覚醒、閉ざされた光(2)
「頼むから邪魔すんじゃねえっ!! 退けぇえええええええ――ッ!!」
炎を纏ったイカロスは片手を赤熱させ、そこに紅い光を収束させていく。放たれた火炎の閃光は一撃で次々と神話級を焼き払い、ノアの結界へと直撃する。だがそれでもまだ威力が足りていない。
しかしそれで砕けない事など想定済みである。イカロスは片手で光を放出したまま急速で接近し、空いている手にも光を収束させる。そうして至近距離で左右の手を組み、それを結界へと叩き付けた。
耳を劈くような轟音と共に熱風が広がり、夜空を覆う雲が散っていく。夕日のように輝く機体の拳は結界へと減り込み、徐々に食い込んではいるがそれでも貫くには至らない。そこへノアの反撃、全身に浮かんだ瞳から光が放たれる。
光の直撃を炎の結界をで防ぎつつイカロスは後退する。やはりただのシンクロでは足りない――。降り注ぐ閃光の嵐を紅い残像を作りながら俊敏に回避を続け、イカロスはその紅い瞳を輝かせる。
「イリア! ブラストハート、いけるか!?」
「勿論――って、カイト!!」
「判ってるよ!!」
正面、巨大な口を開いたノアの喉奥に輝く小さな光のリングが見える。そこからどっと溢れ出す数え切れない膨大な天使級――。イカロスは両手を胸の前で合わせ、炎の翼から収束する光を押し出すように放った。
紅蓮の閃光は現れたばかりの天使級の群れを焼き払っていく。そのままの姿勢のまま右から左へと閃光を放ち、送れて夜空に次々と爆発が巻き起こった。ノアは断続的に対空砲火を放ってくるが、イカロスの機動性能はそれを遥かに上回っている。
「行ける……! イリア……オーバードライブを使うぞ!!」
「……それしか、ないのね……!」
「頼む、イカロス……! もう少しだけ――持ってくれッ!!」
カイトの叫びが響き渡り、イカロスの全身から炎が吹き上がる。赤い光となって空に舞い上がったイカロスはノアの遥か上空にてAODを発動。その翼を巨大な二対の拳へと変形させる。
全身に装備されたバーニアが炎を吹き、イカロスは猛然と落下する。頭上で組んだ二対の拳は神をも打ち砕く決意の矢である。近寄る全てを薙ぎ払い、イカロスは鉄槌その身を鉄槌へと変えてノアへと力を叩き込んだ。
「「 ブチ抜けぇえええええええええええええッ!! 」」
結界に接触した拳がそれを砕き、ノアの頭部へと減り込んだ。両腕を引き抜いた次の瞬間、ノアの頭部からはおびただしい量の光がまるで血のように溢れ返る。口から熱の吐息を吐き、イカロスは止めをさそうと片腕を大きく振り上げた。しかし――。
「…………カイト!?」
しかし最期の一撃はいつまで経っても振り下ろされなかった。イカロスの纏っていた炎が消え去り、その異常にイリアも気づく。少年は自らの片腕を抑え、冷や汗を流しながら血が滲む程歯を食いしばっていた。
「……すまねえ、イリア……。本当に、すまねえ……。腕が……。腕が……もう、上がらないんだ……。もう、動かないんだよ――ッ」
次の瞬間カイトがうめき声を上げ、そして彼が抑えていた部分から先、腕がぼろりと外れてしまった。一体何が起きたのか理解が追いつかず、イリアは悲鳴すら上げる事が出来なかった。
コックピットの片隅に転がった少年の腕の切断面は淡く光っており、神経だけではなく骨、肉、何もかもがフォゾンに変質してしまっている事を表していた。見ればカイトの髪の色も変化し始め、顔にも無数のラインが浮かんでいた。
「く、そ……! 嘘だろ、おい……。こんな所で、死ぬのかよ……っ! 何も、守れねえで……! くそ……っ! くそ、くそおっ!!」
悔しさのあまり涙が流れた。カイトが泣いている所など一度も見たことが無かったイリアはただ唖然とする事しか出来ない。そうして顔を上げた二人の目の前、そこにはイカロスを捕らえる千の瞳の姿があった。
一斉に放たれた閃光が次々にイカロスへと直撃し、その装甲は無残に吹き飛んでいく。シンクロが解除されてしまった今、適合者が操縦不能に陥った今、レーヴァテインは身動き一つ取る事が出来なかった。ただ滅茶苦茶に周囲から降り注ぐ攻撃に晒され、イカロスは海へと堕ちていく。
「イリアさん、カイト君……!!」
エルデは堕ちていくイカロスへと近づき、人型に変形してそれを受け止めようとする。だが明らかにレーヴァテインの重量をマステマ一機で支えられるはずが無い。片腕を掴み、落下速度を緩めるのがやっとである。そんなマステマへ次々に攻撃が襲い掛かった。
頭上に展開したシールドも長くは持たない。そんな事は最初からわかっていた。だがこのままではカイトもイリアも――いや、或いは既に手遅れなのかも知れない。だがそうだったとしても諦めたくは無かった。激しく揺れるコックピットの中、エルデは汗だくになってただ仲間の無事を祈っていた。
「……僕が死んでも、悲しむ人は居ません。ですが……お二人には帰るべき場所がある。貴方達の居場所がある。だから、僕が……! 守ってみせる――!」
シールドが破壊され、マステマは次々に被弾――。全身がバラバラに吹き飛びそうになる中、それでもレーヴァテインを支えるその手だけは放そうとしなかった。コックピットの中、血塗れになったエルデは残りの操縦はオートに切り替え、操縦桿を強く握り締めたまま目を閉じた。
「さようなら、皆さん……。短い間でしたが……“仲間”になれて、とても……うれしかった――――」
うっすらと微笑を浮かべたエルデの頭上、ノアが放った百の光が降り注ぐ。まるで流星のようなその光を前に穏やかな気持ちでエルデは目を開いた。これで漸く、死ぬ事が出来る。そしてこれは自分にとって意味のある死なのだ。
仲間を守り、仲間の為に戦い、死んでいく――。それは彼にとって夢であり、理想の一つであった。だからこの終焉に後悔の気持ちは無い。コックピットがつぶれても、マステマはオートパイロットで海面へ落下するレーヴァテインを支えるだろう。だからもう、自分の役割は終わったのだ――。
そうして何もかもを覚悟したエルデの視界、光が一斉にはじけた――。だがそれはいつまで経っても彼に終わりを齎したりはしなかった。もう一度よく目を凝らしてみると、目の前に何かの影があった。その影は周囲に無数の剣の結界を並べ、神々しく夜空に飛翔している。
「……エクス……カリバー、ですか? どうして……」
「エルデ・ラングレン!! まだ生きていますよねっ!?」
そうして彼方から紅い光が飛来した。それは神話級を攻撃し、注意を逸らそうとしている様子だった。エクスカリバーからはかなり遅れた位置、海上を飛行する黒いヘイムダルに支えられ、空中でライフルを構えたアイリス機の姿があった。聞こえてきた声が彼女の物であるとわかった時、エルデは少しだけ自分の幸運に感謝し、そしてそれを嘆いた。
「遅かったですね、妹さん……。そんなに叫ばなくても、ちゃんと聞こえていますよ……」
「……レーヴァテインとマステマを……! よくもみんなをっ!! お前らああああああああああッ!!!!」
滅茶苦茶にビームライフルを連射するアイリス、そこへ繰り出される攻撃を回避するのはオリカであって、アイリスではない。結局アイリスの無茶な行動のツケを払わされるのはオリカであったが、囮としては十分すぎる活躍であった。
「アイリスちゃん、そんなバカスカ撃ってたらエネルギー切れになっちゃうよ~?」
アイリス機へと注意が集中している間、エクスカリバーはレーヴァテインを抱きかかえるようにして支えて停止した。そうしてコックピットを開くと、そこから顔を覗かせたのは何故かリイドとエアリオであった。
リイドはレーヴァテインへと飛び移ると、外側からコックピットハッチを強制開放するコマンドを入力する。開かれたコックピットの中は文字通りの惨状であった。カイトの身体は崩れかけ、イリアは神経を負傷し気絶している。自分が招いてしまった残酷な現実を前に少年は拳を握り締めた。
「…………よお、リイドか……? リイド、なんだろ……?」
「カイト……目が……」
「遅かったじゃねえか……馬鹿野郎。心配、かけさせやがってよ……」
コックピットへと降りたリイドはカイトの身体を支える。ぼろぼろになるまで戦った親友の身体に触れ、その痛みと努力をしっかりと確かめる。これが自分の逃避が招いた現実――そう心にしっかりと刻み付ける。泣き出したり嘆いたりするのは簡単だ。だけど、今は――。
「遅れてごめん。カイト……後はボクに任せて」
「…………やれるか?」
「――――誰に訊いてるんだ。ボクはリイド・レンブラム――。ジェネシスのエースパイロット、リイド・レンブラムだぞ?」
リイドのその答えにカイトは呆れたように笑った。リイドと同じように飛び移ってきていたエアリオと協力しカイトとイリアをエクスカリバーの掌の上に移動させると、リイドは血に染まったシートへと腰を下ろした。
「いけるか、リイド!? おいらたちはこの二人をヴァルハラへ連れて行く! 援護は期待できねえさ!!」
「ここまでつれてきてくれてありがとう! 後はヴァルハラの――! “ボクたち”の問題だ!!」
「……そうか。では、健闘を祈らせてもらおうレンブラム。見せてくれ、君の覚悟を。“霹靂の魔剣”の力を」
エクスカリバーが離れていくと同時にリイドはレーヴァテインを再起動させる。サブシートに座ったエアリオは直ぐにシステムをマルドゥークに切り替え、そして装甲を再形成する。
「……一部装甲に関しては修復不能。ここまで酷くやられるなんて……」
「丁度良いハンディキャップだよ。エアリオ……まさか勝てないなんて言わないよな?」
「――――わたしを誰だと思っているんだ、リイド。わたしはお前のパートナーだ。最強の適合者を守る、最強の干渉者だ。お前がやれと言うのなら――この世界だって壊してみせるさ」
レーヴァテインの瞳に再び灯が点る。そうして銀色の重厚な鎧に包まれて、魔剣は空へと舞い上がった。銀色の光の翼を瞬かせ、マルドゥークはその手の中に大弓を構築する。
「さあ、第二ラウンドだ。かかって来いよ、バケモノ風情が――! 誰にケンカを売ったのか、あるのか無いのかわかんねえ脳味噌に教えてやるよッ!!」
構えた矢が放たれる。光は夜を切り裂き、空に氷の道を作っていく。マルドゥークは空に大きく舞い上がり、月を背に数え切れぬほどの矢を一斉に降り注がせた。
覚醒、閉ざされた光(2)
「レーヴァテイン、再起動……!? モード、マルドゥークです!! ヴェクター、これは!?」
「……どうやらギリギリで間に合ったようですね、リイド君」
運用本部ではユカリが泣きそうな顔で声を上げていた。イカロスが撃墜されたのを見た時はヴェクターだって泣きたくなったものだ。だが何故かやってきたエクスカリバーの援護、そしてリイドとエアリオがレーヴァテインに乗り込んだ事により状況は少し持ち直したと言える。
しかし持ち直したとは言え劣勢は明らか――。レーヴァテインは破損しているし、マルドゥークは一度このノアには遅れを取っているのだ。そして何より問題は――。
「――駄目です! ヴェクター、やはりマルドゥークにシンクロは発生していません! オーバードライブが発動不能です!!」
「で、しょうね……。マルドゥークがそれでも戦えるのは、エアリオさんの基本スペックが異常に高いからですよ。これまでだって彼女は一度たりともシンクロした事はありませんでした」
「そ、そんな……。それじゃあ、どうやって……」
「しかし逆に言えば彼女の力は基本スペックであれだけあるという事です。どういう状況なのか正直さっぱりつかめませんが――私はもう、腹を括りましたよ」
ヴェクターはユカリの隣の席にどっしりと座り込み、足を組んで溜息を漏らした。確かにもう、出来る事は何も無い。あるとすればそう――。二人を信じる事くらいだろうか。
夜空を駆けながら束ねた矢を放ち、マルドゥークは天使級と神話級を纏めて薙ぎ払っていく。そのコックピットの中、リイドはエアリオに語りかけていた。
「これまではシンクロせずにやってこれたけど、こいつはそうはいかない……。エアリオ、シンクロを使おう」
「……それで、リイドは知りたくない事を……。知らなければよかった事を知る事になると思う。わたしの記憶は、リイドにとっては“有害”だから」
マルドゥークへと対空砲火が直撃するが、絶対なる銀には傷一つ着く気配は無い。こんなに頑丈だったか――? リイドは脳裏で疑問を処理しつつ、エアリオの言葉に耳を傾け続ける。
「リイド、わたしは……“人間じゃない”の。人間じゃないから……リイドに黙っていなければならなかった。わたしはこの世界を襲う神と呼ばれる存在に近い……ううん、立派なその仲間」
「は!? 急に何を言い出してんだ!?」
「真面目な話なの、聞いて。わたしがばけものであるように……リイド、あなたもまた、ばけものなの。シンクロをすれば、それがどうしても本能的にわかってしまうと思う。本来、わたしとリイドが通じると言う事はそういうことだから」
「ちょ、ちょっと待ってちょっと会話がかみ合ってないって言うか、思考がおっついてないんだけど……!?」
「……リイドがシンクロするっていうから、注意してあげてるのに」
すねたような声でそう呟くエアリオ。振り返ってみるとエアリオはジト目でリイドを見ていた。少年は片手で頭をわしわしとかき乱し、それから覚悟したように叫んだ。
「わかった、わかったよ!! それでもいいからやれって!!」
「…………どんな過去を見ても、わたしを遠ざけたりしない? 怖がったり……しない?」
「しないよ! エアリオ、ボクはもう全部背負うって決めたんだ! それが本当の君だっていうなら……受け入れてやるさ! 背負ってそれでも飛んでやる! だから力を貸してくれ! 今勝たなきゃ、ボクは一生後悔するッ!!」
「――わかった。リイド、これから少しだけ準備がある。時間を稼いで」
そう一方的に告げるとエアリオはサポートを中断し、目を閉じてしまった。リイドは空中で矢を連射しながら言われた通り必死に時間を稼ぎ続ける。装甲にダメージを受ければエアリオの集中が散ってしまうだろう。鈍重なマルドゥークで攻撃を避け続けろというのはリイドにとっても酷であった。
「封印術式開放……。ユグドラシルにアクセス。ファウンデーション経由で開放承認……」
「何やってんだ!? 早くしてくれ……もたないっ!!」
「ダブルロック解除……。感情抑制ロジック開放……。ユグドラシルドライブ、開放……。“我は神、神は我、我は汝を裁く天使なり。終末を呼び込み、次元を焼き滅ぼす剣なり”――」
リイドにとっては意味不明な単語の羅列が収まると、突然レーヴァテインの出力が上がってくるのが判った。出力という言葉では不適切だったかもしれない。レーヴァテインという存在の持つ“力”が、そのスロットルが急激に上がってくるのが判るのだ。
顔を上げたエアリオは黄金に輝く瞳を開き、静かに呼吸を繰り返した。少女の髪は銀色から淡く輝く黄金へと変化し、エアリオの背中を伝いコックピットの側面には光のラインで繋がれた翼のような紋章が浮かび上がった。
「な、なんだ!?」
これまでのシンクロとは明らかに性質が違う。だがこれもシンクロならばやり方は同じはず――。リイドは黙って精神を集中する。心の中に存在する境界線を越えるイメージ。扉を開くイメージ。その先にエアリオの“領域”があると信じて――。
圧倒的な量の情報が脳裏に流れ込んできた時、リイドは確かに自分がシンクロを成し遂げたのだと自覚した。だがそれはシンクロなどと呼べる生ぬるいものではなかった。イリアとも、オリカとも違う。相手の過去や感情が流れ込んでくるのは確かにあった。だがこれはそんなレベルの代物ではない。
エアリオの人生はその外見からは想像も出来ないほど、それこそ異常と言って良いほど長かった。百年……千年……いや、それ以上だろうか。人間の脳では認識不可能な時の流れが何百倍、何千倍、何万倍の速度で早回しに流れていく。その中でエアリオは確かに泣いたり笑ったりしていた。生きて、死んでいた。朽ちて――また蘇る。それはまるで、輪廻の記憶――。
「…………があっ!?」
「リイド、自分の心を見失わないで……! リイドが自分を見失ったら、わたしも自分を制御できなくなる……っ!」
「なん、だ……これ……!? なんなんだ、君は……!? 一体何者なんだ!? どういう事なんだ、この記憶は……!?」
記憶を全て空白で塗りつぶしシンクロする事さえエアリオには可能だった。だが彼女はあえて心のうちに渦巻くカオスを彼へと見せたのである。リイドは永久に等しい一瞬の苦しみを乗り越え、エアリオへと振り返った。
「わたしは、人の手で作られた神……。いつか、この世界を滅ぼす為に存在する神……。ごめんねリイド、怖がらせて。わたしは――ばけものだから」
マルドゥークの瞳が輝き、その足元に巨大な結界が浮かび上がる。シンクロに伴い、リイドは自分の感覚が何倍にも引き伸ばされ拡張されるような錯覚を味わった。この世界の全てが掌の上にあるような感覚……。そして、直感的に理解する。マルドゥークは、エアリオと同じだ。“嘘”によって、塗り固められた剣――。
「――――今こそ我が命に従いその真の姿を現せ。マルドゥーク……封印装甲、“パージ”」
空に吼えたマルドゥーク、その全身を覆っていた銀色の鎧――。それがエアリオの合図で次々に消滅していく。一斉に全身を覆っていた鎧――封印を解き放ち、マルドゥークはその真の姿を世界へと晒す。
細く、華奢なシルエット。頭部から伸びた黄金の光はまるで髪のように。背中から生えた柔らかな光で構築された六枚の翼は幻想なる天使のように。黄金の光を纏い、封印を解き放ったレーヴァテインは額に第三の瞳を開眼する。
「アナザーオーバードライブ……。モード、“ギルガメス”――起動」
リイドはコックピットの中を眺め、ただ呆然としていた。これまで味わったどのシンクロとも違う。このレーヴァテインはこれまでのレーヴァテインとは何かが圧倒的に違う――そんな気がする。
オーバードライブによる身体全体へと圧し掛かるようなあの負荷もなく、まるで裸の姿のままコックピットにいるように不快さや居心地の悪さは一切感じない。まるで本当にレーヴァテインと一つになったような感覚である。深呼吸をするその吐息の音が無数に重なって聞こえる。音も、光も、今は何もかもが置き去りなのだ。
その手の中に構築する武器は槍。その名は“天星槍”――。虹色の輝く刃を持つ、ギルガメスの全長を越える巨大な槍である。それを片手で握り締め、リイドは延長された感覚の中一気に敵集団へと飛び込んだ。
近づいてくるのは全て第一神話級であった。それらが放つ攻撃――それはギルガメスへは届かない。まるで見えない時空の壁でもあるように命中直前でガクリと曲がり、あらぬ方向へ飛んでいく。繰り出された槍は一撃で無数の神話級を蒸発させる。威力がどうというより、“接触した物体全て消滅させる槍”、それがこの武器の表現に相応しい。
「なんだ、これ……。強いなんて、レベルじゃ……」
繰り出される攻撃は今までとは少し違った。ノア側にあった余裕のような物は一切感じられず、繰り出される攻撃からは神々の必死さが感じ取れた。そう、まるで天使や神から人間のような感情を感じるのである。ギルガメスは残像を作りながら悠々とそれを回避し続ける。そうして構築された弾幕を前に、エアリオは静かに声を上げた。
「――上位神風情が邪魔をするな。“跪け”、有象無象」
それはとても小さな声だった。しかし尋常ではない威圧感を持って戦場に響き渡る――。直後、浮かんでいた天使と神話級全てが海へ墜落し、ノアまでもが海へ落下する。巨大すぎて水没しなかったノアを見下ろし、レーヴァテインはその手の中に弓を構築する。
構える矢はこれまでとは違う――。巨大すぎる弓に引くのは、必殺の威力を持つ巨大な槍である。虹色に輝く槍の切っ先はノアを既に捉えている。リイドは静かに目を細め、冷や汗を流しながら叫んだ。
「威力は一割以下で良い! ヴァルハラが近すぎる……! ノアを消すだけならそれで十分だ!」
「コントロールはかなり精密に……。射出どうぞ」
「――――射抜け! “天星槍”ッ!!」
放たれた矢は一瞬でノアへと着弾、その瞬間夜は昼へと変わった。視界全てを埋め尽くしていく白、白、白――。その光の中で巨大な影は徐々に小さくなり、やがてぷっつりと途絶えるようにして消えてしまった。
海には大穴が開き、何故かそこには海水が流れ込む気配すらない。まるでこの世界から削り取られてしまったようにただ白い空白が不自然に存在しているのみである。おぞましい威力の痕跡を見下ろし、リイドは深く息をついた。
「なんだ、この威力は……。こんなの、陸地で撃ったりしたら……」
「……少し、使いすぎた。もう、持たない……っ」
「え? あ、ちょ……っ!? えっ!?」
突然ギルガメスが全く動かなくなり、黄金の機体は海へと落ちていく。それを海面落下直前で受け止めたのはまたもエクスカリバーであった。片手でレーヴァテインの片腕を掴み、ゆっくりとヴァルハラへ戻っていく。
「全く、世話が焼けるな……!」
「た、助かったよルクレツィア……。エアリオ、なんとか帰れそう……エアリオ?」
少年が振り返った視線の先、そこには気を失って倒れるエアリオの姿があった。肩を上下させ激しく呼吸を繰り返し、その身体は火を飲み込んだように熱かった。
「エアリオ! おい、エアリオ!! どうしたんだ!? さっきまで全然大丈夫だったのに……!!」
「リイド、どうかしたんか!?」
「エアリオが倒れた! 早くヴァルハラに!!」
「言われなくても、今やっている――!」
エクスカリバーが加速し、楽園と呼ばれた街へと飛んでいく。リイドは動かなくなったレーヴァテインのコックピットの中で少女の身体を抱きしめ、その名前を叫び続けていた――。