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剣神、サウダーデ(1)


「プレートシティ各地に未確認の機体の出現を確認!! 正確な数測定出来ませんッ!!」


「……これは……。索敵レーダーは正常に作動していますか?」


「そのはずです……。どうして……どうして、今の今まで誰も気づかないなんて……っ」


 対神本部、ユカリはインカムに手を添えて動揺していた。その背後から身を乗り出しヴェクターが画面を覗き込んでいる。各地に出現する機体の映像と被害報告……。レーダーは正常に作動している――ように見える。だがこの状況が正常とはお世辞にも言えない以上、このレーダーは何らかのハッキング行為を受けていると考えられるだろう。

 しかしユカリがその考えに至らないのはある意味当然であった。この対神本部のシステムは全てジェネシス本部内でのみ成立しているスタンドアローン――。仮にハッキングを行うとしても、ジェネシス本社内部からでなければならない。ヴェクターは口元に手を当て真剣な表情を浮かべる。背後、司令席に座っていた赤髪の女がゆっくりと席を立った。


「ヴェクター、後はお願いします」


「司令、どちらへ?」


「レーヴァテインとヘイムダルの出撃準備を。私もフロイラインで出ます」


「しかし、司令……相手は機動兵器です! 人間が乗っているんですよ!?」


 振り返ったユカリの声が司令部に響き渡る。彼女だけではない、他のオペレーターも動揺していた。彼女たちは全員、神と戦い人を守るという名目でここに据わっているのだ。だが相手が機動兵器ならば、その中身は人間……。よもや自分たちが人間と戦う事になろうなどと、この場にいる人間は誰一人想像もしていなかったのだ。だが司令はリフトで下降しながら眼鏡を外し、ユカリの前に立って告げた。


「ですが、戦わなければ大勢の人間を見殺しにする事になります。それでも貴方は明日を後悔せずに生きられますか?」


「……そ、それは」


「ヴェクター、パイロットの保護を最優先してください。直ぐにパイロットに連絡を」


「通信端末は駄目みたいですねぇ。強力なジャミングが発生しています」


「では直接第三共同学園まで迎えを寄越してあげてください」


 それだけ告げるとリフィル・レンブラムは司令部を後にした。ユカリは仕方が無く席に着き、端末の操作を再開する。彼女の言うとおりなのだ。やらねば人を殺す事になる。救えるはずの命を救わないのは――やはり、殺戮という言葉と同義だと思うから。


「ハッキング元を特定、更にこちらに管理を取り戻してみます。それとジャミングに干渉して通信の復帰を」


「お願いしますよ。こんな状況だからこそ、冷静に……普段通りに実力を発揮してくださいね。貴方が頼りですよ、ユカリさん」


 肩を叩いてそう微笑むヴェクター。こんな時だというのに、珍しく上司らしい一面を見せたヴェクターに呆れてしまう。ユカリは直ぐに気持ちを切り替え、自分の成すべき仕事へと戻っていった。

 一方その頃、第三共同学園――。銃声が鳴り響き、イリアが倒れたその瞬間、カイトはキョウを睨み付けた。少年は同様と激しい後悔の中、何をどう恨めばいいのか、何をどう納得すればいいのか、ただただ未熟なその心に問いかけ続けていた。


「キョウ、お前……!?」


「……ごめん、ごめんなぁカイトちゃん……。うち……この子を連れていかなあかんねん……。ごめん……。ごめん……」


「キョウッ! どわっ!? くそ――ッ!!」


 中庭に降り立った緑色のカラーリングの機体がカイトたちの傍に降り立ち、キョウを掌に載せる。エアリオはカイトに目で追ってくるなと告げ、そのまま連れ去られていく。目の前で仲間が拉致されていくのを見届ける事しか出来ない……。そんな腑抜けた事があってたまるか――。

 機体は掌の上にキョウとエアリオを載せたまま、ふわりと舞い上がった。しかしその表現とは裏腹に周囲にはフォゾンの光と共に暴風が巻き起こる――。ジャンプした機体は学園から飛び出し、市街地へと向かっていく。カイトはその衝撃で車椅子から転げ落ち、激痛に歯を食いしばりながらもイリアへと手を伸ばした。


「イリア……イリアッ!! しっかりしろ、イリア!!」


「落ち着いてください、フラクトル君……。アークライトさんは無事ですよ……」


 いつの間にか傍に駆け寄っていたエルデがイリアを抱き起こし、真剣な様子で頷いてみせる。見ればイリアが撃たれたのか肩で、出血は派手だが命に別状は無かった。エルデは素早くハンカチでイリアの傷口を縛り、止血を施す。そうして立ち上がって懐から取り出した拳銃の安全装置を外した。


「直ぐに、ジェネシスの迎えが来るはずですから……。貴方はここで少し待っていてください。置いていくのは心残りですが……任務ですから」


 と、そこで人込みを掻き分けてリイドたちが駆け寄ってくる。明らかに負傷しているイリアと倒れているカイトを見たリイドは足を止め――そして周囲の空気がざわつくような鋭利な殺気を放った。足を止めず駆け寄って来たカグラがカイトを車椅子の上に戻し、イリアの様子を窺う。


「…………。カイト……大丈夫?」


「……あ、ああ……こっちはなんとかな……じゃなかった!! リイド、エアリオが拉致られた!! 市街地に向かった機体がそうだ!!」


「エアリオが……!?」


「本部に戻りましょう。すいません生徒会長さん、二人の事をお願いします」


 心配げにイリアへと近づくアイリスと擦れ違い、エルデはリイドの手を引いて走り出す。それにオリカが続き、三人は本部へと向かっていった。共同学園付近にある直通エレベータに乗り込み、リイドはその中で壁に拳をめり込ませた。


「なんなんだよ、あれは……。なんなんだよ、あいつらは……っ」


「……あれは恐らく、東方連合の新型人型戦闘機、“スサノオ”です」


「スサノオ……? 東方連合……?」


 耳慣れない言葉に首をかしげるリイド。しかしオリカはその両方に聞き覚えがあるのか、壁に背を預けて静かに佇んでいた。リイドは怒りで表情を歪め……しかし冷静さを繕ってネクタイを緩める。


「なんだっていい……! エアリオは、絶対に返してもらう……!」


「僕も同感です……。彼女は……レーヴァテインプロジェクトにとって絶対に失ってはならない存在ですから――」


 ジェネシス本部へ、そしてアーティフェクタハンガーへと駆け込んだリイドはそのまま準備されていたレーヴァテインへと飛び乗った。ルドルフが何か叫んでいたが、今のリイドに話は通じていない。レーヴァテインが起動し、コックピットハッチも閉じきらないままに動き出したそこへ滑り込むようにオリカが飛び込んできた。


「オリカ……!?」


「時間がない、急ぐんでしょ? 干渉者もなしにレーヴァテインを出撃させるなんて無茶だよ」


「干渉者って……お前、本当に干渉者だったのか?」


「もー、嘘だと思ってたの……? ま、本当はもうちょっとちゃんとお披露目したかったんだけど――仕方がないからね。ま、緊急事態って事で」


 カタパルトエレベータへと移動したレーヴァテインの中、オリカが一度目を瞑り、深く呼吸をする。少女の身体の周囲には黒い光が収束し、コックピットの中に光の流れが生まれていく。それはエアリオの時とも、イリアの時とも違う感覚だった。

 そう、シンクロしているというよりは、どちらかというとリイドがレーヴァテインに操られているかのような錯覚――。だがそんな事は在り得ない。実際今リイドは自分の意思でレーヴァを動かしているのだから。再び開かれたオリカの瞳は紅く輝いていた。そうして少女は唇を舐め、笑みを浮かべる。

 エレベータが起動し、レーヴァテインは第三共同学園付近まで移動していく。その最中、光の中でレーヴァテインの身体は黒く染まっていった。これまでの装甲形成とは何かが違う――そう少年は直感する。そう、まるで外見だけではなくレーヴァテインという存在まで黒く塗りつぶしていくかのような、そんな力――。

 扉が開かれ、エレベータから開放されたレーヴァテインは漆黒の甲冑を纏い、細身のシルエットを光の下に晒していた。シティに集結しつつあった数機のスサノオがレーヴァの出現に気づき、銃を向ける。黒きレーヴァテインは前進し、そうしてオリカは両手を前に差し出し、嬉しそうに目を見開いた。


「――――レーヴァを動かすのは、久しぶりだなぁ……。ねえ、嬉しい……? 嬉しいよね。訊くまでもないよね――“イザナギ”」


 黒きレーヴァの背後、折り重なった剣が翼を形成する。広げられた剣を纏い、第四のレーヴァテインは瞳を輝かせた。リイドはその膨大な力に思わず一瞬戸惑ってしまう。今まれのレーヴァテインとは……何かが決定的に違っている。

 腰に携えた二対の刀を抜き、それを逆手に重ねて構える。一斉にスサノオが射撃を開始し、サブマシンガンから連続して弾丸がレーヴァへと集中する。イザナギはその弾丸の雨の中を跳躍し、空中をくるくると舞いながら落ちていく。

 着地――と同時にその左右に立っていたスサノオ二機が斜めに切り裂かれ、腰から上がずるりとずり落ち大地へ沈む。遅れて爆発――。巻き上がる炎を背景にリイドは叫んだ。刀で次々にスサノオを薙ぎ倒し、高層ビル群の中を駆け抜けていく。残骸と化して行くスサノオ……そのどれもがエアリオを拉致した機体ではなかった。


「どこだ、エアリオ……!? どこにいる……!?」


 視界の中、リイドはエアリオの姿を探した。エアリオが拉致された――。それは、彼にとって生半可な衝撃ではなかった。カイトが傷つけられた。イリアが撃たれた。それだけでもうおなかいっぱいなのだ。十分すぎるほど、怒りに満ち満ちている。自分がたった今人を殺したのだという事を忘れるほど、リイドは取り乱していた。その怒りは静かな狂気となり、闇を纏ったレーヴァに力を与え続ける。

 エアリオの気配を嗅ぎ付け、イザナギは低い姿勢から走り出した。そうしてビルを飛び越しての跳躍――。いくつかのビルを飛び越した先、掌の上に人を乗せたスサノオを発見した。リイドは剣を振り上げ――しかし躊躇する。掌の上にエアリオを乗せているのだ。下手に攻撃でもすれば、彼女にも危害を加える事になってしまう。

 一瞬迷ったリイドの思考に従い、イザナギは刃を止めた。その隙に片手で剣を構えたスサノオはイザナギの脇腹を斬り付けて見せた。しかしイザナギは無傷――。細身のシルエット、うすっぺらいようにしか見えない装甲が完全にダメージを相殺していたのである。レーヴァの装甲は外見と比例した強度を持つのだが、イザナギだけはその法則に当てはまらない。この薄っぺらい装甲一枚が、通常形成される装甲の何十倍もの密度を保っているのだ。

 言わばこの黒きレーヴァは数十枚の装甲を常に纏っているのと同じ事……。至近距離で放たれたハンドガンの弾丸も命中と同時に蒸発してしまう。刀を振り上げた姿勢のまま停止したイザナギの目が細まり、赤い光がゆらゆらと揺れた。


「エアリオ……!」


「どうしたの、リイド君? 目の前にエアリオちゃんがいるのに剣を止めるなんて」


「だって、このままじゃエアリオまで……」


「……レーヴァの力を制御出来ない自分が怖い――?」


 距離は離れているはずだったが、オリカの声はまるで耳元で囁くように聞こえた。甘く、思考を蕩かせるような優しい声――。それでリイドは自分の感情の正体を知る。

 プレートシティにはまだ沢山の人間が残っている。派手に暴れれば、被害は増していく一方だろう。以前マルドゥークで大暴れした時も被害者が出てしまった。そうしてその結果アイリスは負傷し、入院……。それはアイリスだけではない。顔も名前も知らない沢山の人たちが同じ目に遭っているのだ。

 唐突に自分が持っている力の大きさに躊躇せざるを得なくなったのは、彼が成長した証でもあった。だがこの状況ではそれはただ裏目に出るしかない。リイドの実力ならばスサノオの腕だけを切り落とし、エアリオを無事に受け止める事も容易だったはずなのだ。それをせず――スサノオが撤退するのを見逃してしまったのは、単に彼の判断ミスだったと言うしかない。


「リイド君、追いかけないと……」


「わ、わかってる……! わかってるけど……!」


 周囲のビルに目を向ける。そこにはまだ、人がいるのだ。足元にも……歩道や、車の中にも、人が残っているのだ。リイドは冷や汗を流し、拳をきつく握り締めた。どうレーヴァテインを動かしたって、街には被害が出るのだ。今になって漸くカイトとイリアが“本気が出せない”と言っていた理由を思い知らされる事になった。


「早く追いかけないと、エアリオちゃんが連れて行かれちゃうよ」


「……わかってる……!」


「…………そんなに、人を殺すのが怖い?」


 思わず振り返った。そこに立っていたのが誰なのか――最初リイドはわからなかった。それほどまでにオリカの目は冷たく、そして口元から紡がれる言葉は鋭く、そしてそれでも彼女の存在感は優しさに満ちていた。両立するはずの無い敵意と慈悲……。矛盾は狂気という言葉で代替出来る。だからリイドは思ったのだ。これは、自分が知っているオリカではないと。いや――違う。自分はオリカの何も判っていなかったのだと、そう思い知らされるのだ。


「こうしている間にも街に被害は広がってる。レーヴァテインが、リイド君が戦わなければ、この街は誰にも守れないんだよ?」


「く……っ!」


 剣を下ろしたまま、佇むイザナギ。その周囲を人々が避難していく。リイドは逃げていったスサノオの消えた方向を睨み、ぐっと拳を握り締めて叫んだ。


『避難警報は鳴ってないけど、緊急事態だ! プレートシティにいる、この声を聞いている全ての人は最寄のシェルターまで避難してくれ!! 急いでッ!!』


 イザナギから放たれた声が町中に響き渡る。せめて……せめて、人々が全員避難するまで待つ……。それがリイドの出した結論だった。オリカは少しだけ呆れたように溜息を漏らし、そうして形成した光のシートの上に腰を下ろした。


「でも、敵は待ってくれないよ――」


 集まってきたスサノオたちがレーヴァテインを取り囲み、銃を構える。リイドは目を見開き、両手に構えた刀を左右に突き出した。首を横に振るレーヴァテイン――しかし、そんな行動で戦闘を止める事は出来ない。

 放たれる無数の弾丸――それをイザナギの装甲は容易く“弾いて”しまう。けたたましい銃声音と共に町中に兆段した弾丸が跳ね回った。それはビルの窓を突き破り、大地を抉り、車を貫き、人を穿ち、破壊をばら撒いていく。リイドはそれを止めたくても止める事が出来なかった。レーヴァテインに通常の攻撃は通用しない――そんな事は判りきっている。けれど、それをどうにかする術はないのだ。


「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 リイドが叫ぶと同時にイザナギの周囲には結界が形成された。弾丸はそれで消し去る事は出来たが――今度は結界形成の衝撃波で周囲のビルの窓ガラスば一斉に砕け散った。黒い光はただそれだけで街を燃やし、人の命を奪ってしまう。リイドは街の人々が苦しみ死んでいく景色を見下ろし、身体を震わせながら吼えた。それに応えるようにイザナギは口を広げ、仇成す存在へと牙を剥く。

 駆け出したイザナギは身体をひねり、その鋭い爪先でスサノオの一機の胸を貫いた。コックピットを一撃で破壊したつもりだった。しかし操作を失ったスサノオはサブマシンガンをあらぬ方向へと連射する。その銃を握りつぶし、腕を引きちぎってリイドは前を向く。

 血まみれになった、死が満ちていくシティ……。スサノオは翼を広げ、両手に構えた刀を煌かせる。怒りと憎しみと言葉に出来ないやりきれない想いで満たされたリイドに、戦う以外の選択肢はもう残されていなかった――。




剣神、サウダーデ(1)




「……リイドが……。あいつが、戦ってるの……?」


 既に避難が終わり、祭りの様相からは打って変わって無人と貸した学園の中庭でイリアは肩を押さえながら遠くの戦いを眺めていた。傍らには車椅子から降りたアイリスの姿がある。二人ともリイドの戦いを興味深く見届けていた。そこには様々な感情がないまぜになっている。

 あのリイドが街の被害を考えて戦っているという事……。守ろうとしても、どれだけ守ろうとしても、それは絶対に叶わない事。レーヴァテインで戦えば嫌でも人を殺してしまうという事……。リイドの声は聞こえなかったが、その深い苦悩は痛いほど感じられた。胸がズキリと痛む。それは、誰の気持ちだったのだろうか……?


「……悪いな、アイリス……カグラ。イリアを頼む……」


「待ってくださいカイト! どこへ行くつもりですか!?」


 自分で車椅子を漕ぎ、前進するカイト。その背中にアイリスは声を投げかけた。どこへ行くのか――? そんなもの、自分でもわかっていなかった。今の自分に何も出来ない事は自分の身体が一番良くわかっている。けれどもここでじっとしているなんて選択肢は在り得なかった。


「リイド一人に背負わせて、何が仲間だ……! キョウは……俺の幼馴染だ。あいつは俺が止めなきゃいけないんだよっ!!」


「無茶です!! 今行ったって、貴方には何も出来ない!! 少しは自分の身体のことを省みてください!!」


「そんな事はわかってる!! でも……キョウにだって何か理由があるはずなんだ!! 俺があいつを止めなきゃ……俺がやらなきゃいけないんだよ!!」


 普段ならば絶対にありえないカイトの搾り出すような声にアイリスは思わず言葉を失っていた。青ざめた表情のイリアもじっとその背中を見つめて黙り込む。立ち上がったカグラは遠巻きにレーヴァテインを眺め、そして呟いた。


「……きみは、あそこへ行って……どっちの味方をするつもりなの?」


 俯いたカイトは何も答えられなかった。そしてそれがそのまま彼の気持ちの答えでもある。響く戦闘の音の中、時が止まったように誰も動けないままでいた。そこへジェネシスのエンブレムがデザインされた高級車が飛び込んでくる。ドリフトして停止したその車の扉が開き、ヴェクターが顔を覗かせた。


「皆さん無事……というわけにはいかなかったようですねぇ」


「ヴェクター!?」


「詳しい話は道中で。さあ、乗ってください!」


 全員がヴェクターの車に乗り込むと、カイトは戦闘を眺めながらきつく拳を握り締め、目を閉じた。隣に座ったイリアはそんな少年の横顔を眺め、手を握り締めようとした。しかし触れかけた指は引っ込められてしまう。触れてしまう事が怖かった。彼の知らない過去を知ってしまう事が怖かった。目を合わせない二人、それは今の二人の間にある複雑な距離感を表しているかのようだった――。

 イザナギは街の中、刀を振るう。黒いレーヴァは吼えていたのだろうか? それとも涙を流していたのだろうか――? 壊れていく街、燃え上がる火の手……。リイドはただ、何も考えないように思考を黒く塗りつぶしてがむしゃらに戦った。そうしなければいけなかったから。そうする以外に出来る事は何も無かったから。

 戦わなくても町は壊れていくのだ。レーヴァテインの乗り込んでいる限り、何かを傷つけていくのだ。それは絶対に避けられない真実――。リイドは明らかに街を守って戦っていた。人を逃がす為に戦っていた。それに気づいたスサノオの一機が逃げる人々に銃を向ける。人質――という意味を認識するより早く、イザナギは剣を落とし、空いた片手をそのスサノオへと向けた。

 スサノオの周囲に黒い光が現れ、レーヴァテインが掌を握り締めると同時にスサノオに圧力がかかり、機体がおかしな音と共に派手にひしゃげてしまった。戦い――と呼べるほどのものさえ起こらない程の絶対的な力の差にスサノオ達は退いていく。残されたのは壊れた街と、その中で剣の翼を広げたイザナギだけであった。


「リイド君、何をしてるの? 敵が逃げていくよ、追いかけなきゃ。リイド君?」


 オリカの呼びかけにも応えず、リイドは半ば放心状態だった。“守る”と決めたのだ――。この街を、世界を、仲間を……。けれどその中の何一つとして守る事が出来なかった。余りにもふがいない今の自分の状況に思わず打ちひしがれてしまうのも理解出来なくはない。だがオリカは背後からリイドの身体を抱きしめ、耳元でそっと囁いた。


「……これは、リイド君の所為じゃないよ。全部悪いのは町を襲ってきた連中なんだから。可愛そうなリイド君……。でも、大丈夫だから。私がずっと、傍で君を守ってあげるからね――」


 リイドはゆっくりと顔を上げた。自分の所為じゃない――? 確かにそうかもしれない。守ろうとした……それは確かな事だ。だがそんな風に簡単に割り切れるほど、今の彼は容易くはなかった。だがここでモタモタしていてもなんにもならないのは明らかで。だから、リイドはイザナギを飛翔させる。

 イザナギはそうしてプレートシティの端に立った。見ればスサノオたちは海上へと降り立ち、水面をホバリングしながら高スピードで撤退を開始していた。それを追撃しようと翼を広げたイザナギのコックピット、ヴェクターの声が響きリイドは思わず足を止めてしまう。


「リイド君、深追いは禁物です!! 追撃は許可出来ません。直ぐに本部まで戻ってください!」


 丁度司令部に到着したヴェクターはユカリのインカムを引ったくり、そう叫んだ。コックピット側面に本部の映像が映りこむ。そこにはイリアやカイト、仲間たちの姿があった。ヴェクターは身を乗り出し、真剣な様子でリイドを説得する。


「今回の事件には単純な利害関係だけではなく、ジェネシスの政治的立場などが深く絡んでいます。ここでレーヴァテインを出撃させれば連中の思う壺です。一度引き返し、外交でまずは話を通さなければ」


「……話し合いで解決出来るっていうのか……? ヴェクター、あんたは見てなかったのかよ!? 人がいっぱい死んだんだぞ!? ボクの目の前で、エアリオが連れて行かれたんだぞ! それを黙って見過ごせって……! エアリオを見殺しにしろって言うのかよォッ!!」


 光のコンソールに拳を叩きつけるリイド。だが彼は愚者ではない。ヴェクターの言っている事が正しいと、心のどこかで理解してしまっている。だからこそ足は止まってしまう。さっきもそうだった。自分ではこうしたいという気持ちがある。けれどそれは間違いだと冷静に諭すもう一人の自分がいた。だから無茶が出来ない。無茶の結果がどんなことになるのか――それを知っているから。


「気持ちはわかります。ですが、これは繊細な問題なのです……。リイド君、これは命令です。引き返し、レーヴァテインから降りて本部へ出頭しなさい」


 既にこの出撃自体がある意味においては無断出撃であると言えなくもない。レーヴァテインは絶大な力だが、所詮はジェネシスという企業に属する物である。それを命令もなしに動かしたとなれば、その問われる責任は大きい。リイドは俯き、歯を食いしばって肩を震わせた。戻るしかない……そう心のどこかで諦めかけた、その時であった。


「――何を迷ってんだ、リイド……! 行けッ!! エアリオを追いかけろッ!!!!」


「カ……カイト?」


 それはカイトの声だった。見ればカイトはヴェクターからインカムを引ったくり、そこにありったけの思いを込めて叫んでいた。カイトの目が真っ直ぐにリイドを見ている。リイドはその強い眼差しに背中を押された気がした。


「エアリオはお前のパートナーだ!! だからって責任が全部お前にあるとは言わない!! でも、今助けられるのはお前しか居ないんだよリイド!! 大事なものは……!! 大切な、人はっ!! 他の誰が何て言ったって、てめえの腕で守り通せっ!!!!」


 当然、ヴェクターとユカリはカイトからインカムを奪おうとしていた。しかしそれを怪我をしたイリアとアイリスが間に入り、時間を稼いでいる。カイトは肩を掴まれながらもマイクを片手で握り締め、リイドに叫び続けた。


「俺にもイリアにも、アイリスにも出来ない事なんだ!! いいかリイド、よく聞け!! レーヴァテインの力にビビってんじゃねえ! お前はやれる……お前は変わったんだ!! お前なら、エアリオを助けられるっ!!!! だから行け! 行って、エアリオを連れ戻してくれ! 頼む……リイド!! お前にしか、出来ないんだよっ!!!!」


 直後、インカムはヴェクターに取り上げられてしまった。しかしヴェクターがリイドに何か言うより早く、通信はシャットアウトされてしまう。振り返るとオリカが悪戯な笑顔を浮かべ、リイドに頷いていた。少年は胸の内に様々な事を思い浮かべた。それは時間で言えば一秒にも満たない回想だろう。しかし、それはとてもとても長い回想だった。

 エアリオは、いつも傍で自分を支えてくれた。アイリスを傷つけた……仲間を守れなかったこんな頼りない剣でも。街を壊してしまったこんな力でも。まだ、守れるものがあるのならば――。カイトは背中を押してくれた。先ほどまで震えていた身体はピタリと止まっている。もう、迷わない。命令違反だろうがなんだろうが――そんな事は目の前の現実と比べれば大した事じゃない。

 黒き翼を広げ、イザナギが舞い上がる。そうだ、今目の前で出来る事を全力でやらずに何が英雄か――。もう御託を並べて逃げたりしない。正論よりも正しいと思える感情論を振り上げて、少年は前進する。飛翔するレーヴァテイン――それは未知なる大空へと舞い上がっていく。


「――――行くぞ、オリカ。エアリオを……連れ戻す!」


 オリカは何も言わずに微笑みかけた。イザナギは空中でくるりと横に回転し、加速していく。まるでわずらわしい全ての枷を振り払い、自由を求めて羽ばたくかのように。青空へと……強い思いと共に――。


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またいつものやつです。
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