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夢の、終わり(3)

「こんなところに……まだ、民間人っ!? 非難警告はどうしたんだっ!!!」


 封鎖され月明かりが真上から届かないプレートシティの空……。上のプレートシティの底に設置されたサーチライトが同時に輝きを放ち、降り注ぐ光が異形の神を闇の中に浮き彫りにしようとしていた。

 カイトもイリアも、この異形との戦いは既に慣れた物だ。しかしクレイオスはそう何度も遭遇した経験も無い“神話級パンテオン”である。そして何より本来あってはならないプレートシティでの戦闘……。敵をホームグラウンドに進入させてしまったというこの状況が既に不利なのだ。民間人や建造物に注意を払い、カイトは巨体をなんとか制御しようとしていた。

 イカロスの翼に飛行能力は無い――。常時滞空している事が可能なクレイオスに対しそれは大きなハンディキャップだと言える。ビルを越え、両腕を上に……足を曲げての大きな跳躍。“幅跳び”のような挙動でビルを追い越し、公園に足をつけてクレイオスへと蹴りを放つ。しかし神は体表を覆う光の迷彩を揺らがせながら、ふわりと舞うように回避してしまう。


「避けられてる……! イリア、軌道を補正してくれ! とにかくプレートの外に弾き出さないと話にならねえっ!!!」


 揺らめくように空中を移動するクレイオスはまるでイカロスの攻撃を読んでいるかのようだった。交互に繰り出される拳、そしてその場で跳躍しての回転蹴り……その尽くが回避されてしまう。浮かんだ神になんとか攻撃を加えようと跳ね回るレーヴァテイン……その動きは無駄だらけに見える。しかしイカロスにはどうしてもそうするしかない理由があったのだ。

 レーヴァテイン=イカロスは、“遠距離武装を保有していないレーヴァテイン”……。つまり、浮いている敵に対し、街の状態を気にかけながら地に足をつけて闘わねばならない以上、カイトは大きすぎる制約を受ける事になる。

 凄まじい轟音を立てながらシティに着地するイカロス……。その震動は周囲のビル郡を易々と倒壊させ、自らの運動エネルギーを静止するために膝を着きながら大地を疾走、空を仰ぎ見た。クレイオスはそんな空を飛べないイカロスを見下すかのように優雅に空を舞い、白く輝く半透明の羽を街に降り注がせる。


「くそっ! イカロスの性能じゃ追いつけねえ!」


「……ご、ごめん、あたしのせいで……!」


「あ、いや、イリアのせいじゃなくてだな……。ええいっ! 今はそんな事言ってる場合じゃないだろっ!」


 今、クレイオスはただただ空で浮遊しているだけにしか見えない。むしろシティを破壊しているのはイカロスの方であり、客観的に見れば正義の味方と悪役とが入れ替わってしまっているかのようだ。ただしそれは、この状況を客観的に判断できる人間がいる……という前提の上に成り立つ仮説だが。

 このシティに――少なくともクレイオスの周囲数キロメートル範囲に、生存している生命など一つとして存在していない。ビルの中、街角……それぞれの民家。そうした建造物の中、道端にはぐしゃぐしゃに弾け飛んだ“元”人間たちの亡骸で溢れかえっていた。ただクレイオスがそこで舞い、歌うだけの事……それだけで、人間は次々に死滅していく。

 その気になれば、この街の建造物を一つも破壊せずともクレイオスは人間を皆殺しにする事が出来るだろう。そう、まるで罪人トガビトを罰する神の如く……。さもそれが当然であるかの如く。ただ歌い、舞うだけで人を駆逐する――。だがそれを兵器と呼ばずなんと呼ぶのか。それを神と呼ばずなんと呼ぶのか。生き物だけを裁く能力……たった数分間の出来事で、82番プレートシティは文字通り“殺された”のだ。

 本来あるはずの生き物の気配を失った摩天楼の輝きは最早不気味なものでしかなく、神が君臨した世界は静寂に包まれていた。まるで幻想の中の出来事のよう……。それを見上げ、歯を食いしばりレーヴァテインを操る。腹立たしかった。この神が、街を殺してしまう事も……。そして何より、神の進入を赦してしまった無能な自分に……。カイトの後悔をイリアは確かに感じていた。しかし、それは誰かの所為というわけではない。神の存在は、最早文字通り“天災”のようなものだ。そしてただ、“イカロスでは追いつけなかった”だけの話なのである。

 空中をたゆたうように移動するクレイオス。しかしその移動速度は一定ではなく、自在に速度を変え、変則的に慣性に囚われず動く事が出来る。空を飛翔するという能力に置いて高い性能を持つクレイオスと翼を持たないイカロスとではその相性は最早言うまでもないだろう。カイトがなんとか反撃の糸口を掴もうと手段を模索していたその時……。コックピット内に浮かぶモニターの一つを拡大し、イリアが叫んだ。


「――――待ってカイト! まだ生き残りが居る!」


「生き残り……!? フォゾン波動の直撃を食らったのにか……!? メインモニターに上げてくれ!」


 イリアが頷くと、彼女の傍にあった小さな画面はコックピット内を移動し、カイトの正面で拡大される。そこに映し出されていたのは一組の少年少女……。カイトは冷や汗を流し、そして不思議な状況に困惑した。逃げ遅れた民間人らしいその少年は――何故か両腕を神に差出し、そして恍惚に満ちた笑顔を浮かべていたのである。


「頭おかしいんじゃないの!? 何でこの惨状で逃げる気ゼロなのよ、あの馬鹿はっ!」


「それより隣に居るのってエアリオじゃないか……!? あいつ、あんなところで何やってんだ!?」


「逃げ遅れたのかしら……? 確かに、エアリオの家はこの近くだけど……あいつ、なんでこんな時に限って……!」


 二人がモニターに映し出された民間人に注意を向けていると、次の瞬間にはクレイオスの姿も大空を覆っていた歌声もピタリと消え去っていた。突然の出来事に慌てるカイト。レーヴァテインは彼の動きに連動し、素早く周囲を見渡した。しかし視界に敵の姿は無く、レーダー類にも一切反応は無かった。


「き、消えた……!? あの一瞬でか!?」


「――ッ! カイト後ろっ!!」


 少女の叫びに反応し、カイトは――レーヴァテインは振り返った。迷彩を解除して輪郭から徐々に姿を見せたクレイオスはその肉体をぶくぶくと泡立たせ、そして胴体しかなかった身体に手足を出現させる。のっぺらぼうのようだった顔に紋章と巨大な眼球が浮かび上がり、レーヴァテインは即座にそこに蹴りを繰り出した。

 イカロスの攻撃を片腕で防御し、その足を取ってクレイオスはイカロスの巨体を放り投げる。ふわりと空を舞い、そして地鳴りと轟音を巻き起こしながらビルを薙ぎ倒しイカロスは倒れた。衝撃で怯んだイカロスの目の前、既に追いついてきていたクレイオスが真上に水平に浮かび、そしてその両手を伸ばしイカロスの腕を鷲づかみにする。

 その力はふわふわと浮かんだ地に足付かない様子からは考えられない程強力で、何とか起き上がろうとするのだが力が足りない。カイトは完全にクレイオスに押さえ込まれ、皮肉な笑みを浮かべながら叫んだ。


「ああそうかい……! お前も結構、近接戦闘タイプなのね――ッ!」


 二本だけだった腕が胴体から無数に出現し、それがイカロスの身体に取り付いていく。ぎしぎしと締め付けられ、装甲と筋肉が軋む……。装甲と装甲の合間から血飛沫が舞い、カイトは雄叫びを上げながらイカロスを押し返そうと努力する。クレイオスはそれを楽しむかのように歌い瞳をぎょろりと回転させた。次の瞬間イカロスの左腕はごきりと妙な音を立て……無数の腕で明後日の方向に捻られる。そのまま肉が千切れるような音と共に、イカロスの腕は鮮血を散らしながら空に舞い上がるのであった――。




夢の、終わり(3)




「……何だよ、やられてるじゃないか」


 大量に降り注いだ生臭いような鉄臭いような匂いのする、ロボットの血液……それはボクらへとまるで雨のように降り注いだ。片腕を吹っ飛ばされたロボットは敵の触手に掴み上げられ、無様に投げ飛ばされている。巨体が大地に叩きつけられると同時にプレートシティ全体が激しく揺れ、ボクもよろけて倒れそうになった。

 それにしても、どう見てもあんな戦い方じゃあの神様は倒せそうにない。あっちのロボットは飛べないんだろうか? 何とも情けない状況だ。あれじゃあ街を守りに来たのか壊しに来たのか分かったものじゃない……。腕を組んで冷静にそれを眺めていると肩を叩かれたので振り返る。そこにはまだいたのか――銀色の髪の少女が立っていた。


「……どうして、避難警報に従わなかったの?」


「は?」


「避難警報。鳴ってた筈。ここは危険だから、逃げなきゃならない……分かるでしょ?」


「ああ、いや……。実は、見ての通り学校から帰って直ぐ寝ちゃってたんだよ。そういう君こそどうしてここに……? エアリオ」


 彼女は――エアリオは少しだけ困ったような表情を浮かべた。ボクもやはり少しだけ困ったような顔をしているのだろう。だって、ボクらはこんな状況でなければ言葉を交わす事もなかっただろうし……それに、少なくともボクは彼女の事が苦手だった。

 エアリオ・ウイリオはボクの家の隣にある家に住んでいる女の子で、同い年……。同じく第三共同学園に通っている女子生徒だ。背はかなりちっこく、そして髪が物凄く長い……。もしかしたら地面に付くんじゃないだろうかという勢いである。

 そう、彼女はつまり……ボクの幼馴染のような人物だ。というか、幼馴染……らしい。そういう自覚は余りないのだが、とにかくそういう事なのだ。だから通学時は殆ど毎日顔をあわせるのだが、向こうから挨拶して来る事は殆どない上にこちらから挨拶しても十中八九返事は返ってこない。

 ボクは彼女が笑っているところはおろか、誰かと喋っている所さえ見た事がない。学校でのクラスが違うと言う事もあり、基本的には疎遠……。いや、彼女と親しい人間など居るのだろうか? 近づく事を躊躇うほど整ったその容姿はまるで心を知らない人形のようだ……なんて思った事もある。もちろん、そうした印象は全部今正に崩れ去ろうとしているのだが……。

 この死が蔓延した状況下、制服姿のボクらは血の雨を浴びてとてもじゃないがまともとはお世辞にも言えなかった。彼女が優等生で、美少女で、寡黙で……ボクの幼馴染で。そんな事はもう全部どうでもよくなってしまったような気がする。


「……リイド、すぐにここから離れて。このままだとイカロスが自由に戦えない」


「……イカロス? もしかしてあのロボットの名前なの? ってことは……君が、ロボットの関係者!?」


 と、驚いていると……背後では物凄い状況に発展していた。“一本背負い”である……。イカロスというロボットは背後から絡みついてくる敵を自分の身体ごと背負い投げ、大地に叩き伏せる。ロボットとは思えない柔軟な動き、そして続いてまたもや凄まじい揺れが走る……。倒壊していくビルを背にエアリオに目を向けた。小柄だというのにまるでこの揺れにも動じず、ただ彼女はボクへと手を差し伸べる。


「下のプレートに移動する……。今すぐに」


「冗談じゃない、断る」


 目を丸くするエアリオ。心底不思議そうに首を傾げる。ボクは片手をズボンのポケットに突っ込み、正面から彼女を見つめ返した。


「……何故?」


 という、誰でも口に出来るような当たり前のクエスチョン――。そんなの決まってる。答えの分かり切っている事をわざわざ聞かないで欲しかった。しかし、問われれば答える。


「そのほうが面白そうだから」


エアリオは再び目を丸くした。 そして先ほどと全く同じ動作で首をかしげ、言う。


「……あなたはこの状況を理解したはず。フォゾン波動の直撃を受ければ、人間は体内から弾け飛ぶ……。ここは有効範囲内。次は――“運”にも見放される」


 どうもさっきの激しい嘔吐感と偏頭痛、意識の混濁などはそのフォゾン波動とか言うのが原因らしい。いつ放たれたのかわからないけれど、まあフォゾンは基本的に光速で移動するエネルギーだから気づけるわけがないのか。というよりも冷静に考えてみるとその症状はどれも高濃度のフォゾンに生命が近づいたときの反応……フォゾン中毒症状に良く似ている。尤も、教科書なんかに載ってるフォゾン中毒反応とはケタが違うみたいだけど。


「つまりあいつはものすごく圧縮したフォゾンを周囲に向かって速射したってことか……。やっぱり人間じゃないんだな」


「勝手に納得しないで。それに、原因が理解できたのならその危険性も理解出来るはず」


 確かにそれはそうだ。フォゾンは“生命体”に対してのみ衝突する性質を持つエネルギー……。早い話、コンクリや鉱物、木材……伐採済みの……を含め、そうした物体には全く衝突する事無く生きているもの……人間でなくても犬でも猫でもいい。生きてさえ居れば草花でもいいだろう。とにかくそうした生命体にのみ効果を及ぼす。“障害物ビル”がいくらあってもその効果に関係はない。

 それを周囲数キロに向かって超圧縮で放出したのなら、周囲に居る生命体は全員フォゾン中毒……いや、生命が許容できるフォゾン量の限界を超え、爆散――それがこの状況と言う事か。フォゾンはエネルギーだが、照射された生命はその部分の細胞の動きが活性化する。あまりに大量のフォゾンを集中して一度に浴びると細胞が超活性化――分かりやすく言うと電子レンジに放り込まれたような状態になり、細胞一つ一つが崩壊……。粉々に砕け散るのだ。

 今はあのイカロスとかいうのと戦って居るからましだが、もしもう一度アレをやられたらボクも確実に命はないだろう。いや、待て……? そもそもなんでボクだけ生き残ったんだ? 隣にいた人たちはみんな死んでいるのに。それに……こいつもか。

 人に危険だなんだと言いながら、自分はまるで平然としている――エアリオ・ウイリオ。街を吹き抜ける冷たい風に銀色の髪を靡かせるその姿はまるで人間ではなく……天使か何かのように見える。


「聞いて、リイド」


「え? あ、うん?」


 すっかり思考に集中していたせいでエアリオが何か言っていたのに全く気づかなかった。だからそう、気づかなかったのはボク自身のせいなのだけれど。


「って――――どういうつもり?」


 眼前に突き出されていたのは一丁の拳銃だった。引き金に指をかけ、少女は表情一つ崩さないまま、美しく輝く吸い込まれそうな金色の瞳でボクを見据えている。


「繰り返す……。あなたがここにいるとイカロスは本気で戦えない。迷惑なの――。今すぐ、わたしと、一緒に来て」


 念を押すように言葉を区切って告げるその瞳は、まるで冗談という言葉を感じさせない。これ以上ここにいたら死ぬかもしれないし、このままじっとしていたら……多分この子はボクを撃つんだろう。何、別段おかしいことでもない。だってもう、この世界は死で溢れているのだから……。


「一つくらい死体が増えてもあんたたちには関係ないってことか……わかったよ、それでボクはどこに行けばいい?」


「ジェネシス本社に連衡する」


「下のプレートに避難させるんじゃなかったの?」


「ジェネシス本社も“下のプレート”であることに間違いはない。それに……そこが、一番安全だから」


 思い切り詭弁だったが……その後に続けた言葉の時彼女が見せた少しだけ寂しげな表情が気になり、何も言い返す事が出来なかった。何故だか悪い事をしたような気になる。不思議な気持ちだった。別に……ボクはこの子となんの関係もないのに。

 何はともあれあのロボットの戦いを最後まで見られないのは残念だけれど、ヘタに逆らって殺されたら笑い話にもならない。大人しくエアリオの前を歩きエレベータに向かう。振り返った視線の先では、片腕になったイカロスが無数の腕を持つ神と対峙していた。

 エアリオの指示に従い一般用ではないジェネシス専用のエレベータに乗り込んだ。周囲の景色どころか自分が今どのあたりにいるのかすらさっぱりわからない。長い長い間狭く薄暗い箱の中に押し込められ、今はもうロボットの戦いの音も届かない。

 ふと見やると、彼女はエレベータを操作するパネルの前に立ったまま、一言も口を利かなかった。そういう人間だと言うのは知っていたけど、やっぱり客観的に見て変わり者なのは間違いないだろう。


「……あのさ、あんたってジェネシスの社員なの?」


 そしてボクは退屈を潰す為に口を開いていた。もしかしたら緊迫した空気が嫌だったのかもしれない。我ながら理由は不明瞭だったが、とにかく寡黙な少女に声をかけていた。そう、少女なのだ。ボクと同い年……には見えないけど同い年の。随分と背が低く、平均身長ほどしかないボクよりも頭一つ分以上低い。

 ジェネシスと言えばこのヴァルハラを取り仕切る巨大な企業……組織、権力の象徴だ。ついでに言えばボクの親の勤務先でもある。確かにジェネシスならばあのロボットを管理していても別におかしくない。だが、エアリオがジェネシスの関係者と言うのは違和感バリバリにも程がある。しかしそんなボクの考えとは裏腹に、彼女は簡潔な肯定を返した。


「……そう」


「そう……って、マジでジェネシスの社員……? 君が……?」


「……そう」


 全く同じイントネーションで二度“そう”と繰り返し、少女はボクを見つめたまま黙り込む。なんというか、居心地がかなり悪い……。それにしても必要最低限の言葉しか口にしないのだろうか? ボクの質問の意図が若干変化している事くらい気づいてほしいものだけど。


「だってあんた子供だろ? そんな子供なのにジェネシスの社員っていうのはどういう事なの……?」


「ジェネシスがただの統合企業ではないということを、あなたはとっくに理解しているはず」


 “ジェネシス”――。ああ、もちろん……そんな事はとっくに理解している。常識レベルの問題だ。

 総合企業という言葉はこのヴァルハラに置いてすべての経済を支配しているという事を指す。つまりヴァルハラの経済はジェネシスの手の平の上にあるも同然なのだ。

 それだけではない。ジェネシスはこのヴァルハラを管理する“政府”でもある。究極的な話、このヴァルハラは国というよりは一つの企業が提供する住宅地なのだ。政治も経済も操作する事が出来るジェネシスは絶対的な存在であり、その社員たちは古い言葉を用いれば“公務員”という言葉が近いかもしれない。

 当然その審査は厳しく、余程優秀な人間でなければジェネシスに入社する事は出来ない。将来の夢という欄に子供が書きたがる事間違いなしの優良企業……。その社員が子供なんてのは論外だ。だがしかし、だからこそ……。


「――あのロボットはやっぱりジェネシスが保有しているんだな」


「そう……。あのロボット――“レーヴァテイン”に関わる人間は、子供でもジェネシスの社員という扱いになる」


「――つまりあんたはあのロボットの関係者で、レーヴァテインを保有するのはジェネシスだから当然ジェネシスの社員扱いって事か」


「そういう事」


 一応納得はしたが、この子があのロボットとどう関与しているのかが良く分からない。パイロットなのか? という選択肢が真っ先に脳裏を過ぎったのだが、何せあのロボットは実際今プレートシティで戦闘行動を取っているわけで……。

 いや、よくよく考えればあの場に彼女が居た事も色々と不自然だ。家が隣なのだから鉢合わせするのは別にいい。しかし彼女だって避難警報は聞いていたはずだ。そしてボクらは共にあのフォゾン攻撃を受け、生き残った……。ふと、エアリオを見やる。影響なんてまるでなかったみたいにケロリとした様子だ。

 疑問は尽きなかったが……ここでエアリオに問答するよりもこれから連れて行かれる場所に居る人物に質問したほうが早そうだと判断した。そうしてエレベータがボクらを導いたのは暗く巨大なホールだった。そこがジェネシスの本社である事に気づくのにボクは数分間を要した。とてつもなく広い空間にボクらが乗ってきたのと同じようなエレベータの出入り口がずらりと並んでいる。当たり前だが入った事は無かったので、興味深く周囲を見渡しながらエアリオに続く。


「……エントランス」


 単語のみの素敵な説明を受け、彼女の後ろを歩く。殆ど迷宮のような場所でしかも完全に無人……。誰一人とも遭遇する事無く歩き続ける。本当にここはジェネシスなのだろうか? なんだかわけの分からない空間に出てしまったのでは……? そんな不安が脳裏を過ぎり始めた頃……。


「入って」


 漸く案内されたのは巨大な扉の前だった。自動的に開いた扉の向こうはやはり薄暗く、しかし広大な空間には無数のディスプレイが設置され、恐らくプレートで続いているのであろう戦闘の様子が映し出されていた。

 司令部、とでも言うのだろうか。無論あんなものを動かす以上、誰かが指示、補佐をしている事は想像の範疇だったが……ここまで大規模だとは思っていなかった。沢山のオペレータが端末を操作している中を悠々と歩いていくエアリオに続き、階段を上って司令部の一番上へ向かう。


「ヴェクター」


「――おや、エアリオ。 そちらの方は?」


 オペレータの叫び声が響く中、椅子に座って優雅にコーヒーなんて飲んでいるスーツ姿の男性は明るい声でそう言った。眼鏡の奥から覗く優しげな視線……。しかしこんな場所でへらへらしている時点で相当に胡散臭く、心を開けるような相手には見えなかった。


「……例の、彼」


「あぁ、リイド君でしたか。これは失礼しました……。コーヒーでもいかがですか?」


「要りません。それよりどうしてボクをここに連れて来たんですか?」


 この口ぶりからするとボクの事はとっくに知っていたようだし。ヴェクターとか呼ばれた男は手を軽く叩き、笑顔のまま椅子から立ち上がるとボクの目の前に立つ。


「単刀直入に言いましょう。君に、あのロボットに乗ってもらいたいんですよ」


「わかりました」


 会話が終了してしまった――――。ヴェクターもエアリオも目を丸くしている。そんなに驚くなら最初から単刀直入に言わなければいいのに、と思う。


「どうしたんですか? あんたはこう言いました。“ロボットに乗ってくれ”、と。だからボクはこう答えたんだ。“わかりました”、って」


「ええ、それは理解出来ますが……普通はもっと驚いたり、何でボクが〜〜とか言うところではありませんか?」


「それは何の話ですか?」


「マンガとかアニメの話です」


 中指で押し上げた眼鏡をキラリと輝かせ、男は不必要に自信満々に言った。ちょっとイラっとする……。


「そんな非現実的なものを持ち出されても困ります。事実ボクはそれを承諾したんですから、そういう無駄なプロセスは省いてください」


「ウッフッフ! エアリオ、彼はすごく面白いですねえ~!」


「あんたは面白くてもボクは面白くないんです……。早く話を進めてください」


 睨みつけるとヴェクターは咳払いをし、少しだけ真面目な表情で椅子に座った。彼が用意してくれた椅子に腰掛けるとヴェクターは空中に浮かび上がっているいくつかのモニター映像の中から一つを指差した。


「実際に君も目撃したでしょうが、あれが“神”です」


「で、それと戦うためのロボットがレーヴァテイン……イカロスとかいうやつですか」


「もうそこまで聞いているんですか? 話が早いですねえ、エアリオ?」


 エアリオは答えない。何も言わずに僕の背後に立ったままだ。本人にしてみればそこまで丁寧に説明したつもりは無論ないだろうから、ボクがあっさり受け入れてしまってまだ驚いているのかもしれない。


「まあ、早い話がそういうことです。君はすぐにでもレーヴァで出撃してあのプレートの上にいる神、クレイオスを撃退して欲しいんです」


「……レーヴァテイン。その、レーヴァってやつはいくつもあるんですよね?」


 そうでなければ、エアリオもパイロットであるという事の説明がつかない。それに、“今のレーヴァ”は負けているわけだし。血路を切り開く為にボクが出撃するなら、他にレーヴァテインが無ければ話がつながらない。しかし、ヴェクターの返答はボクの予想を裏切った。


「いいえ、あそこで戦って居る一機のみですよ」


「――は?」


 思わず眉を潜めた。だってそりゃ……そうだ。そもそも、あの装備では勝てそうにない事が分かっているのに、何故わざわざアレに乗らなければならないのか。だってそうだろう? 普通はアレに対抗できる新型みたいなのが用意されているものだ。そうでなければわざわざボクがレーヴァに乗る必要性がない。

 いや本来はボクではない正式なパイロットが搭乗すべきなのだろうが、では何らかの理由でボクが代行しなければいけないということか? そんなことよりもあの機体で素人のボクがクレイオスとかいう神を倒せるのかどうか、そこが問題だ。熟練したパイロットであるはずの今のレーヴァのパイロットが苦戦しているのに素人が立ち向かって勝利できるはずが無いだろう。


「それはボクに死ねって言ってるんですか?」


「まさか! 君も理解していると思いますがすべての説明は後回しです。とにかく時間がないので簡潔に説明しますね」


 内容は本当に簡単だった……。エレベータでジェネシス本社に引き上げさせたレーヴァテインのパイロットをハンガーで乗り換え、そのままエレベータで再射出。82番プレートから目標が移動してしまうよりも早く撃退、あるいはプレート外に誘導……まあそんなところか。

 しかしあのレーヴァは空を飛べないんじゃなかったのか? プレート外に誘導しようにも、プレートの外は当然空だ。そのまま落下して海に落ちるのが目に見えている。それとも海のほうが有利な性能なのだろうか? 疑問は尽きなかったが、別段問題はないと思った。乗れというなら乗る。だって乗りたいんだから。後はそれから考える……せっかくのチャンスなのだ、それでいい。


「ではイカロスを引き上げさせます。エアリオ、彼と共にハンガーに向かってください」


「……了解」


 さっさと歩き出すエアリオに続きボクもまた司令部を去る。誰もいなくなった長い長い廊下を歩きながらロボットにこれから乗れるのだという想像に胸を躍らせていると、突然エアリオが立ち止まって言った。


「……あなたならきっと、問題なくクレイオスを倒せると思う」


「――そう? よくわかんないけど、だったらいいんだけどね」


「……倒すのは、きっと簡単。でも、貴方は……」


 それだけだった。だから彼女の沈黙の意味も、その後に続くべき言葉もボクには分からなかった。そして、ボクは後々知る事になるのだ。

 この戦いの意味も、レーヴァテインというロボットの力も、そして彼女の寂しげな表情の意味も……。ボクは、何一つ理解していなかったのだと――。


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またいつものやつです。
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