交錯、天空都市(3)
「……カイトとイリアを、くっつける作戦……?」
「ああ。エアリオになら言ってもいいかなって思ってさ。それに、協力者は必要なわけで」
学園祭当日の朝、エアリオは珍しくパンを齧る手を止めてリイドの話に真面目に耳を傾けていた。二人きりの朝食風景、珍しくオリカが起きてこないのでリイドが三人分の朝食を用意し、制服の上にエプロンをつけたままエアリオと向かい合っていた。
まず、エアリオに説明するに当たってイリアはカイトが好きなのだという話をしなければならなかった。エアリオは二人の関係性には興味が無い様子だったが、唐突にそんな事を言い出したリイドの方は気にかかる様子だ。身振り手振りあれこれ説明するリイドの顔を覗き込み、小さな手でぺたんと額を触った。
「……また、熱でもあるの?」
「……いや……ないけど……」
「あのリイドが他人の色恋沙汰に口出しするなんて……。これは天変地異が起きてもおかしくないレベル」
「お前なぁ……言うに事欠いて天変地異って……。兎に角そういうわけで、ボクは二人に恩返しがしたいんだよ。なあ、エアリオも手伝ってくれるだろ?」
「……んー……。そういうのはほうっておくのが一番いいんじゃないの……? 所詮は二人の間柄の問題だし……」
「でも、カグラは好きな人同士が一緒にいると幸せだって言ってたぞ!」
身を乗り出し、無邪気でしかし真剣な目で口をへの字に結んでいるリイド……。エアリオはその近すぎる視線に思わず頬を赤らめ、視線を逸らした。そんな時バタバタと会談を降りてくる足音が聞こえ、文字通り転がり降りてきたオリカが寝癖だらけの頭で二人の前に停止した。
「ほわぁああああっ!! 寝坊した寝坊したーっ!!!! ごめんねリイド君エアリオちゃん今すぐごはん作るから……ってあれ? なにかしらとってもおいしそうなお料理……」
「おはよう、オリカ。お前なあ……朝食は出来てるから、寝癖なんとかしてこいよ。全く、だらしが無いな……」
そう言ってリイドはオリカの前髪をくしゃくしゃと撫で、寝癖を手癖で伸ばして見せる。その様子にオリカは暫く固まっていたが、リイドがオリカの分のトーストを焼きに行くと、はっとしたようにエアリオに掴みかかった。
「エ、エアリオちゃん……!? 最近リイド君はどうしちゃったのかな!?」
「な、なにが……?」
「なんか……イケメン補正がすごいよ!? まるで少女漫画に出てくる男の子みたいになってるよ!? オリカちゃん鼻血がやばいんだけどっ!!」
「……それは拭けよ」
オリカの胸にツッコミを入れるエアリオ。するとその巨大な胸はぽよよんと揺れた。やや遅れてリイドが戻ってきてオリカの分のトーストを渡す。鼻血を拭いたオリカは鼻にティッシュを詰めた状態で席に着いた。
「しかしどうしたんだ? 普段は頼みもしないのに誰より早起きなオリカが寝坊するなんて……」
「うーん、昨日ほとんど一睡もしてなくて……。オリカちゃん、目の下にくまさんが出来ちゃってるのにゃー」
「え? どれ?」
「リイド君、顔が近い顔がちか……おぶっ!!」
鼻血と共に鼻に詰めたティッシュが吹っ飛び、オリカは椅子から落ちて床の上に倒れた。幸せそうに緩んだ表情でぷるぷると痙攣していたが、リイドは特に気にもせずに話を続けた。
「とにかく、ボクはイリアとカイトをくっつける事にしたんだ。無理に手伝えとは言わないけど、邪魔だけはしないでよね」
「…………。まあ、別にいいんだけど」
確かにエアリオから見ても二人は好きあっているように見えた。他人の色恋沙汰にエアリオ・ウイリオという少女が興味を持っているのか、はたまた理解を示せるのか、それは大いに謎ではあったが……。
しかしながらエアリオはリイドよりもずっと早く二人と出会っていた。イリアがカイトにべったりなのは昔からで、しかしカイトはイリアに対してそれほど好意的という様子には見えない。良くも悪くもカイトは誰に対してもフレンドリーなのだ。イリアとカイトは仲が良い。だがそれはリイドとカイトが仲が良いというのと殆ど同じ意味なのだ。
そんな事を一人で牛乳を飲みながら考えるエアリオ。何故唐突にリイドがそんな事を言い出したのかは判らなかったが、リイドがそうしたいというのならばそれを拒絶する理由も無い。一気に牛乳を飲み干し、エアリオは挙手する。
「リイド司令、二人について耳寄りな情報が」
「……なんだそれ? まあいい、言ってみろ」
「イリアがカイトにデレてるのは明らかなので、問題はカイトのほうかと」
「ああ、それについてはボクも同感だ。なのでボクはカイトのほうを何とかしようと思っている。というわけで、悪いけどエアリオは一人で先に学園に行っててくれ。ボクは病院までカイトを迎えに行くから」
「一人で大丈夫?」
「ああ、エルデがついてきてくれるらしいから。それと床の上で死んでるそれ、なんとかしといてくれ」
リイドは鞄を肩からかけ、家から飛び出していく。その背中にひらひらと手を振って見送るエアリオ。立ち上がった少女は少しだけ前髪を整え、自分の格好を振り返ってみる。足元に転がったオリカの顔をぺちぺちと叩いてみる。オリカはへらへら笑ったままヒロインらしからぬ表情で気を失っていた――。
一方その頃、シティを歩くイリアは自分の実家の前で立ち止まった。カイトと二人暮ししている彼女にとって実家に戻る事は殆ど無い事だった。それは彼女の家族関係が上手く行っていない事を意味している。少しだけ緊張する心――けれどそこは“ただいま”と言うべき場所で。なんだか気づけば矛盾してしまった心に笑えてきたりもする。
家から出てきたアイリスと合流し、イリアはアイリスが乗った車椅子を押して歩き出す。こうして朝の風景を一緒に過ごす事自体、以前からは考えられない進歩だった。
「姉さん、良かったんですか……? 私、もう一人でも学園にいけますけど……」
「いいのいいの、無理しないで! お姉ちゃんだもん……これくらいさせてよ」
「……姉さん」
「あたしさ……アイリスとこうして一緒に学校に行けるようになって、本当に良かった。ホルスと戦って……それで、ちょっとケンカもしたけどさ。でも、気づいたんだ。あたしやっぱり逃げてたんだって」
イリアはそうして過去の記憶を思い返した。家を出て行くと言い出した時、泣きながらふさぎ込んでしまったアイリスの事を……。レーヴァテインパイロットとしてという理由を盾に、イリアは自分が逃げ出す事を正当化していた。
両親は、あまり良い親だとは言えなかった。金だけはあったが、それだけだ。二人の姉妹はいつでも二人きり、だからイリアはアイリスを普通の姉妹のそれよりもずっとずっと重く感じていた。自分が立派なお姉ちゃんでなければ。自分が妹を守らなければ――。そんな思い込みが彼女の重荷になっていたのもまた一つの真実だ。
父親を幼い頃に失い、酒と男に入り浸りの母親を見て育ってきた。金だけはあったが――そう、それだけだ。そんな家にアイリスを置き去りにしてしまった。今は深く後悔している。そして偶然に感謝もしていた。もしもレーヴァテインがなかったら、二人はこうして分かり合う事もなかっただろうから。
「もっともっと強くなって、あんたがロボットになんか乗らなくたっていい世界にする! あんたの事止めるつもりはないけど、だからってこの目標を変えるつもりもないからね」
「姉さんらしいですね……。でも、私も同じです。姉さんにきっと追いついて――ぎゃふんと言わせちゃいますから」
頬を赤らめ、目を閉じてアイリスは笑う。イリアは片手で車椅子を押しながら妹の頭をくしゃくしゃと撫で回した。今こうして二人でいられるのは、きっとあの戦いを乗り越えられたお陰だ。そう、きっと……リイド・レンブラムという少年のお陰なのだ。
赤信号、横断歩道の前で立ち止まる。イリアはふとリイドの事を思い出した。少年は変わった――それこそ、驚くべき程に。あれほど嫌いだったはずの相手に心の中で感謝するなんて事があるなんて――。胸に手を当て、顔を上げる。
「今度……何か、お礼しなきゃね」
その呟きはとても小さく、目の前にいる妹にもよく聞こえなかった。車が行きかう音が響き渡り、横断歩道の向こうに目を向ける。そうしてイリアは不思議なものを見た気がした。
真っ黒なコートを身に纏い、眼鏡をかけた真紅の髪の女性――。威圧的なその雰囲気もそうだったが、何よりその顔をイリアはどこかで見た事があるような気がしたのだ。そうしてまるで何かを思い出すかのように、脳裏に様々な景色が過ぎった。
倒れるカイト、焼け落ちるレーヴァテイン――。向かい合うアイリスとリイド、妹は泣きながら少年に何かを叫んでいた。エアリオが手にした拳銃と、その矛先のイメージ――。どこかで見たような、けれど決して見覚えの無い景色。
「……なんなんだろう、この感じ」
何となく不安で、ざわざわした気持ちだった。信号が青になる。横断歩道の向こう、あの人影は既に影も形も無くなっていた。
交錯、天空都市(3)
「しっかし、よく許可貰えたな~。俺こんなボロボロなのに……」
病院から連れ出されたカイトは車椅子の上でそう自虐的に呟いた。車椅子を押しているのはリイドで、隣では二人の手荷物を持ったエルデが歩いている。
第三共同学園の学園祭は周辺プレートシティと合同で行われる為、非常に大規模な物となる。小、中、高、大まで一貫で一つの敷地内に収められている共同学園というシステムからしてそれは当然の事で、街は普段とは違って浮き足立ったような雰囲気に満ちていた。
カイトは片手を布で吊ったまま、あちこちを見回して微笑んでいる。前回の戦闘から日が経っているとは言え、まだまだ退院の遠いカイトを学園祭などという人込み前提の場所に連れ出す事は正直あまり良い事だとは言えなかった。実際主治医のアルバは最初は反対していたのだが、カイト自身の回復が思っていた以上に早かった事、エルデとリイドが常に傍でフォローする事からなんとか許可を得る事に成功した。勿論、人込みにはなるべき近寄らない条件付であるが。
アルバにしてみれば、これで許可しないで条件もつけずに勝手に抜け出される方がよほど困ってしまう。カイトの無茶をする性格を考えればそれは十分にありえる事だ。それに今回の学園祭はレーヴァテインチーム皆で回る事が決定しており、カイトを仲間はずれにしてしまうのも哀れだと思ったのだろう。
何はともあれこうして無事に連れ出せたのだから問題は無い。当人であるカイトも楽しそうな様子で、リイドは満足していた。そんな二人の隣、鞄を二つ持ったエルデが楽しそうに語りかけてくる。
「なんだか、町全体が楽しそうな雰囲気に包まれていますね……! 正に愚民の祭典ですね!」
「…………ッ!? おいリイド、今エルデが変な事言わなかったか……?」
「…………き、気のせいじゃない?」
「レンブラム君、今日は誘ってくれてありがとうございます……。僕はこういうイベントに参加した事がなかったので、とても嬉しいです」
「そ、そうなの? ていうかリイドでいいよ。皆そう読んでるし……今更レンブラム君って言われてもなんか気持ち悪いし」
「……そうですか? 確かに、頻繁に呼ぶには気持ち悪い名前ですね!」
「おいリイド!!!! やっぱりなんかこいつ変だぞ!? なあ、おかしいだろ!? 俺の気のせいなのか!? 俺の気のせいなのか!?」
こうして怪我人なのに騒ぎまくるカイトを押し、三人は共同学園までやってきた。正面門の前は人でごったがえしていたが、そこから少し外れた当たりでイリアやアイリスといった女子グループが固まっているのが見えた。カグラが手を振っているのでそれに応じ、三人も合流する事にする。
「おっはよー諸君!! 今日は素晴らしい学園祭日和の天気だね!!」
「……プレートシティの天候は、ジェネシスによって操作されていますけどね」
空気を読まないエルデの発言。まあそれが事実なのだが……あえてそれをここで言わなくてもいいだろう。イリアがイラっとした様子でエルデを睨んでいたが、本人はまるで気づく気配がない。
「……君ら、また変なの仲間に加えたね」
「……気にしなくて良いわよ、カグラ。あれは空気みたいなものだから」
「はい、そうですね。エアリオさんと同じです」
「!? なん……だと……!?」
驚いた様子のエアリオの肩を叩き、優しく微笑むエルデ。その即頭部に吸い込まれるようにイリアのハイキックが直撃し、少年は少し離れたところで倒れた。カイトとリイドが同時にだらだらと冷や汗を流す中、話はどんどん進められる。
「あー……えっと、兎に角学園祭にようこそ。車椅子が二人もいるってのがすごいけど、とりあえずリイド少年には実行委員として働いてもらわにゃならないんだよねえ~。そんなわけで、こんなくじ引きを作ってきましたよ!!」
カグラが取り出したのはプラスチックで出来た所謂カラーボックスであった。そこには人の手が突っ込めるような穴が開いており、中には何枚かの組み合わせのカードが入っていた。見ての通りのくじ引きである。一同は顔を見合わせた。
「車椅子が二人もいるんだし、全員まとめて行動するには人数も多いだろ? だから、ここは二人組をいくつか作って周るのがいいんじゃないかな? とりあえず午前中の組み合わせを決めて、お昼には集合する場所を決めておこう。午後は主要イベントが盛りだくさんだから、そこは皆で行く……。どう?」
リイドがぺらぺらと説明し、一同はそれなりに納得した様子だった。しかしリイドは笑顔の裏で黒い策略をめぐらせていたのである。その背後ではカグラまでもが黒い表情を浮かべていた。この一見ただの箱にしか見えない物体の中に隠された秘密の仕込みの数々……。準備は既に整っていた。
「さて、くじを引く順番はもう決まっている! 生徒会長権限により、全員順番に手を突っ込めぇいいいッ!!」
「まあ、私は別段構いませんけど……姉さんには好きに周ってもらいたいですし」
「確かにこの大人数でウロウロしてもしょうがないっちゃしょうがないわね。というか動きづらいわね」
「ま、とりあえず引いてみっか? どれ、えーと一番手は……エアリオか?」
こうしてくじ班分けが始まり、数分後――。完全にそれが成されたのだが、リイドとカグラは何か信じられない状況を見たという驚愕の表情を浮かべていた。
勿論ここで何とか上手くカイトとイリアをくっつけるはずだったのだが――何故かカイトの車椅子を押しているのはエアリオだ。そしてイリアの隣に立っているのはカイトではなくエルデ……。アイリスの背後にはオリカ、という組み合わせになっている。
リイドは腕を組み、それから少し前の事を考えた。何故こんな事になってしまったのか――。実は、エルデがくじを引く順番を間違えてしまったのである。カイトが引こうとしていたら空気を読まずにボックスに手を突っ込むエルデ――。こうしてのんきな表情を浮かべたエルデがイリアと組む事になってしまったのである。
「よーし、じゃあ早速いくとするか! エアリオ、とりあえずなんか食えるもんでも探して俺たちはゆっくりしようぜ」
「え……? あ、うん……」
「そういや、大食い大会ってあったな! エアリオ出てみないか!?」
と、カイトは楽しそうにエアリオに話しかけている。エアリオは困った様子だったが、ここでくじをやり直せと言い出すことも出来ずオロオロしたまま学園に入っていってしまった。それをリイドとカグラは見送る。
「なんでよりによってあたしがエルデと一緒なのよ……」
「……いやぁ、楽しみです! 早く行きましょう、アークライトさん」
「え……? いや……えぇっ!? ちょっと……えええええええッ!?」
エルデに手首をつかまれ、ずるずると引き摺られていくイリア。それを見送り頭を抱えるリイドと遠い目をしたカグラ。その二人の背後、アイリスの訝しげな視線が待っていた。
「……さっきから二人ともどうしたんですか? 今の組み合わせに何か不満でも……?」
「ぐ、鋭い……!? いやぁ、ボクは別に不満なんかないんだけどね……はは、ははは……」
「んー……。アイリスちゃん? イリアちゃんとカイト君をくっつけようって作戦だったんだよ」
「おいっ、オリカ!?」
「黙ってたってばれちゃうよ。それに、アイリスちゃんだったら協力してくれるんじゃないかな?」
車椅子の背後からアイリスの顔を覗き込むオリカ。アイリスは少しの間考え込んだ後、真面目な表情で頷いた。
「そういう事だったんですか。いいですよ、手を貸しても」
「本当? 意外だな……。君って結構お堅いヤツなのかと思ってたよ、ボクは」
「失礼ですね……! 私だって別に好き好んでお堅いわけではありません! それに、姉さんとカイトは……見ていてこう、やきもきしませんか?」
「わかる、わかるー」
「多分ねー、気づいてなかったのはリイド少年くらいッスよ」
女子三人はうんうんと頷きあう。その唐突の団結にリイドはついていけず置いてけぼりだったが、手を貸してくれるというのであればそれに越した事はない。リイドは腰に手を当て、溜息混じりに苦笑を浮かべた。
「そんでさぁ、リイド君リイド君?」
「何、オリカ?」
「カイト君とエアリオちゃん、おっかけなくていいの? 二人も早くもどっかいっちゃったけど」
三人が同時に振り返る。そこは人手ごった返した学園祭の最中である。カグラとリイドが慌てて走り出し、アイリスの車椅子を押してオリカもその中に参戦していくのであった……。
「なんだ、大食い大会は昼あたりからか……。それまで何してっかねぇ」
人込みの中から少し外れた場所、校庭の一画にあるベンチの前でカイトはパンフレットをぱらぱらと片手でめくりながら呟いた。エアリオは人の流れをぼんやりと眺め続けていたが、ふと振り返ったカイトの視線に気づいて首を傾げる。
「エアリオ……お前、なんか変わったよな」
「……そう?」
「いや、変わってないかもな。お前が変わったというより……俺のお前を見る目が変わったのかもな。前は正直、何考えてんのかわかんねえヤツと思ってたけど……最近はそうでもねぇや」
パンフレットを閉じ、カイトは深く車椅子に体重を預け、空を見上げた。上のプレートでふさがれた空の限界――作られた季節、天候。何もかも偽者の世界の中だけれど、カイトはそれでも自分たちが生きている事に意味を感じている。
この世界を憎んだ事もあった。レーヴァテインや、神や天使といった存在を恐れた事もあった。だが今は不思議と戦っている事が出来る。怖いなんて感じる事はなかった。それよりもっと熱い気持ちが胸の中にある限り、少年はきっと折れる事はないのだろう。
「リイドがああやってだんだんマトモになってきたのは、お前のおかげだろ? 俺や、イリアや……皆との関わりの中であいつは変わった。けど、一番あいつを変えたのはお前だよ」
カイトの優しい声に耳を傾け、エアリオは人込みを眺めた。楽しそうに行きかう人々……そこに以前は何を見ていたのだろうか? 今は、彼らの気持ちが理解出来る。形のない情報としてではない。きっとこんな気持ちなんだろうと、自分の心で感じる事が出来る。
「……リイドは、わたしにとって大切な人だから」
「幼馴染、なんだっけか?」
「そう。でも、それだけじゃない。上手くは言えないけど……ずっとずっと昔に引き離された自分の身体の一部みたいに、リイドの気持ちを近くに感じてる」
あの日、戦場となったシティで出会って。その前から続いていた関係に、少しの変化が生まれて。レーヴァテインのパイロットとして共に戦い、傷ついたりしながらも何とかやってきた。
仲間が増えて、どんどん人の輪が広がっていく。最初はエアリオとリイドの二人しか居なかった空白の中に、カイトが……イリアが、そして仲間たちが増えていく。人と人のつながりの中、リイドが変わっていくのをエアリオは嬉しく感じていた。まるで全ては自分の事のように感じられるから。
どんな時も、どんな状況でも、エアリオはリイドの事を考えて行動している。彼の苦しみを和らげ、孤独を理解し、暖かさを共有し、時に笑い、時に涙を流し、そんな彼の傍に在り続ける――。不思議と、それはずっとずっと昔からそうだった気がした。まるで何年も、何十年も、何百年も――もっともっと、気の遠くなるほど前からずっと――。
「なら、これからもリイドを支えてやってくれ。そして、お前ももっとリイドに支えて貰っていいんだ。二人で抱えきれない事は、俺たちも背負ってやる。だから頼んだぜ、エアリオ」
「……わかった。カイトも、ありがとう」
エアリオの素直な反応にカイトは驚きを隠せなかった。そうして苦笑を浮かべ、肩を竦めて見せる。
「お前の口から、“ありがとう”なんて飛び出すとはなぁ……。ったく、ほんといいコンビだよ、お前らは……」
目を丸くするエアリオ。そうしてカイトが一人で笑っていた時だった。そんな二人の所へ、パンフレット広げて歩いてくる一人の人影があった。少女は顔面にへばりつくんじゃないかというくらいパンフレットを間近で見つめ、よたよたとおぼつかない足取りで接近してくる。それがカイトの座っていた車椅子に激突したのも、そのまま怪我をしているカイトの上に倒れこんだのも、ある意味においては必然であったと言えた。
「ぬぐおッ!? お、俺の……俺のうでがああああッ!?」
「もげたか……」
「もげるかあああッ!? お前、俺の腕に何か恨みでもあるのか!?」
「ああっ!? はう……す、すんまへん……っ! うち、怪我人になんてことを……っ!?」
そうしてカイトは目の前にあった少女の顔を見つめて驚愕した。少女は慌てて身を引き、へこへこと頭を下げる。しかしカイトはポカーンと口を開けっ放しにしたままその様子を眺めていた。
「すんまへん、すんまへん……っ!! うちの前方不注意で、ほんま、ほんま、すんまへん……っ!!」
「…………。お前、もしかして……キョウか?」
「へぇっ?」
涙ぐんだ目をうるうるさせながら顔を上げる少女。ワンピース姿の少女は両目をごしごしと擦り、カイトの顔を覗き込んだ。そのままアホ面と呼ぶに相応しい呆けた様子を数分維持し、カイトを指差して絶叫した。
「ああああああ――――ッ!? もしかしてぇ……!? もしかして、カイトちゃん!?」
「キョウ!! そうそう、俺だよ俺っ!! なんだ、どうしたんだ!? なんでこんな所にいるんだ!?」
「わあ! わあーっ!! カイトちゃん……カイトちゃん、生きててんなぁ……っ! うち……うちなぁ、てっきりカイトちゃん、死んでもうたとばっかり思っててん……っ! ふえぇぇぇえっ!」
ぼろぼろと涙を零しながらカイトに飛びつくキョウ。その勢いが激しすぎてカイトは全身に激痛が走るのを感じていたが、歯を食いしばってそれに耐えていた。ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶキョウとそれを受け止めるカイト……。それを遠巻きに眺めるイリアとエルデの姿があった。
エルデはやきそばをもぐもぐと食べながら草むらから顔を覗かせている。イリアは拳を握り締め、その二人の様子を凄まじい表情で眺めていた。エルデは空気を読まず、青のりをほっぺたにつけて顔を上げた。
「あれはもしかして……フラクトル君の彼女か何かでしょうか?」
「そんなわけないでしょ!? あの馬鹿カイトが……! 馬鹿カイトが……っ!! そんな女子にモテてたまるかっ!!」
「ですが、僕が思うに……彼は客観的に整った顔立ちですよ。それに、性格も前向きで明るくて、馬鹿だけど魅力的だと思います」
「む、むぐぐ……っ!? ふぬぬ……っ!! カ、カイトのやつ……!! カイトのクセに生意気よぉおおお……っ!!!!」
「……ははは、まるでツンデレみたいですね」
背後に振り返ると同時にエルデを蹴り飛ばすイリア。やきそばが地面の上に散らばり、エルデはぴくりとも動かなくなった。イリアは顔を真っ赤にして涙目でカイトを睨んでいたが、当たり前のように彼がそれに気づく気配はなかった。
「キョウ、お前らこそどうだったんだ……? マサキは無事か?」
「あ……。うん、マサキちゃんも元気やよ……? でも、カイトちゃん、本当にどうやってあの状況で生き残って……う?」
と、そこでキョウは傍にいるエアリオの存在に気づく。そうして驚いた様子でじっとエアリオとカイトとを交互に見つめ、それから縋りつくようにカイトに言った。
「カ、カイトちゃん……今……? 今、何しとるん……?」
「え……? 何って……」
「だって……だって、カイトちゃん、この子は……! この子は――ッ!?」
その時、学園に風が吹き抜けた。それと同時にカイトたちの頭上を何か大きな物体が通り過ぎていく。警報は鳴り響いてはいなかった。誰もがなんなのか状況を把握出来ず、ただ頭上を見上げていた。
プレートシティに次々に進入してくる巨大な人型兵器――。しかしそれはカイトも見覚えの無いものだった。ヘイムダルとは余りにも違いすぎるデザイン……。緑色のカラーリングの機体たちは市街地に立つと、マシンガンを人々へと向けた。
謎の機体は学園の中庭にも降り立った。巨大な風が吹きぬけ、カイトの髪を揺らす。驚くカイトへと声が投げかけられた。物陰から飛び出したイリアはカイトとエアリオへと駆け寄ろうととしている。しかしその時、自由に動けないカイトの直ぐ傍でキョウはエアリオを背後から羽交い絞めにし、懐から拳銃を取り出して見せたのだ。
まるで全てがスローモーションのようだった。キョウの泣き出しそうな顔とエアリオの驚いた表情、イリアの叫ぶ声だけが聞こえてくる。イリアはエアリオを羽交い絞めにするキョウへと手を伸ばす。そしてキョウは駆け寄るイリアへとその銃口を向けるのであった。
「――――イリアッ!!!!」
カイトの声とほぼ同時、銃声が鳴り響いた。風が止んだ後、イリアの身体はその場に崩れ落ちていく。紅く流れ出す血はまるで涙の雫のように大地へと染み込み、土を黒く黒く塗り替えていくだけだった――。
~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~
*新展開=読めない死亡フラグ*
リイド「あ、またアンケートやってるんだ」
エアリオ「いや、実は今回はめんどくさいからいっかと思ったらしいんだけど、まあ恒例だしやっとこうかなと」
リイド「……なんかそれはそれでどうなんだろう」
オリカ「あ、そういえば3rdだけ読んでる人っているみたいだね」
エアリオ「そのまま1stと2ndは読まずに済ませてくれ……頼むから……」
オリカ「そして、リイド君がやっぱり人気だね~っ!! なでなで、なでなで……」
リイド「…………」
エアリオ「いいじゃないか、一票でも投票されていれば……」
オリカ「オリカちゃんなんか、フルネーム版と名前だけ版の二種類が出来るくらいだからね♪」
リイド「……てか、イリアやエアリオより人気なんだ、オリカって……」
エアリオ「まだはじまったばっかりだから。まだはじまったばっかりだから」
オリカ「むふふー! このままいけば、オリカちゃんがメインヒロインだねーっ! ということは必然的にリイド君はオリカちゃんエンドになるわけだ!!」
リイド「ならん」
オリカ「なんで!?」
リイド「仮にお前が一番人気だったとしても、お前とだけはエンディング迎えないからな」
オリカ「なんで!? あれ!? なんで!?」
エアリオ「というわけで、アンケートやってます。貴方の一票が、この後書きコーナーを救うかもしれません」
リイド「まあぶっちゃけほぼその為だよね」