とか助けに行きたいけど、この状況で真っ先に捕まるのは多分……」


 レーヴァがいかに強力な兵器でも、それを動かせる人間がいなければただの人形である。レーヴァテインのパイロットさえ抑えてしまえば、運用本部の戦力はほぼ殺ぎ取れたと言えるだろう。ジェネシス内最強の兵器を使えなくするのは、クーデターをするのであれば必要な要素だ。ましてやパイロットは子供で、しかもその殆どが現在負傷しているのだ、ユカリが心配になるのも当然だろう。


「まあ、あの子たちの運と行動力に賭けて見るしかないでしょうねえ……。どちらにせよここが落とされたら終わりです。彼らのサポートがいつでも出来るようにしておく事こそ、今我々に出来る事ではないでしょうか」


「……他に出来る事何も無いってだけじゃないですか、それ」


 ユカリの鋭い指摘にヴェクターは遠い目をして微笑む。運用本部内部にとてもひんやりとした空気が流れ始めつつあった――。

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またいつものやつです。
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