天使は、謳わず(1)
『ヘイムダルの完成……予定していたよりも随分と早く完了したものだな』
『レーヴァテインも実戦を経験し、リイド・レンブラムとのつながりを強くし始めている。そろそろ、計画を次の段階へと進めたいところだな』
「いい加減、色々とわずらわしい制約から解放されたいところですしね」
闇の中、ソルトア・リヴォークは片手でルービックキューブを回しながら張り付くような笑みを浮かべた。定期的に繰り返されてきたレーヴァテインに纏わるこの会議に彼が参加するようになって何年だろうか? 気づけばソルトア・リヴォークが信じた理想の世界はすぐ目の前にまで近づいている。
リイド・レンブラムのレーヴァテインパイロットとしての覚醒。レーヴァテインの力の解放。新型兵器の開発。世界情勢の変化――。全ては今、“動”の時を迎えようとしている。これまで長らく続いていた膠着した時は淀みから解き放たれ、在るべき流れの中へとその身を還すであろう。そうなれば、この世界は変革から逃れる事など出来ない。
「レーヴァテインプロジェクト……いえ、“オペレーションメビウス”遂行の最大の障害は、やはりあの男――スヴィア・レンブラムです。彼の力はご存知でしょう? 月の守護神団を相手にして存在を継続できるような化け物です。あれで本来の実力ではないと言うのだから馬鹿げた話ですが」
『スヴィア・レンブラム……。忌まわしきユダの因子よ。我らの目的と彼奴の目的、寸分程も違いはないだろうに』
『その過程においてあれは理想に殉じ過ぎるのだ。奇麗事を並べていては世界の存続は務まらぬわ』
『あの男が居たからこそ、この世界は無事に続いてきた。だがその代役は既に成りつつある』
リイド・レンブラム――。彼の男の弟であり、同じ力を持つ存在。それはまだ未熟だが、やがてはこの世界をも背負い、神との戦いにおいて絶対的な切り札となるであろう少年。彼が育ちつつある今、そして彼を育てる為の環境が整いつつある今、この世界の“バランサー”であるスヴィアは邪魔なのだ。
「――――倒してしまいましょう。そしてガルヴァテインを奪い、ジェネシスで運用すれば良い。むしろ戦力増強、かつこの世界のバランスを傾かせる力になる」
『簡単に言うが、それが出来ぬから長年放置してきたのだろう? あれの裏切りは我らにとっては余りにも痛すぎる事件であったからな』
『伝説のアダムの力を持つ男の裏切り……。奴はこの世界に革命でも起こすつもりなのか? この数年、特に動きはないように見えるが』
「革命家を気取るには口数が少なすぎますよ。革命家という人種はね、饒舌美男でなければ。この私のようにね」
冗談なのか、それとも本気なのか――ソルトアは笑いながら己の胸に指先を当てた。返答は当然なかった。冗談にせよ本気にせよ、そんなくだらない発言に付き合うような連中ではない。
「いかにあのガルヴァテインと言えども、今のレーヴァテインであれば十二分に撃破可能でしょう。勿論まともにやりあえば勝率は低いですが……こちらには切り札、スティングレイの干渉者がいますから」
『世界最強の神の供物か……。ほかならぬスヴィアの太鼓判だ、間違いはないのであろうが……』
「要するに、隙を見て不意打ちすればいいじゃないですか。ガルヴァテインもスヴィアも不死身、無敵というわけじゃあない。手はいくらでも、ありますよ――」
「――いやぁ、あれは在り得ないわ……。どういうことなのよ、“母親”って……」
ジェネシス本社ビル地下、アーティフェクタ運用本部内部、通称“楽園の湯”――。そこは訓練室の直ぐ傍にあるシャワールームに隣接して存在している所謂銭湯である。ジェネシスにはやや似合わない赤と青の暖簾に男女の文字が刻まれた入り口をくぐれば、その向こうにはまるで大衆が利用する為に存在しているかのようなごくごく普通の銭湯が広がっているのである。
機械的なデザインや高級感を漂わせる無機質かつシンプルな内装が特徴のジェネシス社内において、それは明らかに異質な施設であった。しかもこのジェネシスにある部屋には殆どにそれぞれ快適なユニットバスが付随している為、わざわざここを使う必要もないのだが……。
訓練室でのショッキングな一連の出来事の後、パイロットたちは雪崩れるように銭湯にやってくる事になった。元々はそれぞれそれほど頻繁に利用しているわけではなかったが、今回はパイロットの殆どが出撃或いは出撃準備状態にあった為、全員では同時にシャワールームに入れないし並ぶのも面倒なのでと色々と理由をつけて揃って入浴する事にしたのである。が、その本音、それぞれ勝手に喋りたい事があっただけのようだ。
「リフィル・レンブラム二十歳……リイド・レンブラムの母親、ですか。何故でしょうか? 非常に不謹慎な響きの言葉です」
湯船に浸かったアークライト姉妹は肩を並べ、底から浮かび上がってくる泡に両足を投げ出していた。中年おやじよろしく頭の上に折りたたんだタオルを乗せたイリアは気持ち良さそうにゆるんだ表情を見せている。ちなみにレーヴァテインチームの中、彼女だけはこの銭湯を頻繁に利用していた。
「ヴェクターが副司令なんだから、まあそりゃ司令官が他にいるのはわかってたけど……まさかあんなに若いなんてねぇ。あたしたちとそんなに変わらないわよ、二十歳って」
「姉さん、私は十四歳なんですが」
「六歳しか違わないじゃない。ヴェクターと比べてみなさいよ、ヴェクターなんかオッサンもいいところよ? どうせもう三十後半とか……」
「そうでしょうか……。それより三十後半だとオッサン呼ばわりな姉さんはさっきからオッサンみたいな動きしてますけど……」
「え? 何か言った? 銭湯って凄く気持ち良いわよねぇ~!」
首をこきこきと鳴らしながらイリアは幸せそうに声を上げた。アイリスはどちらかというと一人でゆっくり入りたいタイプだったし、そもそも他人同士が同時に風呂に入るという習慣があるのかどうか人によって違うこの街ではこの銭湯がいかにハイテクでも大好評というわけにはいかないのも頷ける。
アイリスは身体にタオルを巻いたまま湯船に浸かっていたが、イリアは既にタオルなど最初から体に巻く事さえしなかった。頭の上に乗せたミニタオルだけをお供に広い湯船の中自由にのびのびと素肌を晒している。そんな姉を破廉恥だと思うのかそれともあっけらかんとしていて潔いと思うのか、それは妹の感性の問題であった。
「しかし、司令と言うからにはそれなりに力があるからこそでしょうし、あまり若いからといって甘く見ない方が良いのでは?」
「そりゃそうだけど……あたしそれより別に気になってる事があるのよね」
「……実は私も……」
二人は互いに顔を見合わせ、それから真剣な表情で頷いた。どちらからともなく、せーのと息を合わせたかのように発言する。その内容は、ぴったりと重なって見せた。
「「 あの人、お母さんに似てる 」」
二人して頷きあい、それから腕を組んで考えてみる。そう――リフィル・レンブラムの特徴は紅い髪と紅い瞳である。その特徴においてイリアとアイリスは符合していたし、彼女の顔つきや体つきも二人をそのまま大きくしたように見えない事もない。だが本人たちはそれに気づく事がなく、身近で最も似ている人物を当てはめたのである。それが二人の母親であった。
「あんまり母さんの話ってしたくないけど……でも、そっくりだったわね。思わずこっちのお母さんかと思ってビックリしたわ」
「私も一瞬嫌な汗が……。それにしても全く似ていませんね、リイド先輩と司令って」
「そりゃ、血の繋がらない親子でしょ? あの歳でリイドみたいな子供が既に居たら列記とした犯罪を容認した事になるし、奇跡と奇怪を同時に見せ付けられたような気分になるわ……」
「…………司令が何者であるにせよ、リイドの母親である事に変わりはないと思う。リイドはどう思ってるのかな」
二人が同時に横に視線を向けると、エアリオは二人の横で何故か立っていた。身体に何も巻いていなかったので完全に何もかもが露出した状態にあり、アイリスが慌ててエアリオを湯船に引きずり込む。するとエアリオのあまりにも長すぎる髪がぶわっと一気に湯船の中に広がり、何ともいえない状態になってしまった。
「二重の意味ですごいことになってるわね――」
「どうしてエアリオ先輩は髪の毛切らないんですか!?」
「不思議な事に、切っても切ってもすぐ生えてくるから」
「あんた、逆に生えてこなくなったらどうすんの――?」
仕方なくエアリオの髪はぐるぐるとタオルで巻いて固定する事にした。それでも余りある巨大な髪は放置するしかなかったが、兎に角これでぶわっと広がりまくることだけはなくなった。姉妹は同時に溜息を漏らし、会話を継続する。
「エアリオはあたしよりもジェネシスに長くいるんでしょ? リフィル司令の事は知ってたの?」
「知っていたし、昔からの顔見知り。スヴィアがまだレーヴァテインのパイロットだった頃から、ずっとリフィルが司令官だった……はふぅ」
顔を赤らめ、エアリオは湯船の中で身体を動かしつつ気持ち良さそうに頬を緩ませている。アイリスは既に熱くなってきたのかだらだらと汗を浮かべながら二人の会話に耳を向けている。
「そういえばあんた、リイドの幼馴染なのよね? ってことはスヴィア先輩とも幼馴染って事になるし……そりゃ、あたしたちよりレーヴァテインに詳しくて当然か」
「え、幼馴染だったんですか先輩たち? なんか……カイトと姉さんとは随分違った感じの“幼馴染”ですね」
実際に幼馴染の関係にある男女が身近にいるアイリスにとって、幼馴染とはもっと仲が良くて何事も打ち明けて話す事が出来るような関係なのだというイメージがあったが、エアリオとリイドはお世辞にも幼馴染らしい関係には見えなかったし、そもそも二人が会話をしている所をあまり見かけた事がない。
「アイリス、エアリオはこれでもリイドにかなり懐いてる方なのよ。昔はあたしたちと会話すらしなかったもの」
「へえ……? じゃあ、リイド先輩のお陰なんですかね。ならもっとリイド先輩も他の皆と話せばいいのに」
「それは、しょうがない。リイドは記憶喪失だから」
「ふーん、きおくそうし……何?」
アークライト姉妹が同時にエアリオに視線を向ける。エアリオはあっけらかんとした様子で二人を見つめ返し、同じ言葉を繰り返した。
「リイドは記憶喪失だから、わたしの事を何も覚えてなくて当然なの」
「きお……っ!? えっ!? えぇええええ――――ッ!?」
「……なにやら女湯から、アークライト姉妹の叫び声が聞こえてきますね」
一方その頃男湯ではリイド、エルデ、カイトの三人が並んで湯船に浸かっていた。カイトはイリア同様頭の上にタオルを乗せ、エルデは長い髪を縛っている。両極端な二人に挟まれ、リイドは居心地悪そうに溜息を漏らした。
「いやぁ~、しかしやっぱり銭湯はいいよなあ。ロマンだよなあ……」
「銭湯の何がロマンなのかわからないけど……。というか、他人同士が裸で風呂に入るってどうなの?」
「どうもこうも、裸の付き合ってやつがあんだろが」
「…………カイトってホモなの……?」
「違うわッ!? どうしてそうなるんだ!?」
「成る程、ではゲイと……」
「だから違……なんでお前ら二人揃って遠くに移動してんだよ!? 裸の付き合いってのはそういう事じゃないからな!?」
必死で説得するカイトであったが二人が戻ってくる事はなかった。一人壁際で涙を流しながら頭を抱えるゲイ(ホモ)疑惑の少年を放置し、エルデは楽しげにリイドに声をかける。
「いやぁ~、しかしたまにはこうして皆でお風呂に入るというのも良いものですね……。僕は初体験ですよ」
「ボクだってそうだけどさ……。いや、初体験とかいうのやめない? なんか本当に嫌だから……」
「では話題を変更しましょう……。リイド君の母親、リフィル・レンブラム司令についてというのはどうでしょうか」
「それも今はあまり考えたくないかなぁ」
少年は額に手を当て、湯気の中に過去を思い浮かべてみる。昔、スヴィアがまだヴァルハラに居た頃はこんな事になるなんて思ってもみなかった。スヴィアがレーヴァテインのパイロットであるなど考えもしなかったし、リフィルがアーティフェクタ運用本部の司令であるなどとは予想もしなかった。あの頃は家の中にリイド一人ではなく、三人での家族生活があったものだ。たった一年二年前の話だというのに、それが何故か今はとても懐かしく感じられた。
「なんだか知らないうちに自分の周りが戦いの中に引きずり込まれていくようで少し不思議な感じかな……。まるで何もかもが最初から仕組まれていたみたいだ」
「……実際に、そうなのかもしれませんね」
エルデは湯船から白濁した湯を掌に掬い、それをゆっくりと零してみせる。リイドが見たその少年の横顔は、普段の彼とは違ってとても哀しげだった。
「何もかもが予定調和で、僕たちの戦いに意味などなく……運命と結末が全て決まっているのだとしたら。それはなんと惨く、残酷なシナリオなのでしょうか」
「…………エルデ?」
エルデはリイドへと視線を向け、優しく微笑んで見せた。力ないその弱気な笑顔が何故か今は意味深に見えてしまう。リイドが言葉を続けようと唇を開いたその瞬間、ガラリと音を立てて男湯の扉が開いた。
「しまったぁ――ッ!? オリカちゃんとしたことが、女湯と男湯を間違えて入ってきてしまったあ!! 別にリイド君と一緒にお風呂に入りたかったとか裸が見たかったとか、男子同士が裸で絡んでる所を期待していたとかそういう事は一切なくやましくないオリカちゃんだけどここは仕方がないから何事もなかったかのようにごくごく自然な動作でお風呂に入っちゃったり背中流しっこしちゃったりなんかしたりしなかったりしちゃったりして――――はうッ!?」
身体にタオルを巻いて入ってくるなりなにやら説明文を長々と大げさに叫んだオリカの台詞が途切れた瞬間、リイドが投擲したプラスチック製の桶がオリカの顔面に直撃する。そのまま塗れたタイルの上で滑って後頭部を派手に床にぶつけたオリカはピクリとも動かなくなり、リイドは深々と溜息を漏らした。
「…………オリカ……。あれから少しはマトモになったかと思っていたらやっぱり脳味噌が完全に腐ってやがったか……」
「モッテモテじゃねえかリイド! オリカってものすげえスタイルいいじゃねえか、もったいねえ! 背中くらい流してもらえばよかったろ? 俺は見てるだけで満足だからさ」
「ホモは少し黙っててくれるかな」
「…………リイド君、大変です! オリカさんのタオルの中が、見え――!」
「お前も少し黙ってろ」
エルデの顔面を湯船の中に押し込み、暴れるその身体を強引に沈め続ける事数分――。動かなくなりぐったりした様子のエルデが浮かんでくるのを確認し、リイドは気絶したオリカを引き摺って脱衣所に向かうのであった。
天使は、謳わず(1)
夜の闇の中、月明かりが降り注ぐ白い砂漠の上で瞬くいくつかの光があった。それは断続的に繰り返される夜を照らし出す文明の炎――。砂漠の上を疾走するのは迷彩柄の人型機動兵器たちであり、それらはライフルやミサイルによる攻撃を続けながら後退を余儀なくされていた。
真夜中の戦闘は既に始まって一時間以上が経過している。展開する同盟軍部隊が迎撃しているのは北極大陸にある高レベルゲートより出現したパンテオンズであり、わらわらと沸いてで来る天使と共に神話級もちらほらと出現しているのが見える。対する同盟軍は戦闘機や人型戦闘機、“ヨルムンガルド”による迎撃で持ちこたえてきたが、それも既に限界を迎えようとしていた。
ヨルムンガルドは同盟軍に正式配備された新型の人型戦闘機であり、その性能はこれまでのものを大きく上回っているが、ジェネシスのヘイムダルのように神話級にまで通用するようなものではない。数十機投入されていたヨルムンガルド部隊も現在は半数以下に減り、じりじりと海岸線を追い詰められ続けている。
「隊長、ジリ貧じゃないッスか!? 弾薬もいい加減底を尽きますよ! 増援はまだッスか!?」
「ううむ……もう少し、もう少し粘れば……! イオス君、ここが正念場だぞ! 仲間同士援護しあって、可能な限り時間を稼ぐのだ!」
「って、言われても――!! 数が違いすぎますよ!!」
角の着いた隊長機の眼前、砂漠の上をぞろぞろと行軍してくる天使たちの姿があった。地上タイプの天使のほか、頭上にも天使は展開されており、奥には神話級が控えている。一斉にアサルトライフルやミサイルによって迎撃を行い天使を潰していくが、数があまりにも違いすぎる。不幸中の幸いなのは天使は大した知能も能力も持たず、攻撃能力も格闘しかない為遠距離から攻撃し続ければ撃墜される事はないという事だろうか。
アサルトライフルを左右に二丁装備した隊長機が後退する仲間を援護しつつあえて前に進んでいく。しかし直ぐに銃弾が底を尽き、手榴弾を投擲してしまうと残っているのはハンドガンだけになってしまう。しかしそれではまさに焼け石に水――。数の圧倒的な暴力性を前に、自衛手段と呼ぶのも笑えてしまうほどだ。
「隊長、もう限界です!! 引き返しましょう!!」
「ここから退けば、奴らは旧ヨーロッパ領土に進軍する……! そうなれば多くの難民が死ぬ事になるのだ! それだけは絶対にあってはならん!!」
「……それを言われると、弱いんですけどね……! 自分たちも、難民だったクチですから……!」
「大丈夫だ、心配するな。彼なら必ずやってくる。必ずな――!」
冷や汗を流し、隊長が頷いた。目の前にまで迫った天使の群れ――諦めずに最後までそれに銃を向け続ける。刺し違える覚悟を決めた彼の背後、海の上を突っ切る光の影があった。それはヨルムンガルド隊を追い抜き、砂漠へと着弾――蒼い光を瞬かせ、派手に火柱を吹き上げさせる。
「隊長、あれ……!」
「ああ……。間に合ってくれたか……!」
海上を滑るように高速移動しながら迫るトライデントはその両肩に装備した巨大なフォゾンビームカノンを連射し、砂漠を侵攻する天使の足を止めていく。そんなトライデントを追い抜き、夜の闇の中を切り裂いて漆黒が舞い降りた。ヨルムンガルド隊の前に着地したガルヴァテインはその翼を広げ、両手に大型のハンドガンを装備、その瞳を輝かせた。
「……遅くなってすまない。後は私たちに任せて撤退してくれ」
「そういうわけにはいかんさ。可能な限り、君たちを援護する。それが我々の任務だからな」
通信機から聞こえる声にスヴィアは優しく微笑み、そうしてガルヴァテインは二対の拳銃を胸の前で交差させる。銀色の光が機体を包み込み、ガルヴァテインは口を開いて低い姿勢から一気に走り出した。天使の群れの中へと回転しながら突撃し、両手のハンドガンを連射する。その一撃一撃が天使を一匹木っ端微塵に吹き飛ばし直余りある威力であり、貫通した弾丸は次々に天使を蒸発させていく。敵の群集の中、ガルヴァテインは踊るように銃撃を繰り返す。近づく敵は拳銃の先端に装備されたブレードで切り裂き、猛攻を続ける。そんなガルヴァテインに追いついたトライデントが片手に携えた槍を回転しながら振り回し、天使を一気に掃討していく。
「スヴィア、ここは僕とネフティスが請け負うよ」
「……わかった。私はパンテオンズを先に殺る」
舞い上がったガルヴァテインとタイミングを合わせ、トライデントは足元から無数の槍を出現させる。それは次々に天使を串刺しにし、血祭りに上げていく。空中に舞い上がったガルヴァテインの正面、そこには浮かんでこちらの様子を窺うパンテオンズの姿があった。
「目標、第二神話級が三体、第一神話級が二体――。過去のデータ参照により、比較的近い事象であるタイプを選択。戦闘勝率――100%です」
「問題ない。始めるぞ、エンリル――。オーバードライブ始動。一気に目標を殲滅する」
サブシートに腰掛けたエンリルがゆっくりと瞳を開き、金色の光を集めた眼の中で紋章を浮かべる。コックピットの中に光が溢れ、ガルヴァテインは二人のパイロットのシンクロに呼応し力を際限なく上昇させていく――。
フォゾンの光が二丁の拳銃、“ウガルルム”と“ウリディシム”へと収束、そこに巨大な光の剣を構築する。ウイングユニットである石版がゆっくりと開放され、そこからは光の翼が八枚――ガルヴァテインの身体を包み、守り、羽ばたいた。
鳥のような形状をした三体の第二神話級が一斉に口から光を放つ。それをガルヴァテインは翼で防ぎ、光の尾を引きながら一気に加速、突撃を開始する。三体の神の前、ガルヴァテインはその拳銃を振り上げ――次の瞬間、三機に“分身”してみせた。三機になったガルヴァテインは同時に三体の第二神話級のコアを剣で貫き、至近距離で銃弾を撃ち込んで破壊する。二機のガルヴァテインが光になって消えていくと、残された一機は黒い残像を纏って生き残った第一神話級へと迫っていく。
一体は騎士のような外見をした人型の神であった。振り上げられた剣は一撃で大地を砕くほどの威力を有している。それをガルヴァテインは両手の剣で受け止め、同時に切断――。羽を撒き散らしながら神の首と胴体を二対の剣で同時に薙ぎ、両断する。そうして生き残った最後の一体へと襲い掛かった。
放たれたのは光の矢であった。しかも一発ではなく、一瞬で数百の矢が放たれたのである。まるで針の筵のようなその弾幕の中、ガルヴァテインは全身を翼で覆ってそれを無力化していく。“天の石版”と呼ばれる翼には光を弾き神の力に抗う能力が備わっている。翼の盾に身を包み、黒い機神は満月を背に上下逆転に舞い降りる。
「――――終わりだ」
落下と同時に神の両腕を肩から切断し、剣を二つ同時にコアへ突き刺し、零距離射撃――。木っ端微塵に粉砕された神の悲鳴が空に響き渡り、砕かれた神が光となって大地に降り注ぐ。ガルヴァテインは両手のハンドガンを下ろし、ゆっくりと砂漠へと降り立った。
「…………滅茶苦茶ッスね。隊長、自分たちがあんなに苦労した相手を……殆ど一瞬で……」
「そうだな。だが、あれがスヴィア・レンブラムという男なのだ。これまであらゆる神に対して負けは愚か機体にダメージを負った事すらない……故に、“最強”」
地上では既に天使の排除があらかた完了しており、トライデントは天使の死骸が光になっていくのを見届けながら槍を肩に乗せて待っていた。ガルヴァテインはトライデントと合流すると静かに背後を顧みる。
「手ごたえねぇなぁ……。オレたちにもたまには神話級の相手をさせろよスヴィア。退屈なんだよ、ザコの処理はよ」
「お前たちのトライデントは、一対一の戦いより対多数に秀でている……。適材適所というものだ」
コックピットの中、スーツ姿の男がそう語る。月明かりの下、最強のアーティフェクタは無傷のその美しい身体を余す事無く世界に見せつけ君臨し続けていた――。