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天使は、謳わず(2)


 ボクには、過去の記憶がない――。意識がはっきりとしているのは二年くらい前からで、それ以前に自分が何をしていたのかは愚か、どんな性格の人間であったかさえもわからなかった。

 当たり前の事だ。人の意識というものは、記憶に起因している。人格も、肉体も、魂と呼べるものが存在するのであればそれも、きっと過去という過程によって生み出された結果なのだから。それが存在していない時点で、ボクという存在は欠落だらけの未完成品なのだ。

 リイド・レンブラムという少年がどんな少年だったのか、ボクは知らない。けれどそれでいいと思っていたし、別に興味もなかったはずだった。ボクは今のボクとして生まれ落ちた時からそういう性格だったし、記憶喪失についても“ああ、そうなんだ”くらいにしか思わなかったものだ。

 そんなボクを受け入れ、様々な事を教えてくれたのがスヴィアと母さんだった。二人は多分、ボクとは血の繋がらない家族なのだろう。スヴィアはもしかしたら実の兄なのかもしれないが、とりあえずあの母親が本物だとは思えない。スヴィアとリフィル、変わり者の二人との生活はやはり奇妙で、しかしそれなりに意味のあるものだったと思う。

 スヴィアはボクにとって憧れだったし、母さんはボクにとって唯一心を赦せる人だった。ボクという世界はあの家の中だけの狭いもので、そこから外にあるものにはまるで興味がなかった。ボクには心を赦せる人が二人も居る……それで十分だった。

 でもスヴィアは何も言わずにヴァルハラを去っていった。理由も、行き先も告げずに……。ボクは彼を止めた。居なく成らないでと願った。けれどそれは届く事はなく、そして彼が居なくなるとほぼ同時期に母さんも家から姿を消してしまった。仕事が忙しくなったからと言っていたのは、今思えばスヴィアというレーヴァテインパイロットがいなくなったからだったのかもしれない。何はともあれ、そうしてボクは一人になった。

 別にそれでもいいと思ったんだ。一人でもいいと思った。最初から一人だったわけだし、そこにたまたま二人がいて、その二人が居なくなったと言うだけの事だと思った。ボクの世界は家の中から更に狭まり、自分の部屋だけになった。何も知らない、何も判らない、右を見ても左を見ても“見覚えのない”世界に、どう接すれば良いのかもわからなかった。

 だから一人でよかった。だから、周りを攻撃した。誰も傍にいなければいいと思っていた。周囲の人間と自分は違うのだと思っていた。一人でも生きていけるだけの力があると思っていた。ボクは天才だ――ボクは特別なんだ、って。でもそれはきっと、自分が特別ではないという事に気づいていたからこその思いだったのだと思う。自分が特別なら……スヴィアはきっといなくならなかった。そう、心のどこかで思っていたんだ。

 でも、一人じゃなかったんだ。一人で生きていたと思っていたボクは、一人きりだったわけじゃなかった。レーヴァテインに乗るようになって色々あったし、嫌な事や思い出したくもないような事もあった。けど、それだけじゃなかったんだ。

 あの日、戦場でボクはエアリオに出会った。イリアと、カイトと……仲間たちと出会った。対立したり反発しあったりもしたけど、結局は胸を張って仲間だって言えるようになったと思う。勿論恥ずかしいのでそんな事は絶対口には出来ないけど。

 オリカやアイリス……皆がそこに加わって、レーヴァテインに乗って戦うって言う悲劇的な背景があるのにボクらは笑っていられた。それは一人じゃなかったからだ。戦いの中で失われていくものや善悪の迷いがあったとしても、ボクらは一人じゃないから戦う事が出来た。きっと皆も同じ気持ちで居てくれると思う。

 けれども世界はボクが思っていた以上に用意周到で、まるでこうなる事全てが以前から決まっていたみたいに平然とボクの背中を押していく。さっさと進めと、前へ押しやってくる。スヴィアがレーヴァのパイロットだった事も、母さんが本部の司令だった事も、イリアやカイトの事もオリカの事も、多分ずっと前からそう決まっていたのだと思う。

 それが心のどこかに引っかかっていて、これでいいんだ、これでよかったんだと思う自分と――このままじゃいけないんだと漠然とした不安を抱える自分がいる。どうしてなのだろう? 今が幸せなら、それでいいじゃないか。今ある幸せを守っていけば、それでいいじゃないか。そう思っているのに……まるで遠い遠い過去に失ってしまった“本来のボク”が別に居て、それが囁きかけてくるみたいに……。このままでいいのかって、そう思うボクがいた。

 漠然としたその不安の意味や正体を知った時、ボクは初めて感じるのだ。自分の甘さと無力さが、悲劇と呼ばれる物を手繰り寄せてしまうのだという事に。その切欠となる事件は、ある日突然平和なヴァルハラに訪れた――。


「今回の作戦目標はロシアゲートより出現した超大型の第一神話級、“ノア”の掃討になります」


 ユカリさんの声と共に始まったブリーフィング、そこまではいつもと同じだった。ボクたちレーヴァテインチーム一同はブリーフィングルームに集まって彼女とヴェクターの話に耳を傾けていた。問題なのはメンモニターに表示された敵のその巨大さであった。


「全長20kmの怪物……。間違いなく、これまで出現したパンテオンズの中で最強しょうねぇ。外見は――空飛ぶ鯨、という感じでしょうか?」


 第一神話級、ノア――。それは空を舞う巨大な光の鯨であった。全長20kmという、本格的にありえない数字の全長はそのままノアの強さを意味している。ノアを発見したのはロシアゲートを監視していた同盟軍の部隊だったらしいのだが、それはノア出現直後に蒸発――。状況の把握の為同盟軍は大量の部隊を送り込んだものの、その事如くが壊滅した。その犠牲の上に今回のノアに対する攻略作戦が立ち上がったのである。


「今回の作戦は同盟軍、東方連合、そして我々ジェネシスによる三大勢力の共闘作戦と成ります。今回は打算なし、掛け値なしの総力戦です。人類の力を一つに纏めなければあれは倒せません」


 便宜上、これまで“神話級パンテオンズ”と呼ばれているものは第三から第一までしか存在していなかった。それはこれまでこの枠組みだけで事足りていたという事であり、この第一神話級と呼ばれる以上の敵が出現しなかったという事を意味している。よって第一神話級以上に“強い敵を表現する言葉が今の所ないので”仕方がなくノアも第一神話級という括りになっているのだ。

 ノアは既に同盟軍の妨害を受けつつも南に行軍を開始しており、次々に人類の施設、生き残りを攻撃し続けている。ノアが通過したエリアは例外なく死の砂漠と化し、更にノアが引き連れている無数の神話級が世界各地へ移動、攻撃を開始しているという。同盟軍、東方連合は直ぐに迎撃の為に結託。ヴァルハラにも支援要請が入り、それに応じる形となったらしい。

 だが、例の東方連合とのいざこざもあり、そうすんなり行くものだろうかという疑念はあった。何しろジェネシスは“人類を守るために戦う”などと言う正義の味方のような大義名分では決して動かない。自分にとって利益のある事、そしてヴァルハラへの攻撃のように実害が及ぶケースに絞り、レーヴァテインを出撃させるのだ。だが今回は特にいざこざもなく出撃を決定した……それだけの敵という事なのだろうか?


「今回の作戦ではレーヴァテインだけではなく、完成しているヘイムダルを全機投入します。それとマステマの量産タイプが開発室から出撃予定です」


「……文字通り、総力戦ってわけね。それにしてもいつの間に完成してたの、マステマの量産機って?」


「いやぁ、僕にもさっぱり……。あくまで僕は、ただのテストパイロットですよ」


 イリアの訝しげな視線をひらりとかわし、エルデはへらへらと笑っていた。しかし完成しているヘイムダル全機って……パイロットがいないんじゃないのか? その疑問は僕よりも先にイリアが口に出してくれた。それに対する返答は決して納得の出来るものではなかったのだが。


「それが、ヘイムダルのパイロットはジェネシス上層部からの指示で知らないんですよねぇ……。とりあえずカイト君とアイリスさん用のヘイムダルは確保していますが、それ以外は開発室側に委託される部分が多くなりまして。ルドルフ君が激怒してましたよ……ははは」


「まあ、とりあえず俺とアイリスはヘイムダルで出撃すればいいんだな? で、レーヴァテインはどうするんだ? リイド、誰を乗せてく?」


「それに関しては上層部から直接指示が出ています。今回の出撃は――オリカ・スティングレイを連れて行くようにと」


「オリカを……? 上層部から直接指示って……上層部って具体的にどこのどいつだよ……」


 現場の事も何もわかってないどっかの誰かに命令されてオリカを乗せていくというのは個人的に気に入らなかった。オリカの実力は――いやってほど見せ付けられたから判っているけど。でもそういう事じゃないんだ。ボクたちは命をかけて戦ってる。なのにオリカを乗せろだなんて命令するだけして、名乗りもしないというのはどういう神経なんだ?

 ボクだけではなくほかの皆もあまりいい気はしていない様子だった。イリアにしてみれば自分が出撃したかっただろうし、エアリオは……どっちでもいいのだろう。カイトは理不尽な命令にも飄々と応じて割り切るタイプだけど、特にアークライト姉妹はなあ……筋の通らない話は受け付けないからな。


「ふーむ……? まあ、実のところ私にもよくわからないのですが……。ジェネシス上層部、通称“第七天輪セブンスクラウン”と呼ばれる組織からの命令だそうですよ」


「セブンスクラウン……? なんだそりゃ」


「ジェネシスという企業を運営している組織の名前です。私も気にはなっているのですが……如何せん詳しい事はサッパリ。ですがレーヴァテインの出撃承認を行っているのはこの“第七天輪”ですから、これだけ出撃をすんなり認めてくれただけ珍しいケースでしょう」


 ヴェクターがそんなことを言うのが少し以外で、ボクは思わずその顔をまじまじと見てしまった。彼は相変わらずいけすかない表情で、人差し指を立てて言った。


「私だって、あの組織の事は大嫌いですよ? 実際、私の権限では助けたくても助けられないものは山ほどありますからねぇ……。ま、今回は僥倖と言う事で一つ呑んではいただけませんかねぇ?」


「あ……うん。まあ、仕事だし……仕方ないと思うけど」


 何故かヴェクターの言葉は今だけは素直に信じられる気がした。何故だろう、コイツの事をいつも胡散臭く思っていたはずなのに、今の言葉は本気だった……少なくともボクにはそう感じられたから。大人がそうやって子供の言葉に真摯に応じてくれた以上、従わないのではそれこそガキの我儘になってしまう。だからそれを受け入れるつもりだったのだが――。


「――――私、もうレーヴァテインには乗らないから」


 反対意見は意外なところから出てきた。背後で皆とは少し離れた壁際、背を預けて腕を組んでいたオリカがそう口にしたのである。誰が驚いたって一番ボクが驚いてしまった。あのオリカが、命令に反するような発言をするなんて……。しかも自分で言うのもなんだが、ボクと一緒の出撃なのに……!


「うーん……困ってしまいましたねぇ。オリカ君、それは重大な命令違反ですよ? 上位組織の命令を反故にするというのは、貴方が一番やってはならないことでは?」


「でも、乗らないったら乗らない。私がレーヴァテインに乗る事は、やっぱりあっちゃいけないんだよ。“強すぎる”からね。リイド君がそれで利用される事になるのだけは、絶対に耐えられない」


 オリカの言葉の意味は判らなかったのだが、その迫力のある眼差しには何も言えなくなってしまう。肩を竦めたヴェクターは、仕方がなくと言った様子で頷いて見せた。


「……では、オリカ君はヘイムダルでの出撃をお願いします。今回の干渉者は――エアリオ・ウイリオ。貴方にお願いして宜しいですか?」


「ちょっと、なんであたしじゃないのよ!?」


「相手は空を飛んでいる巨大な鯨ですよ? 格闘戦闘でどうにかするおつもりですかねぇ」


「オリカだって刀じゃない!! イザナギだって剣しかないじゃん!!」


「あー、でもねえイリアちゃん? オリカちゃんは剣だけでもバカみたいに強いから、全然問題なっしんぐなんだよ~」


 へらへらと笑ってイリアの肩を叩くオリカ。イリアの顔は……振り返っているのでボクからは見えなかったが大体想像がつく。あの二人って本当に一触即発だな――。


「えーと……まあ確かに、ヴェクターの言うとおりだよ。でかい敵を撃ち落すならマルドゥークが一番効率がいいだろうし」


「わかった。じゃあわたしがリイドと一緒に出撃する……それでいい?」


「……わかったわよ!! 但し、アイリスにもしもの事が……もしもの事があったら!! カイトを殺すわ!!」


「なーんでそこで俺になっちゃうのかなー……イリアさん……」


 こうしてボクらも作戦に参加する事が決定した。出撃までは三十分程の猶予があり、ボクは初めてパイロットスーツという奴に着替える事になった。これまでは制服や私服なんかで戦っていたのだが、今回ばかりは相手が相手だけにスーツの着用が求められた。ついでに言えば、レーヴァテイン用のパイロットスーツの具合をテストしたいという意図もあったのだろう。

 着替えを終えて更衣室を出ると、丁度隣の女子更衣室から着替え終わったエアリオが出てくる所だった。青白いカラーリングのパイロットスーツを着用したエアリオはボクを見るなり振り返り、なにやらニヤリと笑って見せた。確かに……このスーツは多分、絶望的に似合っていない……。


「……なんだか、こうして一緒に出撃するのは久しぶりな気がする」


「そう? この間天使やっつけるのに出撃したろ?」


「大きな作戦ではって事。リイド……少し、緊張してる?」


 言われるまで気づかなかったが、確かに今回は相手が相手だけに肩に力が入りすぎていたかもしれない。意識すればそれは簡単に解く事が出来た。自分を見失わない戦いにはもう慣れている。軽く身体を動かし、掌をぐっと握り締めてみる。ちなみにこれはイリア式リラックス方という。


「大丈夫、これまでだって全員無事でやってきたんだ。きっと皆を守ってみせるさ」


「…………そう。でも、あまり背負いすぎない方がいい。リイドは一人で戦っているわけじゃない。皆が、一緒に戦ってる」


「わかってるさ。救世主を気取るつもりはないし、正義の味方になれるなんて思わない。ボクは自分のエゴで戦っている……それは変わらないんだ」


 レーヴァテインは強い力だけれど、それが正しい方向に、良い結果に結びつくかどうかはまさしくボク次第なのだ。何となくこの間オリカと話してそんな事に気づけた気がする。だから……ボクは仲間を守るため、正義ではなくても戦おうと思った。それがボクにとって正義であればいいと思った。エアリオはいつでもボクを見ている。ボクの心の中を……見透かしている。


「……なあ、エアリオ」


「うん?」


「お前ってさ……。その……ボクの幼馴染なんだよな?」


 エアリオはきょとんとした目で“何を今更”と言わんばかりにボクを見ていた。そりゃそうなんだが……ふと思ったんだ。スヴィアや母さんが、最初から仕組まれた人間だったのなら……。カイトたちと出会う事が最初から決まっていた事だったのだとしたら……。エアリオ、お前は何なんだろうな。お前はどうして……ボクの傍に居たんだろうな。

 彼女は髪を束ねてポニーテールを作ると、そのままとことこと歩いていってしまった。慌ててそれを追いかける。いや、きっと考えすぎなんだ。わかってる、エアリオは悪い奴じゃない。いつでもボクの傍に居てくれる。でもどうしてなんだろう? このままじゃいけないって思うこの気持ちは。何故なのだろう? エアリオを見ていると……とても不安になるのは。

 出撃の時間は迫っていた。世界が動く時が迫っていた。その戦場に降り立った時、ボクは自分が何故レーヴァテインに乗っているのか……その理由を一つ、思い知らされる事になった――。




天使は、謳わず(2)




「全軍迎撃用意! 目標を迎え撃つ!」


「「「 了解! 」」」


 スヴィアの号令に従い作戦が決行へと移された。頭上を舞う巨大すぎる神――それに向かい、洋上の艦隊から砲撃と弾道の雨が舞い上がる。

 同時に飛翔する数え切れぬ数のヨルムンガルド、その先陣を切り、ガルヴァテインが両手に銃剣を構え飛翔した。爆発と炎と風と夜の闇……月明かりを覆い隠すその闇の中へと真っ直ぐに黒き機体は舞い込んで行く。

 ウガルルムとウリディシム、魔獣の名を持つ二対の銃剣を正面に構え、加速しながら引き金を引き続ける。だがノアは攻撃を受けてもびくともしない。周囲にはフォゾンによる強固な結界が存在し、ガルヴァテインの攻撃でさえ通用しないのだ。

 降り注ぐ砲弾の中、ノアはゆっくりとその巨大な大口を開いた。咽奥から溢れ返り空を埋め尽くすのは白い影――天使たちの大群である。まるで天国をひっくり返したような惨状、まさに大乱戦の一言。その天使の数、およそ万単位――。


「時間の無駄だな……。エンリル、埒をあける」


「……はい、マスター」


 ガルヴァテイン=ティアマト、その背後に展開する光の翼――。飛翔し続ける推力を生み出すそれらは淡い光を放ち、ガルヴァテインを覆い尽くす。放たれる光の弾丸も天使そのものの突撃もその光の結界は無力化する、絶対防御能力“天の石版”。結界を生み出す翼で自身の身体を覆いつくし、背後に続く部下に迫る脅威をわずかでも取り除かねばならない。

 空中を高速で飛翔、折り重なり津波のように空を塞ぐ天使の大群に銃弾を叩き込み、ブレードで十字に切り裂いていく。爆発するのは天使だけではない。味方のヨルムンガルドとて同じ事だ。次々に撃墜され、戦線は一瞬で崩壊する。訓練を積んだ熟練の軍隊ですらその物量には対処しきれない。分断された部隊のヨルムンガルドは飲み込まれるように粉々に砕け散っていくしかないのだ。

 艦隊からの砲撃もヨルムンガルドのアサルトライフルも通用していないわけではない。わけではないのだが、単純に数に違いがありすぎる。想像以上の状況に思わずスヴィアでさえ眉を潜めた。近づく敵を次々に両断し、鮮血の中顔を上げる。


「まさかとは思っていたが――やはりそういうことか」


 目を細める。その視線の先、天使に覆い隠されるようなノアの姿があった。鯨は襲い来る同盟軍を相手にもせず、ただただまっすぐに突き進むのみ……。そしてそれにガルヴァテインですら容易に近づけずにいた。

 口から大量発生した天使、それは巨大すぎるノアの肉体の容積よりもさらに大量――。つまり、内部に格納していたわけではない。ノアの口から内蔵しきらないほどの天使が出現したという事が指し示す意味。それは、ノア自体がゲートと同じ役割を果たしているという驚異的な事実であった。

 まさに移動する要塞拠点――。単騎で空中を飛翔していたわけではなかったのだ。その背後には億千もの天使を常に従えていたのである。しかし予想を裏切る事態など、スヴィアにとっては“予想の範疇”。戦場では何が起こるかわからないのが常、相手が人外だと言うのであれば尚の事である。

 絶え間なく攻防を繰り返しながらゆっくりと戦線を押し広げていく。後方からは肩部に装備したオヴェリスクから放たれる砲撃で徹底的にトライデントが空中制圧を行う。弾幕の雨、敵味方が入り乱れての乱戦――。こうなってしまっては同盟軍が全滅するのは時間の問題だと判断する。

 それは咄嗟の思考。ヨルムンガルドにまだ慣れきっていない同盟軍の部隊は大量の天使に直に飲み込まれるだろう。トライデントとガルヴァテインもまたどれほど持つかは判らない―――そう、今のままならば。


「少し……」


 “本気を出すか”――。

 ガルヴァテインの瞳が輝き、広げられた翼と共に銀色の光が放たれる。オーバードライブモードへの突入を意味するその光の後、ガルヴァテインは大きく舞い上がった。左右に突き出した腕の延長、二丁の“魔銃”に力を込める。放たれたのは巨大な光の閃光――。断続的に繰り出される光は回転するガルヴァテインの動きにあわせ、周囲の天使を薙ぎ払っていく。

 真夜中の空を照らし上げる銀色の光と共に天使たちが朽ちていく声が聞こえる。スヴィアは空中で三回ほど回転して天使を薙ぎ払ってみせると、銃口をノアへと向ける。放たれた無数の閃光はしかしノアの結界を突き破る事はなく、可視であるほどに厚く強く編みこまれた紋章の結界にそらされてしまう。そこに地上からトラインデントの砲撃が次々に叩き込まれた。


「くそ、デカブツめッ!! とっとと堕ちやがれってんだよォ――ッ!!!!」


「なんて強固な結界なんだ……! スヴィア、どうする!? このままやったんじゃあれは砕けない!!」


「――――だとしても、やるしかあるまい!」


 地上からの援護を受け、ガルヴァテインは翼を瞬かせながら銃身に剣を構築し、そうしてノアへと正面から突撃をかけた。刃の切っ先は結界にぶつかると同時に砕け、散ってしまう。エンリルが直ぐに新たな刃を構築し、ガルヴァテインは連続でノアへと斬りかかった。しかしその攻撃の尽くが弾かれてしまう。そうして反撃と言わんばかりに口を開いたノアは体内から高圧縮のフォゾンビームを発射――。光に一瞬で飲み込まれたガルヴァテインは吹き飛び、砂漠の上に墜落してしまった。


「スヴィア!!」


 ノアの放った光は海を蒸発させ、洋上に展開していた同盟軍の艦隊を一撃で壊滅させてしまう。雲が全て吹き飛び、雨とも海水とも取れぬ水が頭上から降り注いだ。ガルヴァテインは翼で身を守ったもののダメージは完全に防ぎきれたわけではなく、装甲に触れた先から水が蒸発していく。立ち上がったガルヴァテインの装甲は完全に赤熱していた。


「エンリル、大丈夫か……?」


「は、はい……なんとか……っ! でも、もう一度あれを受けては、恐らく……っ!」


 そう、二発は耐え切れないだろう。ガルヴァテインには防御能力があり、その出力を搾り出して更に正確にコントロールし、ダメージを受け流してやっとこの有様なのである。その刹那、干渉者にかかる負担は計り知れない。それに耐え切れずエンリルの気が緩めば結界は貫かれ、ガルヴァテインは蒸発してしまうだろう。つまり、もう次はないのだ。

 頭上に展開した天使がまるで雪崩れのようにガルヴァテインへ襲い掛かってくる。駆けつけてきたトライデントとヨルムンガルド隊がそれを迎撃するが、如何せん数が違いすぎる――。天使に混じって神話級までもが襲い掛かってくると、防衛ラインはあっという間に崩壊した。後退しつつ仲間を庇うガルヴァテインとトライデントはノアに近づく事すらままならない。


「クソッタレ!! あんなバケモン、オレたちだけでどうしろっつーんだよ!!」


「……ネフティス、あれ。どうやら僕たちだけが戦っているわけではなさそうだよ」


 見ればノアを挟んだ向こう側、砂漠を進軍してくる東方連合のスサノオ隊の姿があった。ノアを追撃する形で背後から回り込んできた東方連合は一斉にノアへと攻撃を開始する。しかし味方の数が多少増えたところで焼け石に水――劣勢である事は変わりない。


「おいおい、あっちのお守りもしなきゃなんねえのかよ!? 足手まといだぜ、スヴィア!!」


「さて、どうしたものか……」


 と、スヴィアが呟いた時であった。エンリルが振り返り、背後の映像をモニターに出す。それよりも早く夜の闇を貫いて無数の光の矢がノアへと降り注いだ。矢は結局ノアの周囲に群れている天使に当たって本体までは届かなかったが、天使を貫くその矢の威力は正しくアーティフェクタのものである。


「スヴィア!!」


 耳慣れた声が聞こえ、男は振り返る。空から急接近してきたレーヴァテインは頭上から巨大すぎる敵を見下ろし、弓矢を構える。想像よりも遥かに巨大なその影は世界に大きな闇を生み、悠然と空を舞い続けている。リイドはその圧倒的なスケールに気圧されながらも一斉に矢を放った。

 降り注ぐ光の矢が次々に天使を貫いていく。だがノア本体の結界を破れるほどの威力があるわけではない。ノアは全身の側面に数え切れないほどの無数の眼球を浮かべ、そこから一斉に光を放った。対空レーザーをかいくぐりながらマルドゥークは矢を放ち、回り込むようにしてガルヴァテインとトライデントの前に降り立つ。


「な、なんだあれ!? デカいとかそういうレベルじゃないぞ!?」


「リイドか……。悪いが一人ではアレを倒せそうにない。手を貸してくれ」


「ボクだって、あんなのを一人で相手にするのはごめんだよ――!」


「……ふ、そうだな。では行くか――共に、な」


 二機のアーティフェクタが再び舞い上がる。その背後ではジェネシスの輸送機によって送れて到着したヘイムダル隊の姿があった。砂漠に上陸するヘイムダルたちが一斉に天使へと攻撃を開始、それを合図とするようにレーヴァテインとガルヴァテインはノアへと突撃を開始した――。


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またいつものやつです。
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