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剣神、サウダーデ(2)

「今日から貴方は、自分の存在を消して彼の為に尽くすの」


 オリカ・スティングレイがまだ十歳になったばかりの頃――。ある日、彼女は両親に連れられてジェネシスの地下へ向かった。そこで彼女はその日死に、そして新しい役割を背負わされた。

 幼い少女の目は死んでいた。生まれた時から一度も幸せというものを感じた事が無かった少女の目に映る物は常に光ではなく闇――。その身体さえも黒に溶けてしまうのであれば、まだ楽だったろう。だが彼女は人間で、人間でありながらバケモノで、そしてやはりどうしても人間でしかなかった。

 スティングレイの一族は暗殺と護衛を引き受ける系譜である。古くよりジェネシスの重鎮を守り、レーヴァテインプロジェクトにも参加し続けてきた。その計画の名前がまだそれでなかった頃から、スティングレイの歴史は血と憎悪にまみれていたのだ。両親とは名ばかりで娘を想う心を持たない殺戮者の両親の下、オリカは人殺しとして育てられた。

 字を書く事よりも先にナイフの手入れを仕込まれ、毎日毎日死んだ方がまだ楽だという訓練の中に身を置いた。それは訓練という名の拷問でしかなかった。少女はその年齢が二桁に到達する前に人を殺す事を強制され、小さな手に握り締めたナイフで大の男を何度も突き刺し絶命させた。

 笑い声を上げて壊れていく闇の中、少女は自分の心を殺してしまおうと思った。何も考えなければ楽になれる。自分の居場所は黒しかないのだと思い込めば幸せになれる。涙は枯れ果て、瞳には漆黒が流れ込んだ。少女は感情全てを自ら押し殺し、人形となった。命令に従い人を殺すだけの存在……。それをスティングレイの一族は褒め讃えた。彼女は一族の歴史の中でも天才的な殺戮者となったのだ。

 そんな彼女の目の前、ベッドの上で生命維持装置に囲まれた少年が居た。少年は眠り続けていた。もう何年も、何年も……。オリカはその少年の為に生きろと命じられた。後の事はどうでもいい、何があっても命に代えても彼を守る事――ただ一方的にそれだけを押し付けられたのだ。

 何も考えない日々が続いた。その間もオリカは様々な暗躍を強要された。心が濁って行くのを感じていた。吐く息は毒で、きっと触れる全ての命を奪ってしまうようなそんな幽鬼――。強くなっていく。際限なく。どこまでもどこまでも。全てを犠牲にして――強くなり続ける。

 少女は思った。いっそ死のうと思った。心を完全にかき消す事は不可能なのだ。だから死のうと思った。こんな日々がずっと続くくらいなら死のうと、そう願った。だがその前に復讐しなければならない。誰に――? 世界に? 違う、この世界全てを壊す事は出来ない。だから自分の存在を奪った、自分を“闇”にした、目の前の少年を殺そう……。そう誓ったのだ。

 ナイフを片手に少年の顔を覗き込み、目覚めるのを待ち続けた。ひたすらに少年は眠り、少女は見つめ続けた。そんな日々が長く長く、とても長く続いた。早く目を覚ませと祈りを込めた。目を覚まして、やっと幸せを手に入れられると歓喜したその刹那、心臓を突き刺し五体をばらばらに引き裂いて、“ざまあみろ”と笑ってやるのだ。少女は待ち続けた。何日も何日も。そうしてある日、ふと気づいた。

 役割を押し付けられた自分。生きる事に失望した自分。壊れる事が出来なかった自分。彼の為に生きる自分――。では、彼は? 彼も、同じなのではないか。彼も、役割を押し付けられ。幸せになど絶対になれないのに。それでもいつかは目覚めようとしてくる。いつかは目を覚まし、この業苦の中へ身を晒すのだ。気づけば少女は涙を流していた。ナイフが音を立てて床の上に転がり、眠る少年の手を強く握り締めた。

 目を覚まして欲しかった。今度は殺す為ではない。死ぬ為ではない。それが自分に与えられた役割で、それから逃れられないのならば。せめて彼を好きになろうと思った。別に好きになってもらえなくてもいい。人間扱いされなくてもいい。それでも少女は少年と共に在ろうと誓った。“他の誰かに命令されたから”ではなく。“自ら望んで決めた道”として――。

 ある日、少年が眠る封印されし部屋を大の男が数人がかりで襲撃してきた。オリカは当たり前のように全員を殺した。血と硝煙のにおいでいっぱいになったその部屋の中、駆けつけた人々は見たのだ。血塗れになってじっと少年を見つめる少女の姿を――。誰もが気味悪がり恐れ、近づこうともしなかった。そんな時、紅い髪の女が身を乗り出し、人込みを掻き分けて少女の隣に立った。

 女はあろう事か、オリカの頭を優しく撫でたのだ。そうして少女の目線にまで腰を落とし、“ありがとう”と微笑んだ。オリカは生まれて初めて受け取る優しい言葉にぼろぼろと涙を零して叫んだ。自分はここにいても良いのだと思った。ここに居て、彼を守って、それでいいのだと初めて思えた。スーツの女はオリカの身体を抱きしめ、その背中を擦り続けた。彼女の涙と、心の闇が全て枯れ果てるその時まで――。

 少女は今思う。こうして彼と共に戦える事は自分にとって生きる事そのものなのだ。矜持であり誇りであり、そして決して譲れない決意――。それこそ、たとえ己の身が朽ち果てようとも。絶対に絶対に絶対に絶対に、幸せにしてみせる。絶対に絶対に、守ってみせる。絶対に――――愛し抜いてみせる。だから、少女の心は無限の闇そのものである。彼女の存在そのものが、ただただ漆黒そのものなのである。

 空を羽ばたく黒き神は他の干渉者とは一線を画した力を持つ。現存する全ての神の中で――。現存する全てのアーティフェクタの中で――。彼女こそ、ただ“最強”。絶対なるその二文字を翳す神の名、それは――。


「――――さあ、行くよイザナギ。“敵”と名のつく世界の全てを抹殺する為に」


 洋上には逃亡したスサノオを格納する為の空母がいくつか待機していた。上空には大型の戦闘機が飛行し、猛スピードで接近してくる剣神を捕らえる。一斉に砲弾とミサイルが放たれ、海を弾いて空を瞬かせた。しかし黒き光は途絶える事無く――傷一つ負う事も無く。雄叫びを上げて前進を続けてくる。

 腰から下げた二対の刀を投擲し、飛行する戦闘機を撃墜する。続けて六つの翼の内側に内臓された特殊なブレードが姿を現し、可変した翼からそれが一斉に射出された。まるで己の意思を持つかのように軌跡を描くそれは、上空に浮かんだ戦闘機、そして海上の空母を貫いていく。一つ一つの剣には光のワイヤーが接続されており、イザナギはそれを手繰り寄せ振り回し、無事だった艦隊目掛けて叩き付けた。海が爆ぜ、ワイヤーひ引っ手繰られ剣が翼へと戻っていく。火花を散らしてそれを格納し、イザナギは両手の中に新たな刀を構築した。


「どう、リイド君? “私”の使い心地は、最高に気持ち良いでしょ? オリカちゃんはね、自分の心を殺してリイド君に全部を合わせる事が出来るの。だからリイド君のやりたい事は全部全部ぜぇ~んぶわかるよ」


 出来ない事など何も無い。刀の一撃が海を叩き割り、衝撃波を放つ。壊滅する艦隊――それを追い越し、逃亡する数機のスサノオへと追いついた。一瞬でそれを追い越して先回りしUターン、正面に回りこんで刀を振るった。

 海が裂け、再びの爆発――。エアリオをその手の上に乗せた機体だけを残し、随伴していた四機のスサノオを一撃で撃墜する。差し伸べた片手から魔法陣が浮かび上がり、その光が最後のスサノオを拘束した。身動きがとれず海上で停止するスサノオ――。リイドは小さく舌打ちし、イザナギの手を伸ばす。


「……くそ、無駄に暴れやがって……! エアリオ――!! 聞こえてるな!! 絶対に助けるッ!! 少しだけ待ってろ……!! 今――助けるからっ!!!!」


 スサノオへと差し伸べられた手――。しかしそれがエアリオへと届く事はなかった。二機の間、上空から何かが落下してきたのだ。衝撃で海面が水柱となり、レーヴァテインは吹き飛ばされスサノオの拘束も解除されてしまう。

 目の前に現れた敵を見つめ、リイドは思わず絶句する。それは今までのスサノオのような量産タイプとは明らかに異なっていたからだ。海の上に翼を広げて浮かぶ、エメラルドグリーン機体……。それはレーヴァとほぼ同等の大きさを持ち、そしてフォゾンを操る証として周囲に光の結界を帯びていた。単眼の瞳が輝き、新たに現れた機体はイザナギを正面から捉えた。


「――ッ!? アーティフェクタ……ッ!?」


『大正解だぜ、レーヴァテイン……!! よお、初めましてこんにちは、どうもお世話になっております――ってな!! ひゃははははははっ!! 会いたかったぜぇ……レーヴァテインンンンンンッ!!』


 現れたのは明らかにアーティフェクタ――。人類の守護者であった。以前遭遇したトライデントがそうであったように、この世界にはいくつかのアーティフェクタが存在している――それは知っていた。それはいい。だが、何故それが敵として姿を見せるのか――。

 碧のアーティフェクタは唐突に動き出し、イザナギの懐に潜り込むと蹴りを放った。ただの蹴り――だがそれで今まで無傷であったイザナギの脇腹、装甲に亀裂が生じた。ただの蹴りではないのだ。格闘戦闘能力に特化した、そういう能力のアーティフェクタ――。

 リイドは歯軋りし、両手に構えた刀を同時に繰り出した。碧の機体はその場で回転するように両足を振り回し、そこに仕込まれたブレードで刀の攻撃を弾き飛ばす。ブレード同士が衝突した瞬間フォゾンが爆ぜ、二機は同時に後退を余儀なくされた。


「くそ……! 見た目以上に、パワーがある……!!」


『何ボサっとしてんだマサキ!! 今のうちに“イヴ”を結界の中まで連れて行け!! テメェの仕事はそれだろがッ!! 霹靂の魔剣は、俺が相手をしといてやるよォ!!』


「逃がすと思うのか!?」


『通すと思うのかいッ!?』


 まるで曲芸師のように身軽なステップを空中で刻み、敵は両腕、両足から無数の内蔵ブレードを取り出した。それを器用に身体を振り回すようにして襲い掛かってくる。見た目の派手さとは裏腹にそれは息切れする事無く断続的に繰り返され、反撃が出来ない程に隙がない。

 物の見事にエアリオを捕らえた機体が横を素通りするのをリイドは見ている事しか出来なかった。そしてそちらに集中した瞬間、繰り出されたブレードの切っ先がイザナギの頭部を薙いだ。顔に傷を負ったイザナギが後退し、リイドは慌てて背後を振り返る。


「ご、ごめんオリカ!! 大丈夫か!?」


「え? 全然大丈夫だけど?」


 何故かオリカはけろりとしていたので逆に驚いてしまった。そう、レーヴァの装甲がダメージを受ければその痛みは干渉者へリバウンドされるはず――。リイドが危機感を覚えるのも当然の事だ。そしてイザナギもそのルールの例外ではない。オリカは確実に、脇腹を砕かれた痛みと頭部を切りつけられた痛みを味わっている。そしてリイドが懸念した通り、現在イザナギは高いレベルでシンクロ能力を発揮している。痛みは生身への攻撃と同義であるほど伝わっているはずだ。

 だというのに、オリカはまるで何事も無かったかのように微笑んでいる。それはやせ我慢なのだろうか? リイドを心配させまいとしているのだろうか? それもある。それも確かに事実だ。だがオリカは“このくらいの痛みどうってことない”と本気で考えている――それもまた事実。


「私の事は気にしないで、思いっきり暴れていいよ。敵から目を逸らしちゃ駄目――」


 はっとして、正面へ目を向ける。眼前へ既にブレードが迫っていた。それを屈んで回避し、空中で翼を広げそこから一斉にブレードを射出する。敵は回転しながらその全てを切り払い、しかしその隙にイザナギは突撃する。


「相手の動きを良く見て! 性能ではこっちが上……あとはリイド君が私を使いこなせるかどうか!!」


「って、言われても……アーティフェクタが相手なんだぞ……!」


「関係ないよ!! リイド君が私を上手に使えなければ全てに意味なんてない。リイド君、レーヴァを動かしているのは私じゃない、リイド君なんだよ? 私の事は気にしなくて良いの。道具だと思えば良い。だからリイド君、気にせず叩き斬って!!」


 イザナギの瞳が輝き、下段から斬撃が繰り出される。敵は牽制で刃を頭部目掛けて放った。リイドは咄嗟にそれを避けようとしたが――レーヴァテインは何故か動かなかった。結果的にその刃はレーヴァの片目を潰し、しかし繰り出された刀の一撃は敵の両腕を落とす事に成功した。

 ほぼ、形としては相打ちという表現が近い。だがその結果戦闘に及ぼされる影響は大きく異なっている。敵アーティフェクタの両腕が吹っ飛び、海中に沈む。レーヴァテインは敵の胴体を蹴り飛ばし、更に空中で身体を回転させながら連続させて翼を放った。

 次々に全身に剣を突き刺された相手がよろけるのを合図に全てのワイヤーを引ったくり、こちらからも前進――。正面に太刀を構え、リイドは叫びながら海面を吹っ飛んでいく。突き刺される刃――。それが敵アーティフェクタの胴体を貫き、引き抜いた剣の傷跡から一斉に血飛沫が飛び散った。

 倒れ、海中に沈む敵……。リイドは肩で息をしながらそれを見届けていた。背後をちらりと見やると、オリカは相変わらず能天気な顔をしていた。それが何故か逆に不安になり、思わずそちらに意識を傾けてしまう。その一瞬の隙がレーヴァテインの背後から復活した敵にとっては好機であった。


「な――ッ!?」


『残念だったな。俺の“オロチ”は超再生能力が売りなんだよ。斬られた腕も、ほれ――この通り』


 両腕が光を帯び、それが消えると一瞬で完全な状態で再生を果たしていた。再生能力を持つアーティフェクタ――。それぞれが特殊な能力を持つ事は知っていたが、それは予想外だった。繰り出された刃が背後からイザナギを貫こうとした――その時。

 オロチの背後、光が爆ぜた。それは遠距離からのフォゾンビーム攻撃を意味している。ダメージは殆どなかった。だが機体をよろけさせるには十分すぎる威力である。その隙にその場を離れたレーヴァ、そして一斉にオロチへとビームの閃光が降り注いだ。


『遠距離からのスナイプ……!? うざってえ……一体どっからだ――ッ!?』


 そうして遥か彼方を見やるオロチ――。その視界に囚われる事はなかったが、確かに射手は存在している。彼方、ヴァルハラのプレートの上に佇む真紅のヘイムダルの姿があった。大型のフォゾンビーム狙撃銃、“ギャラルホルン”の担い手は静かにコックピットの中で笑みを浮かべる。

 よろけたオロチへビームが的確に降り注ぐ。直撃した所でハイレベルな能力を持つアーティフェクタにその攻撃の効果は薄い。だが海面を爆発させ視界を奪い、手足をピンポイントで攻撃して挙動を阻害する。見る見る身動きが取れなくなり、オロチの適合者は明らかに苛立った様子を見せた。

 直後、更に頭上より何かがキラリと輝き、落下してきた。それはオロチの目の前に着水すると同時に激しく閃光を放ち、高熱で海を蒸発させる。一帯にまるで濃霧のような蒸気が渦巻き、視界を遮られたオロチの眼前、刀を振り上げたイザナギが迫っていた。

 胴体を深く斬りつけられたオロチが悲鳴を上げる。同時に血飛沫を巻き上げ、それでも直反撃を繰り出そうとする。イザナギは続けて胴体を一発で両断してみせるが、直後に光が瞬いて修復が始まってしまう。


「斬撃じゃ殺しきれないか……!」


『闇討ちご苦労さん! そしてとっととくたばりやがれッ!!!!』


 イザナギは背後に跳躍し、濃霧を抜ける。続けて追いかけてきたオロチがレーヴァテインに迫り……しかしレーヴァの背後から放たれたビームが顔面に直撃する。方向を見失ったオロチの頭上、先ほどからずっと飛来していた戦闘機のようなシルエットが落下してくる。それは落下と同時に連続してビームを発射し、そしてレーヴァテインの前に降り立つと同時に変形――。戦闘機から人型へと変貌し、大型のフォゾンショットガンを構えた。


『すいませんリイド君……。遅くなってしまいました』


「その声……エルデ!?」


『はい……。何とかマステマを起動させたのは良かったのですが……相手がアーティフェクタではダメージが通りませんね。これは今後の大きな課題になりそうです』


 連続してショットガンを放つマステマ。それを浴びてオロチは後退する。濃霧の中へ隠れたオロチ目掛け、レーヴァテインが力を込めた斬撃を放った。海が大爆発し、オロチはそれに吹き飛ばされて姿を現す。どう考えてもオロチは完全に劣勢に追いやられていた。


『くははっ!! 楽しいねえおい……!! バケモノ狩りよりよっぽど退屈しなくて済みそうじゃねぇか!! なあ、レーヴァテインッ!!!!』


「お前たちは何者だ!? 何故エアリオを拉致する!! 答えろッ!!」


『知りたかったら追っかけてきな!! 日本で待ってるぜ……レーヴァテイン!! ひゃっはははははは――――ッ!!!!』


 オロチの胸部装甲が開放され、そこから眩い光が放たれる。目を奪われたリイドの視界からオロチはあっという間に遠ざかり、遥か彼方へと消えていく。勿論追いかければ追いつけない速度ではない。そうして追撃しようとするレーヴァテインの腕を背後からマステマが掴んで阻止していた。


『ちょっと待ってください、リイド君……。どう冷静に判断しても罠です。ここは冷静に対処してください』


「でも、エアリオが……!! エアリオが拉致されたんだぞ!?」


『エアリオ・ウイリオ救出は当然です……僕もそれには全力を上げて協力します。勿論このまま一度ヴァルハラに戻れとも言いません。ですが、敵の事はもう少し知っておくべきでは……?』


 その言葉で漸くイザナギは停止し、振り返る。海上に浮遊する二機――。リイドが話を聞いてくれると判断したエルデは一息つき、ショットガンを背部にマウントした。


『敵の正体と本拠地、その情報を整理してからでも遅くはないでしょう……? どちらにせよレーヴァテインとマステマなら直ぐに追いつけますし、マステマのレーダーで敵アーティフェクタは追跡出来ます』


「そ、そうなのか……。すごいんだな、マステマって……。それになんか変形してなかった?」


『ええ、可変能力を持つ人型戦闘機ですから……文字通り、ね。さて、では追いかけながら説明しましょう。彼ら……“東方連合”が何者なのかを――』


 マステマは戦闘機へと変形し、レーヴァの前を飛行していく。翼を広げたイザナギはそれを追いかけ、比較的穏やかなペースで追撃を開始した――。




剣神、サウダーデ(2)




「あの機体のデザイン……そしてレーヴァテインが遭遇したあのアーティフェクタと艦隊。恐らくエアリオを拉致したのは、東方連合でしょう」


 数十年前、まだこの世界に“文明”と“国境”が存在した時代――。そこには一つの島国があった。戦わない事を理想とした先進国、“日本”。神と天使が空を覆いつくし文明を破壊しても、日本はそれに独自の技術で対抗し続けた。

 結果的に神の侵略の対象として、日本という国は余りにも小さく弱すぎたのだ。だが卓越したその科学技術で日本は次々に新型のフォゾン兵器を生産――。それによりなんと神を相手に十年以上に渡って抵抗を続け、ついには日本国土から敵を完全に追い出す事に成功したのである。

 その後、日本は侵略された周辺アジア諸国を吸収合併。東方連合と名を変え巨大な軍隊へと成長を遂げた。結果的に人類がまともな抵抗に成功したのはかつてアメリカと呼ばれえていた場所と日本だけだったのだから、その反撃がいかに奇跡的であったかが窺える。

 生き残った米軍はその後人類全体を守護する同盟軍として解体、再結成された。それと同じように東方連合という組織が生まれたのも世界が滅びかけた現在ある意味当然の流れだったのかもしれない。同盟軍も東方連合も所謂義勇軍であり、国籍や能力年齢性別を関係なく受け入れる人類の抵抗軍なのだが、その性質は実は大きく異なっている。

 スヴィア・レンブラムを中心とした同盟軍は積極的に各地に軍隊を派遣し、地上に設置されたヘヴンスゲート攻略を行っている。彼らの最終目標は神をこの地球上から全て抹殺する事である。だがそれに対し東方連合は消極的なイメージを受ける事が多い。積極的に敵に仕掛けるのではなく、限られたエリアの防衛に専念しているというのが的確な活動内容となる。

 日本を中心として構成された東方連合の管理区は現在人類最後の砦であり、ヴァルハラ以外で唯一人類がまともな文明を維持しているエリアである。攻めの同盟軍守りの東方連合と言えば聞こえは良いが、殆ど神の対処は同盟軍に任せてしまっているのが実情なのだ。

 勿論同盟軍とは協力関係にあり、お互いに力を貸し合う形を取っている。が、あくまで二つの組織は対等であり目的は“人類生存”だがそこに至る途上が異なっている。そうした意味で二つの組織を一緒くたにただ人類の軍隊とカテゴライズする事は難しい。


「あの……ヴェクター? その東方連合が、どうしてジェネシスに攻撃するようなことを……?」


 司令部の中、マステマが送ってきた画像データを眺めながらアイリスが挙手した。彼女の疑問も尤も、何故ならば同盟軍、東方連合、ヴァルハラ――三つの組織は同じ、人類の組織であり神と対立しているはずだからだ。普通に考えればこの三つが敵対する理由はない……ようにも見える。


「……ジェネシスは、非常に特殊な立場なんですよ。同盟軍でも東方連合でもない人類の組織……それだけで超異端も良いところです。皆さんもご存知だと思いますが、この街は企業であるジェネシスが経営する要塞都市――。その維持の為、ヴァルハラは人々に嫌われるような事も沢山しているのです」


 例えば食料――。当然、ヴァルハラ内の食物プラントにて生産されてはいる。だがそれだけでは絶対的に量が足りないし、何よりプラントで生産されただけの食事は味気ない。その為どうするかといえば、当然輸入という手段が必要になる。

 ヴァルハラは世界各地で滅亡しかけている人々をレーヴァテインという圧倒的暴力によって救い、守り、その対価として食料を得ているのだ。死の大地と化しつつあるこの世界の中、ヴァルハラに暮らせない人々は常に死と隣り合わせの日々を過ごしている。だが彼らはレーヴァテインに頼るしかないのだ。同盟軍でも東方連合でも、世界全てをカバーする事は出来ない。故にジェネシスという企業が成立する。

 兵器輸出やレーヴァテインの派遣により各地を実質支配しているヴァルハラ、そしてジェネシスという企業にただ感謝だけしている人間はいない事だろう。命を助けてもらう代わりに、命と同じ価値の食料や物資を奪っていく――。楽園と呼ばれるその場所で暮らす人々はそんな現実を知らず、ただただ毎日幸せに暮らしているのだ。これを恨まず妬まずというのは、まず人間として難しい事になるだろう。


「東方連合も同盟軍も、以前から度々レーヴァテインを世界の為に解放するべきだと訴えかけてきていますが、ジェネシスはその言葉を尽く突っぱねました。“沈黙”――それがジェネシスの在り方なので。商談以外については一切興味を持たず、慈善事業で人を救う事もない。勿論レーヴァテインを動かすのはとんでもなく大変なので、そんな事をする余裕がないのは皆さんが一番良くわかっていますね?」


 アイリスもイリアも、カイトもただ黙るしかなかった。レーヴァテインは一機しかない――。これまでは企業の命令に従って各地に派遣され、神を倒してきた。だがそれがどういう意味を持っていたのか、その裏でどのような商談があったのか、それはパイロットの知る範疇の事ではなかった。レーヴァテインを動かすのは大変なのだ。労力も、金も、時間もかかる。何でもかんでも救えるわけではない。それこそ、神ではないのだから――。


「東方連合も、十分ヴァルハラを恨む理由はありますよ。ただヴァルハラと戦争をすれば間違いなくレーヴァテインを敵に回す事になる……。レーヴァテインは文字通り世界の抑止力だったわけですね。知っていますか? レーヴァテインがこの世界でどんな名で呼ばれているか」


 “霹靂の魔剣”――それがレーヴァテインの通り名であった。敵対する存在は神だろうが天使だろうが、人間だろうが容赦なく殺戮しつくす狂気の刃……。誰もがそれを恐れ、敬い、そして憎んだ。世界の憎しみを代価にレーヴァテインは動き続けているのだ。あらゆる命をむさぼりつくすまで――。


「……尤も、何故エアリオを拉致したのかは私にも謎ですけどねぇ。それにレーヴァテインと敵対するからにはなんらかレーヴァテインに勝利する見込みがあるんでしょう。絶対に罠ですから、だから行くなと言ったんですけどねぇ……」


「恨まれて当然、か……。俺……これまで自分がレーヴァテインに乗る事でこの世界がどうなるかなんて、考えた事もなかった……」


 車椅子に座り込んだまま俯くカイト。肩に包帯を巻いたイリアはそんなカイトを見つめ、寂しげな目をしていた。今回の研は、ただ一つのケースでしかないのだと思い知らされる。たまたま敵が東方連合で、たまたまエアリオが拉致されただけで済んだだけ――。この世界には、人間同士のいざこざがまだ満ち満ちているのだ。誰が敵で、誰が味方でもなんらおかしな事はない――。


「あの、カイト……? 辛い事を訊くようで申し訳ないんですが……エアリオを拉致したのは、カイトの知り合いですよね?」


 アイリスの質問にカイトは軽く頷くだけで答えた。重苦しい沈黙が広がっていく……。こうなった事が全て自分の責任だとは思わない。だが、その一旦は自分にもあるのだと少年は胸を痛めていた。

 幼馴染である彼らと別れたのは、今から五年ほど前の事――。それは、まだカイトがイリアと出会う前の物語。彼が語るのは、彼がまだヴァルハラを憎んでいた頃の物語。レーヴァテインの中、リイドは眉を顰めながら空を飛び続ける。何が正しく何が悪いのか、その判断に戸惑いながら――。



~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~


*君の声*


オリカ「ねえねえリイド君、ロクエンティアでさぁ」


リイド「待て、なんでここでロクエンティアの話が出るんだ?」


オリカ「まあそれはいいじゃない。で、ロクエンティアで声優の話があったじゃない」


リイド「ああ……うん。それで主人公が保坂になったんだよな」


オリカ「なんで保坂なのかわかんないけど、とにかくそういうのがあったの!! ねえねえ、リイド君はオリカちゃんの声は誰がいいと思う!?」


リイド「若本」


オリカ「!?」


リイド「そもそも、声優なんて言い出したら色々問題あるでしょ? ボクの声優は男なのか女なのかってところからしてまず」


イリア「え? リイドの声って女性じゃないの?」


エアリオ「わたしは男だと思う」


カイト「確かにリイドは難しい所だな……」


リイド「ね? 君たちはさ、まあ誰がいいとかそこで盛り上がるかもしれないよ。でもボクはそもそも男なのか女なのかって所からだよ。ここで大きく二分されて物議をかもすわけね。逆にめんどくさいよ」


オリカ「そっかー……。でも、どっちにしろリイド君はリイド君だよ」


エアリオ「……おい、何の話だったか忘れたのかお前……?」

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またいつものやつです。
霹靂のアンケート
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