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夢の、終わり(4)


「カイト、撤退命令よっ! カタパルトエレベータまで戻って!」


「撤退……!? この状況でか!? ヴェクター、応答してくれ! 何で撤退なんだ!?」


 通信機に大声で呼びかけているというのに、肝心のヴェクターからの返答は無かった。仕方なく舌打ちをして背後に跳躍、エレベータ付近に着地して顔を上げた。正面には相変わらずクレイオスが浮遊しており、ゆっくりとイカロスを追いかけている。

 撤退する事自体は簡単だ。背後のエレベータにただ飛び込めばいい……。どの階層にエレベータ本体が停止しているかは分からないが、イカロスの性能ならば82番プレートから最下層であるジェネシス本社まで落下したとしても損傷は少ないだろう。

 しかしそれを少年の個人的な感情が良しとしなかった。確かにもうこのプレートには生き残っている人々はいない。守るべき命ももうないだろう。だがそれでもあのクレイオスが他のプレートに移動しないとは限らないし、移動したならばもうそこでアウト……。この82番プレートと同じ悲劇が繰り返されるだろう。

 仮にそうして人が死んだとしても、本社からの命令ならば従う義務が少年にはある。それは決して軽んじてよいものではなく、遵守しなければならないものだ。それを理解した上で、少年は躊躇する。このまま背後に引き下がり、逃げ帰っていいものかと……。


「何やってるの!? いいから早く後退しなさい! 殺されるわよ!?」


「分かってる……! でも、あいつが大人しく逃がしてくれるかどうかだって……!」


「今なら距離が開いているし問題ないわ! 早く!」


「――でもよぉっ!!」


 あえてカイトの弁明をさせてもらえるのならば、彼は命令に従い撤退する事が正しい事だと信じている。そしてこんな時にヴェクターにその真意を問い正している余裕もなければ暇もない。それはカイトが一番良く理解している事である。

 どちらにせよ片腕を破損した状況で戦闘行動を継続するのは困難だ。クレイオスとの相性は悪い……それは火を見るよりも明らかである。それでも撤退できないのは、彼が一分一秒でもここに残り、他のプレートシティの市民が避難する時間を稼ぎたいと考えているからだ。

 実際82番プレートシティで被害にあった人々はごく一部で、殆どはエレベータを使い警報にしたがって他のプレートに避難した事だろう。そうなれば83番、それ以降のプレートにその人たちが逃げ込んでいると考えるのが自然だ。しかしこのまま放置すれば前記したようにクレイオスは移動するかもしれない。

 せっかく助ける事が出来た命まで無駄にしたくはない……その戸惑いが少年の思考を絡ませていた。イリアとて気持ちは同じである。だが彼女は彼を支える人間として、叫ばねばならない。


「ふざけないでっ!! あんたもう、とっくに限界でしょ!? このままじゃ本当に殺されるわっ!!」


 それはイリアの切実な願いだった。そう、とっくにカイトは限界だ。これ以上戦闘行動を持続するのは危険すぎる。少年は口惜しかった……。唯一のパイロットであるはずの自分がこんなところでへこたれていてどうするのか。操縦桿を握り締める拳に力を込めた。

 しかし、イリアの言うとおりなのだ。そして、自分の死は……すなわちイリアの死でもある。守りたいと願う彼女の命を背負っているからこそ、本来ならば迷わず戦いを継続するであろう彼の正義感は揺らいでいたのだ。往くか……退くか。それは彼にとって守りたいものを二つ天秤にかけた選択し得ない二択であった。


「お願いカイト下がって……! あんたが死んだら本当にヴァルハラは終わりなのよ!?」


 その言葉ではっとした。そう、今レーヴァテインのパイロットはカイト一人しかいない。その自分にもし何かあったら……倒せるものも倒せなくなる。今撤退して、時間はかかるかも知れないが再出撃も出来る。“別の手段を講じる”事さえ可能なのだ。大人しく引き下がる……それが利口な選択だ。


「くそ……わかったよ。こちらイカロス……ジェネシス本部に撤退する!」


 引きちぎられた腕を庇いながらエレベータに飛び込むイカロス。それをクレイオスは黙って見送っていた。カタパルトエレベータの移動速度は尋常ではない。下層から僅かな振動と共に一瞬でイカロスを迎えに来ると、イカロスを乗せて一気にジェネシス本部へと降下していく。

 戦場から遠く引き離され、戦闘の音も聞こえないシステムも停止されたイカロスの内部……。薄暗い闇の中、カイトはコンソールに拳を叩きつけていた。無力さをかみ締め、エレベータの中に時々散る青白い火花をその瞳に宿すだけしか出来ない。


「カイト、あのさ……」


 しかし、言葉は続かなかった。目の前で口惜しさを押し殺している少年に、一体どんな声をかければ良かったのだろうか? 大丈夫だと励ましてあげたかった。でも……そんな気休めはきっと意味の無い事だから。

 どんな言葉が最良なのか、無論少女に分かるはずも無く……。今すぐ駆け寄って慰めたい気持ちを抑え、伸ばしかけた指先を引っ込めた。そう……こんな所で、こんな事で、へこたれている暇なんてないのだから。

 ヴァルハラ本部、カタパルトエレベータから直通しているレーヴァテインのハンガーにイカロスが搬入されると、コックピットを開いてイリアは席を立つ。直ぐに“乗り換え”が必要になるだろうという算段だった。そうしてイカロスの足元を眺め、目を見開いた。カイトもまたその事実に気づいて慌ててコックピットを降りる。


「……そういうことか、ヴェクター」


 着地する鋼鉄の大地。薄暗い倉庫の照明に照らされながらカイトは汗だくの額を上げ、目の前に立っている少年を見つめた。両手をポケットに突っ込み、鋭い目つきでカイトを睨みつけている少年リイドに対し、何も言わず道を譲る。


「エアリオッ! これはどういうことなの!? そいつ、何!?」


 ふらふらのカイトを突き飛ばして割り込んだイリアがエアリオに足早に近づき、その襟首を掴み上げた。しかしエアリオは抑揚の無い口調で淡々と事実だけを口にする。


「彼が新しい“適合者”……。今からレーヴァの正式なパイロットになる」


「な……んですって!?」


 イリアのエアリオに対する憎悪はとてもではないが仲間に向けるものには見えなかった。こうなれば言うまでもないが、二人は不仲である。しかしそれを差し引いてもイリアの怒りは異常だった。

 隣に立っていたリイドの胸倉を掴み上げると、拳を振り上げる。突然の事に反応できないリイド。まさか自分に向かってくるとは予想もしていなかった……。そして少女の拳は振り上げられ――しかし、リイドの頬を打つ事はなかった。


「やめろイリア!」


 イリアの手首を掴み、制止していたのはカイトだった。カイトのその言葉と視線に人が変わったように大人しくなり、イリアは悔しげにリイドの胸倉から手を放した。ようやく自由になったリイドは制服のネクタイを締め直し、見下すような視線でイリアを見つめる。そしてそれは“ような”ではなく、事実彼女を見下す意思を湛えていた。


「ジェネシス社員ってのは……。レーヴァのパイロットってやつは、これから仲間になる人間にいきなり殴りかかるのが礼儀なのか?」


「何ですって……!?」


「敵も倒せないくせに……。街も守れないくせに、ノコノコ逃げ帰ってきたくせに、代わりにこれから出撃してやる人間に対して、その態度はどうなんだよって聞いてるんだよ」


「やめろ、イリアッ!! 落ち着け!!」


 再び殴りかかりそうになるイリアを背後から羽交い絞めにし、カイトは溜息を漏らした。イリアの態度は異常だった。無論リイドの言い方が悪いのは言うまでもないのだが、それにつけても過敏に反応し過ぎている。

 肩で息をしながら必死で感情を抑えるかのように両手で頭を抱え、唸り声を上げるイリアに対しリイドもそれ以上何か言う事はなかった。奇妙な沈黙……。リイドはそんなイリアの状態に小首を傾げる。カイトはイリアを隠すように自らの身体を前に出し、リイドに頭を下げた。


「悪いな新入り……。出撃直後で気が立ってんだ。許してやってくれ」


「許すも何も――そんな幼稚な反応、気にする以前の問題ですよ。カイト・フラクトル先輩」


「オレのこと知ってんのか……。だったら話は早いな。エアリオ、お前が行くって事は……“マルドゥーク”か?」


 頷くエアリオ。それだけで状況は全てカイトに伝わっていた。いつの間にか泣き出しているイリアを抱き寄せながら改めて道を空ける。


「さっきのお前の言うとおりだ。オレたちじゃ倒せなかった。でも、エアリオだったら……クレイオスを倒せるだろう」


「そうですか。まあ、何でもいいですけど――ボクはあんたたちみたいにヘマはしませんよ」


「ああ。期待してるぜ、新入り」


 嫌味まみれのリイドの言葉に汗だくの顔で笑いかけるカイト。その表情がなんだか腑に落ちなかったのか、それとも照れくさかったのか、リイドは返事をしないで前に出た。

 エアリオと肩を並べてレーヴァテインを見上げる。片膝をついていた腕のないレーヴァテインは、気づけば既に作業班による応急処置が始まっていた。いつの間に用意したのか、スペアの腕を強制的に接続している。そして徐々にレーヴァの色は燃えるような真紅から灰色の状態へと戻ろうとしていた。それに伴い機体そのものを覆っていた紅い鎧のような装甲も霧となって消滅……。生身の、レーヴァテインというロボットそのものの状態へと回帰していた。


「あれ……? なんかショボくなっちゃったけど、これ大丈夫なの?」


「問題ない。腕の接続作業があるから、コックピットに」


「……わかった」


 コックピットから伸びていたリフトに乗り、球状のその中へ立つ。リイドの想像以上に広く、そして不思議な空間だった。コックピットそのものが球状のため、床もまた平坦ではない。落ち着かない土台によろけながらリイドは眉をひそめる。


「こんなところにどうやって立つんだ……それに操作は?」


「問題ない。レーヴァテイン、起動」


 なんら一切の光もなかったコックピットに光が宿り、二人の身体が浮遊していく。その頃には出入り口はいつの間にかしっかりと密閉され、少年は空中に確かに立っていた。いや、その表現は的確ではない。正しくは、“立っているかのように浮遊していた”のだ。


「これが――レーヴァのコックピット」


「レーヴァを動かすのは適合者パイロットの意思の力。操作系統はあなたの好きなようにして」


「好きなようにって……どうやって動かすの? ちゃんと説明も受けてないんだけど……」


 困った様子で冷や汗を流すリイド。しかしそんな少年とは対照的にエアリオは慣れた様子で、球体の中で左右に手を翳す。


「レーヴァテイン、モード“マルドゥーク”で再起動開始――」


『レーヴァテイン、モードマルドゥークで再起動! システム機能をイカロスからマルドゥークへチェンジ! 総員、モードマルドゥーク換装に移行!』


 どこからとも無く聞こえてくる声に耳を傾けていると、コックピット内部が金色の光に満ちていくのが分かる。リイドが立つ場所の背後2メートル程の場所……何もなかったそこには気づけば椅子と操作に必要なコンソールが発生していた。当然の顔で席に座るとエアリオはコンソールを操作し、リイドの周囲にも同様のコンソールを出現させる。

 間近に見れば分かるがそれはあくまでコンソールのようなものであり、実際の機械ではない。立体的な映像に過ぎず、ただの立体映像と違う点といえば“実際に触れる事ができる”ということだけだ。それもまた、一つの詭弁に過ぎないのだが……。

 レーヴァの操作に必要なのは機械的な操縦ではない。レーヴァを動かす方法はあくまでも適合者、この場合ではリイドに委ねられている。故に操縦方法は人によって全く異なるものであり、リイドにとって最もやりやすい形でレーヴァを動かす必要があるのだ。


「つまり、リイドがレーヴァを動かしたいと思えば……すぐにでも、思った通りに、動かす事が出来る」


「……思っただけで?」


「そう……。正確には、適合者リイドのイメージ、意思を機体のフォゾン神経に伝え、レーヴァそのものに意思を伝達する事が必要となる」


「つまり、レーヴァはイメージで動かすもので、そしてイメージを伝達するのに最もやりやすい……“ボクがその気になる”形で動かせって事か」


「飲み込みが早くて助かる。とりあえず基本的な操縦概念であるコクピットを形成した。あとはあなたの思うようにして。不備があればわたしが修正するから……すぐに申し出て」


「成る程ね……とりあえず意思を伝達するならボクは立ったままがいいから椅子は消して。あとコンソールはこんなに必要ない。それからボクの肉体とも多少のリンクを取りたいから、そういう操作感度を向上させてほしいんだけど」


「……わかった」


 エアリオが驚くのは今日これで何度目だろうか。リイドの指示は的確だった。他の人間の場合どうなのかはわからないが、少なくともそれがリイドにとって最良の指示だった。そしてそれを、イメージで動かすという概念をあっさりと受け入れ、すぐに対応策を打って出るリイドに対し驚愕するなと言う方が無理な話なのである。

 口で言うだけならば簡単だが、人間が自らの身体を動かすのとレーヴァテインという巨大なロボットを動かすのとでは全く異なる。理由は単純な話だ。大きさ、感覚、そしてレーヴァに出来て人間に出来ないこと……。イメージを元にするということはつまり本人が実現可能かどうか、そして本人が自らとは異なる感覚を理解出来るかどうか、この二点に難易度が集中する。

 人は人であり所詮巨人ではない。歩幅さえ違いすぎるレーヴァと肉体的感覚を照らし合わせることは非常に困難だ。そしてそれが“出来る”と強く信じない限りこのロボットは歩むことすらしようとはしない。自分に不可能だと判りきっている事を“可能”だと本気で信じるという矛盾……。それがある意味レーヴァテインを動かせるかどうか、その適正の要点なのだ。


「人は空を飛べないから、空を飛ぶために何でもやった――」


「……え?」


 腕を接合しながらエアリオは首を傾げる。目の前の少年は光に包まれたコックピットの内部からハンガーの景色を眺めながら目を細めていた。レーヴァテインの予備の腕が専用のリフターで吊り上げられ、肩から接続される……。それを背景に、少年は楽しげに語る。


「人はいつでも、“こうすればいける”と考えて生きてきた。人の進歩には、人が不可能を可能にする瞬間には、必ず共通したものがあったはずだ」


「……共通したもの?」


「それはバカみたいに自分の理想を信じるという、たった一つの奇跡だと思うんだよね――」


 振り返ったリイドの表情はまるで新しい玩具を買い与えられた幼子のように無邪気であり、その様子は逆に狂気的とも取れた。満面の笑顔で、身振り手振り大空を飛翔した人間をイメージしてみせる。この緊迫した空気の中……それをまるで物ともせずに。


「その当時は絶対に不可能だって言われていたことを可能にする――これは凄い事だよ! 意思の力が人を進化させてきた! 不可能を可能にしてきたのは常にその可能性を捨てきらなかった人類の意志のお陰さ! そしてレーヴァは、人類最先端の技術は、同じく人の意思を必要とする! こんなに筋の通った操縦方法、他にないよっ!!」


 果たして誰もがそういえるだろうか。むしろ意思で操るものなど漠然としたことを言われても疑問しか沸かないのが普通だろう。そんなの出来るはずがないと……もっとほかにまともな方法はないものかと。誰でも思うはずだ。だがそれを少年はあっさり受け入れ、動かすのは今か今かと待ち望んですらいる。まるで自分がこのロボットを動かせることを確信しているかのように。

 そう、動かせなかったらどうする? なんて思考は少年の中にそもそも存在していない。だからこそエアリオは確信する。この少年ならばあっさりと、本当にあっさりと――レーヴァテインを操れるであろう事を。


「それで、タイプマルドゥークってのはどういう事?」


「見ればわかる。説明している時間はないから」


「それもそうだな。それじゃ、今はコイツの事をマルドゥークと呼んだ方がいいのかな?」


「そう」


「そっか……それじゃ、レーヴァテイン=マルドゥーク――――カタパルトエレベータに移動!」


 瞳に光を宿し、立ち上がる巨体。瞬間、灰色の機体を金と銀の光が覆い、次々に装甲となってレーヴァを覆っていく。それはイカロスとは全く違うレーヴァの姿だった。重厚感のある全身甲冑を装備したかような姿は薄暗い倉庫の中でも余りある輝きを放っている。

 イカロスと比較すれば一目瞭然。明らかに重く、西洋の騎士を彷彿とさせるデザイン……。何も知らない人間は二つが全く同じ機体だとは想像出来ないだろう。それこそがレーヴァテイン=マルドゥーク。そう、レーヴァテインとは――。


「同じ機体でもタイプが沢山あるのね」


 だからこその一時撤退……そう考えればすべてに納得がいく。リイドは操縦桿を握り締め、笑う。思考し、理解し、そして歩めと念じれば前に進む。望んだとおりの歩幅、速度で……エレベータに向かって。

 戦地へ赴くマルドゥークの姿を見送りながらカイトはハンガーの隅でイリアを抱き寄せたまま腰掛けていた。イリアの呼吸は相変わらず荒く、苦しそうに表情を歪めカイトの胸に寄りかかっている。カイトもまたイリアと同じ苦しみに襲われていたのだが、それに耐えて冷静さを保てる分彼の方が精神が成熟していると言えるのかもしれない。

 レーヴァの起動そのものに失敗するのではないか――? カイトはそう頭のどこかで心配していた。なぜなら今、このヴァルハラでレーヴァを動かせる人間はカイトしか居なかった。そしてこれからもその状況は続くものだと考えていたからだ。それほどまでに、適合者とは希少な存在なのだ。新しい適合者パイロットが現れたことに安堵し、しかし自分に出来ないことを出来る人間が現れたという事実は少年にとっては複雑だった。だがそれよりも、街の安全の方が優先されるべき事……。カイトに文句は何一つなかった。


「なんでもいいさ。これ以上、人が死なないのなら……」


 それよりも気になっている事が一つ。そしてその原因を少年はすぐに理解する事になる――。


「――ヴェクター! これをっ!」


 司令部でオペレータの一人が叫んだ。ヴェクターは彼女の提示するデータを見つめ、感嘆の息を漏らし……目を細め、愉快げに笑う。


「リイド・レンブラムの開放値です……。常時安定して20%以上を維持しています」


「いきなりカイト君より高いんですか……。恐ろしい才能ですね」


「本来レーヴァを動かすのに必要最低限な開放値が5%……。そこまで辿り着けない人間が殆どだっていうのに、これは異例ですよ!?」


「そのようですねえ。じゃあ、アレなんじゃないですか?」


「ア、アレ……?」


「ハイ♪ ほら、よくいうアレですよ。そうですねえ〜……例えばそう――――救世主とか?」




夢の、終わり(4)




「ずっとさ、長い間……ボクは世界が終わってしまえばいいのにって思ってた」


 突然語り出したリイドの言葉にエアリオは耳を傾ける。どちらにせよ、エアリオが聞いていようがいまいがリイドにとっては関係のないことだったのかもしれない。リイドは振り返らないで言葉を続けた。


「夢だったんだ。こういう“特別”な立場が。だから別にそれはレーヴァのパイロットでなくてはいけなかったわけじゃない」


「…………」


「いや、今までの世界が夢だったのかもしれない。だとしたらエアリオはボクを目覚めさせてくれた恩人だ。ふふ、そうだ、今までの方が夢だったんだよ!」


 退屈ではない日常――。自分にならばもっと相応しい場所がある……そう信じていた。あえて事実を言おう。リイド・レンブラムという少年は、あらゆる意味で天才だ。彼はどんなこと、おおよそこの世界中で考えられる人間に可能である悉くを習得する事が可能な才能を秘めている。そしてその思考もまたおおよそ常人には理解出来る領域を脱しており、常に蠢いている天才的な思考は無論レーヴァというイメージを動力とする存在にも通用する。

 いや、彼の思考は常に何かをイメージすることに重点が置かれていた。将来のことも、今の自分では不可能だと理解していてもいつかはなにもかもやり遂げるつもりだった。当たり前のように将来の自分の思い描き、退屈な日常を壊すきっかけを得る日を心の底から待ちわびていた彼にとって、レーヴァは決して必要不可欠な存在などではなかった。

 そう、所詮なんでもよかったのだ。自分の力を……その全力を出し、そして何かを成す事が出来るシチュエーションであれば、なんでも……。


「そうだ、ボクはこれから自分の力を出し切ってやる! ボクの力で世界を変えるんだ! こんなに手っ取り早い方法はない!」


 そして過剰なまでに自らの才能を意識しているリイドにとって、レーヴァを動かす事など造作も無い。この世界中において、こと想像力で何かを成すということに関して、リイドの右に出るものは数えるほどしか存在しないと断言できるだろう。


「だからこそ、ボクは……ッ!」


 エレベータが82番プレートで停止する。突然開かれた視界――四方を覆っていた硝子の不透明処理が解除されたのだ。開かれたエレベータから歩み出ると、そこには空中に浮遊したまま……まるで戻ってくるのを待っていたかのようにクレイオスが浮遊している。


『リイド君、ヴェクターです。上空にクレイオスが確認出来ますか?』


「よく見えますよ」


『大変結構です。では、あとはお好きにどうぞ』


「何をしてもいいんですか?」


『最終的な目的さえクリアしてくれれば結構です』


 クレイオスの消滅、あるいはプレートシティからの迅速な排除行動――。

 言われなくても分かっている。言われなくてもやるつもりだ。なぜなら不可能など今や存在しない。笑顔を浮かべ、そして目を見開いて神を見上げる。心臓の動悸が早いのも身体が震えているのもそれは恐怖からなどでは断じてない。


「だったら――話は早いです」


 そう――それは歓喜。嬉しくて仕方がないのだ。別段、おかしな事でもなければ理解し得ない事でもない。新しい玩具を与えてもらい、そしてどんな風に遊んでもいいよと告げられたのだ。ならば子供がこれから行う事などたかが知れている。感情に任せ、人形を振り回してはしゃぐ幼子のように……。


「めちゃくちゃに叩き潰して引き裂いてやりますよぉっ!! あのクソ神様をねええっ!!!」


 翼を持つのは神だけの特権などではない――。銀色の翼を広げたマルドゥークは大きく羽ばたき、飛翔する。プレートの上空、リイドの精神状態を反芻するようにマルドゥークの瞳の光は輝きを増し、抑え切れない歓喜を放出するかのように、吼えた。

 夜の闇の中、サーチライトに照らし出されたシルエットだけで高らかに声を上げ続ける。泣き叫ぶような………言葉通りの絶叫。そうしてマルドゥークはその翼を広げ、周囲に羽と同時に光を撒き散らしていく。

 大空に響き渡る大気を振るわせる膨大なフォゾンの波動――。それだけでクレイオスは吹き飛ばされ、空中で何とか制止を行う。よろける神を見上げ、甲冑を纏った機人は低く腰を落とし、唸り声を上げながら大地に爪を立てた――。


「さぁ――実験開始だ」


 操縦桿を握り締め笑うリイド。その笑顔は、もはや狂気と言う言葉でしか表現することは出来ない。翼を羽ばたかせ、空に舞い上がるマルドゥーク……。摩天楼に照らし出されるその姿は、およそ神などではなく。むしろ悪魔のそれに――良く似ていた。

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またいつものやつです。
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