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天使は、謳わず(3)

「お、大きい……!? あれが……ノア……!?」


「デカいってレベルじゃねえだろ!? まるでレーヴァテインが豆粒だ!!」


「相手がなんであれ、ぶった斬るのみ……! オリカちゃん、いっちばんのりーっ!!」


「では、お先に……」


 オリカの黒いヘイムダルが先行し、それに続いてマステマが戦闘機形態で砂漠に展開する天使たちへと突っ込んでいく。遅れてカイトの蒼いヘイムダル、アイリスの紅いヘイムダルがそれを援護する。

 刀を装備したオリカの機体は文字通り血路を切り開き、天使たちを次々に両断していく。空中から新型のビームショットガンを連発するマステマに続き、アイリスは遠距離でギャラルホルンを構えた。


「皆さん、ノアを攻撃しなくていいんですか!?」


「俺たちもあっちを攻めたいのは山々だが、適材適所っつーか……! 所詮、ヘイムダルじゃあれは撃墜出来ねえ! やっぱりここはアーティフェクタに任せるしかないな!」


「今の僕たちに出来る事……それは、この天使を倒し味方を守り、そして上空で戦うレーヴァテインが戦いやすい状況を作る事ですよ」


 アイリスは眉を顰め、しかし納得する。砂漠の上に構えたギャラルホルンが火を噴き、一撃で敵陣を蒸発させていく。だがこの威力でも神話級に通用するかどうか――。攻撃を続けながら、少女は大人しく頭上を見上げた。空を舞うレーヴァテインとガルヴァテイン――二人の戦士が今、ノアを倒せる唯一の希望なのだ。

 空の色を塗り替えてしまうような分厚い弾幕の中、レーヴァテインはそれを回避しながら“流転の弓矢ユウフラテス”を連射する。光は加速し、ノアに命中すると同時に空中に氷解を生み出す。しかしそれは全て結界によって防がれ、ノア本体には未だ傷一つつける事が出来ない。ノアもいよいよ二機のアーティフェクタを障害と認識したのか、その迎撃たるや想像を絶するレベルであった。

 レーヴァテインを追跡する天使の群れ、それにリイドは矢を束ねて放つ。空中で次々に爆発が起こるがそれさえも状況を変化させるほどの物ではない。ガルヴァテインは取り囲むように出現した神話級を相手に苦戦しており、ノアの猛攻を防ぎ、回避しながらの戦闘は二つのアーティフェクタを以ってしても困難であった。


「スヴィア、どうするんだ!? これじゃあキリがないぞ!!」


「確かに、このままでは拙いな……」


 近づくパンテオンズに拳銃を突き刺し、銃弾を体内に叩き込む。爆発して一体が消えた直後には既に追加の敵が現れている状況に思わずうんざりしてしまう。空に響き渡る重低音はノアの鳴き声であり、それは音だけでレーヴァテインの装甲を軋ませるに十分な威力を有している。マルドゥークは装甲が厚いので耐え切れるものの、並の兵器ではノアの咆哮だけではじけ飛ぶ事だろう。


「リイド、つれているのはエアリオだな? オーバードライブモードは使えるか?」


「オーバードライブ……? た、多分……」


「……なんだその中途半端な答えは……。まさかお前……エアリオとシンクロした事がないのか?」


 図星だったのだが、リイドは何も答えなかった。そう、これまでの出撃でリイドがエアリオと共に倒した神話級は最初のクレイオス一体のみ――。その後強力なパンテオンズと戦う際、エアリオと力をあわせた事はなかったのだ。勿論、やってやれない事はないと思っている。エアリオとはその気になればシンクロ出来る――そんな無根拠な自信があった。しかしリイドの沈黙で全てを察したのか、スヴィアはレーヴァテインの前に出て拳銃を交差させた。


「……では、私が奴を仕留める。リイドはレーヴァテインで援護してくれ」


「ま、待てよ!! あんなやつ、ボクだって倒せる!!」


「……だと良いんだがな」


 スヴィアはリイドの話を聞かず敵の大群へと突っ込んでいった。リイドは渋々言葉に従い、弓矢にてそれを援護する。確かにこの状況においてはリイドがサポート、スヴィアがオフェンスの方が正しい配置だろう。地上からはトライデントの援護もあるのだ、結界さえ白兵戦闘型のガルヴァテインが貫いてくれれば、遠距離からトライデントとマルドゥーク、二機の一斉攻撃で撃破出来るかもしれない。

 近づく天使は片手で薙ぎ払い、リイドは矢を束ねて面を制圧していく。なんだかんだ言いつつも、先陣を切って敵を駆逐する兄の背中は正に信頼の一言であった。スヴィア・レンブラムが最強である事をリイド・レンブラムはこの世界の誰よりも確信している。彼は不可能な事は口にしないし、常に最良の道を導いてくれる。だからこそ素直に従う事が出来るのだ。


『――リイド・レンブラム君、聞こえるかい?』


 そんな戦闘の真っ最中、突然全く聞き覚えのない声が聞こえた時リイドの動きは一瞬固まってしまった。何故ならばそれは通信機から聞こえたわけでもなく、アーティフェクタ同時のフォゾン通信ですらなかったからである。声はまるで頭の中から聞こえるように響き渡り、奇妙にクリアに聞き取る事が出来た。慌てて周囲を見渡すリイドであったが、まるでそんな動きを見通しているかのように声の主は笑った。


『ああ、探しても無駄無駄。僕は君の傍にはいないからね……。ああそうそう、それからこの声は君以外には誰にも聞こえていないんだ。それを踏まえた上で僕の話を聞いてくれるかな?』


「……リイド?」


 背後、動きの停止したリイドを気遣う少女の声が聞こえた。リイドは気を取り直し、戦闘を継続する。頭の中、思考がごちゃごちゃになっていた。考えるべき事とやらねばならない事、それが余りにも多すぎたのである。だが同時に疑問も浮かび上がった。そしてそれを“声”は見抜いていた。


『どうしてエアリオ・ウイリオに聞こえないのか、不思議に思っているかい?』


 そう、たとえ物理的に声が聞こえなかったとしてもリイドの思考とエアリオの思考はレーヴァテインによってシンクロしているはずなのである。思考はおろか、“思考”と呼ぶに至らぬ程のほんの些細な感情のゆらぎでさえ、適合者と干渉者は共有してしまう。それこそがレーヴァテインの難しさであり、強さでもあるのだ。だが見ればエアリオには全くこの声は聞こえていない。それどころか――リイドの混乱さえ、彼女には伝わっていない。


『単純な話だ。君とその干渉者は――最初からほんのこれっぽっちも、シンクロなんてしていないのさ』


「な……っ!?」


 驚いた瞬間、ノアが放つビームの直撃を受けてしまった。マルドゥークは対フォゾン攻撃に対しては優秀な防御力を持っていた為、直撃とは言えダメージはわずかで済んだ。だがこの声が明らかに戦闘に支障を来たしているのは既に疑う余地もない。


『君だって薄々感づいていたんだろう? エアリオ・ウイリオ……彼女は君に心を開いていないという事に。まあそれもそうだろうね、彼女は君とシンクロ出来ない理由があったんだから。君と思考を共有してはいけない理由がね……』


「何やってやがる、レーヴァテインのパイロット!! ボサっとしてねえで、スヴィアを援護しろ馬鹿野郎!!」


 地上からのトライデントの声ではっとする。スヴィアを援護するのが自分の役割なのだから、どんな状況であれそれだけは遂行しなければならない。スヴィアを取り囲む神話級を攻撃しつつ、マルドゥークは前進する。


『リイド君、君にやってもらいたい事があるんだ。今の君なら簡単に出来る事だ、心配しなくてもいい。やってもらいたい事というのはね――リイド君。君に背中を向けているガルヴァテイン……あれを撃墜してほしいって事なんだ』


「な――ッ!?」


『スヴィア・レンブラムはジェネシスを裏切り、そして今でもジェネシスから情報を盗み出し同盟軍や東方連合に流し続けている。その結果連中は結託し、近々ヴァルハラに攻め込んでくるだろう。その指揮を執っているのは裏切り者の君のお兄さんというわけだ』


「嘘だっ!! スヴィアがそんな事をするはずがないっ!! 誰だお前は!? 人の頭の中に、勝手に話しかけるなッ!!!!」


 突然叫びだしたリイドにエアリオは驚きを隠せない。マルドゥークの動きは完全に停止してしまい、前線の維持が困難になる。スヴィアが一瞬振り返ったが、ガルヴァテインは一人で持ち直し、二丁拳銃で敵を撃ち落していく。


『そんなに喚いても意味はないし、こっちとしては迷惑なんだ。もう少し静かにしてくれないか? 勘違いしているようだから言い直すが、これは命令なんだよリイド君。僕はジェネシスの人間……君へ命令をしているのはジェネシスという組織そのものなのだからね』


「……ジェネシス……!?」


『そう、ジェネシスだ。“第七天輪セブンスクラウン”と言えば伝わるかな?』


 セブンスクラウンとは、ジェネシスの上位組織の名――それは出撃前にヴェクターから少し聞いていた話だ。しかし何故その上位組織がこんな状況で馬鹿げた命令をしてくるのか、それがまだ納得行かない。混乱するリイドの頭の中、耳を塞ごうが何をしようがお構いなしに声は響き渡ってくる。


『元々ガルヴァテインもエクスカリバーもトライデントも、全てはジェネシスの物だった。それをあの男が三年前全て持ち出してしまったのさ。そしてその奪った力で今度はジェネシスを破壊しようとしている……。僕らにとっても君にとってもあの男は危険で邪魔極まりない存在だろう?』


「馬鹿な……!」


『馬鹿な話じゃないさ。そもそも君をレーヴァテインパイロットにしたのも、君の記憶を奪ったのもスヴィア・レンブラムだ。君は彼に利用されているんだよ』


 唖然とするような言葉にリイドの瞳が激しく揺れた。心の中でわだかまっていたものが少しずつその意味を晒し始めていく。それは疑念――。仲間に対する懐疑心である。どくん、どくんと脈打つ鼓動の音が世界を支配していく。うるさいほどの吐息は誰のものかと思えば自分の物で、リイドはこのわけの判らない言葉を信じかけている自分にまた愕然とする。


「リイド、どうしたの……? しっかりして! リイド!!」


『スヴィア・レンブラムは強い……最強の適合者だからね。彼を倒せるチャンスは今しかないんだ。彼は今完全にノアに注意を向けているし、攻撃で弱っている。今なら背後から一撃で葬れるはずだ』


「リイド……! リイドッ!!」


『君から記憶を奪ったのも、君をレーヴァテインに乗せたのも、全ては彼の計略なのさ。このまま彼を野放しにすればこの世界は滅ぼされてしまう……。嘘を言っているように思うかい? 僕の言葉が信じらないかい? だがそれが真実であり事実だ。彼の行いの先に救済はない』


 背後からのエアリオの叫びもリイドには聞こえていなかった。四方八方から降り注ぐ天使の攻撃でレーヴァテインは叩きのめされ、マルドゥークが損傷していく。エアリオが痛みに耐えながらリイドの名前を呼んでいるのだが、まるで無音の世界に閉じ込められたかのように少年は反応一つ見せなかった。ただ彼の心の中には彼方の声だけが響いている。


『君は常に監視され、彼によって支配されてきた。そう……君は彼の手足となって動くスパイの存在に翻弄されているのさ。君の背後に居るエアリオ・ウイリオ……彼女こそスヴィアのスパイなんだよ』


 ヘイムダルのデータを同盟軍にリークしたのも、君をレーヴァテインのパイロットにしたのも、何もかもは彼女の計略だった。君とシンクロしようとしなかったのも、その計画がバレないためだ。シンクロしてしまえば、彼女の後ろめたい事情が全て筒抜けになってしまうからね――。


「そんな……そんなわけ……」


 聞こえてくる声が既に声なのが自分の心の中の思考なのかもわからなくなってくる。ノアから光が降り注ぎ、レーヴァテインは激しく吹き飛ばされた。砂漠へと墜落した衝撃で頭を強く打ち、リイドは額から血を流しながら顔を上げた。

 失われた記憶、仕組まれていた人生、戦い、そして裏切りと善悪の定義――。正しいものが判らなくなっていく。エアリオは確かにいつだって距離を置き、しかし傍に居た。まるで着かず離れず自分を監視していたように見えたとしてもおかしくない。リイドはゆっくりと振り返る。その瞳に映りこんでいたのは悲しみと苦痛だった。


『まあ、そんな事情はどうでもいいんだ。これは命令だよリイド・レンブラム……。さあ、さっさと立ち上がってガルヴァテインを倒すんだ』


「い、嫌だ……」


『…………よく聞こえなかったな。僕は君に命令しているんだよ? これはセブンスクラウンの命令と同義だ。ジェネシスに逆らうのかい?』


「嫌なものは、嫌だ……っ!! ボ、ボクは仲間を……仲間を信じている……っ!! 撃てるわけない……。撃てるわけがないだろっ!!!!」


『………………なら、仕方がない』


 上空から襲い掛かる神話級が三体、雄叫びを上げながら迫ってくる。立ち上がったマルドゥークがそれを迎撃しようと弓矢を構えるが、何故か神は停止すると同時にUターンし――真っ先にアイリスの紅いヘイムダルへと向かっていく。まさか急に自分の方に来るとは思っていなかったアイリスはギャラルホルンを放つが、倒せたのは一体だけである。残り二体はヘイムダルに突撃し、弾き飛ばした機体の上に圧し掛かった。


「アイリスッ!! リイド、何やってんだ!? オリカ、アイリスが!!」


「こっちは今忙しいから、そっちで何とかして!!」


「……援護します。アイリスさんを救出しましょう」


 人型に変形したマステマがビームナイフを装備し、アイリス機に組み付いた神へと攻撃を開始する。カイトのヘイムダルがもう一体を蹴り飛ばし、アイリスの救出には成功した。しかしそんな三人に一斉に天使の群れが降り注いだのである。

 先ほどまでとは明らかに違う敵の動きに翻弄されるヘイムダル隊――リイドはユウフラテスを構え、それを見ている事しか出来なかった。こんな乱戦になってしまっては仲間にとりついた敵だけを弓矢で正確に射抜く事など出来るはずもない。ましてや今のリイドの精神状態はまともではなく、精密射撃など以ての外であった。


『さあ、命令に従うんだリイド・レンブラム。君が従わなければ、君の大事な“仲間”が犠牲になるんだよ?』


「……まさか、お前がこれを……?」


『ふふふ、さあどうする? ジェネシスの敵を討つのか……それとも仲間を見殺しにするのか。一応君には選ばせて上げるよ。君が自分で答えを出すんだ。君の手で――自分の道を選ぶんだ』


 選べるはずのない二択の提示はリイドの心を追い詰めていく。歯軋りし、冷や汗を流すリイド……。その尋常ではない様子に背後からそっと手を伸ばすエアリオであったが、リイドに睨まれてそれは阻止されてしまう。リイドの自分を見る目が以前とは明らかに異なっている事に気づいた少女は怯えるように身を引っ込めるしかない。


「関係あるか……! アイリスもカイトもエルデも、ボクが守るんだっ!! レーヴァテインなら出来るはずだ……! ボクを舐めるなよッ!!」


『確かにそうかもしれないね。では――配置されているヘイムダル隊のどれか一機をランダムに破壊しようか? それとも……同盟軍の機体? 東方連合? この広い戦場での乱戦、君はその全てを見極められるのかい?』


 少年は唖然として周囲を見渡した。どう考えても不可能な可能性……戦場は広すぎるし、先ほどのように急激に動きが変わるのであれば救助は間に合わない。その言葉は巧みに少年の心の迷いをついていた。ここは戦場なのだから人も死ぬし、助けられない命もあって当然だ。だがしかし――“それを選んだのだ”と錯覚させる事が出来たのならば。少年が“選んだ結果として人が死ぬ”のであれば。同じ戦場の死だとしても、彼にとっては全く別の意味を持つ事になる。


『君は人殺しにはなりたくないんじゃなかったかな……? 利口な人間なら命令を聞くんだ。さあ――! ガルヴァテインを落とせ! スヴィア・レンブラムを……あの男を殺せ!!』


「く……そ……っ! くそ……っ!!」


 強く拳を握り締め、リイドは顔を上げた。レーヴァテインが弓矢を構え――その矛先は背中を向けたガルヴァテインへと向けられている。エアリオがその事実に目を見開き、背後で何かを叫んだ。トライデントも振り返り、ネフティスが何かを口にした。だがガルヴァテインは振り返らなかった。それはきっと、彼が弟を信じていたから。彼は振り返らず、言葉にもせず、それでもリイドを信じていたから――。


「くそぉおおおおおおおおおおっ!!!!」


 矢は、放たれた――。青白い光は真っ直ぐに夜の闇を突きぬけ、そしてガルヴァテインへと向かう。当たらなければいいと思った……いや、当たらないと言う気持ちが心のどこかにあった。兎に角攻撃をするフリだけでもして、何とか打開策を練らなければならない……そんな甘えがあった。だが矢は希望を砕くように黒き機神の背中を貫き、その装甲を氷結させる。ぐらりと揺れたガルヴァテインはあっけなく飛行能力を失い――砂漠へと墜落した。


「リイド、何をしているの!? リイド! リイドッ!!」


 何故討ったのか――それはリイドにもわからなかった。わけがわからなくなって討ってしまった。少年は自分の両手を見つめ、それから頭を抱えた。肩を揺さぶるエアリオを突き飛ばし、絶叫する。遠く離れた空の上、目には見えない神がその声をBGMに微笑を浮かべて居た――。




天使は、謳わず(3)




「な……に……? 何が……どうなったら……そうなるんだよォッ!! レーヴァテイン――リイド・レンブラム!! テメェエエエエッ!!」


 振り返ったトライデントが槍を構え、突撃してくるのが見えた。リイドは弓矢を展開しようとするが――それは手の中から消えてしまう。振り返るとそこには唇を噛み締め、リイドを見つめる少女の姿があった。レーヴァテインは装甲を失い――力を失った。少年の目前、トライデントの槍が迫っていた。

 繰り出された一撃を咄嗟に回避出来たのは偶然以外の何物でもなかった。リイドは冷静にそれを回避すると同時に後方へと跳躍する。視界の端、墜落したガルヴァテインが動かない事を確認すると、リイドは周囲を見やった。仲間たちも全員、今リイドが何をしたのか信じられない様子だった。だが“実際にその目で見てしまった”以上、信じないわけにはいかない――。トライデントが槍をレーヴァテインに叩きつけると、機体は派手に吹っ飛び砂漠の上に倒れた。


「リイド・レンブラム……君は自分が何をしたのかわかっているのか……? 君は自分の兄を背後から撃ったんだぞ……!? それが君の答えなのか!? リイド・レンブラムッ!!」


「……こんなザコに構ってる暇はねえ! セト、撤退だ! 急がないとスヴィアが死んじまう!!」


 トライデントはレーヴァテインを一瞥するとそのままガルヴァテインへと駆け寄り、その機体を担いで戦線を離脱していく。残された天使たちは一斉にジェネシスの部隊へと襲い掛かり、仕方がなくカイトたちはそれに応戦していく。


「リイド……どうして? どうしてスヴィアを撃ったの……? ねえ、答えてリイド。ちゃんとこっちを見てよ!」


「…………。お前はどうして……ボクとシンクロしないんだよ……」


「え……?」


「お前はどうして……ボクの傍にいるんだよ、エアリオ……。なあ、どうしてなんだ……? お前こそ教えてくれよ……! なあ、エアリオ……! エアリオ!!」


 リイドは振り返り、縋るような気持ちでエアリオの肩を掴んだ。その力が強すぎたのか少女は顔を苦痛で歪めたが、少年に今それを気遣っている余裕はなかった。激しく少女の身体を揺さぶり、泣き出しそうな顔で歩み寄る。何かがおかしくなってしまった少年の世界は、そのまま彼を狂気的な表現で具現化していく。


「お前は、ボクを裏切ったりしないよな……? いつでも味方だって言ってくれたよな? 傍に居てくれるって、言ったよな……? なあ、エアリオ……教えてよ……。どうして君はボクの傍にいるの……?」


「リイド、痛……! 痛い……!」


「ボクの記憶を奪ったのはスヴィアなの!? 母さんは、全部知ってたの!? エアリオも全部知ってたの!? 知ってて黙ってたの!? ボクをレーヴァテインに乗せるために……騙してたの!?」


 その言葉にエアリオの表情が明らかに変わってしまう。青ざめたような、驚きと罪悪感に苛まれた眼――それが何もかもを物語っていた。リイドは震える手を肩から離し、一歩身を引いた。自分が何をしてしまったのか気づいた少女は慌てて少年へと手を伸ばしたが、それは少年の手によって弾かれてしまう。


「なんで……どうしてそんなこと……。おかしいじゃないか! ボクが何をしたっていうんだよ……? ボクはただ……皆と一緒に仲良く生きていきたかっただけなのにッ!! 一人で居たくなかっただけなのにッ!! なんで裏切るんだよ!! だったら最初から期待させないでよ、信じさせないでよ……ッ!!」


「リイド……どうして、それを……」


「ボクは……。ボクは、皆の事が好きだったんだ……。皆と一緒に居られればそれでよかったんだ……。なのに……どうして――どうしてっ!」


 片手を額に当て、少年はボロボロと涙を零して叫んだ。それが彼の本音だったのだ。心の底からのたった一つの願いだったのだ。好きで居させて欲しい――傍に居させても欲しい、認めて欲しい、ただそれだけだった。それだけ叶えば他の全てを背負っていけたのだ。しかし現実は何もかもを裏切ってしまう。何もかもが無意味になってしまう。泣きじゃくるリイドの姿はまるで迷子の子供のようで、エアリオは胸の奥がズキリと痛むのを感じた。


「リイド……違うの、これには理由が……理由があったの」


「そんなの言い訳じゃないか……。その言い訳を信じろっていうのかよ……! ボクを騙していたくせに……! 君はただ、スヴィアの命令に従っていただけなんじゃないか! 結局君はっ! ボクじゃなくてスヴィアを選んだんだ!!」


 停止しているレーヴァテインを援護するように戦うカイトたちであったが、前線を支えていたガルヴァテインとトライデント、そしてレーヴァテインがいなくなり、完全にノアの侵攻を阻止出来ずに居た。次々に部隊が引き上げていく中、ジェネシスのヘイムダル隊も撤退していく。


「リイド、何やってんだ、引き上げろ!! 俺たちだけじゃ勝ち目はねえ! 引かなきゃ死ぬぞ、リイド!! くそ、通信が通じてないのか!?」


「……僕たちだけでも先に引き上げましょう。このままでは全滅です」


「で、でも……!」


 反論を聞かず、エルデは先陣を切って引き上げていく。アイリスはまだ戸惑っている様子だったが、カイトは彼女とイリアの事を思えば引き上げずにはいられなかった。仲間たちが居なくなっていく中、リイドはコックピットのハッチを開いてその身を風の中に晒した。白い砂漠の上を吹きぬける風は二人の間を通り抜け、何か決定的なものを擦れ違わせていく。少年は涙を拭い、少女には何も言わずにレーヴァテインから降りていった。途中まではリフターで、そして飛び降り、砂の上を転がりまわる。レーヴァテインはほうっておいてもジェネシスが回収するだろう。だがもう……ジェネシスには戻りたくなかった。


「リイド君、何してるの!? こんなにフォゾン濃度が高いエリアで……! パイロットスーツがあるからって、頼りすぎだよ!」


 オリカの黒いヘイムダルがリイドの傍で急ブレーキをかけ、砂を巻き上げながら停止する。そうしてコックピットを開き、オリカはリイドにヘイムダルの手を差し伸べた。その上に乗ってコックピットに飛び込んだリイドはオリカを見つめ、それから俯いて見せた。


「リイド君……? 泣いてるの……?」


「…………ごめん、オリカ……。ここから少し離れたところでいいから……連れてってくれないか? もう、ジェネシスには戻りたくないんだ……。あそこには、ボクの居場所なんか最初からなかったんだ……」


 コックピットの隅に座り込むリイドを見やり、オリカは優しく微笑んで見せた。黒いヘイムダルは猛然と砂漠を疾走し始めたが、その撤退方向は仲間たちとは異なっている。黒いヘイムダルが見えなくなるのをエアリオはレーヴァテインのコックピットから見届け――歯を食いしばり、その拳をコンソールへと叩きつけるのであった。


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またいつものやつです。
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