弱さの、温度(2)
『なんだ、ガキじゃねえか……。セトより下かねぇ、こいつは』
アーティフェクタ同士のみが行う事が出来るエーテル通信の精度は通常の通信とは比べ物にならない。透き通るようなその声にリイドは眉を潜めた。猛然と降り注ぐ神の攻撃の中、光弾を物ともせずに前進するトライデント……。その様子は正に重量級の名に相応しい。
「はん……! 出遅れておいて生意気な態度じゃねえか。あんたたちなんかいなくてもボクとイリアで十分なんだがな……!」
『まいったな、そう睨まないでくれるかい? リイド・レンブラム君』
コックピットの側面に移りこんだ立体映像にトライデントのコックピットの様子が映し出された。それと同時にトライデントにもレーヴァの様子が移りこんでいる。リイドとは異なり、コックピットにシートを形成して座っていたセトは困ったように笑って見せた。
『僕はセトで、後ろのはネフティス……。でもとりあえず自己紹介は後にしようか。このままだと的だよ』
再び飛来する光弾を回避し、二機は背中合わせに着地……。天使の群れに囲まれる事となった。ゲートは相変わらず回転を続け、そこから次々に天使を吐き出し続けている。
「自己紹介に興味はないよ。そっちは無論うまくやるんだろうな?」
『そうだね……。ヴァルハラのエースの期待に応えられるように頑張るよ。さあ、行こうか』
穏やかな声だった。だからリイドはその口調から余裕を読み取り、背中を預けることにする。二機のアーティフェクタは同時に天使に襲い掛かった。爪で敵を引き裂くイカロスに対し、アヌビスは棺を敵に叩きつけて吹き飛ばし、潰していく。
棺より飛び出したアヌビスの全長にも程近い長さを持つ巨大な長槍を両手に構え、それを勢いよく群体に向かって投げつける。“略奪者の賛歌”と呼ばれるそれはアヌビスの主武装であり、天使をいくつも巻き込み群体に穴を開けていく。
神が放つ光の弾丸は棺で防ぎ、槍を構えたまま突撃するアヌビス。高い結界能力を持つアヌビスに続きイカロスもまた跳躍し、空中から美しい姿勢でゲート目掛けて落下していく。
『一つ目……』
声と同時に神のコアを貫き、余った槍を隣の天使のコアに投げつける。肉片に変えられた天使たちが血を噴出す中、アヌビスは目を輝かせた。
『二つ……』
飛来する無数の光の弾丸……。自らの周りに敷き詰めた八枚の棺によって全方向からの攻撃を防ぎ、弾き返す。光が一斉に爆ぜる瞬間、それは耳を劈くような轟音を放った。圧倒的なる絶対防御……。攻撃を跳ね返された神たちが浮き足立っているところ、その頭上から紅い光が降り注ぎ、その爪が頭頂部から爪先までをざっくりと引き裂いた。
「三つ……! うおぉおおおおおおおッ!!」
イカロスが駆ける。走りながらすれ違うと神を爪で引き裂き、ゲートに向かって直進していく。イカロスを援護する為、身体の周囲に回転させていた八つの棺を一斉に空に放つアヌビス。神はゲート防衛の為にイカロスに迫るが、その神の目の前に棺が次々に落下してくる。
『レーヴァテインの邪魔はさせないよ――』
遠く離れた場所でアヌビスが棺の一つに突き刺した無数の略奪者の賛歌。その先端部は棺の中に吸い込まれ……別の場所にある棺から出現し、神々のコアを一撃で貫通する――。
連続で爆発し、光を放って消滅する神……。ゲートの守護者は一瞬では朽ち果て光に還る。防衛する戦力は全て駆逐された。そして光を背に、イカロスは拳を強く握り締め、ゲート目掛けて跳躍する―――。
「「 こいつで決めるっ!! 」」
イリアとリイド、二人の声が重なった。それは二人の心が重なった証拠であり――リイドは自然とイリアの戦闘スタイルへと心を合わせていた。周り蹴りから放つ数百発の蹴り攻撃――。音を超え、片足は残像を作ってひたすらに連打を続ける。見る見る罅割れ砕けていくゲート……。そして空中から握り締めた拳を振り下ろし、イカロスは折りたたんだその炎の翼を広げる。
「この一撃に全てを賭ける――!」
拳を握り締めるイカロス。そこに紅い光の紋章が浮かび上がり、イカロスの全身を覆っていた紅いフォゾンのオーラが一点に収束していく――。
「我が拳は天を貫き大地を砕き、森羅万象を焼き尽くす煉獄の炎……! 人の世に悪意を織り成す有象無象に……! 神罰を下す雷なり――ッ!!」
全身のバーニアと炎を吐き出す翼が瞬き、一気に加速する。音を超えたレーヴァテインは衝撃を纏い、横に回転しながらその拳をゲート目掛けて繰り出した。
「「 必殺! バァアアニングッ!! フィストォオオオオオオ――――ッ!!!! 」」
分かりやすく噛み砕いて言えば、それはただフォゾンを込めただけのパンチだった。しかしそれは二人が一撃必殺であると願えば、あらゆる神を砕いて射抜けと願えば、その本質は変化する――。
打撃点から巻き起こる嵐のような破壊の概念は空間も時空も、無論ゲートも粉々に砕き、一瞬でゲートは木端微塵に砕け散った。それがイリアの戦い方……。武器にするのではなく、ただ一撃の拳に全ての想いを乗せ、無理を通し道理を引っ込める。
空中を華麗に舞い、砂漠に着地するイカロスの背後で砕け散ったゲートが激しい地響きと音を立てて崩落していく。その景色を振り返りながら、イカロスは纏っていた炎を腕を振って払った。イリアは静かに目を瞑り、そして宣言する。
「決まった……。我が拳に砕けぬ物無し……!」
「…………。なあ、イリア……。あの……恥ずかしい台詞なんとかならないのか……?」
しかしイリアとは対照的にリイドは顔を紅くして頬をぽりぽりと掻いていた。ただ黙って攻撃を放てば良い物を、わざわざ謎の前口上がセットでついてくる……。恥ずかしがるリイドを見下ろし、イリアは理解できないと言った様子で言った。
「なんで? かっこいいじゃない?」
「そ、そうかあ……?」
「本当はヒートエンドって叫びたいんだけどね」
余裕の微笑みを浮かべるイリア。呆れながらもリイドはそれに同意した。二人がそんな派手な戦いを繰り広げている間に残っていた雑魚は既にアヌビスが討伐し、何もかもが終了してしまっていた。砂漠にて対峙する二機のアーティフェクタ。アヌビスはゆっくりと後退し、棺の翼を広げた。
『ご苦労様、リイド君。また近い内に会える事を楽しみにしているよ』
「待て! あんたら何なんだ!?」
『同盟軍だって言っただろボウヤ。それにオレたちはこれからまだスケジュールが詰まってるんだよ。じゃあな! 次に会う時までには、もう少し台詞のセンスを考えておけよ!』
飛翔するアヌビスにイカロスが追いつけるはずもなく。ただただ飛び去っていくアヌビスをイカロスは見送っていた。真っ白な大地から見上げる漆黒の夜空。リイドはゆっくりと目を閉じ、それから静かにイカロスを前進させる。高ぶる気持ちは抑えられない。敵意という暴走する思考に支配された自分を押さえつけるよう、リイドは額を押さえて歯を食いしばる。
「疲れたな……。戻ろう。戦闘エリアから出ないと通信は出来ないんだったね」
「そうね……。とりあえず、迎えを呼ばなきゃ」
海岸線で膝を着くレーヴァを迎えに来る輸送機のバーナー光が見える。それを確認し、リイドはレーヴァのシステムを落とした。途端に全身にかかる気だるさと加速する苛立ち……。その正体を少年は知る。
やはりそうなのだ。先ほどまで、たった一本の紅い線で結ばれていたリイドとイリアの心は、レーヴァが動かなくなれば切り離されてしまう。それは自らの意思の一部を、心の一部を、或いは体の一部をなくしてしまったかのような強い喪失感。そこから浮かび上がる、“自分自身を奪い取られた時”、その人間に最も強く浮かび上がる感情……それこそが反動なのだと。ただそれだけの話、レーヴァテインが何かをしたわけではない。
搭乗者の心が深くつながればつながるほど、それが途切れてしまった時……アイデンティティが二人を隔てた時、苦痛も大きいものとなる。輸送機に再び吊り下げられ、リイドは溜息をついて目まぐるしく脳裏を駆け巡る激しい頭痛に絶えながらイリアを見つめた。
イリアはコックピットで膝を抱えていた。椅子の上で丸くなり、がたがたと身体を震わせながら俯いている。その隣に立ち、肩を抱きながら寄り添うとイリアは今にも泣き出しそうな表情でリイドに問い掛けた。
「あたし……上手に出来たよね……?」
「……イリア?」
「あたし、リイドの足引っ張ってないよね……? あたし……ちゃんと、戦えてるよね……?」
「……うん。イリアは良くやってくれたよ。ありがとう」
「あたしは負けないよ。負けないから……勝ち続けるから。だから、要らないなんて言わないで……」
それは普段のイリアからは想像出来ないほど弱弱しく惨めな姿だった。何もかもが不安で、本当はいつだって自信なんかなくて、誰かに必要とされたくて。そうした弱さが、どうしても浮き彫りになってしまう。他人も自分も許す事が出来ないリイドのように。
しかしそれでも、絶対に他人からはどうにも出来ないような自己嫌悪の中でも、心をつなげていた相手と一緒に居る時だけは、安心出来る。だから適合者は干渉者を求め、干渉者は適合者を求める。それはごく自然な行為だった。まるで引き裂かれてしまった自らの半身を求めるかのように。
「イリアは負けない。ボクが絶対に勝つから」
「……うわあああああんっ! リイド~~~~っ!!」
泣きじゃくりながらしがみ付いてくるイリアの髪を撫でながらリイドはアルテミスと戦った夜の事を思い出していた。ああ、そういえばあの時は逆の立場だったのになあ、なんて。
「ご、ごめん……。もうちょっとだけ……こうしてて」
「判ってるよ、反動だろ? ボクだってわかってる。わかってるんだ」
どうせ、本部に戻るまでは時間がかかる。だから早めにシステムを落として反動を起こした。コックピットの中なら、誰にも迷惑をかけることもないから。誰にも、弱い自分を見せることがないから。
「ボクだってさ……。本当は、怖いよ」
死が、ではない。
「負けて……。自分が誰かにとってどうでもいい存在になってしまうことが……」
かつての、退屈な日常に――。有り触れた、誰かの記憶にも残らないような日常に戻ってしまうことが。
「堪らなく、怖いんだ―――」
基地に辿り着くまでの間、二人はずっとそうして抱き合っていた。一度の敗北は一つや二つの勝利では拭い去れない。その恐怖を払拭できるまで、いつまでもそうしているしかないのだろうか。
互いの傷を舐めあうように、弱さをさらけ出して。狩人たちは夜の闇にその身を震わせる。狩人も獣も、その立場は変わらない。いつだって手に入れる事より、失う事のほうが簡単で。いつだって、得難いは直ぐに零れ落ちてしまうものだから……。
弱さの、温度(2)
――――これは、なんだ?
「エアリオ・ウイリオ」
「は?」
「名前……。エアリオ・ウイリオ……あなたは?」
――――言葉が、聞こえる。
「あんたがそうしていたって、事態は全く好転しないのよ」
「正直に言うとね? 今でもイカロスに乗るの……怖いんだ」
「でもさ、それ以外にあたしが出来る事ってないから。頭、悪いしさ……それに、負けっぱなしは口惜しいから」
――――流れては消えていく沢山の言葉。
「前を向きなさい。あたしたちのその手が砕く敵を、見届けなさい――」
「オリカ・スティングレイは、きみを助けに来たんだよ」
「へへへ……ま、ともかくこれでおいらとリイドは友達だよなっ! 仲良くしよーぜん、リイドっ!」
「先輩なんて、嫌いですっ!!」
「だから、わたしはリイドの事が好きだ」
「彼らは星の、世界の守護者……。私たちが望んでいないだけで、世界は人間という存在を排除したがっている」
――――救えなかったもの、掌を零れ落ちてしまったもの。
「白か黒で答える必要も、すぐにそれを探す必要もない。だってあたしたちには、無限とも言える時間が……まだ、残ってるでしょ?」
――――いや、これは夢だ。ただの夢だ。なのにどうして……どこかで聞いたような気がするんだ? どこかで見たような気がするんだ? もがき続ける。なんだかモヤモヤしたものに身体を奪われたような気がする。ボクは……どうなってしまったんだ? 夢なのか? 夢なら早く覚めてほしい。誰の夢なんだ? なんだか怖くなってくる。夢からもう、目覚める事が出来ないんじゃないか……そんな気がして――。
「リイド君、リイド君~? 朝だよ、起きてよ~! 起きないと……えへへ、ちゅーしちゃうぞー!」
「やめろ!!」
目前に迫っていたオリカの額に思い切り頭突きをかまし、弾き飛ばす。オリカは額を押さえながらヨロヨロと後退し、転がっていたボクの鞄に足を取られて派手に転倒した。後頭部を机の角にぶつけたオリカは目が飛び出すんじゃないかと思うくらい一瞬悶絶したが、泣きながら直ぐに戻ってきた。
「ひーどーいーよー……! なんでなの? なんで頭突きなの……? はわーっ!? ねえねえリイド君見てこれ! オリカちゃん頭から血が出ちゃってるよー!?」
「ケチャップかなんかじゃないのか?」
「はうぅっ!! なんでそんなに冷静なの!? なんなのその不思議な発想……!? ほら、見てよこれ真っ赤な血潮だよ!? オリカちゃんすっごく痛かったよ……! ヒロインらしからぬ顔しちゃったよ!?」
「いいんじゃないか……ヒロインじゃないんだし……」
ボクはそのまま立ち上がり……そして自分のズボンが下ろされてパンツ一枚の状態になっていた事に気づいた。ボクの寝巻きはどこにいったんだ? 見るとオリカの足元に転がっていた。目をうるうるさせているオリカに近づき、その頭を掴んで今度は額を机の角に叩き込む。オリカはそれで静かになったのでボクは着替えて一階へ降りる事にした。
妙な夢を見た日の朝、ボクの体調は酷いものになっていた。別段、熱があるわけでもない。ただ、自らの身体が自らのものではないかのような違和感を覚える。
激しい倦怠感と全身を駆け巡る悪寒……。まるで何かとても恐ろしい体験をした直後のような、とめられない根源的な恐怖。ベッドから降りるのも億劫だったが……起き抜けに聞かされたオリカのきゃんきゃんほえる声で微妙に気力が戻った気がする。
それにしても妙に身体が熱い。風邪を引いたという気分ではないのに、何故こんなにも疲れているのだろうか。フィリピンゲートでの戦いから約一週間……。敵の襲撃も出撃もなく、まるでぽっかりと空いてしまったような空白の中、ボクは何度も同じ夢を見た。
その夢の中での景色は、フィリピンゲート周辺で見た世界の終わりの景色によく似ている。初めて見たはずのゲートの映像がボクの中で余程重要な位置を占めているのか、それともボク自身にとってあれは何か自らの過去に関係するものなのか。
何はともあれあの白い死と生に満ちた世界の様子が忘れられない。あの日を境に、ボクの中にあった何かがゆっくりと動き出したような。全身の倦怠感、びっしょりと汗に濡れたシャツ……。この一週間、夢を見れば同じような症状に陥ってきた。しかし今日はより一層ひどい……。階段を下りるのさえ辛く、何とかリビングに入ったその時だった。
「…………。エアリオ、おはよう」
「んっ? おはようリイド……どうした? また具合悪いの?」
テーブルの上には既にびっしりと朝食が並んでいた。もうそれは朝食というレベルではない豪華さだ。全て和食である所をみるとどうやらオリカの仕業らしい。
そう、オリカがボクの家にやってきてからもちょうど一週間くらいだ……。ヤツはボクらが学校に行っている間、家政婦よろしくあれこれ家事をこなしていた。腹が立つのだが、オリカは家事万能である。三食キッチリ用意しやがるので、最近ボクは包丁を握った覚えがなかった。
エアリオの隣に座ると、とりあえず漬物をつまみ食いする。これが美味いからまたイラっとくる……。溜息をついているとエアリオは片手をぺたんとボクの額に当て、難しい顔をしていた。
「エアリオの手……冷たいな……」
「豆腐持ってたから」
「…………。直に……じゃないよな……」
「器の上からだけど……リイド、本当に顔色悪い。大丈夫か?」
「そんな時はぁああああ! オリカちゃんが愛の看病を施してあげればもうリイド君なんかイチコロでビンッビンになっちゃうよ!! こう見えてもオリカちゃんたら床上手……なーんちゃって! はわーっ! 恥ずかしいよリイド君~っ!?」
背後から唐突に飛びついてきたオリカにぐいぐいと胸を押し当てられ、首を絞められボクの意識は段々と遠のいていく。エアリオが完全にドン引きしている中、ボクはおもむろに立ち上がって箸を掴んでオリカの頭に突き刺した。それからイリアに習った投げ技でオリカを投げ飛ばす。しかし効いていないのか、オリカはけろっとした様子だ。
「うーん、まだまだ甘いねリイド君。そんなんじゃ夜道を歩いていて突然アサシンに襲われたら生き残れないよ」
「そんな状況まずねえから……。いや、あながち無くもないのか……。そして、具合悪いから少し静かにしてください……」
ぜえはあと肩で息をしていると流石に反省したのか、オリカがおずおず戻ってきて顔を覗き込んできた。冗談でやってるんじゃねえんだよ……。勘弁してくれよ……。
「オリカ……。リイドは今大変なの。そういうのは後でやりなさい」
「あらら、エアリオちゃんに怒られちゃったよー……。まあ冗談は置いて置いて、リイド君学校行けそう? 具合悪いなら休んだ方がいいんじゃない?」
「いや……むしろお前がいる家の方が心休まらねぇんだよ……」
ボクの言葉にエアリオは“なるほどなー”とでも言わんばかりに頷いていた。オリカはショックを受けた様子だったが、まじめな表情に変わってボクの肩を叩いた。
「レーヴァの反動が関係してるのかもしれないから、今日は本当に休んだ方が良いよ。この間のゲート作戦からでしょ? きみの具合が悪いのって」
言われてみればそうかもしれない……。確かに、それが関係している可能性はあるだろう。しかし心のどこかで反動は関係ないのだと……。これはボク自身のもっと根本的な問題なのだと悟っていた。しかしそれがなんだか判らない以上、反動のせいだと考えるのが無難か。
「リイド、わたしにも何か出来る事はないか……?」
エアリオは目をキラキラさせて聞いて来る。何だろう……。普段ダラダラしてるって自覚があるんだろうか……。たまにはこう、ボクに恩返ししようとか考えてるんだろうか……。
「じゃあ……ボクに心配かけないよう、出来るだけ真面目に授業を受けてきてくれ。お前いっつも寝てばっかりだろ……」
「わかった。リイドがそう言うなら、頑張って起きる!」
張り切った様子でエアリオは頷いた。返事だけはいいんだよな……返事だけは。そうしてエアリオはなにやら気合を入れて登校していった。シンプルな脳の持ち主で実にうらやましいことだ。
それにしても、エアリオと顔をあわせるのも少し疲れると感じるようになったのもやはりあの日からのことだ。自分はエアリオにとって特別な存在でもなんでもない。エアリオにとっての特別は、ボクじゃなくてスヴィア……。それを嫌って程見せ付けられた日から、なんとなく、そう、どうでもいいくらいに、ほんのすこしだけ、ボクはエアリオが苦手になっていた。
彼女が自らを覆っている、目には見えない他者との境界線のようなものを、まざまざと見せ付けられてしまった気がして。ああ、ボクはきっとその線の内側には入れないんだろうな、なんて事を考えてしまった。
“線の内側”につながる事の脅威とその素晴らしさを、イリアとシンクロしたことで知ってしまったせいだろうか。自分では、エアリオとシンクロすることなんて夢のまた夢……。そんな気がしてしまった。
スヴィアはボクよりもずっと前からエアリオの事を知っていたんだ。そして多分ボクも……。なんだかんだで今はオリカがいるから気まずくはなっていないけど、エアリオとはちゃんと話をしないと今後やっていけなくなる……そんな気がした。
「ほら、とりあえず部屋に戻ろう? 肩貸してあげるから」
「あ、ああ……ありがとう」
「いいのいいの、近くでリイド君のにおいを満喫したいだけだから……はうぐっ!? け、結構元気だよね……リイド君……」
思いっきりオリカの脇に肘をぶち込むと、涙目になってオリカは大人しくなった。とりあえずは寝なおそう……。寝ればきっとよくなるだろう。でも、眠ればまたあの夢を見るような気がして少しだけ怖かった。家に、オリカが居てくれてよかった……悔しいけれどそう思った。一人きりでいるよりはきっと……ずっといいだろうから――。
「えっ? リイドが体調不良……?」
こくりと頷くエアリオ。イリアとカイトは“うーん”と唸って、それからエアリオをもう一度見つめる。エアリオは不安そうに左右の人差し指をちょんちょんと合わせていた。
「レーヴァパイロットなら、身体に負担がかかるのは当然だし……。一度本部で見てもらうべきなんじゃないの?」
「あ……。そうかもしれない」
今気づいたという様子のエアリオにイリアは盛大に溜息をついた。放課後、本部にいつもの訓練のためやってきていた三人はそこにきてようやくリイドが学校を欠席したという事実に気づいたのである。
昼食時、エアリオは教室に篭って一生懸命に勉強をしていた。というのも結局授業中寝てしまったので、慌ててクラスメイトから借りたノートを書き写していたのだ。それも無論途中で寝てしまったが、おろおろしている内にとっくに昼休みは終了……。エアリオ的には驚異的な失態、お昼抜きを味わう事になってしまった。
結局リイドとエアリオが揃ってカフェに顔を出さなかったので、二人はどこか別の場所で食事でも摂っているのだろうと思い込んでいたイリアとカイトはここに来て真実を知ることになった……というあらましである。訓練途中、首からかけたタオルで額の汗を拭ってイリアは溜息をついた。
「あんたねえ……。パートナーの体調くらい気を遣いなさいよ」
「うう……。ごめんなさい……」
二人の会話をカイトは遠巻きに眺めていた。じゃあお前は俺の体調気にしてくれてんのか……? とは口が裂けてもいえなかった。無言でストレッチを続けるしかない。
「珍しく素直ね……? でも、リイドがパートナーだっていう自覚、あんたあるの?」
「……よく、わからない」
背後で手を組み、エアリオは視線を逸らす。普段からきっぱりさっぱりとした返答のエアリオにしてはその対応は珍しく、カイトに至っては口をあんぐりあけていた。
「どうしたエアリオ……? なんで急にそんな女の子っぽい状態になってるんだ……?」
「あんたは黙ってなさい」
「はい、ごめんなさい」
瞬殺だった。やっぱり余計な口を挟まない方がよかったのだと反省するカイト。イリアに逆らってよかった事など一度も無い。少年は黙ってストレッチに戻る。
「で、よくわからないってどういうこと?」
「それは……。んー、言葉にするのは難しい」
「……あ、そう。まあいいわ……。今からリイドの家に行ってあの子連れてくるわ。本部の施設で診てもらったほうがいいでしょ? まあオリカがもうつれてきてるかもしれないけど」
「俺も行こうか? もし背負わなきゃならなかったら俺が担いだほうがいいだろ」
「大人数でゾロゾロ行ってもしょうがないと思うけど……。逆にオリカと二人きりで丸一日過ごしたってのが気になるわね……」
冷や汗を流すイリア。カイトも同じように何ともいえない表情を浮かべる。エアリオだけはよく話が見えないのか、小首をかしげた。
「オリカ、いい人……。ご飯作るの上手だから」
「そういう問題なのか……?」
「それじゃあ全員でお見舞いに行ってみましょ。有事の際にはカイトに頑張ってもらう方向で」
「ですよねー……」
こうして三人はリイドの家に向かう事になった。お見舞いというのは口実で、イリアとカイトとしては今リイドがどんな事になっているのかという野次馬根性が強かったのかもしれないが……。本部を出て、エレベータでリイドの家がある82番プレートシティへと向かう。夕暮れの中、揃った三人を代表し、イリアがその人差し指でチャイムを鳴らすと、家の中からはオリカの明るい声が聞こえてくるのであった……。
~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~
*レーヴァはスーパーロボットです*
リイド「ねえイリア……あのセリフなんとかなんないの?」
イリア「あのセリフって?」
リイド「言いなおすのも恥ずかしいあの必殺技だよ……。シンクロしてるからボクまで勝手に言っちゃうじゃないか」
イリア「……? 恥ずかしい? かっこいいの間違いじゃなくて?」
カイト「リイド……。イリアはな、ちょっと女子としては変わってるんだよ……。こう、趣味が男っぽいっていうかな……」
リイド「それはわかるけど……あれはひどすぎるだろ……」
カイト「ちなみにイリアは暇さえあればゲーセンだからな……。鬼のように強いぞ、あらゆるものが……。まあ勉強はからっきしだけどな」
イリア「何こそこそ喋ってんの、気持ち悪いわね……」
リイド「……。今、イリアが男らしくてかっこいいって話してたんだよ」
イリア「あら、なかなか見る目があるじゃない」
カイト「…………。そこは怒っておけよ……」
イリア「え?」