祈り、剣に映す時(2)
それは、もう戻らない景色――世界。目の前に広がる虚ろな夢……。そう、それは所詮はまやかしの世界だった。
男は、スヴィア・レンブラムは眠りの中に居た。だがそれは意識がはっきりとした所謂明晰夢と呼ばれる類の物だ。それさえもこの現象を表す比喩としては的確では無かったが、彼にとってこれは珍しい経験ではない。
時折、かつて自分が経験した過去の世界の夢を見るのだ。その世界でもスヴィアはやはり戦いの中に身を置いていた。アーティフェクタのパイロット――途方も無い、戦いと戦いが連鎖する世界。ぼんやりと、男は流れていく様々な景色を一つ一つ見送った。残されたのは彼の中で最も重く、そして哀しい記憶であった。
「……まさか、夢の中でまだお前に会えるとはな」
白い闇の中、疲れた表情で笑うスヴィア。その背中越しに見える顔は――優しく、とても優しく彼を見つめていた。女は何かを口ずさむが、それが何なのかは聞き取る事が出来なかった。しかしたとえ聞こえなくとも、その言葉は確かに彼に届いている。スヴィアは目を瞑り、ゆっくりと意識の届かぬ闇の中へと沈んで言った。
夢の終わりは覚醒を意味している。男がゆっくりと目を覚ますと、そこには見覚えのある天井が広がっていた。自分がまだ生きている事を確認し、遅れて全身に激痛が走る。どうやら物理的なダメージを受けているらしい事を認識すると、男は静かに溜息をついて周囲を眺めた。
かつて巨大な国家が栄えた土地に存在する、同盟軍のカリフォルニアベースを臨むその部屋はスヴィアの自室であった。カリフォルニアベース付近、既に自然環境が壊滅し海と大地を埋め立てて作られた人のエリア……その中に彼が所属する企業、セラフィムインダストリアルカンパニー、通称“SIC”の本社ビルが聳え立っている。埋め立てられた土地の半分以上がSICの土地であり、その一部を同盟軍に貸し与えているに過ぎない。
スヴィアは同盟軍のアーティフェクタ乗りではあったが、正式にはSICに帰属するパイロットである。同盟軍にアドバイザーとして、そして助っ人として協力はしているものの、明確な階級や権限を持たないのもその為である。レーヴァテインがジェネシスという企業に属するように、ガルヴァテインやトライデントもSICという企業に属しているのである。
自室で目を覚ましたという事は、どうやらあの戦闘の後に無事に連れ帰られ、治療を施されたらしい。痛みを堪えてゆっくりと身体を起こすと、はだけた上半身には包帯がビッシリと巻きつけられていた。背中を負傷しているのは痛みから明確だったが、命に関わる程……という事ではないらしい。
「……まさか、リイドに撃たれる事になるとはな」
額に手を当て、そのまま前髪を後ろに追いやって男は溜息を漏らした。そうして暫くの間ぼんやりと思案を続けていると扉が開き、セトが姿を現した。既に目覚めていたスヴィアに歩み寄ると、少年は柔らかく微笑んで見せる。
「良かった、命に別状が無くて。常人なら死んでいた傷だろうけど、まさかたった一日で目を覚ますとはね」
そう語るセトではあったが、どうにも驚いているようには見えなかった。スヴィアはゆっくりと立ち上がるとワイシャツを着て窓辺に立つ。見下ろすカリフォルニアベースには無数の戦闘機や人型機動兵器、ヨルムンガルドが滑走路に並んでいる。この様子を見るとどうやらまだノアの攻撃はここまでは及んでいないようだ。
「……エンリルはどうした? 背後からの攻撃なら、彼女の方が重傷のはずだが」
「…………エンリルは、かなり酷くやられてるよ。肉体の六割以上を破損してる。彼女じゃなかったら、まず間違いなく即死だったろうね」
「――そうか。私が不甲斐ないばかりに、またあの子に負担をかけてしまったな……」
「スヴィアの所為じゃないさ。判っているだろう? あれは、レーヴァテインによる攻撃だと」
セトの言葉にスヴィアは腕を組み、目を瞑って風に身を晒していた。そう、言われずとも判っている。あれは間違いなくマルドゥークの“流転の弓矢”による攻撃であった。矢はガルヴァテインへと突き刺さり、内側から氷の刃を爆発させたのだ。そのダメージはコックピットにも貫通し、現在ガルヴァテインは言うまでも無くかなりのダメージを負った常態のまま待機となっている。
本来ならば死んでいたあの一撃をやり過ごし、生き残っている事は完全に異常以外の何物でもない。だがスヴィアにとってそれは当たり前であり、自分が生きている事にも、エンリルが生きている事にも不思議と感謝や安堵はなかった。特にエンリルに関して言えば、“一度死なせてしまった”ようなものだ。結果的に命を繋ぎとめたとしても、殺してしまったという過程が変わるわけではない。
「……スヴィア、僕はわからなくなったよ。本当にリイド・レンブラムは信用に足る人間なのか……? 彼が純粋な事は知っているけれど、彼のバックにはあの組織がある」
「そうだな……。あれは間違いなく、リイドの意思ではないだろう。あいつが私を殺したくなるような理由は様々あるが……途中までは普通に戦っていたのだ。それが急にああなったからには何か理由があるのだろう」
「理由があったとしても、彼はレーヴァテインの……アーティフェクタのパイロットなんだ。甘ったれた感情論は通用しない。僕らはこの世界を滅ぼせる力を任されているんだ。今更、そんなつもりじゃなかった――では済まされないよ」
確かに、セトの言う事は正論であった。実際問題として、スヴィアがどう思うかよりも同盟軍全体があの出来事をどう捕らえるのかが問題となるだろう。仮にスヴィアが同盟軍の非難からリイドを庇ったとしても、所詮スヴィアは軍属ではないのだ。強制されて動く事も無いが、守る発言力があるわけでもない。振り返り、スヴィアは困ったように肩を竦めた。
「さて……どうしたものか」
「どうしたもこうしたも――同盟軍はノアの対処に今は追われているけど、それが解決すれば直ぐにでもヴァルハラを制圧したがるだろうね」
まるでタイミングを見計らっていたかのように扉が開き、一人の少女が姿を現した。白いスーツの上に白衣を羽織った来訪者は金色の髪を指先でくるくると回して弄りながら、その聡明さを滲ませた瞳でスヴィアを見つめていた。
セトとスヴィアは同時に振り返り、少女に頭を下げる。少女は二人のそんな態度はほぼ無視してベッドの上に腰掛け、長くすらりと伸びた足を組んでにんまりと笑って見せた。
「やっほー、無事生還おめでとう我がエース。社長として君の生存は大いに歓迎する所だよ」
「……アレキサンドリア社長。今回はノア撃墜失敗並びにガルヴァテインの大破でご迷惑をお掛けしました」
「いやー、いいのいいの。スヴィアには普段から超頑張ってもらっているからねえ……。ま、そう気負いなさんなって」
そう、この少女こそこのSICという企業の社長なのである。一見すると少女としか形容出来ないのだが、実年齢は二十歳、そして同盟軍に提供されている様々な対神兵器の開発を一手に引き受ける天才科学者でもある彼女はスヴィアをジェネシスから引き抜いた張本人でもある。
「社長、いきなりで申し訳ないのですが……」
「あー、リイド・レンブラムの保護なら無理ね、悪いけど。同盟軍はもういい加減ジェネシスに対して堪忍袋の尾が切れちゃってるでしょ。今彼を救うっていうのは、世間体的にまず無理」
「では、私だけでも……」
「ガルヴァテインは完全に大破してるのに? 今は何とか修理してるけど、まあまず復活は無理だね。あの機体はもう間違いなくリタイヤだよ。君も知ってんだろ? アーティフェクタは、ヴァルハラでしか修理出来ないのよ。外装やシステム周りは良いとしても、基本骨子である生体フレームの修理は絶対に不可能。付け加えると君のパートナーは調整槽で修復中……。胸から下が全部吹っ飛んでミンチになってるんだけど、それほっといて行っちゃうわけ? ちょっと無責任じゃないか?」
ぺらぺらと喋り続ける社長に完全に圧された社員はただ黙り込む事しか出来ない。表情には出していなかったが、スヴィアはこれでもかなり焦っていたし、冷静さを見失いつつあった。それほどまでに弟の事が心配で居ても立っても居られなかったのだが、アレキサンドリアに諭されて少しだけ冷静さを取り戻す事に成功した。それさえも彼女の戦略だったのだが……。
「……まあ、今はそれよりもノアをどうするかだ。スヴィア、君でも倒せなかったという事はあれは相当強いんだろう?」
「ええ、それは。私が本気を出してなんとか……という所です」
「エンリルへの負担を考えて加減していたのが結局彼女を傷つける羽目になったわけか。中途半端に仲間を思いやるからそうなるんだ。あれの肉体は替えが効く。そんなに気負う必要はないよ」
「それでも彼女は私の大事な干渉者です。昔から色々と無茶な事に付き合わせて来ましたから」
「だから、それが判ってないっていうんだ。エンリルはそんな風に気を遣って欲しいなどとは思っちゃいないだろうさ。あの子はお前の役に立ちたいんだよ。だからこそ、あの攻撃を庇って負傷したんだろう」
アレキサンドリアの発言は一見冷酷にも見えたが、その実それは一番エンリルの気持ちを察した物であった。結局守りたいなどと言うのは守る側のおこがましさに他ならない。スヴィアは痛いところを突かれ、思わず黙り込んだ。
「スヴィア、君は昔から変わらないな……。何もかも守りたいと願えば必ず全てを失う事になる。幸福とは何らかの犠牲の上に成立しているのだから」
「社長、今はそれよりもノアをどうするかが問題でしょう」
セトの横槍にアレキサンドリアは思い出したように口元に手を当て唸ってみせた。何とか助かったスヴィアはセトのサポートに感謝しつつ、話を続ける。
「ノアはトライデント単体では恐らく撃墜出来ないでしょう。結界が余りにも強固過ぎます。恐らくこれまでの神話級の中で最も強固な結界、そして最高の火力を持っているでしょう」
「トライデント単体で差し向けるなんて馬鹿な事は考えちゃいないさ。実際、トライデントは今カリフォルニアベースで修理、整備中だからね。だがノアに関しては刺し当たってこちらからは何も仕掛けないつもりだ」
「どういう事ですか?」
「君も薄々感づいてはいるんだろう? ノアが目指している場所がどこなのか」
その言葉でスヴィアは自分の嫌な予想が的中してしまった事を知る。そう、この地球を侵略する神にはある程度の行動の法則性が存在するのだ。そのうちの一つが文明レベルの高い場所から順次攻撃するという性質であり、そしてもう一つ――。
「連中は最終的に、ヴァルハラを目指す――そういう風に出来ているんだ。ノアも現在太平洋上にあるあの楽園へとゆっくりと移動中だ。どんなに遅く見積もっても三日後には進行方向にある全てのものを破壊しつくし、ヴァルハラに到達するだろう」
「それは……ノアにヴァルハラを潰させるつもりですか?」
「いや、完全にヴァルハラが破壊されてしまうのは問題だ。あそこには“ユグドラシル”もあるしな……。月と地球、両方が神に制圧されれば、それはこの戦争に人類が敗北する事を意味している。これまで暗黙の了解として我々も暗にヴァルハラに向かう敵を撃破していたのはその為だ」
「では、どうするおつもりで?」
「まあ、少し様子を見るさ。ジェネシスとて最強のアーティフェクタであるレーヴァテインを有する組織だ、その全開戦闘力を垣間見るいい機会だろう? ヴァルハラが自力でノアを撃退すればそれで良し、結果的に連中も大打撃を受けるだろうからな。制圧は楽になるだろう。仮にノアに潰されてしまうような組織であれば、我々が介入してその主導権を握らせてもらうまでだ」
どちらにせよヴァルハラには絶対的な危機が待っているのは確かである。だが同盟軍とジェネシスが正面から戦争をする事になるよりかはいくらか人道的に思えなくもない。アーティフェクタ同士、人間同士の戦争となればそれこそこの世界の人類戦力を著しく低下させる事にもなりかねない。同盟軍は同盟軍で維持したままジェネシスを叩くのであれば、ノアを利用しない手はないだろう。
「言っておくがこれは既に決定だ。ガルヴァテインはどうせ使い物にならないわけだし、勝手な行動を取れないだろう? 兎に角スヴィアは少し安め。お前もエンリルほどではないが高い治癒能力を持っている……それは知っている。が、それでもばっちり重傷なんだからな」
告げるべき事だけを告げるとアレキサンドリアは部屋を出て行った。残されたスヴィアとセトは暫くの間黙り込み、その沈黙をセトが破る。
「……兎に角、今回の件は僕に任せて欲しい。スヴィアがどう考えているのかはわからないけど、もう世界はこのままじゃいられないところにまで来ているんだ」
「…………そうか」
「それじゃ、ちゃんと休んでおくんだよ。僕はネフティスと一緒にトライデントの調子を見てくるから」
部屋を出て行ったセトを見送り、スヴィアはベッドの上に腰掛けた。やがてゆっくりと身体をシーツの上に沈める。背中はじくりと染み込むように痛んだ。何も出来る事がない――それは、彼にとって途方も無い苦痛の時間が始まった事を意味していた。
祈り、剣に映る時(2)
「とりあえず、茶でも飲むか? 味の方はあまり期待しないで貰いたいが」
名前も無い、廃墟同然の街――。そこはエクスカリバーに守られた、行き場も故郷も失った人々が思い出を繋ぎとめる為に生きている街だった。
エクスカリバーに案内され、その街にやってきたボクとオリカは町外れにある廃墟同然の木造の小屋の中に居た。一応、申し訳程度にテーブルと椅子があり、やたらと軋む椅子に腰掛けてボクは今ルクレツィアが出してくれたお茶を頂いている。
小屋の外には膝を着いて停止するエクスカリバーがあり、ヘイムダルはここからは随分離れた森の中に置き去りになっている。それはボクらが警戒されているという事だったが、逆に言えばヘイムダルさえなければボクらは無力であり、信用出来る……というのが彼女の言葉だった。
ルクレツィア・セブンブライド――。彼女はエクスカリバーのパイロットの一人であり、この旧ヨーロッパ戦線を維持する英雄である。とはいえその行いは誰から見ても英雄と言うわけではなく、身勝手な理由でアーティフェクタを私的に運用している愚か者という見方もある。しかしボクは個人的に彼女に対して悪い印象は持ち合わせていなかった。
彼女と初めて言葉を交わしたのは以前エクスカリバーの回収命令が下され、イリアと共に戦った時の事だ。彼女は戦線と行き場をなくした人々を守るために戦っているという意思をボクたちに語ってくれた。イリアはやけに共感した様子で、“まさに正義のナイト様ね!”と盛り上がっていた。というのもまあ、エクスカリバーの外見が騎士のようであるというのが理由の一つなのだけれど、実際このルクレツィアという人もまるで騎士のようだったからだ。
所々鎧を装備している所や常に鞘に収めた豪華な装飾の剣を持ち歩いている辺り、そしてその凛とした佇まいなんかがイリアのツボにはまったらしい。確かにどこと無く高貴な感じがしないでもないのだが、まあこんなギリギリの戦線で生活しているという事もあり、一見すると貧乏そうに見えなくもない。
そんな彼女が出してくれた紅茶は間違いなく美味しかった。確かに茶葉は安い感じがしたが、その淹れ方が上手だったのだろう。ああ、やっぱりイリアの言うとおり騎士っぽいなあ……なんて事を思いながらボクは彼女を眺めていた。ギリギリのはずなのにボクらにお茶まで出してくれるのだから、そりゃもう騎士道精神満載だ。
「さて……あまり詳しく事情を聴くつもりは無いが……。見た所、逃亡の途中と言った所か?」
「……まあ、そんな所かな。でも迷惑はかけないつもりだよ。誰にもつけられてないはずだしね」
「そうか……。もしこの戦線に危害が及ぶようであれば、申し訳ないが出て行ってもらわねばならないだろう。私のエクスカリバーはそう簡単にこの戦線をやらせはしないが、可能な限り人々が不安になるような要素は排除したい。すまないが理解して欲しい」
そう、彼女はそんな人間なのだ。イリアと共に彼女の気持ちを聞いたボクは結局エクスカリバーを奪取する事を諦めた。あの時は失敗したという事にしたけれども、結局ボクらは彼女たちからシンボルを奪えなかったというだけの話なのだ。
そんなルクレツィアに話があるというのはただその場凌ぎの言葉というわけではなく、ボクには彼女に会って話をしたい明確な理由があった。そう――彼女はボクが知りたい情報を持っている可能性があるのだ。三年前まで、ジェネシスに所属していた彼女ならば――。
「おっすー! リイド、お待たせさー! ちょっとした食料、貰ってきてやったぜ!」
と、タイミング悪く部屋に入ってきた小柄な少年が一人……。ぼさぼさに伸びきった髪にこれまたボロッボロの穴だらけの汚れたコートを着た少年はにんまりと笑いながらテーブルの上に果物やサンドウィッチなどを並べた。ちなみに彼の名前はシド――。エクスカリバーの、“適合者”である。
そう、ルクレツィアはこんな形で実は適合者ではなく干渉者なのである。まあ基本的に適合者は男性、干渉者は女性というのがルールなのだからそれはそうなのだが、まさかあの機体のパイロットがこんな子供だとは思っていなかったのでそれを知った時は大分驚いたものだ。まあ、もう驚かないけど。
シドはテーブルの上に転がったリンゴを一つ手に取ると、思い切りそれに齧りついて見せた。流石流浪の民、ワイルドである……。でも流石にあんな食べた気のしない非常食よりはましと思い、ボクもそれに倣いリンゴを齧った。美味くも何とも無いはずだったのに、それはやけに甘く感じられた。
「んで、どうしたん? リイド、レーヴァテインのパイロットだろ? それにあの機体、複座じゃなかったように見えたけど」
「ああ、えっと……それをこれから話そうと思っていたところなんだけど……」
「あ、そうなんか。じゃあおいらは黙って聞いてるってばね」
またにんまりと笑い、シドは話を促すように片手をひらひらと振って見せた。まあ、とりあえず気を取り直し……ルクレツィアに質問する。
「聴きたい事っていうのは……その、“第七天輪”についてなんだ」
その言葉を耳にした瞬間、やはりというか当然と言うか、彼女は顔色を変えた。哀しそうな、寂しそうな……思い出したくない物を思い出させられてしまったという顔だ。少しだけ悪い事をしたかと思いながらもボクは質問を止められないで居た。
「ボクは……スヴィアを……。ガルヴァテインを、撃墜した」
「何……!?」
「そうしなきゃ仲間を殺すって、連中に脅されたんだ……。でも、それについて言い訳はしないよ。結局ボクの力不足なんだから……」
「………………。そう判っているのならば、私からは何も言うまい。人は時に過ちを犯す……。だが、それから立ち直れるかどうかはやはり本人次第なのだ。君がそれを知っているのならば、蚊帳の外の人間からいう事は何も無いさ」
ありがたい事にルクレツィアは優しい言葉をかけて理解を示してくれた。この人はなんというか……根っから素直な人なんだろうなと思う。こんな少し話した事があるだけの他人の話をちゃんと聴いてくれるのだから。
「成る程、大体の話は読めた。その命令に従いたくなくて、仲間から逃亡してきたわけか」
「…………まあ、そんな所。結局スヴィアは……死んじゃったかもしれないけど」
「いや、それはないだろう。彼はその程度では死なないさ。まあ……背後からアーティフェクタの渾身の一撃で貫かれ、上半身と下半身が分断されたとかではなければな」
なんだかそんな事になっているかもしれないような気がするのだけれど、ここはあえて黙っておこう……。ていうかなんだそれ? 妙に具体的だな。
「しかし、そうか……。連中にとって最も目障りな物、それがスヴィアだった。それを殺せと命じられても不思議はあるまい」
「ルクレツィアは三年前までジェネシスに居たんだよね……? 確か、三年前に何かの事件があって、その時にトライデントとエクスカリバーは外部に持ち出された……って」
「……ああ、その通りだ。そして君の読み通り、その事件には第七天輪という組織が関わっている……。だが、私は――」
ルクレツィアは腕を組んだまま壁に背を預け、どこか心苦しそうな表情を浮かべていた。明らかに話すべきか話さないべきか迷っている様子だったが、やがて決意したかのようにシドへと目を向けた。
「シド、すまない。少し……席を外してくれないか?」
「えぇ~!? せっかくルクレツィアの過去が語られるかと思っておいらワクワクしてたのに!?」
「……すまない」
真顔でそう頼み込まれてしまうと流石に断れないのか、シドは少し不満そうに立ち上がった。それからボクの肩を叩き、ウインクしてみせる。
「まあよくわかんねえけど、元気出すさ! ここに居る限り、リイドはおいらたちが守ってやっからさ!」
「……ああ、うん。ありがとう、シド」
そうしてそそくさと退場したシドを見送り、ルクレツィアは額に手を当てて溜息を漏らす。思い切り気が重そうなのは、やはりそれだけヘビーな過去があるからなのだろう。
「……君は、あの組織の何が知りたいんだ?」
「知りたい事が明確に出来るほど、ボクはあの組織について詳しいわけじゃないけど……。ルクレツィアはスヴィアやセトとも知り合いなんだよね?」
「ああ。セトとは特に親しかったな。私たちは同じ、アーティフェクタのテストパイロットだった。他にも何人かテストパイロットはいたが……恐らく三年前、レーヴァテインの暴走に巻き込まれて殺されてしまっただろうな」
「えっと……ごめん、聞いちゃいけないことだったかな……」
「いや、構わないさ。私の中では、それなりに整理の済んでいる事だ。思い出すと辛いが……それだけだからな」
気丈に笑ってくれる彼女に本当に感謝の気持ちを抱いた。壁際に立っていた彼女はボクたちと同じテーブルに着くと、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと紅茶を飲み込んでいく。それから一息つき――そしてボクではなくオリカへと目を向けた。
「あの組織については、そちらの少女に聞く方が早いかもしれん。私より、恐らく詳しいはずだ」
「え……? オリカとも面識があるの?」
「直接の面識はないが、存在は知っていた。三年前より以前から君は有名だったからな――オリカ・スティングレイ」
勝手に紅茶を飲んだりサンドイッチをもぐもぐしていたオリカは急に声を掛けられ口元にパンくずをつけたままにへらーっと笑って見せた。まあ前々から薄々思ってはいたんだけど、もしかしてオリカって結構重要な人物なのだろうか……。
「あの組織の目的――それは、全てのアーティフェクタの制御だったように思った。彼らはその絶大な力を使い、この世界を統治しようとしていたのだ」
「それって……所謂世界征服ってやつ?」
「そう受け取ってもらって差し支えないだろうな。“第七天輪”は事実、三年前のアーティフェクタ流出までの間この世界で絶対なる権力を保持していた。それが飛散した今でもその権力はしっかりと効力を残している。勿論、全盛期ほどではないがな」
世界を裏から牛耳る秘密結社――目的は世界征服。こう書いてしまうとまるで三流のオカルト設定みたいだけれど、それが実際にボクらの上層組織なのだから困ったものである……。
「スヴィアは? 連中とは関係ないの?」
「彼はあの組織のやり方に疑問を持って組織を脱した一人だ。かく言う私もそうだ。彼は本当によく君の話をしていたよ。そして恐らく、今でも君の身を案じていたはずだ」
「でも、スヴィアはヴァルハラを滅ぼすって……。スヴィアはボクの記憶を奪って、エアリオを監視につかせたんだろ……?」
「成る程、彼ならそうするかもしれないな。彼はなんというか……そう、不器用なんだ。私も人の事を言えるような立場ではないが、彼の場合はとても絶望的だ。何も言わず、ただ行動で示す」
何となく、それはボクにも理解出来た。スヴィアは表情も考えている事も良くわからない。ただ、何かを成す……それだけの寡黙な男なのだ。だからこそ信じられなくなったり、不安に思ったりする。
「スヴィアの行いをどう受け取るのか、それは君次第ではないか? 彼がジェネシスと敵対しているのは事実だろう。だが、その事実をどう解釈するのかは君次第だ」
「ボクが、どう受け取るか……?」
「君がそれを裏切りだと感じるのであれば、それは仕方のない事だろう。だが少し、彼の気持ちを理解して欲しい。スヴィアは意味のあることしかしないはずだ。いや……できない、というのが正しいか。彼は不器用だからな……」
懐かしそうにそう呟き、ルクレツィアは立ち上がった。考え込むボクを見下ろし、彼女は優しく微笑んでみせる。
「今君の中でわだかまっているのは、人を信じられるか信じられないか……ただそれだけだ。それを乗り越えられれば全ての道が開けるだろう。そしてそれが開かれない限り、君があの組織の事を知ったところで真実の重さに押しつぶされるだけだ」
「…………真実の重さ、か」
その言葉の意味は今嫌って程痛感している。だからこそ、ルクレツィアの言わんとしていることも理解出来た。今小さなことでつまずいているボクが新しい事実を受け入れられるはずがない。
「少し、考えてみるといい。こんなボロ屋でよければ寝泊りに使ってくれて構わないし、何かあれば声をかけてくれ。私は戦線の本陣のキャンプにいる。周囲に迷惑さえかけなければ、街も出歩いてくれて構わない」
「…………何から何までごめん。ボクは……」
「構わないさ。君くらいの歳の頃は私も色々と思い悩んだりしたものだ」
「……って、あんたいくつなの?」
「十八歳だが?」
なんというか、明らかに十八歳には見えない。二十代だとばかり思っていただけにそれが何よりも驚きだった。それこそ、今考えている事を一瞬全て吹き飛ばしてしまうほどに――。
~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~
*ウザヤン人気*
オリカ「リイド君リイド君! オリカちゃん、なんか人気みたいだよっ!」
リイド「非常に不本意だがそうらしいな」
オリカ「ウザヤン人気はこれからも続くんだよー! にゃははー!!」
リイド「……まあ、どうせルクレツィアに人気持って行かれるだろ」
ルクレツィア「何故私なのだ?」
リイド「年齢も近いし、何となくキャラ設定が似ているというか……」
シド「おっぱいがでかいって事か!?」
オリカ&ルクレツィア「「 そこなのか!? 」」
ルクレツィア「ま、まあ……確かに年齢は近いな」
リイド「ルクレツィアって全然若く見えないよね。余裕で二十六とかでも通りそう」
ルクレツィア「な、何っ!? うら若き乙女を捕まえて言うに事欠いて……! む、むぐぐ……っ!」
オリカ「……乙女とか言ってる時点で大分なんかこう、子供らしくないんだよね」
シド「ルクレツィアは時々おばさんみたいなんだよなー」
ルクレツィア「!? おば……!?」
リイド「るくれつぃあさんじゅうはっさい」