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交錯、天空都市(2)

「今日付けでアーティフェクタ運用本部に配属となりました、エルデ・ラングレンです……。どうぞ、皆さんよろしくお願いします」


 ぺこりと頭を下げたエルデ・ラングレンは随分とのんびりとした口調だった。どうも聞いた話によると、ボクらより年上で一応レーヴァテインチームの中では最年長の十八歳らしい。しかしどうにもシャキっとした感じではなく、なんというかゆるい感じの印象……。それが顔合わせの感想だった。

 学園祭も間近に迫ったある日、ボクらはカイトの病室に集まっていた。何故カイトの病室なのかというと、カイトがその場から離れるのが大変だったからだ。自由に動ける人間が動けない人間に合わせた結果そういう事になったのである。その場にはレーヴァテインチーム全員とそれからヴェクター、そしてユカリさんの姿もある。正直病室の中は狭かった。


「ラングレン君は対神兵器開発室所属のテストパイロットなんですが、今回はレーヴァテインチームに仮配属という事になりましてねぇ……。まあ、同じパイロット同士ということで仲良くしてあげてくださいね」


 と、ヴェクターは手身近に説明するとそそくさと退室してしまった。残されたボクたちだったが……そもそもこのエルデという男は一体何者なのか。レーヴァテインパイロットとしての適正も持つのでいざという場合はレーヴァテインでも出撃するらしいのだが……。

 そもそも、対神兵器開発室とは――? 実はアーティフェクタ運用本部というのは独立した部署なのだが、大まかにはこの対神兵器開発室という部分に属しているらしい。この部署の役割というのは文字通り神を倒す為の兵器を開発する事で、対神効果の高い弾丸や刀剣武装、フォゾンエネルギーを利用した高出力エネルギー兵器等を主に開発している。それはヴァルハラの防衛システムに利用されている他、レーヴァテインの武装として活用されている。そして中には他の国や軍隊に輸出されているものもあるのだとか。

 要するに、対神兵器開発室はジェネシスの中でも一大産業の一つを担っている部署という事になる。ヴァルハラの防衛、レーヴァテインの武装等等、ボクらにとっても決して無関係とは言えない部署なのだ。その部署でついに人型戦闘機の開発がスタートし、その実戦モデルである機体、“マステマ”のテストパイロットらしい。

 マステマはヘイムダルとは別の開発経路で生み出された人型の兵器で、ヘイムダルには対神兵器というカテゴライズしか存在しないのに対し、マステマは今後もシリーズが量産される見通しにある為“人型戦闘機”という呼称が用意されている。これまで人型の対神兵器はレーヴァテインを含むアーティフェクタしか存在しなかった為、このカテゴリーの兵器が実戦運用開始されれば人類にとっては飛躍的進歩であると言えるだろう。

 その最先端技術の担い手がこんなにゆるそうなヤツでいいのだろうか。そもそもあまり頭が良さそうには見えない。長髪をテキトーに結わいてほったらかしにして、かけている眼鏡もなんか心なしか曇っている気がする。服装もなんだかだらしが無く、ヘラヘラ笑っている締まらない口もあまり好きじゃなかった。とは言え、これからレーヴァテインと共に戦う仲間が増えたのだから喜ばしい事だろう。


「……噂に名高いレーヴァテインと共に戦えるとは光栄です。僕の事は、エルデとお呼びください」


「ふーん……? あたしはイリア・アークライト。こっちは妹のアイリスよ。両方とも干渉者ね。あっちのベッドにいる情けないのがカイト、こっちの生意気そうなのがリイド・レンブラム。で、こっちの小さいのがエアリオ。あっちの頭悪そうなのがオリカよ」


 どこからツッコんだらいいのか判らないイリアの紹介が終わるとエルデはスーツの内ポケットから手帳を取り出し、そこになにやらメモを始めた。人前で急にメモを取り始めるのはどうかと睨んでいると、彼は困ったような表情で笑った。


「ああ、失礼……。恥ずかしながら、僕は物覚えが悪くて……。こうしてメモを取らないと、中々覚えられないんです」


「そうなんだ……。まあ、とりあえず今後ともよろしく」


「ええ、こちらこそ……」


 エルデが求めてきた握手に応じる形でとりあえず紹介は一旦お開きとなった。なんでもまだマステマの調整が残っているらしく、その試運転に狩り出されたらしいエルデはそのまま格納庫へ向かってしまった。新しいパイロットが来ると聞いていたのでどんな奇人かと思いきや、案外普通な男だった気がする。


「エルデ・ラングレンさんですか……。良かったですね、まともな人格の持ち主みたいで」


 そんなボクと同じ事を考えていたらしいアイリスがそう発言すると、イリアはあまり面白くなさそうに唸っていた。エアリオは……どうでも良さそうな様子だ。カイトは誰が来たって歓迎なんだろうし、オリカは……。


「あれ、オリカがいない……?」


「さっき皆が話してる間にこっそり出てった」


 と、エアリオが教えてくれたのだが――あいつ、レーヴァテインのパイロットである自覚があるんだろうか? いつも何か皆で相談する時に居合わせないのは協調性がないからなんだろうな……とかボクが思うのもまたどうなのかと思うけど。

 そんなわけで新しいパイロットが配属になったのだが――これといって敵が攻めてくる気配は無く。今のボクにとって重要なのは、学園祭をどう盛り上げるかというその一点にあった。カグラに勝手に実行委員にされた挙句、カイトが参加出来ない分も仕事を押し付けられるハメになったからだ。

 エルデも高等部に配属になったと聞いたが、ボクは実際エルデが学校にいるところを見た事はなかった。オリカのやつなら何か知っているかもしれないが、最近オリカはあんまり学校にいても襲撃してくる事が無かった。以前はウザいくらい毎日教室までやってきていたので、まあ静かになっていいと思うけど。

 色々と思いを馳せつつ、こうしてコピー機の前でひたすらに学園祭のパンフレットを量産し始めて既に四十分……。かな~り面倒くさいのだが、まあ重労働かと言えばそうでもない。問題なのは製本作業なのだが、ボクは地味な作業は結構嫌いじゃないからそこまで苦ではない。問題はどちらかというと皆でワイワイ学園祭を盛り上げる案を出す方だ。


「オリカに協調性を問えないな、ボクは……」


 しかし他人と一緒にいる事にあまり喜びは見出せない。ではカイトやイリアはどうか……? 不思議とレーヴァテインの仲間と一緒にいるのは嫌ではない。それは何故なのだろうか? 自分自身の事についてこんなに考えるようになったのは最近になってからだ。出るはずの無い答えを迷走する事更に数十分……。既にコピーが終了し停止した機械を前にはっとする。


「どうしたどうしたぁ!? 少年……考え事とは珍しいじゃない?」


「うわっ!? なんだ、カグラか……」


「なんだ、カグラか……じゃないよ。サボってないでどんどん印刷してくんないと困っちゃうんだよね~。あらどっこいしょ」


 サボるなといいつつ、カグラは印刷室の隅にあった椅子の上に座り足を組んでボクを見ていた。印刷を再開し、コピー機を片手で抑えながら視線を向ける。カグラはなにやらニヤニヤした様子でかなり気持ち悪かった。


「少年、どうだい? たまには皆と一緒に学生生活を謳歌するのも悪くないっしょ?」


「……あんまり楽しくは無いよ。正直、生徒会のメンバーとか相手にするのも疲れるし」


「あらそう? でもきみは結構この学園じゃ有名人なのよ。レーヴァテインパイロットである事もそうだけど、なんだか色々な意味で目立ってるでしょ?」


 馬鹿な……。そんなオリカと一緒みたいな括られ方をされるとは……。自分としては目立つような行動はしていないつもりなのだが、どうにも周囲の目というのは理解し難い。前髪を弄りながら考え込んでいると、カグラは手に持っていた何かをボクへと投げ渡してきた。


「それ、学園祭実行委員の腕章ね。当日はそれつけてもらって、色々やってもらう予定だからよろしっく~」


「…………はあ……。もうこの一件は自然災害か何かだと思ってただひたすら耐える事にしたよ」


 第三共同学園大学園祭実行委員と記入された腕章を見つめ、溜息を漏らす。まさかこんなものに参加する事になろうとは思ってもよらなかった。多分、何ヶ月か前のボクだったらとりつく島も無く拒否していただろうになあ……。


「イリアはもう退院出来るんでしょ? アイリスも当日にはつれてくるって言ってたよ。車椅子押して来るんだってさ。よかったねぇ、第三共同学園がバリアフリ~さんで」


「そっか、ならよかった。イリアは楽しみにしてたみたいだしね……。カイトも一緒に来られれば良かったんだけど……」


「うんうん、リイド君もわかってるねぇ。イリアとカイトを二人きりにしてやれたらよかったのにね」


「……なんで?」


 一人で腕を組んで頷いているカグラ。ボクは何でなのか意味がわからなかったのでそう訊ねただけだったが、カグラは大層驚いた様子だった。


「そりゃ……。イリアがカイトに片思い中だからでしょ?」


「あ、そうだったんだ」


「なぬっ!? 本当に気づいてなかったの!? うわぁ……あれだけあからさまで気づかない人間が居たとは……」


「ていうか、レーヴァテインチームの中でそんなの知ってる人居ないと思うけど」


 カイト、イリアは張本人だからいいとして……。エアリオは……人の恋沙汰なんて興味なさそうだし。オリカは……オリカの事は何も考えたくない。アイリスは知っていたんだろうか? でも確かイリアとはずっと離れて暮らしていたらしいし、知らないままなんじゃないだろうか? 一人でそんな事を考えているとカグラはボクの隣に立ち、肩を叩いて笑った。


「恋――。それは、学生生活の重要な要素だよ~? 少年、きみは恋をしたことが無いのかい?」


「恋愛感情以前に、他人に興味が無かったからね。それに二年前より昔の事は何も覚えてないんだ」


「……ありゃ、もしかして余計な事聞いちゃったかな?」


「いや、いいんだよそんな事。しかしイリアがカイトをか……そうだったのか……」


 冷静に今思い返してみると……成る程、そういう事だったのか……と思うような気もするが、けどイリアはいっつもカイトをイジメてるような気がする。どう考えたって好意的には見えないんだけど、それはボクの目が節穴だからなのだろうか?

 カイトは毎日のように殴る蹴るされているみたいだし、関係的にも常にイリアが上にあるように見える。行動の主導権をイリアが握っているのなら、好きな相手にはもうちょっと優しくするものなんじゃないだろうか? いや、優しくしていれば好きな相手とはいえないのだろうけれど。


「カグラ、どうしたらイリアの恋が成就すると思う?」


 ボクの質問が余程意外だったのだろう、カグラは正に鳩が豆鉄砲状態である。どんな状態なのかは察してもらうしかないが兎に角そういう事だ。自分でもこんな話題に首を突っ込むとは思っていなかったが、一応理由はちゃんとある。


「二人には本当に色々と世話になってるからね。恋愛……というのは良くわからないけど、それで二人が幸せになってくれるならボクはそれを応援した方がいいんだと思う」


「……あのリイド少年がそんな事を言い出すなんてねぇ……。まあ、作戦というのは色々あるんだけど……むふふ、いいだろうこの生徒会長様が直々に秘策を伝授してやろうぞ」


 こうしてカグラはノリノリであれこれと作戦を講じ始めた。ボクは片手間で印刷を続けながら暫くカグラの話に付き合う事にした。学園祭まであと数日……。ボクは、ボクに出来る事をなんでもやってみようと、そう思った。




交錯、学園都市(2)




「……何しとんねん、キョウ? 一人で空港内で踊っとったら、めっちゃ不審者やで」


「ま、マサキちゃん……声! 声大きいねん……恥ずかしいやろ? うちらめっちゃ田舎者だと思われてしまうやろ? うう、やめてぇなほんま……」


 顔を真っ赤にしながらじたばたしている少女、キョウ……。そして少女の正面にトランクを片手に立つ少年、マサキ。二人とも黒髪に東洋的な顔立ちであり、ヴァルハラでは珍しい日系の人間である事が伺える。

 ジェネシスと外部とを続く唯一の空港である通称“ポートファイブ”……。そこについ先ほどやってきた彼らはジェネシスの驚異的な技術力、そして維持している文明水準に驚愕しっぱなしだった。この世界中のあらゆる場所で人類が滅亡にまで追いやられつつあるというのに、ジェネシスには寒気がするほどの余力を感じられる。マサキはそれが気に入らず不機嫌な様子だったが、対照的にキョウは見るもの全て珍しいのか嬉しそうだった。

 あまりの楽しさに小躍りし始めてしまったのも無理はない。彼らはその今にも滅びかけた文明の中からこの街にやってきたのだ。まるで世界が平和だった頃にタイムスリップしたかのような奇妙な感覚を味わっていた。周囲を行きかう人々の平然とした様子に呆れ、マサキは毒づいてみせる。


「しっかしあれやな……。どいつもこいつもアホ面さげてボケーっと歩きおって……警戒心っちゅうもんがまるで足らんわ。今まで他国に対する配慮っつーもんを怠ってきたしわ寄せが今来てるわけやな……」


「……んでも、ヴァルハラはきれいなとこやよ? 歩いてる人も皆平和そうで、うちは嬉しいなぁ。争いの無い世界が、本当はやっぱり一番ええんよ」


「はっ、どうだか……! ヨソの国食い物にして見殺しにして、そんで自分らは平和かいな? アホらし! おら、行くで! ヴァルハラ人がこうウジャウジャおると、吐き気がするわいっ!!」


「まっ……まってぇマサキちゃん! うち方向音痴なん知っとるやろ? 置いてかれたら迷子になるぅ! 置いてかんといてぇ! マサキちゃあん!」


 荷物を背負って走り去っていくマサキを追いかけようとし、駆け出すキョウ。しかし盛大に転び、顔を派手に床に打ちつけてしまう。顔を抑えてぷるぷるした後、そこでようやくマサキに置き去りにされたことに気づいた。泣きそうになりながら慌てて走り出したのだが、転んだ時に手荷物を落としてしまった事に気づいてUターン……。トボトボと肩を落として戻ってくる頃にはすっかり泣き出してしまっていた。


「えぐ……っ! なんでなん……? なんでうちばっかり、いつもいつもこう……へっぽこなん……? はう……マサキちゃん、どこぉ……? うち、これからどうしたらええのん……?」


 肩を落とし、その場を去っていくキョウ。その悩める背中を見送り、物陰に隠れていたオリカが顔を出した。その表情は普段とは異なり、非常に真剣な様子である。音も無く、気配も無く……ゆっくりと追跡を開始するオリカ。キョウはそれに気づかないまま、マサキが向かったのとは正反対の方向へと一人で歩いていくのであった――。




「……リイド・レンブラム君が……僕らを学園祭に、ですか?」


「ええ、そうよ。エルデもこれを期に皆と馴染めるようにって、リイドなりに考えたんじゃないかしら?」


 格納庫、パイロットスーツ姿のエルデと対照的にイリアは学生服姿でそう語った。事の発端は数日前、イリアが退院して学園祭の準備に加わった時の事である。リイドはエルデとカイトもなんとか学園祭に参加出来ないかとイリアに相談を持ちかけてきたのである。あのリイドがエルデとカイトの為に……と言い出した時はさすがに驚いたが、せっかくのその気持ち、イリアも無駄にしたくはなかった。

 そんなわけで学園祭準備で引っ張りだこなリイドに代わってイリアがエルデに招待状を渡しに来たのである。そんなものが無くてもエルデは共同学園の生徒であったが、参加不参加は自由なその学園祭に彼は参加しないつもりだったので、結果としてはリイドのお誘いは意味があったといえる。


「余所者の僕にも声をかけてくれるなんて……。レンブラム君は、聞いていた話よりずっと良い人みたいですね……。僕は少し感動しました。こんな僕でよければ、いくらでもとお伝え下さい」


「そ、そう……? なんか、偉く嬉しそうだけど……たかが学園祭だから、そんなたいした事はないと思うわよ?」


「いえ、そういう行事に参加した事は……一度もなかったもので……」


 エルデは手紙を片手に嬉しそうにそう笑った。眼鏡をかけて居ないと大分印象の変わるエルデだったが、つかみ所の無い様子とは裏腹に見せた笑顔は純粋さに満ち溢れていた。

 あの日、配属となったエルデはそのまま他のメンバーと行動を共にする事は少なく、今日までそれぞれ入院やらなにやらのお陰で自由に行動出来なかった事もありほとんどほったらかしになっていた。長身痩躯の男はそうして微笑むと、背後のマステマを見上げた。


「マステマの調整が終了すれば、皆さんのお力になれると思います……。この恩はきっと、戦場でお返しします」


「そんなに堅苦しくならなくてもいいんじゃないかしら……。そういえば、アイリスの配属と一緒で悪いんだけど歓迎会を催す話が持ち上がってるの。参加出来そう?」


「そうですね……マステマの方がまだ本調子ではないのであと一週間くらいはつきっきりになりそうなんですが……それ以降なら」


「エルデ、ずっとマステマにくっついてるのね。その機体、やっぱり好きなの?」


「兵器に好き嫌いという感情の概念は持ち合わせて居ませんが……そうですね、仕事なので……」


 そう語るエルデの横顔は普段のぽわぽわした様子とは打って変わって真剣だった。それだけ任務に忠実……という事なのだろう。腕を組んでイリアが共にマステマを眺めていると、背後から松葉杖をついたアイリスがやってきていた。


「姉さん、来てたんですか?」


「ええ、学校帰りにね。そういうあんたは格納庫なんかに来て……どうしたの?」


 アイリスより一足先に退院を果たしたイリアだったが、妹がこんな所に来ていたという話は聞いた事がなかった。しかしエルデは以前から知っていたのか、イリアの前でハンガーの一画を指差して見せた。


「……彼女は、ヘイムダルを見に来ているんですよ。よく……ここで見かけますから。そうですよね?」


「あ、はい……。姉さん私、まだレーヴァテインのパイロットとしては未熟だから……その、ヘイムダルのパイロットに志願したんです」


「ヘイムダルのパイロットって……あんた、また勝手に――!」


「……どうせ姉さんは反対するとわかっていましたから。レーヴァテインと比べ、ヘイムダルの方が危険である事は承知の上です」


 レーヴァテインはこれまで何度か敗北しているとは言え、人類がまるで歯向かう事が出来なかった神を相手に高い勝率を保有しているのだ。あらゆる現行戦力がまとめて襲い掛かっても倒す事の出来ない第一神話級を倒す兵器……。フォゾンの装甲と実体を持つ特殊装甲で覆われたその機体の中はある意味とても安全であると言える。

 それに引き換えヘイムダルは特殊装甲を持った兵器とは言え、フォゾン攻撃を完全にシャットアウトできるわけではないし、レーヴァテインに頑丈さは劣っている。それにレーヴァと比べヘイムダルは単座である為、完全に自分ひとりの力で戦わねばならないのだ。どちらがより危険なのかは明らかだった。

 しかし、アイリスとて何も無謀にヘイムダルパイロットを志願したわけではない。先日でのホルス戦での自分の経験の浅さが齎した結果を紳士に受け止めての事だ。実戦経験が足りないのならば、それを補えば良い……。だがレーヴァテインはヴァルハラの守護神、それに乗り込んで失敗する事はもう出来ない。だから、自分の身が危険だとしても一人で操縦出来るヘイムダルの方がこの場合アイリスの意向には沿っていたというだけの話なのだ。

 説明を受けてもイリアは納得の行かない様子だった。そもそも彼女はまアイリスがパイロットとなる事を認めたわけではないのだ。アイリスを完全に拒絶するつもりはないが、危険な事はしてほしくないのが当然の姉心……。イリアは眉を顰め、不安げにアイリスの顔を覗き込んだ。


「あんたが無理に戦わなくたって、ちゃんとお姉ちゃんが戦うわよ……。あたしはね、あんたが怪我するだけで……。あんたが危ない目に遭ってるって思うだけで、死んじゃいそうなくらい不安なんだからね……」


「…………姉さん」


「……でも、彼女は自分で志願してヘイムダルのパイロットになったのでしょう? 彼女の意思を汲んであげるのも、お姉ちゃんとして必要な事ではないでしょうか……?」


 エルデが割って入ってくる事は予想していなかったのだが、確かに彼の言う通りである。言い返す言葉もないイリアの胸に顔を埋め、アイリスは片手でイリアを抱きしめて呟いた。


「ごめんなさい、姉さん……。でも、私だって同じなの。姉さんが危ない事をしてるって思うだけで不安で……。だから、傍にいたいの。力になりたいの。それが迷惑かもしれないって判ってるけど……それでも……」


「アイリス……」


「そうですよ。どんなに役立たずなパイロットでも、努力すれば奇跡を起こせる可能性だってあるじゃないですか……」


 二人が同時に顔を上げる。にこにこと微笑んでいるエルデを睨み、イリアはその胸倉に掴みかかった。唐突に襲い掛かってきたイリアに戸惑うエルデ……。自分の発言の意味を、よく理解していない証拠だった。


「あの……僕、何かおかしな事言いました……?」


「おかしな事じゃないわよ……。誰が役立たずですってぇ……ッ!? 人の妹捕まえて言う事がそれ!? 信ッじらんないッ!!」


「え、ええ……? ただ僕は、思った事を言っただけで……。あの、悪気はないんです……本当にごめんなさい……」


「悪気はないィイ~……!? そんな言い訳が通用するわけないでしょうが、この最低野郎ッ!!」


 脇腹を蹴り飛ばされ、エルデは派手に吹っ飛んだ。硬い格納庫の金属製の床の上に転がるエルデ……。パイロットスーツのポケットから彼がいつも持ち歩いているメモ帳が転がり落ち、アイリスはそれを何となく拾ってみた。


「…………姉さん……」


 ちょいちょいと片手で姉を呼ぶアイリス。二人してメモ帳を覗き込み……その表情は見る見る青ざめて行った。そこに記入されていた言葉のあまりの汚さに声一つあげられない。


 “生意気そうな目の天パ”……リイド・レンブラム。

 “紅くて目つきが悪いの”……イリア・アークライト。

 “紅くて目つきが悪いのの妹”……アイリス・アークライト。

 “不死身”……カイト・フラクトル。

 “影薄いの”……エアリオ・ウイリオ。

 “危険人物”……オリカ・スティングレイ。


「あ、あの~……。そのメモ帳は僕の大事な宝物なんです……。ごめんなさい……返してくれませんか……?」


 座り込んだままそうお願いするエルデ。アークライト姉妹はギロリとそんな少年を睨みつける。あまりの恐怖に固まるエルデへとメモ帳が投げつけられ、エルデは再び倒れこんだ。


「あの、姉さん……。多分この人は悪気があってこういう書き方をしてるんじゃないと思いますよ……」


「悪気があるかどうかは関係ないでしょ……。普通に気に入らないわ……」


「僕……また何かやってしまったんでしょうか……? 本当に、ごめんなさい……。許してもらえませんか……?」


 年下の女子二人を相手に土下座までするエルデ……。その様子は情けないと表現する他ない。姉妹は顔を見合わせ、それから同時に肩を落とすのであった。


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またいつものやつです。
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