弱さの、温度(1)
「オイ、見ろよセト、こいつはご機嫌だぜ。初めて見るが、ありゃ傑作だな」
太平洋上に浮かぶ艦隊、そのどれもが対神話用に特殊な装備を搭載した同盟軍の最新鋭艦だった。その甲板の上に大空を見上げる女の姿が一つ。肩ほどで短く切りそろえた髪を海風に揺らしながら夜の闇を切り裂いていく光を見送っていた。
それは今正に戦地に赴こうとする一陣の風だった。巨大な鉄の塊を携えてまっしぐらに突き進んでいく巨大な輸送機……。ジェネシスのロゴが刻まれたそれには無論、アーティフェクタであるレーヴァテインが格納されているのであろう。
女は迷彩柄のアーミージャケットの内側に仕込んであった小型の望遠鏡を覗き込む。その視線の先、確かに輸送機にはレーヴァテインが吊り下げられている。一瞬それが信じられず思わず二度見してから笑い声を上げた。
「おいおい、今時ぶら下げて運ぶかよ? 時代遅れにも程があるが……ま、そりゃお互いに言えた事でもねぇしな。しかしありゃ面白いな。見てみろよセト、マリオネットみたいだぜ」
「……ネフティス。一応僕たちも作戦行動中だって事、覚えてる?」
女の背後には長い髪を背後で一つに結わいた細身の少年が立っていた。少年セトと女……ネフティスとではネフティスのほうが二つ年上であり、なおかつ背丈もネフティスの方が上なのだが、どちらかといえば彼らの主導権はセトにあると言える。
それは二人の関係が適合者と干渉者というものであるのに加え、考えるのが苦手なネフティスは自らの思考をセトに預けてしまう事が多いからだった。浅黄色の髪の少年は同盟軍の軍服に身を包み、ネフティスが見上げていた夜空の闇を切り裂いていく輸送機のバーナー光を見上げる。
「レーヴァテインかな? 1stってくらいだから、相当なものなんだろうけど」
「何言ってやがる、どう考えてもオレたちの“トライデント”の方が強いに決まってんだろ? 比べるまでもねェな」
「アーティフェクタ同士が戦うなんて状況は、余り想定したくないんだけどね」
アーミージャケットのポケットに両手を突っ込んだままバーナー光を見送るとネフティスは立ち上がり甲板の上から彼方の海を見渡した。漆黒の闇に包まれたそれらは月明かりを以ってしても尚暗く、底は知れず果ては見えない。
どこまでも続くこの海の彼方に、彼らが倒すべき敵は待っている。それを考えるだけでネフティスの背筋はぞくぞくしてくる。まるで子供のように笑うネフティスを背後から眺め、セトは落ち着いた様子で月を仰ぎ見た。
「これから敵さんのど真ん中に殴りこみだと思うと堪らないねぇ……! 景気付けにトライデントで踊りでも披露するかい?」
「その余裕は作戦開始まで残しておけ、ネフティス」
声の主は相も変わらず漆黒のスーツの上に漆黒のコートを身に纏い甲板を歩いていた。革靴が鋼の床を叩き、規則正しいリズムを奏でる。雲の切れ間から差し込んだ月明かりが男の姿を照らし、セトは彼に笑みを向けた。
「おかえり、スヴィア。どうだった? 久しぶりの弟さんとの再会は」
「想定通りの展開だ。ネフティス、トライデントはハンガーで整備中か?」
「あん? そうだが、それがどうした?」
「今すぐ出撃準備だ。セトも手伝ってくれ。トライデントは準備が整い次第即座に作戦行動に移ってもらう」
唐突な申し出だったが二人は……特にネフティスはトラブル大歓迎の様子だった。ステップを踏みながら嬉々として艦内へと引っ込んでいく。残されたセトは溜息をついて肩を竦めると、静かに目を閉じ夜風に耳を澄ませた。
「帰ってくるなり忙しいね……。ガルヴァテインはどうするの?」
「ガルヴァは予定通り、ベトナムゲートの破壊活動を優先する。今はエンリルが起動チェック中だ。どちらにせよ、私が出撃しなければ話にならないだろう」
「ということは僕たちだけ、ということですか……。それで、僕らはどうすれば?」
「何、特に難しい事ではない――」
コートを翻し、海の向こうを眺める。そしてその先を指差し、表情も無く振り返った。
「――ただの、おつかいだ」
黒いコートが闇にはためく。セトは風の中雲の向こうを見上げた。光は揺れるように降り注ぎ、まるで不確定な未来を暗示しているかのようだった。
弱さの、温度(1)
眼下を流れる闇の中、月明かりを反射して蠢くような海を眺めていた。そのどれもが不規則に動き、乱れ、まるで今の自分自身の心理を映し出しているかのようでなんだか不愉快だった。
視線を海から空へと移し、リイドは溜息をつく。空中に一時的に生み出した揚力によりコックピット内に浮かんでいるリイドは何も言わず振り返った。その視線の先にはリイド同様、黙って空を見上げるイリアの姿があった。二人はこれから旧フィリピン領を陣取るヘヴンスゲートを破壊せねばならない。そしてそれはお互いにとって別々の意味を持ち、そして共通の何かが存在していた。だから二人はその何かに対して想いを馳せる。
二人にとってこの任務はこれといって特別でも何でもない。緊張しているわけでもない。ただその先に見据えているものの所為で、いまいち集中出来ないのも事実だった。そんな状況を打開する為か、リイドは何とはなしにイリアに声をかけ始めた。
「そういえばさ」
「何?」
「この間……アルテミスと戦った時、イリア言ってたよね。一度負けたことがある、って」
「……そうね」
「もしかしてそれって、スヴィアと関係のある事なの?」
「ええ……まぁ、そうよ。その時一緒に乗っていたのが……スヴィア先輩だったの」
その日二人が立ち向かったのは第一神話級――。アルテミスやクレイオスを遥か凌駕する力を持つ高位存在だった。確かにそれは、勝てない相手ではなかった。事実それまでもスヴィアはそれらの敵を討伐してきたのだから。しかしその日に限って作戦は失敗する事になる。最優秀の適合者であるスヴィアの足をひっぱった、ある干渉者の存在の為に。
「その時戦ったのは、第一神話級“ホルス”――。人型の……炎を操る神だったわ」
同じく炎の能力を持つイカロスはホルスに対して有効なダメージを与える事が出来なかった。ならばそこで退却し、干渉者を変えればいいだけの話のはずだった。そうしなかったのは、イリアが意地になってホルスを倒そうとしたからである。
「その無茶なワガママに、先輩は付き合ってくれたのに……。全然攻撃効かないし、あいつイカロスよりずっと早くて……。混乱して、気づかなかったのよね。高度がどんどん下がって、地球に落下しているってことに」
大気圏外での壮絶な戦いはあっけなく終幕を迎えた。その結果は、イカロスの自滅という何ともお粗末な物だったが……。それでもイリアにとっては忘れられない恐怖であり、そしてその結果彼女は様々な大切なものを失う事となった。一言で表すことの出来ないそれは、本当に様々なものであり……。イリアは一度はレーヴァに乗る事を諦めたほどだった。
「そんな時、あたしにもう一回頑張ろうって声をかけてくれたのがカイトだったの」
今まで見下していた仲間達が自分に温かい声をかけてくれた時。手を差し伸べてくれた時。その時イリアは、涙が止められなかった。自分を支え、認め、存在を肯定してくれる仲間たち……。その大切さに気づいた瞬間だった。
「だからあたしは仲間を見捨てない。何があっても必ず救って見せる。それはあんたでも同じよ。あたしは……全てを諦めない」
あの日――。自信を喪失しかけ、泣き出す少年の頭を撫でて強く手を引き明日へと連れ出してくれた紅の少女。その姿はいつかの少年と少女の姿であり、少女は少年にそれをまた贈り返しただけのことなのである。
イリアにとって、リイドを助ける事は特別な事ではない。共に闘う仲間の大切さを彼女は他の誰よりも理解している。だからこそリイドに厳しい言葉も投げかけるし、戦いになれば手を貸す事に躊躇はない。
「でも、結局あたしは先輩に謝る事も出来なかった」
「……どうして? さっきだってそのチャンスはあったのに」
「自分でも分かってるけど……でも、駄目なのよね。本当に大事だと思う人の前じゃ、素直になれないの」
照れくさそうに笑うイリア。そう、本当に大事だからこそ……口下手な彼女だからこそ、思いは行動でしか伝えられない。だから、見せ付けるしかないのだ。強い在り方を。今はもう一人でも大丈夫だという事を。今はもう、一人ではないということを。
「……そっか。なら、ボクと同じだね」
「同じ……?」
「正直、スヴィアがレーヴァテインのパイロットだったって事がまだ割り切れてないんだ。ボクは多分……自分勝手な理由で今レーヴァに乗ってる。スヴィアはヘヴンスゲートを壊してきたんだ……。なら、ボクにそれが出来ないはずがないってね」
エアリオとスヴィアの事……。考えたくは無かったが、考えれば考えるほど納得がいかなかった。しかし失われてしまった記憶は決して戻らないし、それがなんであれ自分には関係の無い事だと思っていた。今が全てだし、帰られるのは明日だけなのだ。
漸く手に入れたレーヴァテインという力も、適合者という役割も、全てはスヴィアの代理でしか無いのかも知れない。エアリオにとっても……その存在は代用品なのかもしれない。だが文句を言っても不貞腐れても仕方が無いのだ。言葉で何かを伝える事は苦手だ。だから……行動するしかない。
「これはボクのプライドの問題なんだ。ボクはスヴィアに負けたくない……。あいつにボクの力を認めさせてやらなきゃ気がすまないんだ。レーヴァはボクの力……。ボクはボクなんだってね」
「……相変わらず自分勝手で我侭な奴ね。でもまあ、その気持ちは分からなくないわ。あんたが選んでくれなかったら、立候補するつもりだったもの」
イリアとて、このままで良いとは思っていない。ホルスに倒された時からイカロスは力を失ってしまった。それはイリアの心に“敗北”が色濃く刻まれているからだ。戦いに対する恐怖は戦いでしか払拭する事は出来ない。だから……見返すために。己のプライドを守るために。もう一度羽ばたくために……どうしても必要なのだ。圧倒的な、絶対的な“勝利”が。
「前々から思ってたけど、あんたも大概意地っ張りだよね。もう少し素直にさ、カイトにも感謝してやればいいのに。きっと喜ぶよ、あいつ」
「ばか……! そんな恥ずかしい事出来ないわよ!」
「で、ボクには言えると……。ボクのことはどうでもいいんだね、先輩?」
「そういうわけじゃないけど、あんたは何ていうか……そうねぇ」
しばらく腕を組み、苦笑し、それから視線を合わせないように景色を眺めながら言った。夜月に照らされた雲は幻想的にレーヴァテインの足元を通り過ぎていく。
「多分似たもの同士だから、かしらね」
「……んー。受け入れがたい事実だけど、そういうことにしておいてもいいかな」
「何よそれ? ホントかわいくないやつね」
「あんたには言われたくないな」
静かに笑い合う二人。そうだ、何故だかはわからないけど、二人だったら素直になれる。争う事もなく、傷つけあう事もなく。意見を違えることはあれども、二人の本質はよく似ているのだから。そう、負けず嫌いで、責任感が強くて。そして……行動する事でしか何かを示せない。
「不器用ね、あんた」
「それはお互い様だ」
緊張はすっかりほどけていた。だから二人は後は静かに待つだけだった。目的地に……戦場に到着するのを。
『こちら本部、こちら本部。イカロス、状況を報告せよ』
聞こえたのはユカリの声だった。通信機の音量を上げ、リイドは応答する。
「こちらイカロス。間もなく作戦領域に入るよ。指示は?」
『イカロスは陸地に着陸後はしばらくその場で待機してください。輸送機が放つ計12発の大型フォゾン弾道ミサイルの着弾を合図に作戦開始とします』
「そんな環境に悪そうなものぶっぱなして平気なんですか?」
『現地を見ればわかると思うわ。それと、特にヘヴンスゲート周辺は電波が通らないから、所詮後付である通信機は通用しなくなるわ。作戦開始後はヘヴンスゲートの電波障害範囲から離れて終了報告を行って』
「なるほどね……。了解」
ユカリとの通信が終了し、リイドはいよいよ気を引き締める。負ける気はしない。今は、戦って居る間くらいは、何もかも忘れて全力を出したい。そう思えるようになったのは、今そう思えているのは、きっと背後で強い瞳を輝かせてくれている少女のお陰なのだろう。自分は変わった。だから――。
「目標地点に到着……! レーヴァテイン=イカロス、降下する!」
作戦が始まった。機体を空中に縛り付けていたいくつものワイヤーが火花を上げて取り外され、一瞬で大地へ向かって降下していく。それと同時に無数のミサイルが発射され、輸送機はUターンしヴァルハラへと引き上げて行った。着弾するまでの間に地上へ降り立ったイカロスはその場で立ち上がり、周囲を見渡した。そこに広がっていたのは異常な世界だった。
「……なんだ、これ……!?」
そこには延々と、砂浜が続いていた。白い、砂の大地……。砂漠と呼んだほうがいいのかもしれない。周囲のフォゾンはとっくに吸い尽くされ、そこに生命は存在していない。あらゆるものが朽ち果て分解され、ただただ最終的には白い砂のようなものへと成り果てる大地……。それがヘヴンスゲートの浸食領域だった。
だというのにそこにはレーヴァテインが活動するのに相応しい程の膨大なフォゾンが満ち溢れ、生命が生まれる前の無の存在で満ち溢れた空間のようでもあった。あらゆる命が分解され、駆逐され、しかし生命の光に満ち溢れている……。高濃度のフォゾンの中、レーヴァテインはゆっくりと正面を見据える。
「原初の世界ってのは、きっとこんな景色なんだろうな……」
命と死が満ちている大地……。その遠く離れた場所で無数の光の爆発が巻き起こるのを確認し、イカロスは砂の大地を駆け出した。翼を持たぬ故に大地を走るという愚行を繰り返すイカロスは砂の大地に足を取られながらも必死にヘヴンスゲートへと進んでいく。
しかしそれが視界に届くよりも早く、わらわらと湧き出してきた数え切れぬ数戦という数の天使たちの歓迎を受けることとなった。空を、大地を埋め尽くす白い翼の群体。それら全ては全て共通した意思を持つかのように、イカロスめがけて襲い掛かった―――!
「なんだこの数……尋常じゃないぞ!? イリア、何か武器を!」
「ないわ」
「は? 今何て言った?」
「だから、ないわ。イカロスは武器なんて創れないもの」
しれっと、そう告げた。髪をふわりと掻きあげながら、自慢気に。だからイカロスはマンガのように走行途中にずっこけ、それから何とか起き上がり、リイドは気迫の表情で振り返った。
「ないって、じゃあどうしろっつーんだよ!? 今回は前のDソードとかないのか!?」
残念ながらDソードの試作品は前回使用時に壊れてしまい、装備していなかった。追加ブースターは残っているものの、それは機動力を強化するものであり武装ではない。遠距離装備がないのは知っていたが、まさか本気で徒手空拳だとは思っていなかったリイド。そんな少年にイリアは告げる。
「リイド、あたしとシンクロしなさい」
「シンクロ……って、何?」
聞き覚えの無い単語があっけらかんと告げられ、少年は首をかしげた。そうしている間にも天使の群れはレーヴァへと近づきつつある。
「いいから目を閉じて。あたしの心臓の鼓動を聞いて……そのリズムを意識するの」
「目の前に敵すごいきてるけど……!?」
「いいから早くしなさい! 私の心を感じるの! 意思は力に、想いは武器になるわ!」
最早一か八か、言われるがままに目を閉じる。頬を汗が伝い落ち、生唾を飲み込んだ。何がなんだかわからないまま、ただただイリアの事を考える。よりイリアを理解出来るように。よりイリアと心を触れ合わせるように……。
やがてそこには明確な一つの“線”が現れる――――。
それは二人の心の境界線。線はその二つを別々の存在で留めるための何かであり、それが崩れ去った時二つを隔てる何かは消滅する。何かが消え去った時、ヒトという存在は個ではなくなるだろう。そうした意思と精神と魂と……曖昧なものを形作っている何かの線が現れるのだ。
脳裏に浮かんだその線に、ゆっくりと、イリアは消しゴムをかけていく。擦り合わせるように、踏み消すように。ごりごりと、がりがりと、心の壁を削り取っていく。やがて二人を隔てていた果てしなく永遠に続く線のどこかが決壊した時、リイドは理解する。
「これが――――シンクロ」
心の間にあった何かが崩れ去った瞬間、“イリアが何を考えているのかが手に取るように分かる”ようになる―――。それは、自分の心と相手の心とが殆ど一つになってしまたっという錯覚。そのアイデンティティの壁を踏み越えた先に見える何か……。それこそが適合者と干渉者が辿り着く真実。
「さあ、前を向きなさい。あたしたちのその手が砕く敵を、見届けなさい―――」
群がる数百の天使。続々と押し寄せるその翼の大軍がイカロスに触れようとした瞬間、光が爆発した。
それは炎の決壊――。イカロスという神が内に秘めていた溢れんばかりの炎をただただ装甲の合間から噴出しただけの現象。
それは炎の結界――。故に何人たりとも近づくことは許されず、どんな攻撃もその業火の前では無意味。
紅蓮の炎を巻き上げ、巨人は吼える。その瞳に炎、掌に暁、背には焔の翼を……。今までのレーヴァテインとは違う。これまでのイカロスとは違う。リイドなのか、イリアなのか、判らなくなっていく。自分なのか、レーヴァなのか……全てが曖昧に昇華される。
「行くよ……イカロス」
指先の爪が赤く輝き、ただただその暴力性を発揮したいとリイドに訴えていた。その手を振り上げ、単純に振り下ろすという動作を冠した暴力―――。衝撃は一撃で数十の天使を細切れにし、血と悲鳴の雨の中、イカロスはゆっくりと牙を剥いた。洩れるのは獣の唸り声……。目前に弱者を、捕食するべきものと対峙した時、獣は歓喜に声を震わせる。
舞い踊る鮮血の大地……。白く果てしない死と生で溢れ変える世界を朱に染め上げていく。立ち上がった紅蓮の巨人はその両手の拳に魔法陣を浮かべ、紅き光を纏って彼方を見据えた。
「このまま突っ切る……! イリアッ!!」
「押し通ぉおおおおおおるッ!」
火柱を立ち上らせながら駆け出すイカロス。姿勢を低く、ただ全力で前に走るというだけの動作だというのに、近づいた天使は見る見る燃え尽きていく。ジャマな敵は爪で切り裂き、蹴り飛ばし、叩き潰し、まるで何かを求め一心不乱に駆ける魔物のように、白い大地を炎で汚して行く。
一際巨大な群体に軽く跳躍し飛び込んだイカロスは空中で両手を振り回し、回転しながらその中を突き抜けて白い大地に着地した。激しく砂が舞い上がり、大地が軋む。一瞬で消え去った数え切れないほどの光の命が霧に還り、放出した炎の代わりにするように、レーヴァは口からそれらの霧を深く吸い込んでいく。
そう、レーヴァテインもまたフォゾンを動力源とする兵器である以上、食物はフォゾン。そしてそれを最も効果的に摂取するためには……その塊である敵を屠るのが手っ取り早いのである。故にレーヴァは敵を前に狂喜する。食事の時間を待ちわびていたとでも言わんばかりに、その凶悪な暴力性を発揮するのである。
そして互いの心の境界線が脆くなるにつれ、その力はより引き出され……そして適合者もまたその暴力性に飲み込まれていく。そのまま正気に戻れなくなってしまうのを食い止めるのは干渉者の役割であり、イリアは必死で暴力に支配されるリイドの心を背後から抱きとめていた。
「ザコはいくら倒してもキリがないわ! ゲートがある限りいくらでも増えるんだから! さっさとゲートを破壊するわよ!」
「わかってる! しかし、あれがゲートか……!?」
そこにあったのは、巨大な門だった。淡く輝く無数の光を集めたような円形のリングの中央が虹色に輝き、そこから数え切れないほどの天使があふれ出してきている。
ゲートはあまりにも巨大であり、直径はゆうに5kmを越えている。これでもまだ、“そこそこ巨大なゲート”であり、放って置けばこのフィリピンゲートはより巨大な拠点へと進化を遂げるだろう。一刻も早くそれを壊さなければならないのに、それを壊せなかった理由……。リイドは思い知っていた。世界を滅ぼそうとしている“敵”の巨大さを……。
ゲートを守っているのはただの天使だけではない、複数の神話級……。確認できるだけでも八体の神が周囲を浮遊していた。どれもが別々の形状であり、どれもが個別の能力を持った敵……。いわばアルテミスやクレイオスのような敵が同時に展開しているという事だった。だから僅かに進軍を躊躇う。神の一体が放った光弾がレーヴァに迫り、大地を根こそぎ吹き飛ばすような威力が直撃する――その時だった。
舞い降りたのは八つの棺桶。どれもに美しい金色の装飾が施され、一つ一つが別々の何かを敬う為の棺なのだとわかる。棺に浮かび上がった不思議な象形文字は光弾を無力化し、イカロスを守っていた。
『どうした、苦戦中かい? 1st』
棺桶に続き、上空から飛来する巨大な影。砂の大地が舞い上がり、巨人はその重量級の身体を惜しみなく月明かりに晒す。それは人の形を模倣した神……。赤褐色に迷彩柄を刻み込んだ機体は腕を振るい、棺桶を集わせ翼と成し、レーヴァのすぐ隣に並んでいた。
「レーヴァテイン以外の……アーティフェクタ!?」
『こちら同盟軍所属アーティフェクタ、トライデント=アヌビス。これよりゲート破壊任務に参加するよ』
聞こえてきたのは少年の声だった。トライデントと呼ばれたアーティフェクタは瞳を輝かせ、その両手に携えた巨大な槍を大地に着いた。唐突に現れたトライデントに戸惑うリイド……。しかし二体のアーティフェクタへと同時に神の攻撃が降り注ぎ、二体は別々の方向へと回避する。
トライデントは棺の翼を全身に纏い、ほぼ直撃を受けたにも関わらず無傷だった。イカロスは空中を何度か回転し大地に着地、そして二機は同時に静かに佇むヘヴンスゲートを睨んだ。今は与太話をしている場合ではない……。二機は同時にヘヴンスゲートを護る敵へと攻撃を開始するのであった。
~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~
*影の薄さはナンバーワン*
ネフティス「なあセトよぉ、オレ前から思ってたんだけどよぉ」
セト「うん? どうしたんだい?」
ネフティス「なんでエクスカリバーコンビは初代も2パラも目立ってたのに、オレたち出番なかったんだろうな」
セト「うーん……? 争わずに済むならばそれはそれでいい事じゃないか。それに、僕たちは重要な事実を知りすぎていたからね」
ネフティス「なんだよ! 重要すぎるとロクすっぽ活躍できねえってか? 何かおかしくねえか?」
セト「うーん……? まあいいんじゃないかな? 3ユニではもう少し目立てるんじゃない?」
ネフティス「ルクレツィアに負けてんのはなんか腹立つんだよな……」
セト「そういえば、キリデラとかって出番あるのかな」
ネフティス「…………。なあ、あいつのほうがむしろ目立ってたよな? クソッタレ、やっぱ納得いかねぇ!」
セト「君のそういう喋り方が駄目なんじゃないかな」